36 声が聞きたい
いつの間にかうたた寝をしていた。
え?
今、何時?
帰宅して、一息。
『F・F』の録画をみるかCOUNTRYの九条兄が主演のドラマを見るか迷ってるうちに寝ていたようだ。
ドラマ、リアタイできそうだったのに、また録画が溜まってしまった。
寝ていたのは三十分ほどだが、頭がすっきりしている。
このままベッドでダラダラする前に、明日の準備をしてしまおうか。
社外秘の資料は持ち帰っていないので帰宅時の荷物は少ない。
あ。
いちご飴の包。数日そのままだ。
光稀くんから手渡されたものだと思うと、恐れ多くて処理できていなかった。
あのとき、スタッフさんが用意した飴はのど飴や黒糖、喉に良さそうなものが多かった。なのに、光稀くんが私に選んでくれたのは、ミルク風味のいちご飴。
無意識かな。
でも、のど飴よりも告白された感がある。気がする。
とりあえず、一度洗って。
とくにベタついてるわけではないけど、洗ってから…保存だな。
ラミネートできたら一番いいと思うんだけど。うちにラミ出来る道具がないからな。
あ、レジンなら?液を薄く塗っておけばバッチリ保存できるんじゃない?
あー、でも光稀くんが知ったら嫌がられそう。
初めて貰った記念品をレジンで硬化して保存。
うん、気味悪がられるな。
仕方ない、洗ったらティッシュにでも挟んでしまっておこう。
いや、まてよ。
見つからなければいいんだよね?
光稀くんが私の所持品を見ることなんてないだろうから、加工してもいいんじゃない?
うーん。
光稀くん、私の家には来ないよね?
付き合おうってなったけど?
もし来たら?
うわーうわー。
付き合う、だって。
ひー。
光稀くんの彼女とか、聞き慣れなくてむず痒い。
でも、好きって言われちゃったし。
私、好きって言われたんだよなぁ。
ふぅ。
はは。ふふ。えへへぇ。
はぁー。
なんか、この三日、何度も言葉にならないニヨニヨが沸いてくる。
けど、彼女ってなにすんの?
アイドルの彼女って、どんな立ち位置?
どうしたらいいの?
だって、あれから、なんの音沙汰もないんですけど。
そう、ソロコンの千秋楽から三日。
楽屋で連絡先を交換し『こんにちは』『はじめまして』のやり取りがあっただけ。
あれは、ちゃんと登録できましたね?
って確認の挨拶で、恋人の会話ではない。
どうしよう。
なにか連絡したほうがいいのかな?
私から連絡していいのかな?
藤枝光稀のプライベートに連絡。
うわ。
胃が痛くなってきた。
忙しい光稀くんが、私のために時間使えるわけないし。
こちらから連絡しないと、もう二度目はない。気がする。
じゃあさ、連絡するとして。
なんて書く?
『お忙しい中恐縮です』
は、おかしいよね。
『久しぶり、元気ですか?』
いやいや、久しぶりってほどじゃないし。
どうしよう、言葉が決まらない。
うーん。光稀くんから何か言ってくるまで放置でいいか?
でも、それだと今のまま、いつまでたっても…。
ガタガタ。
机の上のスマホがバイブで震える。
メッセージが入った。
えっ。
うわーうわー。光稀くんだ。
ど、どどどどうしよう。
スクショとかで保存する?
いやいや。そんなことより早く見て返信するべきだ。
『こんばんは。その。サトが連絡してるのかって言うから』
ほぉ!なんだコレ。
いろいろ突っ込みどころが!
サト。カタカナ!
光稀くん、普段から智史くんを『さと』って呼んでるけど、あれはカタカナ呼びだったのか!へぇー。
で、そのサトが私と連絡取り合ってるか心配したのかな?
じゃぁ、今日は二人で一緒の仕事だったのかぁ。ふーん。
三日間、音信不通でも智史くんが言えば即座に連絡するんだね。
二人は本当に仲がいいな。
最後の『言うから』の続きはなに?
言うから連絡してみた。
かな?
『りこさん、今家?俺からの連絡って見てて平気?』
あ。またきた。
やば。返信しないで、脳内で騒ぎまくってる場合じゃなかった。
『家です。平気です』
緊張で手が上手く動かない、平気が兵器に変換されちゃうよ。短文でもとりあえず返信しなきゃ。
『それなら電話でもいい?声、聞きたい』
…はい?
電話?
今から?
光稀くんと?
なんだよそれ。
そんなのアリなの?いいの?
光稀くんは電話できる場所にいるんだ?
なら、智史くんと一緒じゃないのかな?
連絡してるか聞かれたのは、昼間とか?
今日のF2のスケジュールって。
あ、考えてると、また無視したみたいになっちゃう。
『はい。電話、大丈夫です』
ダメだけど。でも、光稀くんにダメとか無理とかいえないじゃん。
許可しちゃったらかかってきちゃうよ。
すぐにでもかかってくるよ!
ほら、スマホが反応した。
「も、もしもし?」
『あ、りこさん?こんばんは』
おぉー。光稀くんだ。
初めて聞く音だ。
テレビでもCDでも、コンのマイク越しでも、スタッフとして聞く生の声でも。
どれでもない、受話器越しの音。
しかも、耳元で!
そう、耳元で!
『あれ?りこさん、聞こえてる?』
「はい!き、聞こえてます。こんばんは、お疲れさまです」
『ははは。お疲れさまじゃ仕事だよ。顔が見えない分、緊張しなくてすむかと思ったけど』
「します!緊張。声だけの方が、むしろ」
『そうなの?ごめん、電話しないほうが良かったかな』
えっ。
「していいです。光稀くんがしたいことをしていいです」
『りこさん?なんか、無理してない?』
無理?は、してないよ。
「あの、少しテンパってます」
手汗が凄いことになってる。
でも、手が固まってどうやったら持ち替えられるのか思い出せない。
『そっか。俺もスゲェ緊張してて、それで連絡できなかったんだけど。りこさんも同じ気持ちなら、安心した。気が楽になったよ』
あ、光稀くんの声が、少し砕けた感じになった。
「光稀くん。光稀くんは今、どちらに?電話してて大丈夫ですか?」
『うん、家。リビングのソファーで寝てる、っていうか、ごろごろしてる』
えぇ。ソファー?
そんな、具体的に!
ありがとうございます!
ごろごろできるサイズってことは三人掛けですか?
それともL字タイプ?
もしやソファーベッド?
うわ。聞きたい。聞いてもいいのか?
『りこさんは?なにか、なんでもいいから話、聞かせて』
「私?ですか?」
どうしよう。質問する前に聞かれてしまった。
うち…は。光稀くんの写真だらけですがそんなことは言えません。
光稀くんに言えること、は。
「うちにはミシンがありますね。まとまった休みじゃないと洋裁をしなくなっちゃいましたけど。食卓を作業台代わりにするので、一人暮らしにしてはテーブルが大きいです」
『そっか。りこさんの休日かぁ。あの、さ。今度はその休みを、俺と一緒に。いや、ごめん、いいや』
ちょっ。
なになに?
ごめん。とか言わないで。
「あの、仰ってください。その、言うだけ言ってみても。『いいや』はその後でも間に合いますよ」
『その後?そうだね。りこさんって前向きだよね。そんなとこ素敵だと思うよ』
ヤダヤダ。素敵なんてそんな。
『じゃぁさ、今度、休みが一緒に取れたら、どこか出かけよう。ね?』
ね?
だって。
光稀くんが、ね?って。
そんな言い方されたら断れるはずなくない?
「はい。あ、あの。では、えっと会議とか…仕事の予定見て、空いてる日の連絡を入れますね」
『うん。待ってる。それ見たら俺の予定もりこさんに知らせるよ』
光稀くんが丸一日休みなんて滅多にないだろうから、半日予定が合えば良いほうだろうな。
『じゃぁ、また。話せて良かったよ、ありがと、おやすみ』
「あ、はい。こちらこそ、おやすみなさい」
電話、切れた。
ひー。
死ぬかと思った。
国民的アイドルと電話しちゃった。
私、何話してたっけ?
ちょっと、思い出せないんですけど。
喉、乾く。
今頃、震えてきた。
えっと、休みの日を教えなきゃいけないんだっけ。
なんで教えるの?
あぁ、会うからか。
ん?
会う??
えっ。光稀くんと、外で?
やだ、それってデートじゃん!
うわうわ。デートだよね?
どうしよう?
まるで、彼女みたいだ。
あ、彼女なのか?
どうなの?
私の休日がいつか、光稀くん待ってるかもしれないから、とりあえず連絡をするとして。
うん、そうだな、いつかソファーの色を聞き出すことを野望に掲げよう、と思う。
文章として書きやすいので電話にしましたが、最近電話ってあんまりしないんですかね?
3章に入りました。なかなか二人の関係は進展しなさそう。




