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推しの衣装を手がけてます!  作者: 葵 紀柚実
二章 揺れる想い
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29 大志を抱け!

「おはよう…ございま…あ、いるっ?」

のそのそ。

そう表現するのが似合いそうなゆっくりとした動きで開く扉と、小声の挨拶。

昼間のスタジオには誰もいないと思いつつそれでも挨拶はしておこう。

きっとそんな感じで部屋へ入ると私がいたので驚いたのかな。

「おはようございます、萩原くん。早いんだね」

「りこさんか、びっくりしたぁ。あ、俺の学校、試験最終日で昼前に終わったんで、それで」

学年末試験かな?地域によって三学期制や二学期制だったりする。

EGGの中には独自のカリキュラムを組む私立へ通っている子も。

みんなの時間割はまちまちだから、参加できる時間に無理なく来てもらうようになっている。

一度家に帰って着替えてからでも間に合いそうなのに、制服のままとは早く来る理由があったのだろうか?

萩原くんの学ランはだいぶ見慣れてきたから興奮しないけど、それでも衣装とは違う、普段から着てる使用感のある制服は隅々まで見る価値あるよな。

うん。興奮はしないよ?

「りこさん、さ。一人?」

あ、やっぱり誰かに用事があって早く来たのか。

「振り付けの先生も演出家さんも集合時間に来る予定なの」

「良かった。じゃあ、りこさんだけなんだ。その。りこさんは知ってる?」

何を?

えっと、人がいない方が良かったのか。

なんだろう?

「春からのS-F-Cメンバー。俺、また…選ばれた」

「うん。知ってるから話しても大丈夫。萩原くんは頼れるリーダーだからね」

そっか。四月からの選抜メンバーはまだ秘密事項。人がいないのを確認してからでないと口に出せない。

凄いよね、頑張って。そう言おうとしたが、萩原くんの表情が暗い。

「また、S-F-Cだった」

泣き出しそうな顔をしている。

また。

それは…あぁ、なるほど。

S-F-CはあくまでEGGの中の選抜チーム。

固有のグループではない。

萩原くんは、春になると入れ替わる暫定的な集団ではなく、自分だけの、自分のためのグループになりたいのだ。

高校生になればS-F-Cは卒業する。

今年で中二になる萩原くんが、早くEGG内でグループを作りたいと思うのは当然だ。

焦りや不安は、言い換えればデビューへの執念のようなもの。

向上心と言ってもいい。


事務所やスタッフの意見としては、萩原くんが抜けたS-F-Cでは、今後の活動が成り立たないだろうと考えている。

メンバーのまとめ役として最適であることは言うまでもなく。

そういった人材は裏方に回りやすいが、萩原くんには根強いファンも多くいる。

センターに立たずとも安定したファンの獲得は将来性もある。

今年は昨年同様グループを支えてもらいたい。

そして来年、S-F-C最後の一年間はセンターで華々しいポジションに立たせ、将来のデビューに向けての経験を積ませたい。

そんなふうに考えてるんだけど…。

けど、これは言ってはいけない事。

本当にデビューできる目処が立ってないし。

あまりにも漠然とした将来像でしかないからだ。

大人として、私は彼になんて声をかければ良いのだろう。


「私は、また一年萩原くんと一緒に仕事をさせてもらえるなんて、楽しみだよ」

相手は子供で、耳心地のいい慰めを言ってあげてもいいのかもしれない。

でも、萩原くんはプロだ。

だから私は、言える範囲で本気の思いをぶつけよう。

「S-F-Cに萩原くんがいないと困るんだよ」

「どうせ俺、小学生の引率係なんでしょ?」

頬に一筋の涙。

「違うよ。私が頼れる人材なんだよ」

「え?りこさん…?俺を?」

「私の入社と萩原くんのオーディションって同じじゃない?入社後すぐの研修であたふたしてミスしてたの、思い出すなぁ」

「小三の時?俺はその頃、積まれた衣装の中から着れそうなの探してた」

「そ、その頃。私が二年目で仕事に慣れた頃が、萩原くんS-F-C入りした頃じゃない?今はサブになって、あの時よりずっと大きな仕事を任されるけど、S-F-Cの現場は初心に戻るというか。萩原くんの存在は私にとって懐かしくもあり、これからのやる気でもある、って思えるよ。中三までしか入れないグループ、せっかくなら最後までいてほしいって私が思ってるから、残ってくれて嬉しいよ」

思い出話で涙は引っ込んだみたいだけど、まだ納得してない顔だ。


「智史くんは…入所してすぐにデビューするんじゃないかって言われてたの、知ってる?」

「いえ。すぐって?」

「小学生でのデビュー。SSRは子役事務所じゃないからなのか、人材がいないからか今まで中学生以上でデビューだったでしょ?」

私が入社する前のことに詳しいと、普段からファンなんですか?って突っ込まれそうだけど…萩原くんを笑顔にするためなら仕方ないか。

「それでも智史くんがデビューしたのは17歳。F2はEGG時代、S-F-Cに所属してなかったしね。萩原くんの方がよっぽど凄いんだよ」

「F2より…?俺がそんなわけ、ないけど」

良かった、もう涙はすっかり引っ込んでる。事務所先輩の名前が出たことで、少しは仕事モードになったのかな。

顔つきもしっかりしてきた。

あと、元気になるまでもうちょっとだ。

「私ね、今のS-F-Cって『萩原くんのS-F-C』だと思うんだ。何年かしたら『萩原時代』なんて呼ばれるぐらいの」

今は気が付かなくても、きっとあれは俺の所属グループだった。そう誇れるようになるよ。

「そう、なのかな?よくわからないけど」

当事者じゃ実感ないか。

うーん、そしたらなんて言おう。

「じゃあさ、私、萩原くんのファンになるよ。S-F-Cのファンじゃないよ。萩原くんのファンだよ。だからどのグループにいても、いなくても応援するよ」

「え?りこさんなに言ってんの、俺、もうファンいるし。…そっか、ファンはS-F-Cにいてもいなくても、応援してくれるんだよね。その、さ。デビューの話が来なくても?」

「うん。デビューできてもできなくても、ずっと好きでいるのがファンだと思うよ」

あれ?萩原くん。

ファンのためにデビューしたくて、そのためにグループに入りたかったのかな?

どっちもかな。

自分のためでもあり、それがファンのためになる。

「りこさん、ありがとう。まだモヤモヤしてるけど、随分楽になった」

良かった。

「ううん、大したことは話してないよ」

「あーそれでさ、さっきの、りこさんが俺のファンっての。ナシで。りこさんは…同期。入社?入所?が一緒なんでしょ?だから、同期で仲間ってのはどう?」

うわぁーなにそれ。良い!

「うん、わかった。仲間だね」


俺がデビューするかりこさんがチーフになるか。どっちが速いか競争な。

そう言われたけど…並木センパイがいる限りチーフの椅子は私にこないんだけど。

そんなことを中学生に言ってもわからないだろうから、にっこり笑って誤魔化した。

元気出たから自主的に歌レッスンしてくる。と下の階に行く萩原くんを見送りながら、春のEGGメンバーを思い浮かべる。

大丈夫だろうか。

萩原くんでさえ、不安定になったのだから。


『春にSSRからデビューするグループがある』そんな重大発表まで、あと数日。

SSRから新たなグループが。それだけ書いたら済むはずが。

萩原くん真面目でいい子です。好き。

次回は、そのデビューグループについて。

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