30 春の特番
今、俺はテレビ局の会議室にいる。
それもかなり大きな部屋に。
F2の冠番組『F・F』の春特番会議だ。
この部屋にはディレクターやプロデューサー、局長クラスの大物まで勢ぞろい。
堅苦しいのとか、真面目な話が長々続くのは面倒くさいが、俺はそんな顔を見せることなく堂々とした態度で座っている。
隣に智史がいるから何があっても大丈夫だろう。
改編期前の春には各局で特番が組まれることはよくあるが、今回の『F・F』は特別だった。
三時間もの枠が生放送で与えられる。前半は過去のダイジェスト映像と未公開を。ただ総集編を流すのではない、生放送ならではの生コメントを付ける。
さらに注目すべきは後半、極秘のプロジェクト企画が発表される。
そう、そのプロジェクトとは…!
この春SSRから新たなグループがデビューする!
世の中に向けて初めて発信されるのがこの番組内。
グループ名もメンバーも、生放送で明らかになる。
EGG−KIDSの中からグループに選ばれた本人達も、生放送のその時まで何も知らされず、秘かに集められるのだ。
きっと、歌コーナーでF2のバックダンサーに付く。そんな言葉を信じでリハを行うのだろう。
「なぁサト。社長室で言われるのと、全国ネットでサプライズと、お前ならどっちがいい?」
ふと、自分たちのデビューについて思い出した。
俺たちは社長室でなにかの話のついでにしれっと告げられた。
「そうそう、デビュー決まったから」
まぁ、元々F2としてEGG内で活動していたし、そろそろデビューかと噂されてたからな。
あまり驚きもせずに
「はい、わかりました」
と答えたはずだ。
世間に発表したのはEGGのコンサートで。『MCの最中に急に記者会見が始まる』という今考えるとむちゃくちゃな企画で、よく会議に通ったなと思う。自分のデビューだが、先に知らされていたので正直『あーはいはい』という感想しかなかった。
それよりも何も知らないまま、リハと違う段取りに、固まったまま動けない他のEGG−KIDSの顔が見ものだった。
あれはファンへのサプライズでプレゼントだった。
「せやなぁ。サプライズはグループに箔が付くしえぇと思うけど、驚いたマヌケな顔が全国に晒されるんはかなわんな」
「はは、確かに。けどサトなら無様な顔なんかテレビに映さないだろ?」
「こーきかて同じやん。…なら、一度ドッキリ企画とかしてみぃひん?」
「やだよ。しれっとクールに受け流したら、つまらないとか気取ってるって言われて。ちゃんと驚いたら馬鹿にされて。いいことねぇし」
「そーゆーんは大丈夫や。イタズラ企画は事務所がオファー受けんやろ。俺が言うとんのは新曲発表サプライズとかや」
新曲か、ならいいかも。
コンサートは先にCDを出してから発売されたばかりの曲を中心にセットリストを組む。
けれど、まだ誰も知らない新曲を突然歌い出したっていいんじゃないか?
そんなドッキリならファンだって喜んでくれるはず。
曲といえばそうそう、この企画の新人が歌うデビュー曲がまた凄い。
作詞、藤枝光稀。
作曲、藤原智史。
F2が手掛けている。
今までも二人で曲を作ったことはある。
『F・F』が始まってすぐにギター演奏の企画があり、猛練習させられて、どうにか放送しても見せられるレベルになったあと、せっかくだから曲を作ろうと番組テーマソングを作らされたからだ。
智史はギター演奏が趣味と言えるほど楽しく弾いているようだが、俺は楽器は苦手だ。
できないことも無いが…それなら作詞のほうがいい。
俺たちが話を聞いたのは秋の終わり。
忙しくなる前に、心構えだけでも。そう言われたが、選ばれるメンバーが誰なのかわからなければ歌詞が浮かばない。
いわゆるアイドルではなく、大人っぽい落ち着いたグループになる。
聞き出せた情報はそれだけだ。
けれど納得もした。
F2が歌う曲の多くは元気な雰囲気ではないからだ。
俺たちより少し若い世代に寄せればあとは普段通りで作ればいいらしい。
「では、総集編についての段取りは以上です」
「続いてサプライズ企画です。生特番の前の週からあおりのVTRを流す計画がありましたが、二週前からと前倒しで決定しました。F2のお二人には次の収録のときにですね、早めの入りでお願いするように調整かけますんで。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
さっき、絵コンテで説明されたスポットCMか。
智史がアコギ抱えて曲作り、俺が原稿用紙に向かって悩んでいる。
そんな、誰が見てもF2で新曲作りますよ。って言ってるような映像になるはずだ。
あおりのVTRはもう少し長く、意味深なインタビューとかも収録されるのだという。
ただ、二人で作る楽曲は今までにも何曲かある。
番組テーマソングはシングルカットされているし、それ以外の曲はアルバムの中に入っている。
F2のファンはそこまでのサプライズ企画だと思わないのでは…?
だからこそ、まだなにかある。
何がある?
と、期待させることになる。
誰かに楽曲提供する。
ぐらいは目星がつくかもしれないが、まさか、新人のデビュー曲になるとは思われないだろう。
さて、これから本社へ移動だ。
特番の会議が終わると小泉さんが素早く俺たちを誘導して部屋を後にした。
のんびりしていると、局長などのお偉いさんに捕まって話が長くなる。
「移動が必須なんは理解してるけど、やっぱしんどいわ」
いつものミニバンに乗り込みいつもの席につく。
「悪いね。僕もこれほどの極秘案件はなかなか抱えないから、手際悪くて」
シートベルトを確認すると程なく発車した。
「いや、小泉さんは悪くないって」
「そや、新人のマネージャーがまだ決まってへんのが悪いんや」
「うーん。社長の中では決まってはいるみたいなんだけど、人事発表がまだなんだよね」
車内でしか話せない話をする。
あのまま、テレビ局内で打ち合わせができれば楽なのだが、局には番組に関することしかまだ話せない。
「どうぞ遠慮なく会議室をお使いください」
そう言われても、それは善意ではなく、プロジェクトの全貌を見せてもらいますよ。の意味だ。
全く伏せたままではいられないけれど、できる限り小出しにしておきたい。
これから本社で行われるのは、新人が所属するレーベル担当者との話し合いだ。
「僕、社長に報告あるから先に会議室行ってて。いつもより奥の一番大きな部屋取ってあるから」
事務所ビルの地下駐車場で車から降りると別行動になった。とはいえ、小泉さん以外のマネージャーやスタッフが待ち構えているだろうけれど。
ふぅ。ため息。
智史と二人きりになったエレベーター内で息を吐く。
「りこさん、参加かな」
「どうやろ。俺らがプロデューサーとして衣装に口出ししたったら、もっと会えたかもしれんな」
「うーん。それはいいよ。セルフプロデュースじゃないから提案通らないだろうし。顔合わせだから衣装班も今日来るはずだけど、並木さんかも。…会いたいな」
「おや、素直やな。会いたいんや」
「まぁ、好き…だし?」
せっかく俺が好きだと認めたのに、そしたら全然二人で会えていない。
衣装スタッフなのだから、これぐらいの距離の方が正しいとはわかっているが。
が、もう少し会えてもいいんじゃないか?
扉が開く。
そこにはもう、関係者がいた。
会議までまだ少しある。
廊下でうろちょろするより部屋で座ってるほうが迷惑にならないだろう。
「サト、早いけど」
「あぁ、行こか」
指定された会議室へ後ろの扉から入ると先客が数人いた。
すでに何かしらの話し合いが行われていたようだ。
知らない顔がいるからレーベルの担当者だろう。
SSRのアイドルはCDやBlu-rayなどの販売をいくつかのレーベルに振り分けて契約している。
一社に集中、独占しないように。
一番多く所属しているのは事務所傘下のSSMで、F2の所属レーベルもここだ。
しかし、この場にいるのは笹塚レコード。通称『SAZU』だ。
SSMのF2がレーベルの所属を越えて楽曲提供する。話題になること間違いなしだ。
サヅか。
最近よく聞く名前だ。
智史と二人、扉近くの後ろに座ろうとしたが、ぜひ前にと声をかけられてしまう。
「今回限りの参加ですから末席で」
本気で言ったが遠慮していると思われてしまった。
仕方ない。前の方には座ってやるが、前扉の近くで退席しやすい机にしよう。
後から来る小泉さんも見つけやすいように。
会議で使うスクリーンが準備されている。
作業をするため、前方に固まっているのがサヅか。
気になって目をやると中に一人、すらっと背の高い男性がいた。柔らかい雰囲気で泣きぼくろが印象的なイケメン。
芸能人としてやっていけそうな顔立ちなのにスタッフとして裏方にいるんだな。
そう思って暫く見ていたからか、同僚から彼にかけられた声を聞き逃さなかった。
「倉沢、この資料。数字直してあるよな?」
「はい。修正済で間違いないです」
なに?倉沢?…ってあの!?
俺は思わず智史を見る。目が合った。
平気な顔をしてるが目が動揺している。
智史の余裕ない態度は滅多に見られない。
聞き間違いなどではないだろう。
倉沢。
あれがりこさんの従兄弟なのだろうか?
さあ、光稀くんと郁ちゃんが同じ部屋に!
この状況を作るために一組デビューさせちゃう。
次回は、この部屋に来るまでの郁ちゃんについて。




