【連載版始めました!】姉の身代わりで縁談に参加した愚妹、お相手は変装した隣国の王子様でめでたく婚約しました……え、なんで?
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「私が婚約したいのはあなたではありません」
「……」
わかっている……そんなこと。
何度目かわからないセリフを耳にして、私の心はつめたくため息をこぼす。
だけど実際、ため息をこぼしたのは私じゃなくて、縁談相手のほうだった。
「はぁ……せっかく縁談の場を設けたというのに、なぜあなたのほうが来てしまうのです?」
「……」
「私が婚約を申し出たかったのはあなたではなく、優秀なお姉さんのほうだったのですが……」
そう言いながら呆れ、睨むように優秀じゃない私を見る。
私にそんな愚痴をこぼしたって無駄だ。
そんなこと言われても、私の意思でここにいるわけじゃないのだから。
縁談相手は黙っている私を見て、何度もため息をこぼす。
「はぁ……つまりこういうことですか? ウィンドロール家は、我々と懇意にするつもりはないと?」
「……」
私は黙る。
その質問は、私が答えられるような内容じゃない。
また、ため息をこぼされる。
彼はおもむろに席を立ち、壁にかけられたコートを手に取って身にまとう。
「そちらがその気になら、我々もこれ以上無駄な時間を使いたくありません。失礼させていただきます」
「……はい。貴重なお時間を頂きありがとうございました」
「まったくですよ。こんなふざけた対応は初めてです」
すみません、とは言えない。
へりくだったり、謝ることはしないように教育されているから。
ただ、意図は見え透いているとは言っても、こんな風にあしらわれる彼には少し同情する。
彼は扉に手をかける。
「あなたも大変ですね。優秀すぎる姉がいると」
「……」
そう言って立ち去っていく。
最後に同情されてしまった私は、ようやく初めてため息をこぼす。
天井を見上げて、呟く。
「……本当にそうですよ」
無意味な縁談を終えて、しばらく部屋でじっとしていた私は重い腰をあげる。
いつまでもじっとしていたら、また愚鈍だと馬鹿にされてしまう。
私は部屋を出て廊下を歩き、縁談結果をお父様に報告するため執務室を目指していた。
「あら? もう終わったの?」
道中、ふいに声をかけられた。
振り向かずとも笑みを浮かべているのがわかる。
私は立ち止まり、声のする方へと顔を向ける。
そこには、私によく似た……ううん、そっくりな女性が立っている。
自分でも驚くほど、顔の形や背丈も一緒で、違うのは髪と目の色くらいだ。
「お疲れ様。今回もちゃんと断られたかしら? アストレア」
「……ヘスティアお姉様」
私たちは双子の姉妹。
姉のヘスティアと、妹である私。
よく似ているのは当然で、けれど決定的に違う。
何もかもが。
「その様子ならいつも通りだったみたいね。相手の方はどんな反応をしていたかしら?」
「……呆れて、怒っていました」
「そう、滑稽ね。私が縁談を受けると思ったのかしら? たかだか中流階級の貴族相手に、私の貴重な時間を割くわけないじゃない。あなたもそう思うでしょ?」
「……」
彼女は優雅に笑みをこぼしながら同意を求めてくる。
私は頷きもせず、ただ黙っている。
すると彼女は決まって、ため息交じりに呟く。
「相変わらず可愛げがないわね。根暗で能無し、こんなのが本当に私の妹なのかしら。いつも疑ってしまうわ」
「……」
「何黙っているのよ。無能でごめんなさいって謝りなさいよ」
「……ごめんなさい」
私が謝ると、お姉様は満足げに笑みを見せる。
お姉様は私のことを見下している。
姉妹だとすら思っていない。
けれど、私がお姉様より劣っているのは周知の事実だった。
「はぁ、スッキリしたわ。それじゃ私は教会でお祈りをする時間だから、もう行くわ」
「……お気をつけて、お姉様」
「あなたは家でのんびり、無駄な研究でもしているといいわ」
「……」
そう言ってお姉様は背を向け、廊下を歩き去って行く。
王都の教会へ向かう。
聖女としての役割を果たすために。
私たちは生まれた時から特別な双子だった。
神に愛されし乙女……聖女。
あらゆる奇跡を祈りで起こし、どんな病や傷も完治させる。
魔を退ける光の結界を生み出し、人々の生活を守護する役割を担う。
そんな奇跡の存在に、私たち双子は選ばれた。
聖女は一世代に一人だけ。
つまり世界中探しても、聖女は一人しか存在しない。
けれどそんな常識を私たちは覆した。
双子だったことが影響したのだろうと、研究者たちは語る。
私たちは史上初となる二人の聖女として誕生した。
両親は凄く喜んで、私たちの生まれたウィンドロール伯爵家は、王家から公爵の地位を頂けた。
私たちは期待されていた。
順調だった。
生まれた直後は……。
身体が成長し、物心ついたころだった。
私たちの宿った聖女の力には、大きな差があることが発覚した。
姉は天才だった。
誰に教わるわけでもなく、幼くして聖女の力を使いこなし、祈りで奇跡を起こして見せた。
対して私は、何もできなかった。
どれだけ祈っても奇跡は起きない。
聖女らしく手元が光るだけで、癒しの力もか弱かった。
その頃はまだ、今だけだろうと思われていた。
もっと成長すれば自然に聖女の力も使えるようになって、姉と並ぶ存在になるに違いないと。
けれど一年、五年、十年経とうとその差は埋まることはなかった。
それどころか私たち姉妹の差は大きく広がった。
いつしか、私を見る周囲の目は冷ややかになった。
姉の影に隠れた出来損ない。
聖女の癖に奇跡も起こせない無能。
肩書だけの役立たず。
酷い時なんて、神に背いた裏切り者なんて呼ばれてしまった。
そんな私のことを、両親は庇ってくれなかった。
逆に罵り、遠ざけた。
姉と別れた私は、お父様のいる応接室に向かう。
扉の前に立ち、トントントンと三回ノックをしてから名前を口にする。
「お父様、アストレアです」
「――入れ」
低く冷たい声を聞き、私は扉を開ける。
お父様は仕事中だった。
書類の山に目を通し、私が入ってきても構わず仕事を続けている。
「失礼します、お父様」
「何の用だ?」
「はい。縁談のほうが終わりましたので、その、報告を」
「そうか。結果か?」
「相手の方はお帰りになられました」
端的に伝える。
お父様は書類をめくり、一切気にする様子はない。
娘の縁談があったというのに、興味も示さない。
「そうか。わかった」
ぼそりと一言口にする。
何がわかったのだろうか。
姉のように私のことを馬鹿にする様子はないけれど、興味を示してくれないのは悲しい。
この人にとって私は、娘ではないのだろうかと……思ってしまう。
私はこの空気が苦手だ。
「失礼します」
報告を済ませて、そそくさと逃げるように背を向ける。
「アストレア」
「――はい」
名を呼ばれて振り返る。
久しぶりだった。
お父様に名前を呼んでもらえるのは。
少しだけ嬉しくて、明るい気持ちで振り返る。
けれどお父様は目も合わせず、冷たく言い放つ。
「ヘスティアの邪魔だけはするな。お前はただ、言われた通りにしていればいい」
「――! はい」
お父様からの忠告を受け取り、ほんの少しだけしていた期待は打ち砕かれる。
わかっていたことなのに、私は落ち込みながら部屋を出る。
一人とぼとぼと歩きながら、周りに誰もいないことを確認してため息をこぼす。
「……そんなこと、言われなくてもわかってるよ」
私は出来損ないだ。
そんな私のことを見てくれる人なんて、この世界には一人もいない。
聖女の癖に何もできない私に、仲良くするだけの価値はなかった。
今日みたいな縁談も初めてじゃない。
元々はお姉様に来た縁談の話だけど、相手が自分に見合う相手じゃないとわかると、身代わりに私を出席させる。
相手はお姉様が来ると思っているから、私が来て驚いたり、呆れたり、怒ったりする。
当然ながら誰一人として喜ばない。
偶に私を通してお姉様と仲良くなろうとして、一時的に婚約を結ぶこともあるけれど、私に利用価値がないとわかれば、すぐに婚約破棄され捨てられる。
だから、今回みたいにハッキリと、最初に断ってもらえるほうがマシだと思えるようになった。
お姉様はというと、身分的に見合った相手との縁談には出席するけど、趣味が合わないとか、顔が好みじゃないとかいう理由で全て断っている。
とても酷い対応をしている。
けれどお姉様には聖女の立場があるから、誰も文句は言えなかった。
みんなお姉様と懇意にしたがるのは、聖女の力をもつ特別な女性の血を、自らの家系に取り入れたいがためだ。
次代の聖女は、血縁者から生まれることが多い。
私とお姉様の場合は違ったけれど。
私は自室にたどり着く。
テーブルの上には書類の山と、中身が空になった小瓶が置かれている。
床の木箱には薬草などの素材。
さながら小さな研究室だ。
「……よし」
気持ちを切り替えて今日も頑張ろう。
私はここで、新薬の研究をしている。
聖女としての力が弱い私は、お姉様のように祈りだけで他者を救うことはできない。
だから私は、私なりの方法で国に貢献しようと思った。
祈りは通じなくとも、薬なら多くの人々を助けることができる。
期待されなかった私は時間だけはたっぷりあった。
屋敷の書物を読み漁り、独学で薬草やハーブなどの知識を身に着け、お父様に頼んで設備を用意してもらい、日夜研究に励んでいる。
お姉様は無駄な努力と言うけれど、着実に成果は上げている。
これまで七本、新しい薬を開発してきた。
そして今、八本目の新薬が完成間近だ。
北の大地で流行っている伝染病に効く新薬。
これを開発すれば多くの人々が病から解放される。
聖女の祈りは届かなくても、薬なら遠く離れた地の人々まで届いてくれる。
無駄なんかじゃない。
私がやっていることは必ず、多くの人々の役に立つ。
そしていつか、私のことも……。
二日後、新薬は完成した。
完成した新薬をお父様に報告すると、いつものように私に代わって王国へ報告してくれる。
製造法を伝えれば、宮廷にいる薬師の方々が量産してくれる。
これで一つ、成果が積み上げられた。
まだまだお姉様に追いつくことはできないけれど、少しでも近づくことができれば……。
と、思っていたときだった。
廊下を歩いていると、クスクス笑い声が聞こえてきた。
「聞きました? アストレア様、また薬を開発したらしいわ」
「そうなの? 頑張るわね、無駄なのに」
話しているのは屋敷の使用人たちだった。
彼らも私のことを馬鹿にしている。
この屋敷に、私の味方は一人もいない。
陰口も今さらだから気にせず通り過ぎようとした。
「本当に気の毒だわ。どれだけ頑張っても、全部ヘスティア様の手柄になるのに」
「……?」
けれど私は立ち止まった。
思わぬ一言に動揺して。
「その話、本人は知らないのでしょう?」
「らしいわね。当主様は酷いことをなされるわよ」
「仕方がないわよ。そういう役回りとして生まれてきたんだわ」
「……そんな……」
まさか、そんな、嘘でしょ?
顔が青ざめたのがわかる。
私はいても経ってもいられず、噂の真偽を確かめに走る。
いくら私のことを娘と思っていない父でも、私を見下す姉でも、私の成果を横取りしているなんて考えたくなかった。
でも、一抹の不安が過る。
あの人たちなら……やりかねない。
私はノックもせずに、お父様の執務室を開けた。
「お父様!」
お父様はびくりと反応する。
普段は無視をするお父様も、私がいきなり入ってきたことには驚いた様子だった。
「なんだ? アストレア、ノックもせずに無礼だぞ」
「ごめんなさい。でも……お父様!」
走って来た私は呼吸を乱しながら、縋るように尋ねる。
間違いであってほしい。
首を横に振ってほしいと。
「私の新薬は、ちゃんと私が作ったと報告して頂いているのですよね?」
「――」
僅かに、お父様の眉が動く。
「お姉様の成果になんて……して、いませんよね?」
「……はぁ」
お父様はため息をこぼす。
その呆れの意味は……何ですか?
腕を組み、冷たい視線で私を見ながら言う。
「それの何が悪いんだ?」
「――!」
私は言葉を失った。
否定でも、肯定でもなくて、開き直った。
信じたくなかったけれど、もはや事実は覆られない。
「お父様……?」
「アストレア、お前の役目はヘスティアの役に立つことだ。聖女として役に立たないお前でも、それ以外で役に立つなら十分だろう?」
「……」
何が十分なんですか?
何が満たされるというのですか?
お父様の表情から、一切悪いことをしたなんて思っていないことが伝わる。
嫌というほど、わかってしまう。
この人にとって私は娘ではなくて、姉を支えるための道具に過ぎないのだと。
お姉様は知っていたのだろう。
だから言ったんだ。
無駄な努力と。
ああ、本当にその通りじゃないか。
「これからも励むといい。姉のために」
「……」
私は自分の人生を、自分のために生きることができないらしい。
◇◇◇
その日は何もする気が起きなかった。
新しい薬の開発に取り掛かろうと準備した素材が、乱雑に床に置かれている。
整理する気力も、勉強するやる気も出ない。
ただただ空しくて、少しずつ……苛立ちを覚える。
「なんで私ばっかりこうなの?」
期待を裏切ったから?
才能を持つ姉に全てを奪われても仕方がないの?
どんな努力も何もかも、優秀な姉に吸い上げられて、私の手元には何も残らない。
無能で役立たずな愚昧。
周囲が私を見る目は、小さいころから変わらない。
きっとこの先もずっと……。
ガチャリと扉が開く。
「アストレア、ちょっと何? 暗いんだけど? カーテンくらい開けたらどうなの?」
「……お姉様」
「じめじめして暗くて気持ちが悪い場所ね。こんな場所で研究なんてしてるから、アストレアは真っ当な聖女になれないのよ」
「……」
苛立ちを感じてしまう。
私の成果を横取りして、評価を上げているだけの癖に……と。
無意識に、敵意のような視線を向けてしまった。
それが姉を苛立たせる。
「何よその眼は? 文句でもあるの」
「……別に」
「ふんっ、あるわけないわよね。聖女の癖に奇跡も起こせない落ちこぼれだもの。そんなあなたは、私の役に立つことだけしていればいいのよ」
「……」
ああ、どうして?
聖女は神様に選ばれた乙女で、清らかな心の持ち主に力が宿ると言われている。
もし本当なら、神様は意地悪だ。
こんな人にばかり……力を与えている。
「アストレア、明日縁談があるわ。出席しなさい」
「……またですか?」
「ええ。相手は過去最低よ。どこの田舎貴族かもわからないわ。家名を聞いても全然ピンとこないの。よくそんな地位で私に縁談を申し込めたわね」
やれやれとお姉様はため息をこぼしながら首を振る。
時折ある。
ダメ元で、お姉様との縁談を申し込んでくる地位の低い貴族が。
今回もそのパターンで、お姉様はとても不機嫌だった。
プライドの高いお姉様にとって、地位の低さを理解しない貴族と話す時間など無駄なだけ。
必然的に私が出席して、あしらうことになる。
「……もう、やめようよ」
「は?」
ふいに本音が漏れてしまった。
色々嫌になって、暗い感情があふれ出ていたせいだ。
私は口にした直後に、しまったと後悔する。
お姉様はあっという間に不機嫌さが増して、私を睨みつける。
「何言ってるの?」
「……だ、だってこんなこと、相手に失礼だし。婚約する気がないならちゃんと断った方が」
「私に口答えする気? いい度胸じゃない。足手まといの癖に」
「っ……」
いつになくハッキリと暴言を吐き捨てられる。
不機嫌なお姉様は、近くにあった小瓶を掴み、私に投げつけてくる。
「や、やめてお姉様!」
「あなたが口答えなんかするからでしょ? いいから従いなさい。あなたにできることなんて、それくらいしかないのよ」
お姉様は床に置かれた素材の木箱を乱雑に蹴飛ばし、必要以上に部屋を荒らして出ていく。
私にとって唯一の居場所だったこの部屋も、結局はお姉様のために用意された舞台でしかなかった。
どこまでいっても私は、お姉様を支える道具でしかない。
もういっそ、こんな家を出られたら……。
とか思っても、飛び出す勇気も覚悟もない私は、言われた通りにするだけだった。
◇◇◇
翌日。
私は姉の代わりに縁談に向かう。
今回は少し特殊で、縁談の場所は相手の屋敷になった。
本来ならありえないことだ。
同じ貴族でも身分に差があれば、高いほうに従うのが普通なのに。
そういう常識のないところも、姉を苛立たせたに違いない。
私は馬車に揺られ、二日かかる遠方の領地に足を運ぶ。
そこは隣国ベスティリアの国境付近だった。
街もなく、暮らしている人々もいない。
こんな場所を領地にしている貴族がいたことにも驚いたけど、案外立派な屋敷が一軒だけ建っている光景にも驚かされた。
「こちらになります」
「ありがとうございます」
到着した私は執事に案内され、屋敷の一室前にたどり着く。
この部屋に、変わった領主様がいるらしい。
少しだけ興味が湧く。
そして、なんとなく予感がした。
私が求めていたものがこの先にあるような……漠然とした予感が。
まるで吸い寄せられるように、私は扉を開ける。
「ようこそ、我が領地へ」
「――あなたは……」
一目見て、違うとわかった。
銀色の美しい髪と、左目を黒い眼帯で隠している。
眼帯に縫い込まれた紋章は、この国の物ではなかった。
話には聞いたことがある。
生まれながらに片目の光を失った隣国の第二王子。
「シルバート殿下?」
「ああ、もう気づいたのか。やっぱりこの眼帯は目立つな」
「どうして殿下がここに? ここはベスティリア王国の領地では」
「わかっているよ。とりあえず座ってくれ」
「は、はい」
訳がわからぬまま、私は殿下の前のソファーに腰を下ろす。
案内してくれた執事の入れたお茶を殿下は飲み、一呼吸置く。
「君は妹のほうか?」
「は、はい。アストレア・ウィンドロールです」
「そうか、君が……なるほど」
殿下は私の顔をじっと見つめている。
灰色の片方しかない瞳で。
シルバート・ベスティリア第二王子。
生まれながらに病で片目の光を失い、片目を眼帯で隠して生活している。
文武両道、優れた才能を持つお方ではあるけど、変わった性格をしているとも聞いている。
貴族や王族の価値観に縛られず、自由奔放に、我が道を行く生き方は、一部の貴族たちからはロクデナシと揶揄されている。
しかし国民からの支持は高く、他人との距離感を測るのが上手いため、他国に多くの友人を持つとか。
私も噂しか聞いていなかった凄い人物が、なぜか目の前にいる。
「どうして殿下がこちらに? 私はカパート伯爵様とのご縁談だとお伺いして」
「ああ、それは俺が作った架空の貴族だ」
「か、架空?」
「最初から本当の名を明かすと、名につられた奴らが来てしまうからな。安心しろ。この国の王子から許可は貰っている。あいつとは仲がいいんだ」
さっきから何をおっしゃっているのか理解できなかった。
わざわざ他国で偽りの家柄を名乗り、縁談を持ちかけてきた理由は何なのか。
頭の中には疑問しか浮かばない。
「混乱しているな。まぁ無理もない。別に難しい意図はないぞ? 俺は本気で、婚約相手を探しているんだからな」
「ど、どうしてこんな回りくどい方法をされているのですか? 殿下ならこんなことせずとも、いくらでもお相手はいらっしゃるはずではありませんか?」
「それじゃ意味がないんだ。俺の名につられてくる相手は、俺ではなく俺の地位や権力目当てだからな。俺はそういう相手と関わる気がない。だから試しているんだよ。辺境の貴族を騙り、わきまえない態度をとって、それでも関わろうとする者がいるのか」
殿下はニヤリと笑みを浮かべ、私の顔を指さす。
「君が初めてだ。この縁談にやってきたのは」
「初めて……」
「ああ、これまではやる以前に断られていた。まぁそうだろうな。誰もこんな訳の分からない貴族の男と婚約したいとは思わない。今回もダメ元だったが君が来てくれた。正直ちょっと嬉しいよ」
「嬉しい……ガッカリしたの間違いではありませんか?」
ふと、声に漏れた。
卑屈なセリフが、感情が。
殿下に対して無礼だとか思う以前に、なんだか悲しくなってしまった。
「ガッカリ?」
「……私は出来損ないの妹のほうですよ? 縁談相手なら、お姉様に来ていただいたほうがよかったはずです。お姉様もお相手が殿下ならきっと……」
「はぁ……話を聞いていなかったのか? 俺は、お前が来てくれて嬉しかったと言っているんだ」
「……え?」
俯きかけていた顔を素早く上げる。
殿下は私を見つめている。
力強く、まっすぐに、真剣な表情で。
「俺が求めているのは地位や権力じゃない。そういうものに左右されない感性を持った相手だ。そういう意味じゃ君はピッタリだな」
「えっと……でも私は落ちこぼれで」
「そう自分を卑下するな。君は自分が思っている以上に優秀だよ。たった一人で新薬を八つも作るなんて大したものだ」
「――! どうしてそれを」
私の新薬は国内でしか使われていないはずだ。
他国にまで情報を……しかも、作ったのは私じゃなくて姉ということになっているのに。
殿下はとんと、眼帯に触れる。
「俺は眼がいいんだよ」
「眼?」
殿下が触れている方は、生まれながらに光を失っている左目だった。
私は首をかしげる。
すると殿下は答え合わせをするように、左目の眼帯を外した。
そうして目を見開く。
青く澄んだ瞳が、こちらを見ている。
「綺麗……」
「俺の眼は見えないんじゃない。特別見え過ぎる眼なんだよ」
「どういうことですか?」
「いろいろ見えるんだよ。この眼を通せば相手の真意とか、これまでのこととか、秘められた力も含めて、その対象の情報を読み取れる。そういう類の神眼を生まれながらに持っていたんだ」
殿下は語る。
生まれた時から彼の瞳は特別で、あらゆる真実を見抜く眼と噂されていた。
そんな彼が瞳を閉じ、力のことを隠すようになったのは物心ついてすぐのことだった。
彼には見えてしまう。
近寄ってくる者たちの下心が。
綺麗事を並べる者たちの心が、黒くよどんで見えたという。
「だから俺は隠すことにした。父上たちも、力に寄ってくる者たちを警戒していたから、秘密を知る者は数少ない」
「そ、そんなことを私に教えてしまって、よかったのですか?」
「よくはないな。だが、こうしたほうが婚約の話を進めやすい」
「え?」
婚約?
殿下は確かにそういった。
「誰と……?」
「君以外に誰がいるんだ?」
二度目の驚きに言葉が出なかった。
固まる私に殿下は続ける。
「君は自分を勘違いしている。普段閉じている眼で直接見ずとも、君のことは何となく見えていた。それは紛れもなく、君の中の聖女の力故だ」
「聖女の……でも私は……」
「落ちこぼれだと? 俺はそうは思わないがな」
「ど、どういう」
ことですか?
私は聖女として落ちこぼれで、祈りもまともにできないのに。
「悪いが全て教える気はない。俺たちはまだ、赤の他人だ」
「……」
「だが婚約を結べば変わる。俺の眼で見えたことを君に伝えてもいい。君が俺との未来に期待してくれるのならな」
「殿下との……未来?」
私が殿下と婚約して、その先にある未来。
ダメだ。
まったく想像できない。
私が一国の王子様と婚約するなんて考えたこともなかったから。
「アストレア、君はどんな人生を歩みたいんだ?」
「どんな……?」
「ああ、君は今、幸せか?」
「――」
心の中で風が吹き抜けるような感じがした。
殿下の問いに私は応える。
偽りなく、思うままに。
「幸せじゃありません」
ああ、そうだ。
私は一度も幸せなんて感じていない。
「私は別に、聖女になりたかったわけじゃない」
生まれが聖女だった。
そして、双子の出来損ないな妹だった。
「私がどれだけ頑張っても、全部お姉様の成果になってしまうんです」
それが悲しくて、腹立たしいと思うようになった。
お父様ならきっと、立場を弁えろと言うだろう。
何が立場だ。
正しいことをしたって、私は否定される。
そんな毎日を過ごして、幸せなんて感じられるはずがない。
「私は……ただ、頑張ったら褒めてほしい。ちゃんと私を見てほしい。そういう、当たり前の生活がしたいんです」
「それが君の幸せなんだな」
「はい」
それだけでいいんだ。
特別なことなんて何もいらないから。
平穏で、ありきたりで、幸福な日々を……。
「ならその夢、俺が叶えよう」
殿下は手を伸ばす。
私に向けて。
「俺と婚約してくれ。君の未来は俺が保証する」
「……私でいいんですか? 優秀なお姉様じゃなくて」
「君のほうが優秀だ。俺の眼はそうだと言っている。だから君で、いや、君がいい」
「――」
身体が、心が震える。
生まれて初めてかもしれない。
私を必要としてくれた人は……。
だから私は、その手をとった。
「よろしく……お願いします」
「ああ、こちらこそ」
この人と一緒に生きて行く未来を、期待して。
◇◇◇
アストレアが去り、シルバートは見送る。
一人で自室に戻った彼の下に、長年付き添った執事が顔を出す。
「お疲れ様でした。坊ちゃま」
「ああ、疲れたよ」
「お決めになられたのですね?」
「……不服か?」
「いいえ、坊ちゃまがお決めになられたのであれば、私は何も言うことはございません」
「そうか。これで兄上や父上も、俺に面倒な縁談を持ちかけてこなくなる」
彼は自らの将来を、政治に利用されることを拒んでいた。
特別な瞳と、王子という地位。
彼に取り入ろうとする貴族は多く、国王にとっても有力貴族や他国と懇意にするために、彼の存在は大きな意味を持つ。
自分の意志で愛する相手も選べないことに、彼は苛立っていた。
だからそれに歯向かうようにと、偽りの名を名乗り、地位に縛られない相手を探した。
全ては政治に利用されることを避けるために。
だが、それだけではなかった。
「爺」
「なんでしょう?」
「やはり緊張するな。将来、自分が愛するとわかっている相手を、口説き落とすのは」
「――左様ですね」
シルバートの瞳は知っている。
彼女こそが、運命の相手であると。
そして彼女こそが、真の聖女であることも。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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