7 恋愛観
「えぇっ!本当に彼女さんいらっしゃらないんですか?」
F2がMCを務める週末深夜のトークバラエティー。
ゲストによる明るい声で恋愛の話が始まる。
スタジオセットは落ち着いた雰囲気のリビング。昨年まではスタイリッシュモダンの家具が置かれていたが、今はまるで山小屋を思わせるような温もりのあるものに変わっている。
正面より少し下手側に俺たちF2が座る大きめのソファー。より下手側の藤原智史と、どちらかといえば中央よりの俺、藤枝光稀。
そして上手側にゲスト用のソファーが配置されている。
まぁ、ゲストが大人数のグループとかだと若干変わってはくるのだが。
「本当にいないって。アイドルだからそう言ってるわけじゃなくてね」
今夜のゲストは雑誌の読者モデルから、今やトップアイドルの仲間入り。グラビア界の新星、田口ゆずはちゃん。愛称はゆずゆずだ。
ベリーショートの髪が目を引く元気キャラの現役女子高生は、唐突に恋愛話を切り出した。
「そもそも俺、出会いないし…みんなどうやって恋になるかわからないよ」
「出会いないんですか?女性の知り合いはいらっしゃるでしょう?」
突っ込んだ話を聞いてくるけど、言葉遣いや物腰は丁寧なので、それほど嫌な気がしない。
普段、SSRのアイドルにリアルな恋愛話なんて質問されない。
事務所の中には既に結婚していてアイドルを続けている先輩もいるけれど、ごく僅かだし、ファンも夢を見たいのであって、生々しい話題は聞きたくないのではないだろうか?
それとも、たまにはガチで恋愛の話をしたほうがいいのだろうか?
「俺は女性の知り合いおるよ」
「え?サトのはメイクさんとかスタッフだろ?それなら俺だって」
「ちゃう、おるよ。よく行くショップの人とか、その人の知り合いが友達になったり」
本日用意されたドリンクはメロンソーダ。ゲストであるゆずはちゃんのリクエストだ。
「まぁ、女性の友達はおるけど、そこから恋愛にはならんなぁ」
「女友達いらっしゃるんですね!素敵です!」
「素敵?そーなんだ?えっと、彼氏に女友達いても、浮気とか思わないの?」
男女に友情は成立するかしないか、これは永遠のテーマだと思う。それぞれの価値観がはっきり出るというか。
俺は一度呼吸を整え、智史にアイコンタクトを送る。このまま恋愛の話をしたものかどうか。
なのに相方は俺の視線に気が付かないふりをして、側にあるクッションを手にとり顔を埋めてモフモフしている。
なんだその癒やされ顔は、可愛いつもりか?可愛いけどな。
「秘密なら浮気。女友達いるってオープンなら大丈夫かなぁ、私は。その女友達と私も友達になって彼氏のこと色々聞くのって、楽しいと思います」
「せやな、秘密は確かにアカンな。これは嫉妬しやすい性格かってことちゃうん?」
「性別関係なくたくさんの友達がいるほうが好印象です。仲のいい人がいるってことは優しいとか気が利くとか、プラスの性格してるんだろうなーって思えるので。彼女のことも大切にしてくれそうです」
なるほどな。だが、女友達のいない俺にはなんと言っていいか…だからそのままの気持ちを呟く。
「俺は無理かな。彼女に男友達…。何人かみんなでワイワイするなら気にならなくても、二人きりで出かけたりされたら不安になる」
「あれやろ、彼女を信じひんとかやのーて、男友達の方を信じられへんのちゃう?」
「んー?実際にそうなってみないと、なんとも言えないところはあるな」
俺に彼女かぁ…想像できない。
女性にはあまりいい思い出がないから、積極的に恋愛をしたいとは思わないし。
「光稀さんって全く女性に興味ないのかと思ってました。嫉妬とかしそうって知れて良かったです」
「俺?ちゃんと女の子好きですよ」
「ちゃんとってつけるあたりが、なんやちゃんとしてへんみたいや」
俺は反論するため、歌番組で一緒になる大所帯の女性アイドルグループが好きだと告げる。
次に注目されそうな子を探したり、売れそうな企画を考えたりしているのだと説明すると、智史にそれは恋愛感情ではなく、ただのプロデューサー目線だと呆れられた。
ゆずはちゃんも困った顔で笑っている。
「ちなみに、今日会った女性を伺ってもいですか?」
今日?
「ヘアメイクさん、レーベル担当。…あとは、たぶん夜、衣装さんと…」
ふと、りこさんの顔が浮かんだ。
「うわぁ。見事にスタッフさんですね。私も人のこと言えないんで、芸能界以外の友人とはできるだけ会うようにしてるんですよ」
「へぇ、そうなんや。職場の知り合いは恋愛対象にならんの?」
「んー。いつも同じメンバーでいるよりも、新しい出会いを求めてって感じでしょうか」
新しい出会いないなぁ。
いつになく恋愛話で盛り上がったトークコーナーからCMを挟んで歌パートへ。
今週発売したシングルが歌手デビューになるゆずはちゃんが、その曲を。
そしてF2がファンからのリクエスト曲を披露する。
スタジオライブのセットはトークコーナーと反対側に作られている。
マイクテスト待ちのわずかな時間にゆずはちゃんが小声で話しかけてきた。
「すみません。SSRって恋愛禁止とかじゃないですよね?私、すごく失礼な話しちゃってました?」
あぁこれは、マネージャー辺りから注意されたな。
「気にせんでええよ。ほんまにアカンかったら収録とまるし。」
まぁ、そうだよな。
「俺も気にしてないよ。今日の収録話しやすかったし、またゲストに来てよ」
恋愛なんて面倒と思わずに、俺なりに考えて話をしたのは、彼女の作り出す空気感が良かったからだろうか。
またゲストに呼ばれるよう、今後も仕事を頑張ると明るい笑顔で答え、ゆずはちゃんは歌収録の為に俺たちから離れていった。
アイドルが出てくるのに歌のシーンがないのは、恋愛小説だから。その割にりこと光稀が一緒のシーンも少ない。早く告白するところを書きたい。
次回は今回の恋愛話を受けて智史が思う事を。