42 不安
花屋の少年は恋をする。
いや、青年か?
実家が花屋の俺は、嫌嫌ながらも店を手伝い日々をなんとなく過ごしている。
そこに現れる少女。
花を通しての交流から恋心へ。
『すれ違いの花言葉はどこへ』
ありきたりだよな、この話。
藤枝光稀主演、それなら視聴率は取れると思われているのだろうか。
俺のこと買いかぶり過ぎだろ。
ヒロインは昨年の映画でデビューした、まだ幼さの残る高校生だった。
ドラマ出演の話は有り難いと思っているし、役作りで髪も染めた。
「光稀くん、次は水切りね」
「はい、それはもう大丈夫です」
幼い頃から家業を手伝っているのだから、嫌がっていても花を扱うのは手慣れたもの。で、なければならない。
現場ではフラワーアレンジメントの指導資格を持った方から花束作りの基礎を教わっていた。
「飲み込みが早いのね、そしたら今日はブーケを素材選びから一人で作ってみましょうか」
「はい」
出来上がったら声をかけてと言い残し、先生は去っていく。
セットの花のチェックもあるし、忙しそうだ。
まず、中心にする花を選んで、と。
花束。
正直、馴染みがない。
SSRはファンから品物を徹底して受け取らないから、誕生日でも事務所には手紙しか届かないし、舞台に届くフラワースタンドも関係者から最低限だ。
唯一頂くとすれば、ドラマや舞台の最終日にスタッフから。
けど、それは抱えるほどの大きく立派なもので、俺が今から作ろうとしているミニブーケとは似て非なるもの。
俺から誰かに贈ったりもしないし。
あ、りこさん。
彼女にはまだ、何も贈っていない。
ひまわり。
俺が手にしたのは、小ぶりのひまわり。
前回の撮影で、こんなに小さいのもあるんですね?って聞いた花。
りこさんは普段、青いものを身に付けているけれど、それは俺の好きな色で俺のメンバーカラーだからだろう。
でも、きっと他の色も似合うはず。
淡いピンクも良さそうだけど。
俺の心を明るく照らす笑顔はひまわりのようだ。
太陽に向かいすくっと立つ姿は凛としていて、彼女らしいと思う。
まぁ、俺の知ってる花がチューリップとかタンポポとか、その辺りだから。
もっと勉強すれば、より彼女らしい花があるのもしれないが。
りこさん、今頃どうしてるかな。
側にある花言葉の本。それを手にしてひまわりのページを綴る。
題名からわかるように、このドラマは毎回花言葉にちなんだサブタイトルが付き、その花を巡っての人間模様が描かれる。
だから、現場のあちこちにこの手の本が置いてあった。
脚本は練上がっているが、不備がないか確認するためと、キャストもある程度花言葉に精通しているように。
『貴方だけを見つめる』か。
あー、ひまわりって太陽を見るから。
花言葉って、そんな感じで決まるのか。
りこさんは、俺だけを見てくれているのだろうか。
好きだと言ってくれたし、電話で、声だけでも伝わる照れた様子。
可愛いと思う。
けど。
りこさんが見合いをする。
今日、今頃。
俺がいるのに。
先週末、定時報告のようになっている電話で。歯切れの悪いりこさんが気になって、なんでも話してほしいと促すと、まさかの見合い話だった。
報告してくれたのは信頼されているから?けど、こんな話、重すぎる。
『卓ちゃんのお嫁さんの叔母さんに紹介されてね』
って、何でもないことを装ってりこさんは言うけれど。
「卓ちゃんって?誰?」
『郁ちゃんのお兄さんだよ。卓也くん』
なるほど、りこさんは基本、イトコはちゃん付けか。
サヅの人といい、りこさんには親戚付き合いが結構ありそうだ。
その割に兄弟の話がでないから、一人っ子なのだろう。
ま、俺も姉の話はしないから、もしかしたらいるのかもしれないが。
そんなことさえ話さないまま、いや。
今はそれより見合いって、見合いだよな?
従兄弟の嫁の叔母?
「それって、もはや他人では。なんでりこさんが?」
『結婚式で親族の顔合わせしてるんだよね。全く覚えてないけど。なんか、紹介したり仲人したりするのが趣味みたい』
見合いのセッティングが趣味?
そんな、迷惑な。
『もちろん、断るよ。お母さんも断っていいって言ってたし』
「なら、見合いする必要ないんじゃ」
あ、黙った。言い過ぎたか?
いつもなら、沈黙すら楽しくて。
次にどんな話を聞かせてくれるのか、期待値しかないのに。
今は、もう何も聞きたくない気分だ。
『彼氏はいるの?って、聞かれちゃった』
ん?誰に?
『あのね、お母さんに彼氏がいないなら、断るつもりでも、もしかしたら良い人かもしれないから会っておいたら?って感じのことを言われたの。私、光稀くんとのことは親にも言えてなくて。だから、彼氏いないとしか、言えなくて。お見合いを断れなかった。ごめんなさい』
「そっか。そう、だよね。そうなるよな」
俺とのことを親にも言ってない。
まぁ、それはそうだろう。俺だって智史以外には言ってないし。
『あのー。光稀くん聞いてる?どうせ断るお見合いなんだし、えっと、ご馳走を堪能してくるよ』
りこさんの声がワントーン上がった。不安を隠すためだろうか。
『それに、もしもこの先、わたしたちの関係がスクープされても、他の人とお見合いしてるんだから、光稀くんとはただの知り合いですって、誤魔化せると思うんだよね。いいアイディアでょう?』
いや、それはないよ。
大好きでしかたのない彼女から例えでも『ただの知り合い』なんて聞きたくないし、そもそも、スクープされないようにしてればいいんであって。
りこさんも、色々悩んだ結果、明るく振る舞っているんだとは思うけど。
会いたい。
電話じゃどんな顔してるんだか、わからない。
もしかして、泣いているのかもしれない。
俺。なにやってんだよ。
ファンを騙すような行為。
彼女に嘘をつかせてまで。
それは、正しいことなのだろうか?
りこさんが断るつもりでも、相手に気に入られたらどうすんだよ。
俺の時と違ってコソコソ会わなくてもいい関係なら、その方が幸せになれるのでは。
…見合い、どうだった?
そんなメッセージを彼女に送りたいけど、勇気がでない。
笑顔満開な爽やか青年が花屋で接客してくれるのもいいですが、光稀ならツンデレ接客になりそうで、そんなクール男子も好物です。
次回は久しぶりの智史ターン。




