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推しの衣装を手がけてます!  作者: 葵 紀柚実
二章 揺れる想い
32/65

32 隣に立つ人

駅から緩やかな坂を上るとSSR本社ビルが見えてくる。

建て替えられて十年も経たない比較的新しいビルで、中には衣装部の作業部屋があるという。

ちょうど建て替えの際に社内に衣装部を取り込む案が出たらしい。

りんりんちゃんも入社前のことで曖昧な言い方だったから、俺も詳しく知っているわけではない。

「サヅもなかなか立派だが、さすがSSR。見事だな」

同僚の言葉。思わず声が漏れたようだ。

一度来て知っている俺は社員口へまっすぐ向かう。

「おい、倉沢そっちか?慣れてんな」

りんりんちゃんと食事をした時は、たまたま早く駅に着き、地下鉄からの出口が違ってしまい、なんとなくSSRまで来てしまったが。

りんりんちゃんの同僚に会えたことで、飲み会にこぎつけたのなら上々だ。

社員ゲートで警備員へ打ち合わせのために来たことを告げる。


会議室では、サヅの音楽プロデューサーとSSRの担当者が話し合いを進めていた。

F2の楽曲を編集、アレンジするのはサヅなのでその辺りの話だと思う。

テレビで発表するときには、藤原智史のギターでF2自らが歌うそうだ。

また、大袈裟で注目を浴びる事をさらっと決定してくる。

F2のファンはまるごと新人のCDを予約するだろう。

販売目標が新人にしては高すぎるのもそのためだ。

俺はこのあと必要になる資料を並べながら、デモテープを思い出していた。

良く、出来ていた。

SSRでF2ならクソでも売れる。

そんなふうに揶揄する者も黙らせる曲だった。

もちろん、アイドルにしては。だ。

基本に忠実。だが変に凝るよりよっぽど訴えてくる曲と詞。

もし、アイドルの片手間ではなく本業として経験を積んだら凄いものを生み出すだろうとわかるから、怖い。

サヅに取り込んで、本格的に勉強させたくなる。

小さい頃から多種多様な楽曲に触れてきた恩恵か。

いわるゆアイドル曲も、最新の曲だけではない。SSR往年の先輩たちの曲は今や伝説級の作詞家作曲家が提供している。

EGGの頃からミュージカル舞台に立たされたり、そういった全ての積み重ねが、国民的アイドルを作り、音楽の感性をも作り上げている。


「すみません、このモニター電源入ってます?」

「こちら側の席にお通ししますので、資料はあちらに」

勝手のわからぬ会議室でも手際よく準備を進めなければ。

そろそろ時間だ。

ほら、F2が後ろの扉から入ってきた。

うわ、顔小さっ。

初めて本物見た。

同じ人間とは思えない。スタイルがいいとか綺麗とか、そんな言葉しか出てこない俺のボキャブラリーの貧困さよ。

二人がスタッフに促されて前へ来る。

気だるそうな藤枝光稀と、愛想笑いの藤原智史だ。

カメラ前ではクールでカッコイイ黒騎士の光稀と、無邪気でカワイイ精霊の智史だが、素は全く別だとりんりんちゃんが言っていた。

天然で無気力の光稀と腹黒で計算の智史らしい。

ふーん。打ち合わせではどちらの顔を見せてくれるのか。

りんりんちゃんのガチ恋相手か。

デビュー前からだし長いよな。そんなに一途に好きでいられるものなんだな。見返りもない芸能人に。

アイドルのどこがそんなに。と、思っていたが、確かに会ってみれば惹かれるものはある。

この場で目を引くなら、ステージに立ったらどうなってしまうのか。

りんりんちゃんが夢中になるわけか。

「倉沢、この資料。数字直してあるよな?」

「はい。修正済で間違いないです」

少し、視線を感じる。

見ないようにしていたF2からか?

気になって二人へ視線を巡らすと不自然に逸らされた。


楽譜の歌割指示から新人は四人組だとわかっている。

グループ全体のイメージカラー、いわるゆチームカラーは鳩羽(はとば)色。アッシュパープルだ。

アイドルにくすみカラーとは意外。

キラキラからは遠い、クールな路線での展開か。

最年少メンバーは春から高校一年。そのため、少し背伸びをした大人っぽさ。あどけなさの残る男らしさが重要になる。

「でも、これだと数年で行き詰まりますよね?」

「俺らが手伝うんは今回限りやけど、せやからこそ先まで見通したいんや」

誰もが納得しかけた場で二人が次の要求を示した。

「ご指摘の通り、鍵になるのは次だと承知しております。では、スライドを」

今日、出すかどうか迷っていた案を見せることになるとは。

まさか、これからデビューする後輩に二人がここまで意見出してくるとは思わなかった。

テレビ特番から七月のデビューまでのスケジュールにも細かい質問が飛んできたし。

SSRは事務所としても特殊だな。

マネージメントをしてくれるから所属している。

というよりは、養成所から育て上げた絆が強い、仲間意識がはっきりとしている。

一曲だけの楽曲提供というより、責任を持って売る。トップアイドルにする。

そんな意気込みが感じられる。


好感がもてる。

次々と二人に仕事が入るのは、こんな仕事ぶりがそうさせているのだろう。

なるほど、みんなが好きになるはずだ。


一息入れた後は、プロジェクトに参加する他のスタッフの顔合わせがあるのだという。

俺たち宣伝広告は席を外そうかと持ち込んだ資料を片付けていると、折角の機会だから残るように言われた。

なかなか会わない裏方同士、挨拶ぐらいしておくのもいいだろう。

F2も椅子に座り直している。

二人、仲いいんだな。アイコンタクトだけでわかり合ってますって雰囲気だ。

いや、でもそうすると、声に出してくれないから、こっちは何が言いたいのかわかんないんですけどね?


部屋から出ていく人、入ってくる人。

ざわついた中で俺は名前を呼ばれた。

「あれー?郁ちゃんなんでいるの?」

郁ちゃん。

そんな呼び方するのは一人しかいない。

「うわ、ごめんなさい。郁人さん。じゃない、倉沢さん」

やっぱり、りんりんちゃんだ。

口を両手で覆っても、既に出た言葉は戻らないからね?

相変わらず可愛いなぁ。

職場でもこんな感じなのか。

サブチーフだって聞いてたから、よそゆきのしっかりした凛々子さんなのかと思っていたけど。

それとも、俺がいるから素になっちゃったのかな?

「こっちこそ驚いたよ。まさか凛々子が担当するなんて。聞いてなかったし」

「秘密なのはお互い様でしょ?って、F2!あ。お疲れ様です」

へぇ、りんりんちゃん知らなかったのか。こっちがびっくりするぐらい肩がビクっとしたし。

「なんやりこさん、知り合い?」

「はい。すみません、お騒がせを」

「珍しいね、りこさんが声上げるの」

すかさずF2が話しかける。親しいんだな、スタッフとアイドルなのに。

「失礼しました。私的なことを。それよりお二人は?この部屋にいらっしゃるのは、もしや」

「そ、もしや。俺たち関係者ってこと」

「俺らのこと今知ったんなら、りこさんもっと驚くことになんねんで?楽しみにしとき」

りこさんって呼ばれてるのか。下の名前で?

俺も故意にしてるデザイン事務所から『倉沢ちゃん』なんて呼ばれるし、業界としてはフレンドリーな気質があると理解できるけど、アイドルと衣装だぞ?

『りこさん』なんて、初めて聞いた。

「りこさん、今回だけ?ずっと担当すんの?」

「はい、ずっと。この後すぐに発表されると思います」

りんりんちゃんが部屋を見回す。

休憩で部屋を出ていたメンツも戻ってきた頃だ。

「なら、余計に会えんくなるな。最近、雪乃さんばっかりや」

「すみません。小塚から細かい報告は受けているので、進行具合は把握してます。何かありましたらこの会議のあとにでも」

普段なら、光稀くんカッコイイを連呼して、意味ない奇声を上げるりんりんちゃんが、まともに対応している。

想像もしていなかった。

ガチ恋の光稀と直接言葉を交わしているなんて。

心の声はともかく、りんりんちゃん、楽しそうだな。

彼女の隣にいるべきなのは俺ではなく、光稀なのか?

いや、相手はアイドルだ。俺が隣にいるべきだろう?

「凛々子、いつまで重たそうな資料持ってんの?貸して、俺持つよ」

見ていられなくて割って入った。

そんな俺の気も知らないでりんりんちゃんは「いつももっと重いよ?」なんて言ってくる。

すっかり従妹としての態度だ。

俺の告白なんて忘れているような素振りで。

今すぐ何かできることはないけれど、同じアイドルの担当なら、また現場て会うこともあるだろう。


一度、光稀を見てから席につく。

F2とりこさんと郁ちゃん。やっと同じ場所に居合わせました。

次回は光稀くんとりこさんの視点で。

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