26 募る想い
その日の打ち合わせに参加したのはりこさんではなく、小塚さんだった。
雪、雪ナントカちゃんと呼ばれている明るい人で、りこさんが部下として育てているからか、よく見かけるので俺でも知っていた。
『F·F』の収録現場。
二本撮りの中休みを使っての打ち合わせ。
俺は先週からソロコンサートが始まり、三月中旬まで続く。
その後を追いかけるように智史のソロも始まるため、それらの確認事項に彼女はテレビ局までやってきた。
コンサートツアーがあっても、レギュラー放送のテレビやラジオはいつも通りに収録がある。
りこさんに会えると思っていた俺は、小塚さんが打ち合わせ用の部屋に入ってきてすぐ、思わず、りこさんは?と呟いてしまったのだが、
「りこさんがいなくても大丈夫です!頑張ります!」
やる気十分の返事が帰ってきた。
別に小塚さんの仕事ぶりを不安に思って言った言葉ではないのだが、俺がりこさんの名前を口にしても、誰も好意を寄せているからだとは思わないんだな。
そんなもんか。
「りこさん、今日はCOUNTRYの衣装合わせに行ってて」
「なんや、EGGもあるやろ?」
「はい。あ…」
言いかけた口のまま、一度止まって、ナイショです。って口を閉じる。
少し落ち着いた顔をして、智史の衣装について打ち合わせを始めた。
まだ、オフレコの案件なのだろう。
EGGの件だと、アレかそれともあの辺りか。
これからの倉沢班は忙しくなるだろう。
それじゃ、りこさんに会えなくなるのかな。
今でもそんな頻繁に会ってないけど。
今日だって、こんなテレビ局の一室じゃなくて、事務所だったら会えたかもしれないのに。
アイドルとスタッフなんて、すれ違いが当然と諦めるべきか。
それでもツアーの初日には、仙台まで見に来てくれた。
仕事だから、上からの指示で来たんだろうけど。
年末の一件以来久しぶりに会った俺は、妙に緊張していた。
それなのに遠くから会釈するだけだった。声、かけてくれたらいいのに。
いや、俺から声かけろよってことか。
ちょこんと会釈したりこさん、可愛いよな。
ストレートの髪が肩から落ちて、サラサラなんだろうなって。
作業してるときとか、一つに纏めているからあまり下ろしてるのを見ないけど、俺の好きな、風になびくストレート。
ん?まてよ?
もしかして、りこさんは俺の好みを知ってて伸ばしてるのか?
そうだよな。ファンなんだし。
背中の、腰まで届きそうなあの長さはかなり長い方だもんな。
俺のために髪を伸ばしてる?
うわ、なんか、恥ずかしくなってきた。
俺のためかぁー。
いいな、それ。
あ、もちろん髪が短くてもダメじゃない。
ファンだって、自分の好きなスタイルがあるだろうし、その人に似合ってるのが一番だと思ってる。
短いからこそ魅力的な人もいるわけだし。
あれ?
じゃあ、りこさんが髪長いのは、俺のためじゃないかも?
りこさん自身の好み?
「じゃあ、椅子でのパフォーマンスはハーフパンツの方向で」
「俺の想像より、このデザインの方がえぇもんになりそうやし、任せるわ」
「はい。これ以外の衣装はもう着手してます。あと、気になるのは小物なんですが、今回も帽子をいくつか見繕ってます。えっと、こちらをご覧いただけますか?」
俺がボーッとしながらりこさんの事を考えている間も、智史の打ち合わせは続いている。
いや、ボーッとしているのではない。傍から見れば、スマホでゲームでもしているように見えるだろう。
トントントン。
ノック音に扉近くにいた小泉さんが対応する。来客のようだ。
「今日はいい刺激を貰ったよ。これからもよろしく」
「いえ、俺たちまだまだです。今日は大変勉強になりました」
一本目の収録ゲスト、真木充。
シンガーソングライターとして活躍する一方、役者としてもドラマに映画に代表作がいくつもある。
「芝居の話、もっとしたかったんはホンマなんで、是非またご一緒させて下さい」
帰り支度終えて俺たちの楽屋に顔だしてみれば、別の部屋にいるという。
仕事の打ち合わせならば邪魔はしたくないが、挨拶なしで帰るのもどうかと悩んでいたら、通路にいるスタッフが気を利かせてドアをノックしたらしい。
「雪乃さん、知り合いいたんか?」
真木さんとそのスタッフ数名が去ったあと、智史が小塚さんに声をかける。
俺も気になっていた、スーツを着たいかにも関係者って感じの男性に小塚さんが笑顔で会釈するのを。
「はい。まさか局で会うとは思っていなかったのでびっくりしたんですが」
「なんか話さんでもよかったんか?」
「はい、大丈夫です。先程真木さんが本番前の歌リハをなさってる時、彼がいるのに気が付いてそこで少し話せたので」
「衣装関係のスタッフには見えなかったけど…」
SSRの衣装班は女性が多いが、業界全体としては男女の別なくスタッフはいる。
「あぁ、衣装さんではなく。レーベルの、サヅなんですよ彼」
サヅ?笹塚レコード?
「へぇ、雪乃さんサヅに知り合いおるんや」
そうか、真木さんはサヅからCD出してたな。
「いえ、りこさんの紹介で。あ、りこさんの彼…じゃない、従兄弟さんの紹介です」
ん?りこさん?彼?
「それで、光稀くんの衣装ですが」
待ってくれ、りこさんの話はそこで終わりか?
俺の打ち合わせは取り敢えずいいから、彼氏について教えてほしい。
が、なんて言えばいい?
「なんや、りこさんサヅに知り合いおったんか」
わざとらしく話しだした智史が俺に目配せ。
「そ、そうだよな。俺らとCOUNTRYはレーベルSSMだし、SSRでサヅなのHUG×HUGぐらいか?」
資料に目を留めていた小塚さんが、顔をあげる。
よし、これでりこさんの話が聞けそうだ。
だが、彼女は一度小泉さんを見た。
打ち合わせ中に私語はまずいと思っているのだろう。
彼女が真面目なのはりこさんの教育のおかげか。なら、りこさん凄いなって思えるけど、今は話を聞きたい。
視線を受けた小泉さんは腕時計で時間を確認すると、少しだけならと許してくれる。
サヅの話は聞いておいて損はないから、と。
智史も情報通だが、小泉さんはそれ以上だと思う。
それを表に出さずに仕事に活かしていそうなところも脱帽だ。
「何を話せばいいのか…りこさんの従兄弟さんがサヅの人で。あ、そうだ。仲良くしてるところを私、見てしまって。すごく、素敵な人だったので紹介してもらおうかと。サヅって知ったのはその後です」
話しづらそうにしながら報告してくれるが、理解しにくい。
「さっき挨拶してたのが、そう?」
俺たちの近くに来た小泉さんが話に加わる。
「いえ、先程の彼は飲み会で知り合って。宣伝広告部の。真木さんは新曲披露でしたのでこのあとも局内で挨拶回りがあるようです」
会社によって部署名は変わるから、それだけでは詳しい仕事はわからない。
けれど、小泉さんも智史も他社の情報に楽しそうな顔をしている。
それより俺が気になるのは。
「飲み会って、倉沢班とサヅで?…りこさんがそーゆー会に出るイメージないんだけど」
「そうなんですよね、嫌がってたんですけど。ダメ元でちょっと強引にお願いしてみたら、連絡取ってくれて。悪かったな、とは思うんですけど」
「したら、りこさんとその従兄弟さんが幹事やったってこと?班のみんな参加なん?」
「幹事は、そうです。従兄弟さんが予約してくれたスペインバルっていうのかな?とても素敵なところでした。生ハムたくさん食べちゃって。あ、で。全員じゃないですよ。三人、りこさん入れたら四人、です。りこさんは従兄弟さんとの連絡係だったので、参加してくれました」
「相手はみんなサヅ?」
小泉さんは飲み会よりサヅについて知りたいらしい。
「はい。宣伝広告部以外にも企画の人がいましたが、関わってるプロジェクトの話とかは、出ませんでした。私達も当たり障りない程度しか仕事のことは話さないから、お互い様ですね」
守秘義務。
初めましての人には特に気をつけて話をする。
「サヅの情報必要ですか?りこさんなら従兄弟さんから色々聞けるかもしれません。すごく親しくしてる感じでした。従兄弟ってあんなに仲がいいのかなって」
「それや、さっきも彼氏とか雪乃さん言っとったやろ」
「彼って思ったのは二人の関係を知らなかったときです。あの。りこさんはどう思ってるかわからないんですけど。従兄弟さんはきっとりこさんのこと、好きです。たぶん」
おいおい、りこさんのこと好きなのは俺もなのに。
小塚さんの女の勘とやらをどこまで信じたものか。その従兄弟を見てみないことには判断がつかない。
だからといって見たいとも思わないが。
りこさん、前に彼氏はいないって言ってたよな?
じゃぁ、その後から付き合い始めたのか?
それなら、俺が告白したとき、彼がいるからと断るはず。
ということは、りこさん的に付き合ってる人はいないのか。
なるほど、だったら小塚さんのいう従兄弟は、ただの従兄弟か?
わからない。
話を聞いて更にわからなくなった。
気になる。
すげぇ気になる。
そもそも、りこさんに従兄弟がいるとか聞いたことないし。
俺も、姉の話はりこさんにしたことないけど。
いや、ファンならラジオとかで姉の話を聞いたことはあるだろう。
「あーいいよ。りこさんは人に探りを入れたりできる人じゃないよ。僕もすぐに欲しい情報があるわけじゃないし。ごめんね、話さなくてもいいことまで聞き出しちゃったみたいで」
小泉さんが話を終わらせたので、俺の衣装の件、始まったツアーでの確認事項を擦り合わせる。確認だけなのですぐに話は終わった。
程なくして『F·F』二本目の収録ゲストが局に到着したようだ。
「ちょっと遅れてるな」
そう呟いて小泉さんは番組スタッフとタイムテーブルの確認に行ったし、小塚さんは本社に戻るために片付けを始めた。
俺らは楽屋に戻って待機だ。
「会えんかったのは残念やけど、最新情報きけたな」
楽屋で二人きりになると智史が小声で話しかけてくる。
「信憑性は高いと思うか?」
「正直わからん。せやけど、こーきのファンなら容易に彼なんて作れへんちゃう?」
そう思ってもいいかな。
「なぁ、サト。俺、なかったことにしなければ良かったよ」
「なにを今更言うとんねん」
そうなんだけどさ。
どんどん、好きになる。
早くりこさんに会いたい。
光稀は会いたいと思うだけですが、智史は真相が知りたいと思っているはず。
なので、次回は智史の視点です。




