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推しの衣装を手がけてます!  作者: 葵 紀柚実
おまけの章 それからの二人
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57 寝耳に水

ドームクラスのコンサートなんて、俺の担当アーティストでは初めてだから、裏の広さに戸惑っていた。

さすがSSRの中でもダントツでファンが多い、国民的アイドルF2。舞台セットの規模も凄い。

ま、そんな戸惑いは態度に出さないけどな。


「倉沢さんはなんか、落ち着いてますよね」

「そうか?」

ほら、バレてない。

「十周年のネタとか仕入れたり、すぐに対応できたり。さすがですよ」

ゲストアーティストの付き添いなんて肩身が狭い。だからサヅの数人で隅に固まってモニターを確認する。

そう、本来ならコンサートが終了すると同時にTIMEのサプライズゲストが行われた事を情報解禁する予定だった。

が、それでは他の話題に負ける気がして、ステージ上に四人が上がった時点でネットに流す許可を取った。

もちろん、すんなり話が通るはずがない。

なのに、少し粘っただけで了承された。

それはそれで気持ちが悪い。

今日、何があるんだ?

何かあるに決まっている。


MCのあと、F2それぞれ一曲のソロ曲で後半戦の幕は上がる。

二人が揃ったところでTIMEのデビュー曲をF2アレンジで。

曲作りや後輩についての、ごく短いMC。

今までのツアーはそんな流れなのだと説明された。

だが今日は特別にTIMEとF2のコラボがある。


ストレッチをしたり、瞑想したり。

リハのあと、TIMEは練習着で過ごしていたから、目安としてMCまでに衣装とメイクその他準備をしておくように言い渡されていた。

通路の壁に貼られた模造紙。そこに書かれたセトリとタイムスケジュールを確認して、俺はTIMEの楽屋へ顔を出す。

そろそろだよ、と。

中では本間くんがスローステップでダンス?振り付け?を。

「ちげーよ。そこは右手上からすーっと」

「あ、そっか。ステージにいるのとモニター見てるのとで逆だわ。武井天才」

衣装は着てるし、ヘアセットも出来てるな。

俺が見に来なくてもマネージャーさんとか、周りには保護者がいっぱいだ。

「あ、倉沢さん。俺、F2のバックについてた時、この『夏空に飛行機雲』でソロ踊ってたんですよ。こう、手を飛行機のイメージでひらーって」

曲は終わったようだが、まだ余韻で手を動かす本間くん。あぁ、それで。

「本間が休みのときは俺担当だった」

へぇ、武井くんが?なら、二人はEGGの入所が同じぐらいなのだろうか。

これからもずっと担当するなら、EGG-KIDSのころの活動について調べておいたほうが話が通じるか。

一度りんりんちゃんに資料ないか聞いてみよう。

モニターが暗くなる。

ステージが暗転した。

MCが始まる。


『今日は俺から、報告することがあります』

お、いきなり十周年の話か。近況とか二人の仲良しトークなんかがあるのと思っていたのに。

『俺、藤枝光稀には、好きなひとがいます』

ん?今、なんて?

部屋を見渡すが、戸惑った顔のスタッフたち。お互い、理解が追いついていない。

モニターの中、客席もざわついている。

頼む、もう一度言ってくれ。できればゆっくり。

「久保田さんが許可出てるって。誰か知ってた?」

イヤモニを付けたスタッフが教えてくれた。

「知らないけど。え。誰からの許可?社長?」

「しっ!光稀くん何か言うみたい」

『ずっと隠していようと思っていたけど、限界を感じて』

『好きなひとがいます。俺から告白しました』

なんだよそれ。

告白?彼女ってことか?相手、は。

たぶんりんりんちゃんだよな?そうだよな?

スマホに表示された『Kくん』はやっぱり。

「あーじゃぁ、この間のゆずゆずってやっぱり光稀くん?」

「違うよ、別にいるんじゃん?」

あれ?そっか。田口ゆずはとの噂もあったな。

普通は衣装部のサブチーフなんて想像もつかないのか。

だよな。でも、きっとりんりんちゃんだ。


光稀くんの独白は続いている。

智史くんの程よいフォローで相手が芸能人でないことが知らされた。

「これ…ドッキリじゃないよな」

碓氷くんの呟き。

そうだ、俺が動揺してる場合じゃない。四人を、担当アーティストを気づかわねば。

けど、なんて言えば。

それに、どうしたってモニターに釘付けでほかになにもできない。


終わった。

言いたいことを言いたいように言い切ったMC。

合法でも浮気とかアイドルが言うべき単語じゃないのでは?

本当に許可出てたのか?


ソロ曲の衣装替えのために先に光稀くんがはけて、残った智史くんがさっき食べたケータリングのフレンチトーストが美味しいとかなんとか言っている。

あ、すっげえ甘い匂いが漂ってたあれか。

確かに美味しそうな匂いだった。

「そろそろ上手(かみて)の袖に準備お願いしまーす」

智史くんが舞台を下りると同時に光稀くんが現れる。

そのタイミングでTIMEに声がかかる。

こんな複雑な思いを抱えた客の前に出る予定ではなかったのに。

ステージの状態としては最悪だ。

けど、今から打てる策なんて。


「俺、感動したよ。光稀くんカッコいい」

「だな。正直、俺は何でもかんでもひけらかすのはどうかと思うし、優しい嘘ってのもあると思ってるけど」

「相手だれだろ?俺らの知ってる人だったりして」

「あれー?倉沢さんどうしたの?袖までついてくるなんて」

大丈夫、なのか?みんな。

「そんな心配そうな顔しないでくださいよ。こーゆーアウェイの舞台なんて、慣れてるから」

「そーそー。EGGじゃセンパイのコンサートでの無茶振りとかしょっちゅうだし」

そ、そうか?

まさか、ここで光稀くんの相手の検討がついてるなんて言う必要もないよな。

「頼もしいな。みんながステージ上がったら、SNSもサヅ公式アーティストページも、お知らせを更新する。生実況のように連投するから、こっちは任せて」

俺の言葉に四人から信頼の眼差しが返ってくる。

「倉沢さんも円陣入ってよ」

初めて顔合わせしたときより、チーム感が増したな。

ステージでは智史くんのソロも終わり、アコースティックギターの準備が。その時間を使ってF2はTIMEと揃いの衣装に早替え中だろう。


これはチャンスだ。

今回のことでF2から離れるファンもいるはず。

それを全部TIMEで頂くってのはどうだろう。

そうすれば、SSRからは流出を防げる。

ならば恩に着せることも可能では?

「たった一曲、されど一曲。ブチかまして行きまっしょい!」

本間くんの短く的確なコール。

「うぇーい!」

高まる、集中する。


全力でTIME推し。

それが俺の仕事だ。

『夏空に飛行機雲』って適当につけたタイトルだけど。

夏限定の清涼飲料水のCMとタイアップしてそう。アイスとか。

次回は次の日のりこさん。

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