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推しの衣装を手がけてます!  作者: 葵 紀柚実
三章 秘密の恋人
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55 心からの想いをこめて

ステージが暗転する。


そして、俺はメインステージから伸びた中央のセンターステージに向かった。

少しでもファンに近い位置で伝えたい。

そんな思いで花道を歩いてここに立つ。

ピンスポットが付く、会場全体もほんのりと明るい照明。

しかし、覚悟を決めたはずなのに、ぐるりとみんなに囲まれた場所は逃げ道を塞がれたようで、足が竦む。

5万5千の観客。

思わず右隣の智史を確認してしまった。

相方の存在は頼もしい。

「みんな、座ったってや。MCの時間や」

ふー。高鳴る鼓動を押さえるために俺は長い息を吐く。

智史から大丈夫か?と視線が飛んできた。

大丈夫、ではない。

けど、引き下がるつもりもない。


「今日は俺から、報告することがあります」

着席のざわめきが収まったのを確認して、ゆっくりめに言葉を紡ぐ。

手が、震える。

「俺、藤枝光稀には、好きなひとがいます」

瞬間、ピリっと空気が凶器のように震えた。

客席だけでない。背後、足元。裏方からもだ。

耳中に『許可は出ている、このまま行く』と久保田さんの落ち着いた声。

いつもは両耳からイヤモニを外して勝手気ままにMCをお届けしてる俺たちも、今日ばかりは付けたままだ。

右隣の智史は片耳を外しているが、きちんと指示は聞き取れている。

照明、カメラ、音響その他スタッフにも指示が届いたのか、少し空気感が落ち着いた。

が、ファンはまだ戸惑っている。

沈黙の次に訪れたのは、音の無いさざ波。

不安と戸惑いの息づかい。

そして、やっと、声が出始めた。

うそ。とか、やだ。

え?とか、ホントに?

なんて言ったの?

凍りついたような会場で、呟きにしては大きな声で、俺の耳まで届くものもある。

「ずっと隠していようと思っていたけど、限界を感じて」

歓迎された話じゃないってわかってる。だから、視線は床に落ちる。

見えるのは立位置を示すバミリだけ。

そんなんじゃダメだ。

顔を上げて、みんなに向き合わないと。

「好きなひとがいます。俺から告白しました。お付き合いすることになって、でも。隠し通す為に電話ぐらいしかできてなくて」

場内が明るい分、みんなの顔がよく見える。俯いているのは、泣いているからだろうか。

嫌だという声も聞こえる。

最前列のセミロングのファンが隣の友人に何か話しかけている。と、

「あ、こーきの相手は芸能人やないよ」

あたり前のタイミングで智史のフォロー。

『もしかして、ゆずゆず?』とか言われているのか。


「俺のプライベートを知りたくない人も、真実をきちんと知りたい人もいると思う。黙っているのが最善だと考えてたけど。あ、その。姉が、来年結婚することになって」

急に話が変わったとか思われてるかな。俺としては続いてる。

やば、汗が。変な汗が吹き出てきた。

「姉は。お相手の方に、弟がアイドルだって秘密にしてたんだ。それって、俺。表に出ちゃ迷惑なのかな?って思うし。それに、俺の思いを受け止めてくれた彼女も、内緒だから披露宴に出れないし、親族に紹介もできない」

昨日、姉にはMCで婚姻の話をすると連絡を入れておいたけど、まさか、彼女の話の流れで出てくるとは思うまい。

「アイドルって、なんなんだろう。好きな人を好きとも言えない。それって、じゃぁ俺、大好きなファンのことも好きって言えないってこと?」

これだけは言おうと考えていた言葉があっても、自分で何言っているかわらなくなる。

「みんなは、今日。F2のコンサートに参加することを、家族や友人に話してからきた?」

ぐるりと、ドーム内を見渡す。

「内緒の人はどうして?F2のファンって隠さなきゃいけないのは、寂しくない?話してから来た人は考えてみて、誰にも言わずにこっそり参加するのを。それって楽しいかな。もちろん、いろんな事情があって、人それぞれで、秘密にしながらも来てくれた事は、有り難いし、嬉しいよ?」

まー、内緒の場合、たかだかアイドルに一万近いチケット代払うなんて。とか家族に言われちゃう学生か。あるいは主婦か。

「俺は。俺が好きになった人、選んだ人は、みんなから隠さなきゃいけないような人じゃないと思ってる。芸能人じゃないから、公に出せないし、この人と言えないけど。少なくとも存在を否定する必要がないって、そう決めた。受け入れて貰えないかもしれないけど、けど」

あぁ、もう。

準備してた通りに言葉が出ない。

あと、何を言うつもりだった?

「こーき。これで、涙ふけや」

そっと近づいた智史からのタオル。

涙?

「は?汗だし。泣いてないし」

「そうか?なら、早うふけ。落ち着け、みんなちゃんと受け止めてくれるから」

俺にだって、ツアータオルが準備されている。すぐそこにあるから、わざわざ智史から借りなくても済むはずなのに。

目の前に突きつけられたタオルに顔をうずめると、安心感からか、目頭が熱くなる。

智史の言う通り、俺、泣きそう。

いやいや、泣いてはいない。まだ。


「んー?なに?」

智史が客席と会話してる?

俺が汗を拭いてスポドリ飲んでるときに、呑気なもんだ。

いや、少しでも客席を和ませてくれてるのか。

「俺?知っとったよ。告白するよう仕向けたんは俺やし。そうすると、共犯やね。ごめん、みんな。全部俺のせいや」

「ちょっ、サトは関係ない」

「俺も、このさいやから根っからの気持ち出してもええか?」

は?そんな段取り聞いてない。

つか、俺もまだ話しきってないのに?

『勝手にしろ、責任は取りたくないがな』

久保田さん?それ、指示になってないですよ。

「こーきの彼女、俺も、よう知ってる人なんや」

客席はもう、ざわつかない。

これ以上何を言われても驚かないのか、全て聞き逃さないように構えているのか。

「昔からのファンやったら、知ってると思うねんけど、こーき、色々あったやろ?なんやろ、コイツ報道されやすいんかな?顔かな?態度か?」

昔、報道。それでファンは何の話をしているかわかったようだ。

具体的な事を言わなくても。

「それで一時期、心がすさんだのを隣で見てきてん、俺。みんなの前で笑えなかった時期、裏ではもっと酷い顔してた。それが少しづつ表情を出せるようになって。去年…ぐらいか、気になる人ができて。こーきはただの知り合いとしか思ってないようやったけど、俺からしたら、気になってるってだけで進歩やな、と」

智史は一度、俺を見た。

何を言い出すか気が気じゃない俺はずっと智史を見てたから、目が合う。

「それからやな。笑顔とか表情が豊かになって。闇の貴公子の闇部分が薄れてええんかい!って突っ込み入れたくなったけど、貴公子部分が前に出るんやからええか?とか思ってた」

「なんだよそれ。知らなかった」

「言ってへんし。それでもアイドルにしたら闇持ちやったよ?」

いやいや、だから、闇ってなんだよ。

そーゆー表現、俺にはわかりにくいんだよな。

「なぁ、心に傷が付いたこーきが人を好きになるまで回復したなら、それは、素敵なことやない?俺、側で見てて、好きだって気づくまで、告白しようとしてるとき。こーきの気持ちが叶ったとき。戸惑ったり慌てたりいろんな表情見てきてん。ホンマ、人間らしいっちゅうか、なんて言ったらええかわからんぐらい、最近のこーき、好きやねん」

「え。そーなのか?俺も。相方がサトで良かったって」

「なんや、俺ら相思相愛や。まぁそんなん、昔からやけどな?」

「ちょっ、待て。今ユニットの話ししてるときじゃ」

ファンが黄色い声で喜んでるし。

智史のやつ、ハグしてくんな。

暑苦しい。


「そろそろこーき、まとめや」

は?

自分の言いたいこと言ったらこっちに無茶振りかよ。

「えっと。まとめ、か。今日、言いたいことはシンプルに二つだけ。恋人がいるってことと、嘘はつきたくないってこと」

そして、深々と頭を下げる。

みんなに誠意を込めて。

「不安な思いをさせたり、不甲斐ない俺でごめん。もう、偽ったり繕ったりしない。だから、そんな俺でもよかったらこれからも応援してほしい」

気がつくと隣でも、智史が礼を尽くしていた。

「そんな俺ら二人でF2なんや」

って。

客席からの拍手。

俺たちを呼ぶ声。

良かった、受け入れられた。

中には今日でファンを辞めてしまう人もいるだろうけど、ひとまずは。

「光稀!おめでとう!」

直接の声を聞きたくて、片方のイヤモニを外していたからか、俺への声が届く。刺さる。

「光稀くん!大好き!」

「幸せにねー!」

涙が、こぼれた。




いつもMCは二十分から長いと三十分は喋っている。だから、今日の話は特に長いわけでもない。

予定では来年の十周年企画を発表するのだが、なんか流れ的に違う気がする。

迷って視線が久保田さんのいる辺りへ。もちろん、この距離からは顔が見えない。

と、耳中、イヤモニに『来年の発表はアンコールのMCに回す。その分、自由に話せ』欲しい人からの指示がきた。

『席を立たなかった客だ。楽しませろ、できるな?』

久保田さん、誰に言っている。

何もかもさらけ出した後だ、もう怖いものもない。


「なー、彼女とどっか行きたいとことかあんの?」

「え?今その話?それ、もう止めたほうが」

「そうか?今日逃したら、テレビでもラジオでも、こーき、隠しそうやもん」

「は?それこそないって。今、隠し事しないってみんなに宣言したばかり」

「嘘はつかんでも、黙秘権行使しそうやね」

う。

確かに、今後改めてりこさんと二人きりのことを話すのは、どうも気恥ずかしい。

今も、ドライブしたときのことは言ってないし。

聞かれてないから言わないだけで、隠しては…ない。

「あ、観覧車」

「はい?こーき?」

「観覧車に乗りたいと。あれ?行きたいところだよな?聞かれてたの」

智史の質問に答えただけなのに、キョトンとした顔された。

「こーき、お前なぁ。観覧車て、中学生の初恋デートか!」

笑うし。

ま、つられて俺も笑ってしまったから、良しとしよう。

大人だって観覧車乗るだろって言い返しても良かったけど、ファンの和やかな笑顔を見たら、智史が、わざと子供っぽい雰囲気にしたのだろうとわかったから、黙っていた。


「あぁ、そうだ。えっと、提案。というか。ざわついちゃったみんなにこんなことを言ってみたら?って言われてるんだけど…」

すっかりいつものMCみたいになったから必要ないかもしれないが。

左右にある巨大モニターに映すためのカメラ。

は、あれか。

俺が何を言おうとしてるか察した智史がマイクを通さず小声で囁いてくる。

「アレ、言うんか?」

と。

確かにすごいセリフだなと俺だって思う。

ファン目線のりこさんが、言われたら一生付いていく!とか興奮してたから。

ファンも喜ぶだろうし、提案したりこさんも聞きたいに違いない。

なら、出し惜しみせず言えばいいだけ。

ちょっと(はす)にまえてカメラを睨む。


「俺と、合法的な浮気しない?」

ウインクしたあと、舌で唇をひと舐め。



客席の黄色い声援は狂喜乱舞と化し、このコンサートのMCは伝説級になった。

今回で最終回のつもりでしたが、突然の発表に驚いている人がいると思うのでもう少し続けます。

二人もデートしたいだろうし。

次回はコンサート終わりの記者会見。

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