18 報告
本日の会場、ドームは広い。
楽屋として使っている裏の部屋から観客席はぐるりと回らなければならない。
しかも私の探し人はVIPルームにいるはずだ。
中二階にあたるテラス席。
ガラス張りの一角は客席と奥にラウンジのような贅沢な広間がある。
本日はSSRにとっての重要顧客、スポンサーを招待した社交の場、接待ルームとなっている。
なんでもこの一角は年間契約でコンサートもスポーツ観戦も見放題らしい。
…社内リクリエーションでも使えるのかな?スポーツに興味ないけど。
いくつかあるVIPルーム。不景気と言われる時代でも贅沢できる企業っていくつもあるんだなぁ。SSRに所属してる私が言うのも何だけど。
扉前にいるスタッフは、ホテルの受付にいそうなきちっとした身なりで、立っているだけで高級感が漂っている。
スタッフ証を見せ、要件を告げた私は緊張しながら中に入った。
大企業の社長とか顧問とかがいるのかとドキドキしていたが、結構若い人が多い。
若い女性はSSRのカウコン見たさに父親に付いてきた社長令嬢かも?
それともベンチャー企業の女社長とか?
あ、センパイいた。
声をかけて二人で部屋を出る。
並木センパイはスタスタと歩いて、階段下の雑然とした場所にまで私を連れ出した。
VIPルームへ戻るなら少し離れ過ぎじゃないかと問うと、顔つなぎしたい相手とは話が終わっているから、戻らなくても問題はないそうだ。
このまま楽屋の方へ引っ込むつもりなのかも。
「何?何か問題?」
えっと、なんて言おう
「すみません、仕事とはちょっと関係ないんですが…話したらスッキリするというか」
「プライベートの話?今?」
嫌な顔された。そりゃそうだよな。
「その…」
仕事相手の話だけど、内容が私的すぎるからなんとも。
そもそも、他人に話していいことじゃないと思う。けど、このままだとモヤモヤしちゃって仕事になんないし。
うぅーどうしよう。
「りこ、手、震えてる。…いいよ、話して。部下のメンタル気にかけるのも私の仕事だから」
その時、人の気配がして私達は一歩壁側に寄った。
さっきみたいな密室ならともかく、ここだと話しづらいよ。
「りこ、場所変えよう」
呼び出しておいてなかなか切り出せない私。苛立つでもなく見守るようにセンパイが言う。
お互い一言も発せずに、VIPルームとは真逆の方向へぐるりと歩いていく。
楽屋の並ぶ中の一部屋はスタッフが休憩に使っている場所。
の、更に奥の扉を入る。
可動式の簡易的な仕切りで作られた場所は、普段の声量なら聞かれてしまいそうだ。
部屋にいた数人に極秘の話だからと、センパイは奥壁へ近づかないように頼んでくれた。
小声で話せば聞こえないだろう。先程の階段下よりは安心だ。
「あまり時間もないし手短にね」
手短かぁ。
光稀くんは智史くんに話してるだろうから、並木センパイに話す事は許して欲しい。
「告白されて、振られました」
「は?」
音の外れた声で返事がきた。
「ごめん、りこ。聞き間違い?」
「告白されて、振られたんです」
「まって、いつ?…告白して…されて?振られた?ん?」
あぁ、戸惑っている。そうだよね、普通は訳がわからないよね。
「間違ってないです。なんか、私のことが気になって好きだって。でも、もういいんですって」
言葉が出ないって顔のセンパイ。
「よくわんないのはさぁ、告白するぐらい好きなのに嫌われたってこと。もういい、ってそれ、振られたの?」
「振られてますよ。だって、ファンだってバレちゃったし、よく覚えてないぐらいだから、もしかしたらヲタ全開だったかも。『いや』って…言っちゃったし」
「ちょっと、りこ?」
「ファンのことは大好きで、ファンのために頑張るけど、同時にファンは作られた部分しか見てないって思ってるところがあるから、ステージ降りて素で会うファンには警戒してるでしょう?トラウマがあるって知ってたのに…わたし、間違った」
センパイの表情が固まった。
「まって、りこ。誰に告られたって?」
「光稀くんですよ?」
「…え?」
そういや、相手の名前言ってなかったっけ。センパイが手短にって言うからだ。
「ちょっと!それってF2の?あの光稀?藤枝光稀?」
えぇ、スーパーアイドルで黒騎士のあの、藤枝光稀ですけど。
センパイは小声でまくしたてる。
「なんかの間違いじゃないの?」
う。
一刀両断、バッサリ斬られた。
「あの光稀が好きとか言うわけないもの」
じゃぁ、言われた私の立場は…?
「本当なんですってば。果穂センパイのサバサバしたとこ好きですけど」
今ははっきり言われるとかなり刺さる。
「証拠に月下の打ち合わせすっぽかされたんですよ!」
「それこそ変。光稀が仕事を後回しにするなんて、まぁ、とりあえずはわかったわ」
そうだよな、光稀くんがカウコンの日になにしてんだろう…。
「告白とか言い出すから、石井さんとの件、進展したのかと思ったわよ。そしたら相手が。…はぁ。プライベートに口出すつもり無いけど、何か問題があったときに相手が所属タレントじゃ、知らなかったですまされないから、今回は報告して当然。正しい判断ね」
「問題?なりませんよ、なかったことにされちゃったし」
恋愛話が業務上報告義務案件だなんて、アイドルって大変だなぁ。
「他に知ってそうな人は?」
「智史くんは確実に」
「確実?」
「楽屋の雰囲気で。耐えきれずに光稀くんが話したか、智史くんが異変に気づいて探ったかはわかりませんが」
センパイはなんでわかるの?だからファンって怖がられるんだよ。って言うけど、わかるよね?普通。
まったくりこの光稀推しは…って呆れる割に他には?って促すし。
「自分で告った話なんて智史くん以外にしないと思うけど…あえて言うなら小泉さんかな」
「小泉さんはF2に付いて長いものね、他のツアーマネージャーとかの可能性は?」
「ないです。…あとは…あっても久保田さんぐらい?再公演から信頼強くなってるし。でも、智史くんだけだと思うな」
「わかった、私のことは?光稀は話が漏れてるって思う?」
「え?思いませんよ。果穂センパイと私の仲がいいのは社内の共通認識だけど、プライベートの話をするほどだとは思われてないです」
「了解。今出た名前に注意しつつ今後の動向見ればいいのね」
今後?ないない。
打ち合わせはなかったことになったのだから。
あ、すっぽかされた打ち合わせのフォローをしないと。
私は資料の確認について報告をした。
「わかったわ。月下資料は小泉さん経由で私かりこのとこに戻るのね?」
ずっと小声で喋っていると疲れる。
奥の部屋からでると、開場5分前のアナウンスが入った。
客入りだ。
早めに衣装を着てスタンバっておきたいメンバーも、逆にギリギリまでのんびりしていたいメンバーもそれぞれいる。
けれど今日は、人数が多い。
さっさと準備させないと。
「すみません、私、状況確認に向かいます」
もう、大丈夫。
光稀くんとすれ違っても、業務上話しかけても。
大丈夫、平然と、普通に接する。
今までだってそうしてきた。
りこさんは、光稀くんの告白はなかったことと納得しています。
でも、それだと二人が結ばれないのでどうにかしないと。
どうにかしますが、とりあえず、次回は並木センパイの回想。




