表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

連載候補短編

【連載版始めました!】姉の身代わりで縁談に参加した愚妹、お相手は変装した隣国の王子様でめでたく婚約しました……え、なんで?

作者: 日之影ソラ

ご好評につき連載版スタートしました!


https://ncode.syosetu.com/n8895ie/


ページ下部にもリンクがあります!

ぜひ読んでください!

「私が婚約したいのはあなたではありません」

「……」


 わかっている……そんなこと。

 何度目かわからないセリフを耳にして、私の心はつめたくため息をこぼす。

 だけど実際、ため息をこぼしたのは私じゃなくて、縁談相手のほうだった。


「はぁ……せっかく縁談の場を設けたというのに、なぜあなたのほうが来てしまうのです?」

「……」

「私が婚約を申し出たかったのはあなたではなく、優秀なお姉さんのほうだったのですが……」


 そう言いながら呆れ、睨むように優秀じゃない私を見る。

 私にそんな愚痴をこぼしたって無駄だ。

 そんなこと言われても、私の意思でここにいるわけじゃないのだから。

 縁談相手は黙っている私を見て、何度もため息をこぼす。


「はぁ……つまりこういうことですか? ウィンドロール家は、我々と懇意にするつもりはないと?」

「……」


 私は黙る。

 その質問は、私が答えられるような内容じゃない。

 また、ため息をこぼされる。

 彼はおもむろに席を立ち、壁にかけられたコートを手に取って身にまとう。


「そちらがその気になら、我々もこれ以上無駄な時間を使いたくありません。失礼させていただきます」

「……はい。貴重なお時間を頂きありがとうございました」

「まったくですよ。こんなふざけた対応は初めてです」


 すみません、とは言えない。

 へりくだったり、謝ることはしないように教育されているから。

 ただ、意図は見え透いているとは言っても、こんな風にあしらわれる彼には少し同情する。

 彼は扉に手をかける。


「あなたも大変ですね。優秀すぎる姉がいると」

「……」


 そう言って立ち去っていく。

 最後に同情されてしまった私は、ようやく初めてため息をこぼす。

 天井を見上げて、呟く。


「……本当にそうですよ」


 無意味な縁談を終えて、しばらく部屋でじっとしていた私は重い腰をあげる。

 いつまでもじっとしていたら、また愚鈍だと馬鹿にされてしまう。

 私は部屋を出て廊下を歩き、縁談結果をお父様に報告するため執務室を目指していた。


「あら? もう終わったの?」


 道中、ふいに声をかけられた。

 振り向かずとも笑みを浮かべているのがわかる。

 私は立ち止まり、声のする方へと顔を向ける。

 そこには、私によく似た……ううん、そっくりな女性が立っている。

 自分でも驚くほど、顔の形や背丈も一緒で、違うのは髪と目の色くらいだ。


「お疲れ様。今回もちゃんと断られたかしら? アストレア」

「……ヘスティアお姉様」


 私たちは双子の姉妹。

 姉のヘスティアと、妹である私。

 よく似ているのは当然で、けれど決定的に違う。

 何もかもが。


「その様子ならいつも通りだったみたいね。相手の方はどんな反応をしていたかしら?」

「……呆れて、怒っていました」

「そう、滑稽ね。私が縁談を受けると思ったのかしら? たかだか中流階級の貴族相手に、私の貴重な時間を割くわけないじゃない。あなたもそう思うでしょ?」

「……」


 彼女は優雅に笑みをこぼしながら同意を求めてくる。

 私は頷きもせず、ただ黙っている。

 すると彼女は決まって、ため息交じりに呟く。


「相変わらず可愛げがないわね。根暗で能無し、こんなのが本当に私の妹なのかしら。いつも疑ってしまうわ」

「……」

「何黙っているのよ。無能でごめんなさいって謝りなさいよ」

「……ごめんなさい」


 私が謝ると、お姉様は満足げに笑みを見せる。

 お姉様は私のことを見下している。

 姉妹だとすら思っていない。

 けれど、私がお姉様より劣っているのは周知の事実だった。


「はぁ、スッキリしたわ。それじゃ私は教会でお祈りをする時間だから、もう行くわ」

「……お気をつけて、お姉様」

「あなたは家でのんびり、無駄な研究でもしているといいわ」

「……」


 そう言ってお姉様は背を向け、廊下を歩き去って行く。

 王都の教会へ向かう。

 聖女としての役割を果たすために。


 私たちは生まれた時から特別な双子だった。

 神に愛されし乙女……聖女。

 あらゆる奇跡を祈りで起こし、どんな病や傷も完治させる。

 魔を退ける光の結界を生み出し、人々の生活を守護する役割を担う。

 そんな奇跡の存在に、私たち双子は選ばれた。

 聖女は一世代に一人だけ。

 つまり世界中探しても、聖女は一人しか存在しない。

 けれどそんな常識を私たちは覆した。

 双子だったことが影響したのだろうと、研究者たちは語る。

 私たちは史上初となる二人の聖女として誕生した。

 両親は凄く喜んで、私たちの生まれたウィンドロール伯爵家は、王家から公爵の地位を頂けた。

 私たちは期待されていた。

 順調だった。

 生まれた直後は……。


 身体が成長し、物心ついたころだった。

 私たちの宿った聖女の力には、大きな差があることが発覚した。

 姉は天才だった。

 誰に教わるわけでもなく、幼くして聖女の力を使いこなし、祈りで奇跡を起こして見せた。

 対して私は、何もできなかった。

 どれだけ祈っても奇跡は起きない。

 聖女らしく手元が光るだけで、癒しの力もか弱かった。

 その頃はまだ、今だけだろうと思われていた。

 もっと成長すれば自然に聖女の力も使えるようになって、姉と並ぶ存在になるに違いないと。

 けれど一年、五年、十年経とうとその差は埋まることはなかった。

 それどころか私たち姉妹の差は大きく広がった。


 いつしか、私を見る周囲の目は冷ややかになった。

 姉の影に隠れた出来損ない。

 聖女の癖に奇跡も起こせない無能。

 肩書だけの役立たず。

 酷い時なんて、神に背いた裏切り者なんて呼ばれてしまった。

 そんな私のことを、両親は庇ってくれなかった。

 逆に罵り、遠ざけた。


 姉と別れた私は、お父様のいる応接室に向かう。

 扉の前に立ち、トントントンと三回ノックをしてから名前を口にする。


「お父様、アストレアです」

「――入れ」


 低く冷たい声を聞き、私は扉を開ける。

 お父様は仕事中だった。

 書類の山に目を通し、私が入ってきても構わず仕事を続けている。


「失礼します、お父様」

「何の用だ?」

「はい。縁談のほうが終わりましたので、その、報告を」

「そうか。結果か?」

「相手の方はお帰りになられました」


 端的に伝える。

 お父様は書類をめくり、一切気にする様子はない。

 娘の縁談があったというのに、興味も示さない。


「そうか。わかった」


 ぼそりと一言口にする。

 何がわかったのだろうか。

 姉のように私のことを馬鹿にする様子はないけれど、興味を示してくれないのは悲しい。

 この人にとって私は、娘ではないのだろうかと……思ってしまう。

 私はこの空気が苦手だ。


「失礼します」


 報告を済ませて、そそくさと逃げるように背を向ける。


「アストレア」

「――はい」

 

 名を呼ばれて振り返る。

 久しぶりだった。

 お父様に名前を呼んでもらえるのは。

 少しだけ嬉しくて、明るい気持ちで振り返る。

 けれどお父様は目も合わせず、冷たく言い放つ。


「ヘスティアの邪魔だけはするな。お前はただ、言われた通りにしていればいい」

「――! はい」


 お父様からの忠告を受け取り、ほんの少しだけしていた期待は打ち砕かれる。

 わかっていたことなのに、私は落ち込みながら部屋を出る。

 一人とぼとぼと歩きながら、周りに誰もいないことを確認してため息をこぼす。


「……そんなこと、言われなくてもわかってるよ」


 私は出来損ないだ。

 そんな私のことを見てくれる人なんて、この世界には一人もいない。

 聖女の癖に何もできない私に、仲良くするだけの価値はなかった。

 今日みたいな縁談も初めてじゃない。

 元々はお姉様に来た縁談の話だけど、相手が自分に見合う相手じゃないとわかると、身代わりに私を出席させる。

 相手はお姉様が来ると思っているから、私が来て驚いたり、呆れたり、怒ったりする。

 当然ながら誰一人として喜ばない。

 偶に私を通してお姉様と仲良くなろうとして、一時的に婚約を結ぶこともあるけれど、私に利用価値がないとわかれば、すぐに婚約破棄され捨てられる。

 だから、今回みたいにハッキリと、最初に断ってもらえるほうがマシだと思えるようになった。


 お姉様はというと、身分的に見合った相手との縁談には出席するけど、趣味が合わないとか、顔が好みじゃないとかいう理由で全て断っている。

 とても酷い対応をしている。

 けれどお姉様には聖女の立場があるから、誰も文句は言えなかった。

 みんなお姉様と懇意にしたがるのは、聖女の力をもつ特別な女性の血を、自らの家系に取り入れたいがためだ。

 次代の聖女は、血縁者から生まれることが多い。

 私とお姉様の場合は違ったけれど。


 私は自室にたどり着く。

 テーブルの上には書類の山と、中身が空になった小瓶が置かれている。

 床の木箱には薬草などの素材。

 さながら小さな研究室だ。


「……よし」


 気持ちを切り替えて今日も頑張ろう。

 私はここで、新薬の研究をしている。

 聖女としての力が弱い私は、お姉様のように祈りだけで他者を救うことはできない。

 だから私は、私なりの方法で国に貢献しようと思った。

 祈りは通じなくとも、薬なら多くの人々を助けることができる。

 期待されなかった私は時間だけはたっぷりあった。

 屋敷の書物を読み漁り、独学で薬草やハーブなどの知識を身に着け、お父様に頼んで設備を用意してもらい、日夜研究に励んでいる。

 お姉様は無駄な努力と言うけれど、着実に成果は上げている。

 これまで七本、新しい薬を開発してきた。

 そして今、八本目の新薬が完成間近だ。

 北の大地で流行っている伝染病に効く新薬。

 これを開発すれば多くの人々が病から解放される。

 聖女の祈りは届かなくても、薬なら遠く離れた地の人々まで届いてくれる。

 無駄なんかじゃない。

 私がやっていることは必ず、多くの人々の役に立つ。

 そしていつか、私のことも……。


 二日後、新薬は完成した。

 完成した新薬をお父様に報告すると、いつものように私に代わって王国へ報告してくれる。

 製造法を伝えれば、宮廷にいる薬師の方々が量産してくれる。

 これで一つ、成果が積み上げられた。

 まだまだお姉様に追いつくことはできないけれど、少しでも近づくことができれば……。


 と、思っていたときだった。

 廊下を歩いていると、クスクス笑い声が聞こえてきた。


「聞きました? アストレア様、また薬を開発したらしいわ」

「そうなの? 頑張るわね、無駄なのに」


 話しているのは屋敷の使用人たちだった。

 彼らも私のことを馬鹿にしている。

 この屋敷に、私の味方は一人もいない。

 陰口も今さらだから気にせず通り過ぎようとした。


「本当に気の毒だわ。どれだけ頑張っても、全部ヘスティア様の手柄になるのに」

「……?」


 けれど私は立ち止まった。

 思わぬ一言に動揺して。


「その話、本人は知らないのでしょう?」

「らしいわね。当主様は酷いことをなされるわよ」

「仕方がないわよ。そういう役回りとして生まれてきたんだわ」

「……そんな……」


 まさか、そんな、嘘でしょ?

 顔が青ざめたのがわかる。

 私はいても経ってもいられず、噂の真偽を確かめに走る。

 いくら私のことを娘と思っていない父でも、私を見下す姉でも、私の成果を横取りしているなんて考えたくなかった。

 でも、一抹の不安が過る。

 あの人たちなら……やりかねない。

 私はノックもせずに、お父様の執務室を開けた。


「お父様!」


 お父様はびくりと反応する。

 普段は無視をするお父様も、私がいきなり入ってきたことには驚いた様子だった。


「なんだ? アストレア、ノックもせずに無礼だぞ」

「ごめんなさい。でも……お父様!」


 走って来た私は呼吸を乱しながら、縋るように尋ねる。

 間違いであってほしい。

 首を横に振ってほしいと。


「私の新薬は、ちゃんと私が作ったと報告して頂いているのですよね?」

「――」


 僅かに、お父様の眉が動く。


「お姉様の成果になんて……して、いませんよね?」

「……はぁ」


 お父様はため息をこぼす。

 その呆れの意味は……何ですか?

 腕を組み、冷たい視線で私を見ながら言う。


「それの何が悪いんだ?」

「――!」


 私は言葉を失った。

 否定でも、肯定でもなくて、開き直った。

 信じたくなかったけれど、もはや事実は覆られない。


「お父様……?」

「アストレア、お前の役目はヘスティアの役に立つことだ。聖女として役に立たないお前でも、それ以外で役に立つなら十分だろう?」

「……」


 何が十分なんですか?

 何が満たされるというのですか?

 お父様の表情から、一切悪いことをしたなんて思っていないことが伝わる。

 嫌というほど、わかってしまう。

 この人にとって私は娘ではなくて、姉を支えるための道具に過ぎないのだと。

 お姉様は知っていたのだろう。

 だから言ったんだ。

 無駄な努力と。

 ああ、本当にその通りじゃないか。


「これからも励むといい。姉のために」

「……」


 私は自分の人生を、自分のために生きることができないらしい。


  ◇◇◇


 その日は何もする気が起きなかった。

 新しい薬の開発に取り掛かろうと準備した素材が、乱雑に床に置かれている。

 整理する気力も、勉強するやる気も出ない。

 ただただ空しくて、少しずつ……苛立ちを覚える。


「なんで私ばっかりこうなの?」


 期待を裏切ったから?

 才能を持つ姉に全てを奪われても仕方がないの?

 どんな努力も何もかも、優秀な姉に吸い上げられて、私の手元には何も残らない。

 無能で役立たずな愚昧。

 周囲が私を見る目は、小さいころから変わらない。

 きっとこの先もずっと……。


 ガチャリと扉が開く。


「アストレア、ちょっと何? 暗いんだけど? カーテンくらい開けたらどうなの?」

「……お姉様」

「じめじめして暗くて気持ちが悪い場所ね。こんな場所で研究なんてしてるから、アストレアは真っ当な聖女になれないのよ」

「……」


 苛立ちを感じてしまう。

 私の成果を横取りして、評価を上げているだけの癖に……と。

 無意識に、敵意のような視線を向けてしまった。

 それが姉を苛立たせる。


「何よその眼は? 文句でもあるの」

「……別に」

「ふんっ、あるわけないわよね。聖女の癖に奇跡も起こせない落ちこぼれだもの。そんなあなたは、私の役に立つことだけしていればいいのよ」

「……」


 ああ、どうして?

 聖女は神様に選ばれた乙女で、清らかな心の持ち主に力が宿ると言われている。

 もし本当なら、神様は意地悪だ。

 こんな人にばかり……力を与えている。


「アストレア、明日縁談があるわ。出席しなさい」

「……またですか?」

「ええ。相手は過去最低よ。どこの田舎貴族かもわからないわ。家名を聞いても全然ピンとこないの。よくそんな地位で私に縁談を申し込めたわね」


 やれやれとお姉様はため息をこぼしながら首を振る。

 時折ある。

 ダメ元で、お姉様との縁談を申し込んでくる地位の低い貴族が。

 今回もそのパターンで、お姉様はとても不機嫌だった。

 プライドの高いお姉様にとって、地位の低さを理解しない貴族と話す時間など無駄なだけ。

 必然的に私が出席して、あしらうことになる。


「……もう、やめようよ」

「は?」


 ふいに本音が漏れてしまった。

 色々嫌になって、暗い感情があふれ出ていたせいだ。

 私は口にした直後に、しまったと後悔する。

 お姉様はあっという間に不機嫌さが増して、私を睨みつける。


「何言ってるの?」

「……だ、だってこんなこと、相手に失礼だし。婚約する気がないならちゃんと断った方が」

「私に口答えする気? いい度胸じゃない。足手まといの癖に」

「っ……」


 いつになくハッキリと暴言を吐き捨てられる。

 不機嫌なお姉様は、近くにあった小瓶を掴み、私に投げつけてくる。


「や、やめてお姉様!」

「あなたが口答えなんかするからでしょ? いいから従いなさい。あなたにできることなんて、それくらいしかないのよ」


 お姉様は床に置かれた素材の木箱を乱雑に蹴飛ばし、必要以上に部屋を荒らして出ていく。

 私にとって唯一の居場所だったこの部屋も、結局はお姉様のために用意された舞台でしかなかった。

 どこまでいっても私は、お姉様を支える道具でしかない。

 もういっそ、こんな家を出られたら……。

 とか思っても、飛び出す勇気も覚悟もない私は、言われた通りにするだけだった。


  ◇◇◇


 翌日。

 私は姉の代わりに縁談に向かう。

 今回は少し特殊で、縁談の場所は相手の屋敷になった。

 本来ならありえないことだ。

 同じ貴族でも身分に差があれば、高いほうに従うのが普通なのに。

 そういう常識のないところも、姉を苛立たせたに違いない。

 私は馬車に揺られ、二日かかる遠方の領地に足を運ぶ。

 そこは隣国ベスティリアの国境付近だった。

 街もなく、暮らしている人々もいない。

 こんな場所を領地にしている貴族がいたことにも驚いたけど、案外立派な屋敷が一軒だけ建っている光景にも驚かされた。


「こちらになります」

「ありがとうございます」


 到着した私は執事に案内され、屋敷の一室前にたどり着く。

 この部屋に、変わった領主様がいるらしい。

 少しだけ興味が湧く。

 そして、なんとなく予感がした。

 私が求めていたものがこの先にあるような……漠然とした予感が。

 まるで吸い寄せられるように、私は扉を開ける。


「ようこそ、我が領地へ」

「――あなたは……」


 一目見て、違うとわかった。

 銀色の美しい髪と、左目を黒い眼帯で隠している。

 眼帯に縫い込まれた紋章は、この国の物ではなかった。

 話には聞いたことがある。

 生まれながらに片目の光を失った隣国の第二王子。


「シルバート殿下?」

「ああ、もう気づいたのか。やっぱりこの眼帯は目立つな」

「どうして殿下がここに? ここはベスティリア王国の領地では」

「わかっているよ。とりあえず座ってくれ」

「は、はい」


 訳がわからぬまま、私は殿下の前のソファーに腰を下ろす。

 案内してくれた執事の入れたお茶を殿下は飲み、一呼吸置く。


「君は妹のほうか?」

「は、はい。アストレア・ウィンドロールです」

「そうか、君が……なるほど」


 殿下は私の顔をじっと見つめている。

 灰色の片方しかない瞳で。


 シルバート・ベスティリア第二王子。

 生まれながらに病で片目の光を失い、片目を眼帯で隠して生活している。

 文武両道、優れた才能を持つお方ではあるけど、変わった性格をしているとも聞いている。

 貴族や王族の価値観に縛られず、自由奔放に、我が道を行く生き方は、一部の貴族たちからはロクデナシと揶揄されている。

 しかし国民からの支持は高く、他人との距離感を測るのが上手いため、他国に多くの友人を持つとか。

 私も噂しか聞いていなかった凄い人物が、なぜか目の前にいる。


「どうして殿下がこちらに? 私はカパート伯爵様とのご縁談だとお伺いして」

「ああ、それは俺が作った架空の貴族だ」

「か、架空?」

「最初から本当の名を明かすと、名につられた奴らが来てしまうからな。安心しろ。この国の王子から許可は貰っている。あいつとは仲がいいんだ」


 さっきから何をおっしゃっているのか理解できなかった。

 わざわざ他国で偽りの家柄を名乗り、縁談を持ちかけてきた理由は何なのか。

 頭の中には疑問しか浮かばない。


「混乱しているな。まぁ無理もない。別に難しい意図はないぞ? 俺は本気で、婚約相手を探しているんだからな」

「ど、どうしてこんな回りくどい方法をされているのですか? 殿下ならこんなことせずとも、いくらでもお相手はいらっしゃるはずではありませんか?」

「それじゃ意味がないんだ。俺の名につられてくる相手は、俺ではなく俺の地位や権力目当てだからな。俺はそういう相手と関わる気がない。だから試しているんだよ。辺境の貴族を騙り、わきまえない態度をとって、それでも関わろうとする者がいるのか」


 殿下はニヤリと笑みを浮かべ、私の顔を指さす。


「君が初めてだ。この縁談にやってきたのは」

「初めて……」

「ああ、これまではやる以前に断られていた。まぁそうだろうな。誰もこんな訳の分からない貴族の男と婚約したいとは思わない。今回もダメ元だったが君が来てくれた。正直ちょっと嬉しいよ」

「嬉しい……ガッカリしたの間違いではありませんか?」


 ふと、声に漏れた。

 卑屈なセリフが、感情が。

 殿下に対して無礼だとか思う以前に、なんだか悲しくなってしまった。


「ガッカリ?」

「……私は出来損ないの妹のほうですよ? 縁談相手なら、お姉様に来ていただいたほうがよかったはずです。お姉様もお相手が殿下ならきっと……」

「はぁ……話を聞いていなかったのか? 俺は、お前が来てくれて嬉しかったと言っているんだ」

「……え?」


 俯きかけていた顔を素早く上げる。

 殿下は私を見つめている。

 力強く、まっすぐに、真剣な表情で。


「俺が求めているのは地位や権力じゃない。そういうものに左右されない感性を持った相手だ。そういう意味じゃ君はピッタリだな」

「えっと……でも私は落ちこぼれで」

「そう自分を卑下するな。君は自分が思っている以上に優秀だよ。たった一人で新薬を八つも作るなんて大したものだ」

「――! どうしてそれを」


 私の新薬は国内でしか使われていないはずだ。

 他国にまで情報を……しかも、作ったのは私じゃなくて姉ということになっているのに。

 殿下はとんと、眼帯に触れる。


「俺は眼がいいんだよ」

「眼?」


 殿下が触れている方は、生まれながらに光を失っている左目だった。

 私は首をかしげる。

 すると殿下は答え合わせをするように、左目の眼帯を外した。

 そうして目を見開く。

 青く澄んだ瞳が、こちらを見ている。


「綺麗……」

「俺の眼は見えないんじゃない。特別見え過ぎる眼なんだよ」

「どういうことですか?」

「いろいろ見えるんだよ。この眼を通せば相手の真意とか、これまでのこととか、秘められた力も含めて、その対象の情報を読み取れる。そういう類の神眼を生まれながらに持っていたんだ」


 殿下は語る。

 生まれた時から彼の瞳は特別で、あらゆる真実を見抜く眼と噂されていた。

 そんな彼が瞳を閉じ、力のことを隠すようになったのは物心ついてすぐのことだった。

 彼には見えてしまう。

 近寄ってくる者たちの下心が。

 綺麗事を並べる者たちの心が、黒くよどんで見えたという。


「だから俺は隠すことにした。父上たちも、力に寄ってくる者たちを警戒していたから、秘密を知る者は数少ない」

「そ、そんなことを私に教えてしまって、よかったのですか?」

「よくはないな。だが、こうしたほうが婚約の話を進めやすい」

「え?」


 婚約?

 殿下は確かにそういった。

 

「誰と……?」

「君以外に誰がいるんだ?」


 二度目の驚きに言葉が出なかった。

 固まる私に殿下は続ける。


「君は自分を勘違いしている。普段閉じている眼で直接見ずとも、君のことは何となく見えていた。それは紛れもなく、君の中の聖女の力故だ」

「聖女の……でも私は……」

「落ちこぼれだと? 俺はそうは思わないがな」

「ど、どういう」


 ことですか?

 私は聖女として落ちこぼれで、祈りもまともにできないのに。


「悪いが全て教える気はない。俺たちはまだ、赤の他人だ」

「……」

「だが婚約を結べば変わる。俺の眼で見えたことを君に伝えてもいい。君が俺との未来に期待してくれるのならな」

「殿下との……未来?」


 私が殿下と婚約して、その先にある未来。

 ダメだ。

 まったく想像できない。

 私が一国の王子様と婚約するなんて考えたこともなかったから。

 

「アストレア、君はどんな人生を歩みたいんだ?」

「どんな……?」

「ああ、君は今、幸せか?」

「――」


 心の中で風が吹き抜けるような感じがした。

 殿下の問いに私は応える。

 偽りなく、思うままに。


「幸せじゃありません」


 ああ、そうだ。

 私は一度も幸せなんて感じていない。


「私は別に、聖女になりたかったわけじゃない」


 生まれが聖女だった。

 そして、双子の出来損ないな妹だった。


「私がどれだけ頑張っても、全部お姉様の成果になってしまうんです」


 それが悲しくて、腹立たしいと思うようになった。

 お父様ならきっと、立場を弁えろと言うだろう。

 何が立場だ。

 正しいことをしたって、私は否定される。

 そんな毎日を過ごして、幸せなんて感じられるはずがない。


「私は……ただ、頑張ったら褒めてほしい。ちゃんと私を見てほしい。そういう、当たり前の生活がしたいんです」

「それが君の幸せなんだな」

「はい」


 それだけでいいんだ。

 特別なことなんて何もいらないから。

 平穏で、ありきたりで、幸福な日々を……。


「ならその夢、俺が叶えよう」


 殿下は手を伸ばす。

 私に向けて。


「俺と婚約してくれ。君の未来は俺が保証する」

「……私でいいんですか? 優秀なお姉様じゃなくて」

「君のほうが優秀だ。俺の眼はそうだと言っている。だから君で、いや、君がいい」

「――」

 

 身体が、心が震える。

 生まれて初めてかもしれない。

 私を必要としてくれた人は……。

 だから私は、その手をとった。


「よろしく……お願いします」

「ああ、こちらこそ」


 この人と一緒に生きて行く未来を、期待して。


  ◇◇◇


 アストレアが去り、シルバートは見送る。

 一人で自室に戻った彼の下に、長年付き添った執事が顔を出す。


「お疲れ様でした。坊ちゃま」

「ああ、疲れたよ」

「お決めになられたのですね?」

「……不服か?」

「いいえ、坊ちゃまがお決めになられたのであれば、私は何も言うことはございません」

「そうか。これで兄上や父上も、俺に面倒な縁談を持ちかけてこなくなる」


 彼は自らの将来を、政治に利用されることを拒んでいた。

 特別な瞳と、王子という地位。

 彼に取り入ろうとする貴族は多く、国王にとっても有力貴族や他国と懇意にするために、彼の存在は大きな意味を持つ。

 自分の意志で愛する相手も選べないことに、彼は苛立っていた。

 だからそれに歯向かうようにと、偽りの名を名乗り、地位に縛られない相手を探した。

 全ては政治に利用されることを避けるために。

 

 だが、それだけではなかった。


「爺」

「なんでしょう?」

「やはり緊張するな。将来、自分が()()()()()()()()()()()()を、口説き落とすのは」

「――左様ですね」


 シルバートの瞳は知っている。

 彼女こそが、運命の相手であると。


 そして彼女こそが、真の聖女であることも。


最後まで読んで頂きありがとうございます。

楽しんで頂けたでしょうか?


ご好評につき連載版スタートしました!


https://ncode.syosetu.com/n8895ie/


ページ下部にもリンクがあります!

ぜひ読んでください!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
連載版スタートです! 下のURLをクリックしたら見られます

https://ncode.syosetu.com/n8895ie/

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 最後まで読んでいただきありがとうございます!
もしよければ、

上記の☆☆☆☆☆評価欄に

★★★★★で、応援していただけるとすごく嬉しいです!


ブクマもありがとうございます!

― 新着の感想 ―
[良い点] 聖女もの大好物なので、ぜひ連載を!
[一言] 王子の最後のセリフが気になりすぎるので続きを希望します! 王子の眼には自分が将来愛する人も視えるの? どんな風に視えるんだろう。 清らかな人に宿るはずの聖女の力が清らかとは最も遠そうな毒姉…
[一言] 連載読みたいです!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ