2 F2
雑誌の撮影に使われるハウススタジオ。何度となく使用したことのある馴染みのスタジオ、その一角で俺はアンケート用紙に向かっていた。
昼過ぎ、天候に恵まれた外は明るいが、ここは照明を落として、夜を思わせるセッティングだ。
先ほどまで行われていたアイドル雑誌のグラビア撮影。
先月はF2それぞれでソロページの仕様だったが、今月は一緒で。
きらびやかなスーツを着て螺旋階段の下でワイングラスを傾ける。シックな雰囲気のポージング。
文句も言わずにカメラマンの要望にこたえているけど、内心腑に落ちない。
なぜ、階段で酒を飲む?
おかしくないか?あっちに革張りのアンティーク風ソファーがあるのに!
まあ、いいか。読者が好きそうな写真のことなんてプロのカメラマンに任せていればいい。
それに、笑顔が苦手な俺には、庭ではしゃぐような撮影よりも室内で澄ましているほうが楽なのだから。
グラビア撮影は終わったが、衣装を変えて折り込みポスターの撮影とインタビューが残っている。
そして今は、セットチェンジの時間を利用して、ミニコーナーのファンからの質問に答えているというわけだ。
『髪型にこだわりはありますか?』
こだわり?…は、ないな。でも、ないって答えはそっけないし後で事務所に注意されそう。
「なぁ、サト。『清潔感の短髪』と『どんな役でも邪魔しない黒髪』どっち書いたら無難だと思う?」
隣で同じようにアンケートに向かう相方藤原智史に声をかけてみる。
「そんなん、正直に『美容院に行くんが嫌やから、行ったときに目一杯切ってもらう』って答えたらええやんか」
…それは、アイドルとしてダメだろ。ホントのことだけど。つか、俺そんな言葉づかいしないし。
智史によると俺の髪はツーブロックマッシュらしい。…ほぉ?
「お前はいいよなあ、思いっきりこだわってるから書くことあって」
ちらりと智史のアンケート用紙を覗き見ると『神秘的』の文字。何だそれ。
いや、確かに智史の髪色は白っていうか、薄紫っていうか、とにかく普通じゃない。
「サトっていつから今の髪だっけ?長さも肩のちょっと上で、おかっぱ…」
「おかっぱ言うなや。ボブ。前下がりのミディアムボブな。まぁ、メンズのボブヘアーにしては長いから、おかっぱの方がイメージしやすいんはわかるけど」
似合ってるからいいけど、こいつ、高校の時はちゃんと校則に従って、髪染めたりしてなかったよな。
まぁ、地毛も黒よりは明るめだったけど。
「役で染めたんだっけ」
「ん?あぁ、初めては役で金髪にされてん。その後は遊びで色抜いてたら、人じゃないような役来て。そこからずっとこんなんや、今の色はラベンダー。もちろん、仕事で黒にせえ言われたらするつもりやで?」
俺も。髪色ぐらいで役逃したくないし、必要なことなら何でもする。
「けどさぁ、サト。俺は慣れたけど、その言葉と見た目、合ってないとか言われねぇの?」
「…?こーきはギャップ萌知らんの?そおやなぁ…例えば魔法少女の側におる、ぬいぐるみみたいな妖精は語尾に特徴あるやろ?俺ってそーゆーマスコットキャラ的な?」
…悪い。何言ってるかわからん。智史らしい表現だとは思うけど、妖精?
「ああ、そういやお前なんかのランキングで妖精とか言われてたよな」
彼氏にしたいアイドルベスト3!とかの、番外編で。
「精霊な。人とは思えないアイドルってなんやねんな?そもそも金髪にしたころから天使って言われ始めて、この色にしてからは氷の精霊っつー異名を頂きまして」
智史の背はどっちかというと小柄だし、わからなくもない、か?
俺には天使とか妖精って小さいイメージなんだけど。
「それよか、こーきかて黒騎士とか闇の貴公子なんて言われてるで?」
知ってる。
以前ヘアメイクさんにファンからの評価を聞いたから。寝起きでボサボサの髪も完璧に仕上げてくれるんだが、噂話の方にも優秀なんだよな。
それでも、俺に話を振ってくるよりよほどいい。もしかして、俺が何も話さないから勝手に喋っているのだろうか。
人見知りだから寡黙になったり、視力が悪いから睨んだようになったりするだけなのに、闇とか騎士とか言われてもなぁ。
「まぁ、これでも地元へ帰ると気取って標準語喋っとるなんて言われんねんで?」
あ、まだ方言の話続いてたんだ。
スタッフが撮影準備が整ったと呼びにきた。
「サト、ドラマのときは方言全くださないもんな」
キッチンへ通される。先程と違ってカジュアルな服装だと思ってたら、料理男子設定か。
「役のセリフがこっちの言葉やったら、そら方言なんて出ぇへんて。なんや、こっちの言葉ばっかリスニングしてたからか地元の言葉ともちごうてる気ぃしてきてん」
カメラマンが
「そのまま二人で喋ってて、いいね〜、自然な感じで」「お、楽しそうだよぉ〜ナイス!」
とかってノリノリだから、俺たちはそのまま話を続けるしかない。
「もぉ、俺オリジナル的な?」
「何だよそれ、エセ関西弁って事?」
智史が顔をくしゃっとさせて笑う。
「エセ言うなや」
俺には区別がつかないけど、関西でも地域によってちょっとづつイントネーションが違ってたりするんだよな?
そういや、智史には方言男子ってだけで九州男児の役が回ってきてたときあったな。標準語でも地元の言葉でもなくて苦労してたのを横目で見てた。
智史の言葉がエセ関西弁になったのって、もしかしてそのあたりからか?
…わかんないけど。
「ちょっと、適当に道具手にしてみて、ハイ!頂きました!」
泡立て器とか菜箸で喜ぶんだ?へんなの。
次は果物に手を伸ばす、バナナ、オレンジ、リンゴ。
「昔、出会ってすぐの頃、こーきに弁当どれにする?って意味で『自分なにする?』って聞いたら、お前『自分の分は自分で選べよ』って返事したやん。それで、こっちでは標準語じゃないとあかんなぁ、と」
うわ、この話何度目かよ。聞き飽きてる。
あとあれだろ、ほっとく・ほかすは捨てるの意味だっけ?
「でもお前、標準語じゃねーよ」
「はは、せやな」
出会いは小学生の頃。5年生だったか。
事務所のオーディションに合格して、研修生としてレッスンを始めてすぐ、社長直々に紹介してきたのが智史だった。
関西圏ではなかなか開催しない希少なオーディションで、面白い子を見つけてきたから、と。
「藤枝くんと同じ歳で入所も1月ちょっとしか違わないから、仲良くしてあげて」
なんで俺?こっちだってまだわからないことだらけなのに、世話なんてしてらんないよ。
そう思ったけど、反論もできないから、仕方なくその日は一緒にいた。
社長は、今の俺たちの関係が見えていたのかもしれない。
…いや、どうだろう。
智史は最初、とてもおとなしかった。
華奢で、女の子かと思うぐらい。色白で目が大きくて、歌は伸びのあるボーイソプラノ。ダンスはしなやかで上品。
都内まで通うのが大変だから、レッスンに来るのは月に数回だったけど、あっという間にデビューしてしまうのではないかと思うほどだった。
焦った。
こっちに知り合いのいない智史は俺の側にいる。
うざい。
俺にはお前以外にもレッスン仲間がいるんだよ。
なのに、振り付けの先生から二人で組むように言われることが多くなった。
「次、そこの藤・藤コンビ」
と。
中学に上がるとバラエティー番組に出たり、ドラマに呼ばれたりすることが増えた。まぁ、学園ドラマのクラスの中の一人、その他大勢だったけど。
智史が一緒だったり、別だったり。
あいかわらず、事務所ではコンビ扱いされていた。
高校では同じ学校のクラスメイトになった。智史が上京してきて、芸能クラスのある学校へ入ったからだ。
いつの間にか、仲が良くなっていた。
努力して実力をつけ、俺が智史の隣りにいても誇れるようになったから?
それとも、ただ単に智史の存在に慣れただけ?
台所での撮影は続く。楽しい雰囲気が欲しいのはわかるけど、喋ってる時の口の形って、写真になると変な顔じゃね?
チェックが入り待たされる。OKなら撮影は終了だ。待ち時間も智史は楽しそうにしている。
「俺、ウサギリンゴできんねんで?」
おいおい、包丁は危ないだろ、気をつけろよ。
まぁ、俺と違って智史は普段から料理とかしてるらしいし、楽しそうな笑顔でリンゴと格闘していやがる。
「なぁ、サト。初めは俺しか喋らなかったけど、すぐにみんなと今みたいな笑顔で仲良くなってたじゃんか」
「なんの話?」
「あ、あぁ、えっと。出会いの話」
やべ、俺一人で考え込んでた。
「同期とかさ、俺たち以外にもレッスン室にはたくさんいたし馴染んでたのに、サトはいつも俺と一緒にいたよなって、思い出して」
「それ聞きます?…俺が、あの、まぁ、うん」
なんだこいつ、急に照れた顔しやがって。
「始めて東京へきて、何したらいいかようわからんと、部屋の入口で突っ立ってたら知らないおじさんに話しかけられてん、入らないの?って」
知らないおじさん?あー、それ社長か。
「社長はオーディションで俺らを知ってても、こっちはわからない事って、うちの事務所じゃあるあるだよな」
「そうそう。で、恐る恐る部屋入って、こーきを見てた」
え?俺?
スタッフからインタビューはあちらのソファーで。と、声をかけられても、智史の話が気になっている。
智史だって中途半端な所でやめられないって感じだ。
「まだ、荒削りやけど、原石みたいで、大胆で、でも繊細な…そんなダンスに目を奪われたんや。ぼーっと見とったらそのおじさんが友達になりたいなら声かけてみようか?って」
「えっっ、ちょっ。お前っじゃぁ、初めから…?」
俺と友達にって、マジかよ。
「ナイショやで?こんな恥ずかしいこと、よう言わんからな」
…お、おぉ、もう言わなくていいよ。俺のほうが恥ずかしい。
ちなみに髪型に関するアンケートには、面倒になり『特になし』そう答えておいたのだが、後日、発売された雑誌には『こだわりがないのが、こだわり』と、ライターによって書き換えられていた。
なるほど、次からはそう答えよう。
F2の二人なら、ずっと書いていられそう。過去話を書くつもりなかったのに、なんかノリでずらずらと。
次回はりこさんも出てきて、光稀と二人の会話を。サトは出てきませんが。