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推しの衣装を手がけてます!  作者: 葵 紀柚実
一章 恋心は内密に
3/65

3 打ち上げ

これから行われるのは藤枝光稀(ふじえだこうき)主演ミュージカルショー『月下掌握』の打ち上げパーティ。

結婚式の披露宴とかしちゃうような超有名ホテルの大広間。

衣装班からの代表として参加する私は、クロークに上着を預け、ふかふかの絨毯を踏みしめて、いざ、立食パーティへ。

ここまで豪勢な場所に参加するのは初めてだ。

この仕事を始めてから、何回か打ち上げに参加したことはあっても、まだまだ慣れない。

芸能界といえど毎回こんなにすごい会場で開催するわけではなく、ちょっと良いランクのレストランや、居酒屋で和気あいあいと騒ぐこともある。

そもそも、今回衣装班から私が参加することになったのは、上司のチーフ並木果穂(なみきかほ)からの指名による。

「りこさぁ、名前と顔が一致してないスタッフが多いでしょ?仲良くなってきなさい」

と。そうなんだよなぁ、知り合いのスタッフがいればあの時、代りのジャケット持って息も絶え絶え走らなくても、お願いしますと託せばよかったのだ。

鈍くさく走る必要もなかったのに。

「あれ?倉沢(くらさわ)さん打ち上げ参加なんだ?ビンゴカードあっちで配ってるけどもうもらった?」

「あ、まだです。声をかけてくださり助かります」

…誰だっけ?

私はカードを受け取りに行くので、と言ってさり気なくその場を離れる。

困った、顔も名前もわからない。

いつもみたいに現場なら、バタバタと仕事をこなしているのでもう話すこともないのだが、今日のパーティはまだ始まってもいない、後でまた声をかけられたらどうしよう。


ビンゴの用紙を手にして、景品一覧を見てみる。話相手がいないのでやることがない。

炊飯器…新しいの欲しいな。

これ、ホントに当たったらもらえるのかな?

ぼーっとしていたらやっと知り合いを見つけた。

久保田(くぼた)さん、今お話しいいですか?」

「よぉ、倉沢珍しいな、こんなところで」

久保田さんはアイドル事務所SSR(エスエスアール)の演出家で今回の舞台だけでなくF2のコンサートも担当してくれている。

コンサートの打ち合わせ等で顔を合わせる分、他の舞台だけの関係者より声をかけやすい。

私が知らない人が多くて困っている事を正直に打ち明けると、

「まぁ、毎日劇場に通い詰めていたメンツに比べると倉沢は重要な時だけだからな。向こうだって全員が倉沢を認識していないと思うぞ」

そう言って、雑談している人の中で私と関わりがありそうな人をこっそり教えてくれる。

美術さんや大道具、音響に照明さん。

ああ、そうだった、知ってる。って人もいれば、全く覚えのない人もいる。

小ぶりのパーティバックからこっそりスマホを取り出しメモしなければ、またすぐに名前を忘れてしまうだろう。

「そんなに覚えるの苦手なのか?」

「はい…あ、いえ、頑張ります」

裏方スタッフって同じTシャツやジャンパーを着るから覚えにくいし、今日なんていつもと違ってスーツだからよけいに誰が誰だか。

こんなパーティに出なきゃいけないなら、サブチーフなんて肩書きいらないけど、でもサブだからこそ光稀くんと交流を持つ機会が増えたとしたら、この地位は他の誰にも譲りたくない。

うぅ、悩みどころ。

「あ、ほらあそこ見てみろ。扉の方、今入ってきたのは大物だ」

久保田さんの説明によると、今日は劇場のオーナーや舞台芸術の評論家など、格式あるゲストが招かれているそうだ。

さすが連日満員御礼で惜しまれつつ千秋楽を迎えた舞台。

配られ始めた乾杯グラスはシャンパン。

「もう、始まるな。倉沢もよく知ってる顔がきたぞ」

え?だれ?

「乾杯の挨拶は我らが座長、藤枝光稀だ」

わぁお、フォーマルスーツ!

こっからだとよくわからないけど、地模様の入ったいかにも高級そうな生地だ。

セミオーダーかな?

真紅のネクタイはきっと舞台のイメージカラーと合わせたのだろう。

髪はワックスで毛先を遊ばせている。

スタイリストさん、ヘアメイクさん、ありがとう。脳内に焼き付けるべく集中。心のシャッター押しまくれ!

「倉沢、ここのホテルのメシは旨いから。光稀の挨拶終わったらたくさん取ってくるといいぞ。じゃ」

そう言って久保田さんは劇場関係者の集まっている辺りへ行ってしまった。

そうだ、演出家はあっちの格調高い人達と一緒に金屏風の前に立つ立場だ。

また、一人になってしまった。

司会のアナウンスでパーティが開催される。




「先生方、会場へ入られました!光稀くんお願いします」

打ち上げ設営をしているスタッフが控え室にいる俺を呼びにきた。

今回の催しは大規模。俺としては、居酒屋で内々のお疲れさま会でも全然良かったのに、評論家の大先生まで招いてのパーティ形式だ。

えっと挨拶は手短に、だよな。乾杯が終わらないと食事にありつけない。

歌とか芝居より、慣れない挨拶は緊張がひどいな。

よし。招待客が待つ大広間へ。


司会者の開催宣言と、壁際にあるスクリーンに映される舞台のダイジェスト映像。

俺の名が呼び込まれて誘われるように中央へ。

少しだけ高くなった段にあがると、金屏風を背にしてぐるりと視線を巡らせた。

…今どき金屏風かぁ。

「また、このメンバーで。それが社交辞令などではなく、本当に叶うとは感慨深い思いです。再演の話を頂き、前回よりパワーアップした月下掌握を作り上げられたことは、ひとえに皆さまのお陰だと思っております。本当に感謝の気持でいっぱいです。ありがとうございました」

無難な感じでまとめることができていただろうか。

後にも挨拶は続く、最初の俺の言葉なんて忘れられるだろうし、それぐらいが丁度いい。

段から降りると記者に囲まれた。アイドル誌の他に舞台演劇専門の出版社が来ている。

事前にマネージャーと予想される質疑について打ち合わせをしておいて良かった。爽やかな笑顔で対応しつつ、頭の中は手一杯だ。

一通りの受け答えがすんで会場内を見渡す。

そこにいるのは美術さんだろ、あっちが特効…あ、いた。

俺は彼女を見つけた。


「りこさん」

あぁ、声かけのタイミングが悪かったか?驚かすつもりはなかったのだが、あきらかに彼女の肩がビクっとなった。

「ごめん、後ろから声かけて。少し時間ある?」

「はい。お疲れさまです。大丈夫です、けど光稀くんは時間あるんですか?」

「あぁ、取材は一段落ついたし、それに。…りこさんと話がしたかったから」

そうだ、あの日最後まで残らなかったりこさんを気にしていたら、久保田さんが打ち上げに呼べばいいよと提案してくれたんだ。

普段はチーフの並木さんが出席することが多いから考えつかなかったけど。

あのときの会話を覚えていた久保田さんが、りこさんの出席を取り付けてくれたのだろうか?

俺が自分で衣装班に声をかければ良かったんだけど、並木チーフを嫌がってるみたいに思われるのも困るし、あれだ、うん、なんかもう、当日になっていた。

「来てくれて嬉しいよ」

りこさんとは会議室で資料をはさんで座ることが多いから、なんか今、近いな。なんか、いつもと違う。なんか、なんだ?

りこさんもきょろきょろと視線がさまよっている。俺と同じように思っているのだろうか?

いや、食事か。

りこさんの見つめる先にはビッフェ形式のご馳走がずらりと並んでいる。さすがりこさん、俺がまだ何も口にしていないからと気を使ってくれたのだろう。

そうだよな、りこさんが俺と話をするのに挙動不審になるはずないもんな。

「食事取りにいこうか?俺、お腹すいてるし。あぁ、あの空いてるテーブルでいいかな」

立食形式でも、食事やドリンクを置くための小さなテーブルが壁際に用意されていた。


「さっき、久保田さんが美味しいって教えてくれたんですけど、本当にどれも美味しくて」

ハニーマスタードソースのポークソテーが気に入ったから二回目。他にも初めて食べるご馳走があると言って笑うりこさんは、いつもと雰囲気が違う。よそ行きの格好だからか?初めに声かけたときに気づかないから、俺は女心がわからないとサトに注意されたりするのかな。

「何?私、何かついてます?」

「あ、いや。いつもと違うなって…」

まじまじと見てしまった。下から上までの俺の視線で、服装のことだとわかったようだ。

「ただのワンピースです。こんな格調高いところに来ることがないから、これしか持ってないんですよ」

サブチーフになったさい、一着は用意するべきと並木さんに言われたそうだ。

りこさんと服の話になって、そうだ、衣装の件で話があって呼び止めたのだと思い出した。

「あの時は助かった、ありがとう」

「いえ。…どの時ですか?」

「え?っと、髪がジャケットのボタンに。イヤモニでりこさんが対処してくれるって聞いて、それで、大丈夫だって安心したから」

「光稀くんの耳中(みみなか)にも聞こえていたんですね、そっか」

一秒が永遠にも感じた舞台上で、倒れるダンサーに手を伸ばしながら、最初に考えたのは、振り付けが乱れる。ということだった。

俺の動きが変われば照明がついてこれない可能性が。だからと言ってダンサーを転ばせてしまえば観客が動揺する。

どうしよう?どうする?

そんな時に新しい衣装が届く、どうにかしようと動き出している人がいる。そんな事実に勇気をもらえたんだ。

「とっさに考えたのはジャケットを絡まった髪ごと脱いでダンサーに預ける。だったんだけど、絡まったまま優雅に脱ぐのができなさそうで」

「え。脱いじゃダメですよ。あの後ジャケットプレイを取り入れた振り付けがありますよね?襟をすっとなぞるみたいにするのが」

「それは、少し手の動きを変えれば乗り切れるし。すごいね、振り付けとか全部理解してくれてるんだ」

「いやいや、あの曲だけですよ。ほら、最初はシンプルなベストスーツのデザインだったけど、貴族が社交界で上着がないのは世界観に合わないって変更になって、それなら振り付けも工夫しようって」

「あぁ、そうだったね」

俺が笑ったら、りこさんも笑った。


人見知りだからあまりスタッフと話をすることはない。ヘアメイクさんやスタイリストさんは女性が多く、話が長く続くことはないけれど、なぜだかりこさんとは会話のリズムが丁度いい。

「光稀くんビンゴカード手にしてますか?そろそろ始まるみたいですし、お食事すんだのならいかがです?」

ほら、また。トラブルのお礼を言い終えて、どうやってこの場から離れようか困っていたら、りこさんのほうからきっかけをくれる。

「私、まだ挨拶のすんでない人がいて、その。また、打ち合わせで」

「うん、また。この後も楽しんで」

りこさんがF2の担当でよかった。

さりげなく去っていく後ろ姿を眺めながら俺はそう思った。りこさんがサブチーフになって一年…ぐらいか?サブになる前から担当班だったこともあってか話しやすいし。


司会者が張りのある声でビンゴの景品を宣伝している。始まるのか、でも俺カードもらってないや。

それに、主演が景品当てたらダメだろ多分。

仕方ない、少し距離をとって傍観者を気取るか。

そうだ、りこさんが美味しそうに食べていた伊勢海老でも取ってこよう。

光稀はりこさんを勘違いしている。そのままでいいけど。次回はりこさんの職場について。

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