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推しの衣装を手がけてます!  作者: 葵 紀柚実
二章 揺れる想い
36/65

35 もう一度

藤枝光稀、ソロコンサート楽日。


最終リハが終わって楽屋に戻ると俺は倒れ込むようにソファーへ寝転がった。

一月の仙台から始まって、今日の横浜まで三ヶ月。

そりゃ、舞台と違って毎日あるわけではない。

が、飛び飛びだからこそ、ずっと気が抜けない。

ファンの中には各都市、全公演を網羅する熱狂的な人もいて『月下掌握』のワンシーンが入ること。それが日替わりであることがSNS上で広まっている。

どうせバレているならと、今日は一曲増やして三曲だとか久保田さんが言い出した。

俺も同じように提案したかったから、すぐに賛成したけど。

まさか、たった一曲増えただけでこんなに体力持っていかれるとは。

ミュージカルとコンサートでは使う神経が違うのか?

ソロ活なんていつものことなのに、相方がいなくて不安になるのは久しぶりだ。

別に、二人のF2では手加減してるわけじゃない。

ユニットだって全力だ。

けど、今日のセトリは少しだけ弱音を吐いてもいいんじゃないか?

三曲の月下パートで早替え入れるなんて久保田さん鬼だ。

りこさん、現場入りしないかな。

きっとするよな。

さっき、裏方に聞いたらまだ来てないって言ってたけど、楽日だし、早替えが入ったわけだし。

来る理由はあると思う。

会えたら頑張れる。


「こーきぃ。おる?」

なのに現れたのは智史だった。

そういや、智史が来るって小泉さん言ってたな。

「やっぱ凄いな。月下あるからか裏方の人数ぎょうさんおるね」

そうか?こんなものだろう。

「俺のソロでもお世話になるチームがいて、挨拶させてもろた」

あぁ、それでわざわざ来たのか。納得。

「座れよ、開演するまで行くとこないんだろ?」

「そやね。あちこち見て回りたい気もするけど邪魔になるやろ?」

一人で使うには広い楽屋。

書き物ができそうなデスクが壁側に。寛げるソファーとローテーブルの応接セットが奥にある。

ここの会場はリニューアルしてから楽屋の家具が良くなった。ソファーのスプリングが心地良い。

シャワールームの設備も最新式。

「あ。すっかり言うの忘れとったけど、りこさんと二人きりで会うて従兄弟さんの事、聞いたよ。た・だ・の、従兄弟言うてた」

た・だ・の。

「やけに強調すんな」

「せやかて、りこさんがそう言うてたもん」

「お前、よく二人になれたな」

「ん?ソロのリハでスタジオ使ってたら、なんか、りこさんおった。あれ、サヅとの会議前や。えらい前やったわ」

じゃぁ二月下旬か今月の頭?

本当にすっかり忘れていたのか、言うタイミングを見計らっていたのか。

「サトはお前のイトコとどれぐらい仲いい?」

「イトコ?最近は全然連絡取ってへんわ。俺が東京出てきてから会う機会減ってるし」

「あぁ、そっか。サトはそうなるよな」

俺は会おうと思えば会える距離にいるけど、すっかりご無沙汰だ。

芸能人だアイドルだと特別な視線を向けられるのが面倒になって、避けるようになったから。

たまに姉から話を聞くぐらいしか親戚のことはわからない。

「嫉妬するぐらいやったら、ちゃんと伝えたほうがええよ」

嫉妬?

そうだな。この思いは嫉妬なのかも。

りこさんの隣に立つ従兄弟を思い出して、あの場所に寄り添うのは俺だろ?って考えてる。


「あのー」

部屋の外から声。

ノックの音とりこさんだ。

「倉沢です。光稀くんいらっしゃいますか?」

「おるよ。入って」

なぜ智史が答える。入ってもらって構わないけどお前が言うな。

「失礼します。おはようございます。何か、私をお探しのようでしたが衣装に不具合でも?」

「え?探して…ないけど?」

あ。

さっき、りこさんが来てるかスタッフに確認したのを衣装の話だと思われたのか。

うわ、俺のりこさんへの気持ち。ホント誰にもバレてないんだな。

きっと今も、真面目な打ち合わせの席だとしか思われないのだろう。

「りこさんお早うさん。ささ、奥のソファー座ったって」

「智史くん、おはようございます。今日は見学ですか?あー、私はここで」

「いやいや奥いこ。立ったままやとゆっくり話し合い、できひんよ」

末席でいいと思っているりこさんでも、話し合いという言葉につられて、部屋の奥へ足を進める。かわりに智史は入口へ歩み寄り、ドアに鍵をかけた。

ローテーブルを挟んでりこさんと向かい合った俺は鍵の閉まる音にドキリとする。

「サト、何閉めてんだよ」

ドアの前でニヤニヤ顔の智史。

「話し合いって?衣装のこと、じゃない感じですか?」

「あ、うん、まぁ」

じゃない、な。

なんか、気不味い雰囲気。

そもそも、りこさん呼んでないし。

やっぱり話すことなんて。

「なんや、話すことならあるやろ?あーそや。俺、空気。今から俺は居ても見えない空気や。せやから気にせんと言いたいこと言いや」

は?また智史が変なこと言いだした。

空気って。

でも、今がチャンスかも。誰も入ってこれない部屋にりこさんと二人きり。いや、三人か。

とはいえ、急すぎてなにを言えば。

「智史くん?これって?」

困った顔のりこさんが智史へ視線を向けるが、智史は人差し指を口元に立てて「しーつ」と息を吐くばかり。

俺が何かアクション起こさないとこのままだ。


「りこさん、その。こんな機会もうないと思うから、言うけど。気持ちに整理がついてなくて、ちゃんと伝わるか」

あー。ぐだぐだしてないで、言いたいことズバッと言えよ俺。カッコ悪い。

「りこさん。好きです。もし、まだ、嫌いになっていなかったら」

「嫌いになったことなんて、ないです」

「え?だって俺、大晦日の日に失礼なことしちゃったし」

あれ、嫌われてない?

告白したとたん、忘れろとか言ったんだぞ。

ファンは続けてても、あくまでファンってだけで、素の俺は嫌われても仕方のないことをしたんじゃないかな。

「そんな、あの日に無様なところをお見せしたのは私で。あ、じゃぁ、光稀くんはあの後もずっと?」

りこさんの顔がみるみる赤くなる。

「あぁ、ずっと。好きです。俺とお付き合いしてくれませんか?」

「………」

おっと、返事がない。口を開きかけて閉じてしまった。

「りこさんが俺のファンでも、それもひっくるめて、俺はりこさんをもっと知りたいって思ってる。今、りこさんが抱えてる不安も、まとめて全部好きになりたいんだ、ダメ?」

「ダメじゃ、ないです」

「そっか。良かった」

「その、私こそ。好きです」

「うん、ありがと」

よっしゃー!やった。良かった。

うわ。りこさんから好きって言われた!

赤い顔で、照れながらボソボソと告げられたら、もっと好きになる。

可愛い。

今までもめちゃくちゃ好きだったけど、それ以上好きになる。それって。

「大好き、だ」

「えぇ?わ、私も大好き。です」

あ、心の声が漏れていた。が、りこさんからの大好き宣言が聞けたのだから、結果オーライ。

耳まで赤くなったりこさんは、視線を落として俺を見ようとしてくれない。視線の先にはローテーブルに置かれたお菓子。小ぶりのカゴにスタッフがのど飴やチョコなんかを入れてくれていた。

そうだな。

「なんか一つ持ってく?」

俺がイチゴの飴を差し出すと、やっと俺を見てくれた。

「えっ、いえ。あ、でも。せっかくですし」

はは。可愛いなぁ。ここまでどもってるりこさん、初めて見た。

「では、有り難く頂きます」

好きだって言って、付き合おうってなったのに、思いっきり敬語だし。

たかが飴を両手で丁寧に受け取るし。

りこさんらしくて嫌いじゃないけど、そのうち、もっと砕けた接し方してくれたら嬉しいな。


「りこさん、それ。食べんと永久保存しとったら溶けてまうよ」

智史が急に口を挟む。

びっくりした。そうだ、いたんだ。

智史の立つドアは俺の視界から外れるとはいえ。

「黙れ、空気」

「いや、りこさんやったら初めてこーきに貰ったもん、取っときそうやない?」

まさか、そんな。

ただの飴だし。三角の、みるく味のイチゴの飴。

どこにでも売ってるやつだ。

「いや、あの。飴って腐りませんよね?」

うわ。取っておくつもりだった。これがファン心理か。

でも、りこさんが相手なら大丈夫だ。

正直、引くけど。以前みたいな嫌悪感はない。

好き、だからだろうな。

「腐らないかな?賞味期限あるんだし食べれなくなるんじゃ?サトの言う通り溶けるとは思う。プレゼントなら、もっとちゃんとしたもの、あげるのに」

そうだ。

髪飾りを贈りたいって思っていた。

なのにりこさんはプレゼントなんて恐れ多いと言う。

贈りたいのにな。

「りこさんの趣味は尊重するけど、食べ物はちゃんと食べて、ね?」

俺のファンのままでいいけど、俺の意見も聞いてほしい。

すると、りこさんは慌てたようにイチゴ飴を口に入れた。

あれ?今じゃなくても良かったんだけど。

あ、もししてアイドルからファンへ、食べろと強制したことになったのか。

…今後、言い方を気をつけよう。


飴を口の中で転がせながら、りこさんは包み紙を丁寧に畳んで鞄へしまう。

やっぱ持って帰るんだな、包み紙なんてゴミなのに。

「そやったら、お二人さんスマホだして」

あ、また忘れそうになっていた、智史の存在。本当に空気みたいに気配消してたな。

精霊。恐るべし。

「なぁ、連絡先交換せぇへん?りこさんは仕事用と私用両方やよ」

「いえ、それは。ご迷惑になりませんか?」

「なんで?彼女やったら知らんほうが変やない?ついでに俺のも。F2片方だけなんて不自然やからな」

「はい。じゃぁ」

智史がしれっと女子と連絡先交換してる。手際いいなぁ。

りこさんのこと彼女とか言うし。

彼女。

彼女かぁ。

「こーき。早うスマホ出せ」

「あ、あぁ、これ」

りこさんの連絡先。

これで、電話したりメッセージのやり取りしたり。

うん、楽しみだ。


本番前に失礼しましたと、丁寧にお辞儀をしてりこさんは去っていく。

「いやぁ、ええもん見せてもらったわ」

「忘れろ、空気に記憶力はない」

「まーそう言うなや。俺が機会を作ったようなもんやし」

「は?なら部屋から出て二人きりにしてくれても」

確かに、告白できたのは智史のおかげかもしれないが。

「あれ?言うてたよな。次は俺がいる時にって」

「はぁ?見たいってやつか?それを実行するために、今、好きだって言わせたのか?最悪だな」

「別に言わせたわけでは。言いたかったんやろ?」

…おお、言いたかったけどな。

「飴ちゃん贈って告白なんて、三月のイベントとしては最高や」

飴?三月?

あ。数日前がホワイトデーか。

「なぁ、こーき。バレンタインもホワイトデーも平日が多ない?今日やったら良かったわ」

「知らねぇよ」

そんな毎年曜日のチェックなんてしてねぇし。

でも、そうだな、当日じゃないってところがいかにも俺らしい。

全然ラブラブな感じが出ないのは、仕事中だからでしょうか。

さて、これからは二人の思いが通じたので、サトの出番が減ります。

残念なので、次回はF2の仕事を番外としてお届け。

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