37 ティータイム
二人きりで会いたい。
そう、呼び出した彼女と昼下がりにカフェでデート。
俺は遅めのランチでパスタを。
すでに昼食を済ませていたりこさんはケーキセットを注文した。
りこさんはオーダーの後もメニューを覗き込んでいる。
「そんなに気になるなら、もう一つ頼んだら?食べきれなかったら、俺が片付けるし」
「あ、いえ。大丈夫です。ここのケーキは一度、差し入れで頂いたことがあって。その時食べたタルトが美味しかったんですけど、季節限定だったのか、見つけられなかったので、ずっと探してしまいました」
差し入れか、事務所から近いしな。
俺がりこさんに指定したのは、落ち着いた雰囲気のカフェ。
大きな木が目印の、大通りから少し奥まった場所にある石造り風の建物。
ヨーロッパを思わせる造りだ。
ウッドデッキのテラス席は、まだ肌寒い季節だけれど、撮影スポットとしては人気のようで、ちらほら席が埋まっている。外用の薪ストーブとかもお洒落だ。
俺たちは奥のソファー席に通された。
店内の家具はアンティーク調で統一され、ゆとりを持った間隔で配置されているから、チェーン店の喫茶店よりプライベートが保たれている。
とくにここは奥まった分死角になりやすい。
取材や打ち合わせで何度も使っているから、店員もアイドルを見て騒いだりしない。
ほら、注文した食事が運ばれてきてもウエイトレスはすましたものだ。
…りこさんがタブレットとか資料とか広げてるせいで、完全に打ち合わせだと思われてるんだろうけど。
そうだよ、デートだってバレるぐらいなら、甘い雰囲気なんていらないけど。
でも、がっつり仕事モードなのもどうかと思うぜ?
「光稀くんはミートソースお好きですよね。ここのはゴロゴロ野菜なので、もはやミート感ないですけど」
「あぁ」
俺がクリームソースよりミートソースが好きなことなんて、りこさんはすでに知っているのだろう。
だから、なんて返せばいいか分からなくて、黙ってしまう。
そうだ、知らないのは俺の方だし、色々聞き出せばいいのではないか?
「りこさんは、さ。好きな…食べ物とか何?」
「え?っと」
あれ、迷ってる。そんなに難しい質問したつもり無いけど。
今日の天気は?ぐらいの気軽な会話のつもりなのに。
「その、パスタだったらクリーム系が。すみません、光稀くんの好みは存じてますが、どちらかというとってことで。ミートソースも美味しいですよね?なので、私の好みは気にせずお召し上がりください!」
ははは。なにこれ。
俺の苦手なもの知ってて、でも正直に自分の好きなもの教えてくれるんだ?
「あの、光稀くんが生クリームを脂っこいって言うのわかりますし、だからって牛乳が苦手なわけじゃないのも知ってますし。でも、私はグラタンが。ミートグラタンじゃなくてホワイトソースのグラタンが好きです、ごめんなさい」
「いや、謝らなくても。そっか、じゃぁ食事はお互い違うもの頼むから、色々楽しめそうだね」
「わかりました。違うものを頼むように…って、次とかあるんですか?」
「え、あるよ。付き合ってるんだし」
あれ?今日限りとか思われてた?
俺、ちゃんと好きだって言ったよな?
「あとは?好きな色とか、は。あ、いいや。青って答えそうだから。じゃぁ、趣味は?聞いていい?」
これも、F2鑑賞とか言いそうだな。
「あ、ごめん。ケーキ食べてからでいいよ」
向かい合わせに座るより、本当は隣がいいって思ったけど、こうして真正面から食べてるところを見れるなら、いいかも。
りこさん、緊張してるなぁ。
俺が見なきゃいいんだけど、見たいし。ずっと見ていたい。
今日のりこさんは、髪をサイドだけ纏めている。確か、ハーフトップとかいう、智史が時々メイクさんにされちゃう髪型だ。
食事をするのに邪魔にならないように。けど、少しはサラサラっと落ちる、絶妙な感じ。
これもいいな。
髪、触れてみたい。
幸せそうな顔して咀嚼してんな。
「甘いものは?好き?」
差し入れのケーキを覚えていたぐらいだ、嫌いではないだろう。
「はい。あ、ケーキは私もタルト好きです」
生クリームがたっぷり添えられたシフォンケーキ食べながら、タルト好きですとか言うんだ。俺がいちごのショートケーキを喜ばないの知ってて、生クリームのないタルトなら。ってことなんだろうけど。
なんでも知られている。
なんか、あれだな。
りこさんの知らない俺の話をしたい。
プライベートでしかしないようなこと。
「ドライブ、行こうよ」
「へ?」
なんだよ、その間抜けな返事。
敬語使ったり、ちょっと言葉乱れたり。さっきっから可愛い。
いや、いつも可愛い。
「丸一日オフじゃないと難しいかもしれないけど。あー、午後からでもいいか、ど?」
「はいっ。あの、それって助手席に座るんですよね?」
「そうじゃない?デートだし」
まさか、りこさん後ろに座るつもりなのか?それはあまりにも遠慮しすぎだろ。
「予定が合えば、善処します」
ん?オッケーってこと?
とりあえず、りこさんの知らない、想像の範囲外を話せたみたいだ。
ことあと俺はスタジオに予定があるし、りこさんは本社に顔を出すようだ。
「ずっと、一緒にいたいのにな」
ボソッと俺が呟く。するとりこさんはビクッと肩を震わせた。
「無理っ。これ以上はちょっ。ごめんなさい、もう少し慣れてからで」
はは。
まじか。じゃぁ、
「今夜、電話する。声だけならいいだろ?」
それはそれで緊張するんだろうけど、嫌って言わせない。
触れたかった髪に手が届くこともなく、手も握れない。
これじゃただの知り合いと同じだ。
仕方ないとわかっているが、じれったい。
あぁ。結局、誕生日を聞き出すのを忘れてしまった。
実にじれったい。
付き合い始めてイチャイチャするぐらいなら、告白までに一年もかけないと思うから、二人はこれでいいのです。
次回は郁ちゃんのターン。




