14 大晦日に
師走。
智史が『先生も走る忙しさですね』とラジオの挨拶で言ってたけれど、走って済むなら走るのに。
先日の『F・F』収録ではすでに『明けましておめでとう』の挨拶から始まった。
新年一本目をもう収録かよ。と、毎年同じこと考えてる気がする。
そして、音楽番組の特番が増える季節。
昼からほぼ一日中あるものや、二週に渡って放送されるもの、各局特徴がある。
SSRもまた、年末には特別なコンサートが開催される。
毎年恒例のカウントダウンコンサートだ。
持ち歌はもちろん、他のグループ曲や、シャッフルユニットを作って過去の先輩のヒットソングメドレーを披露する。
ファン必見のコーナーが途切れることなく続く。
そうだな、あとは懐かしくも恥ずかしいデビュー曲がセットリストに上がることが多い。
F2に与えられたデビュー曲は、大人っぽい落ち着いたメロディーラインの曲だった。
十七歳の俺たちには背伸びしたように思えた曲も、今歌うと馴染んでしっくりくる。
きっと、三十代になれば、それなりに深みの増した音が奏でられるのではないか。
大晦日、本番当日。
都内にあるドームクラスの会場は、SSRのメンバーが贅沢なほど集まり大賑わいだ。
この騒ぎも新年を迎えるための行事のようだと毎年こなしていくうちに思えるようになってきた。
カウコンは年末から新年に向けて、日付をまたいで開催される。3時間近いステージのうち、一時間ほどは生放送のテレビ中継が入る。
この日は他の局でも特番ばかり。国営放送の歌番組へ出場するグループは、朝一でカウコンのリハをして、そのまま別会場へ行っている。
カウコンしかない俺らはバタバタはしてるが、暇な時間もあったりする。
バタバタというのは、時間的なものより、手狭なのがそうさせている。
控室だって通路だってごった返しているからだ。
「あれ?ごめん、間違えた」
F2の楽屋をノックもなしにいきなり開けたのは『GIFT BOX』の浅井だった。
「またぁー、書いとったやろF2って」
帰ろうとしていた浅井をからかうように引き止めたのは智史。
EGG時代からよく知っている浅井と俺らは仲がいい。
「見てなかっ…そーそー、俺らの楽屋人数いるから狭くてさ。F2羨ましくて遊びにきた」
「でも、ここ小さいから俺ら二人になったんじゃね?毎年これぐらいの部屋だし」
「いやいや、うち六人だし。まぁ、廊下に溢れてるEGGよりマシだけどな」
「EGGにも部屋あるだろ?」
バックダンサーにEGGは出るが、遅い時間に仕事ができるのは、十八歳以上の大学生やEGGの活動だけに打ち込んでいるメンバーだけだ。
そんなに多くないメンバーが通路にまでいるとは思えない。
「なんや小さい子ら、もぉ見学来てんの?」
見学?あぁ、そーゆーことか。
「二人の所にはまだ挨拶来てない?どの部屋で捕まってんだろ。GIFTにはついさっき来てさ、元気いいよなぁ小学生。荻原がいちいち注意してんの見ると和むわ」
俺たちもデビュー前に裏で騒いでたよな、なんて昔話をしていたら、スタッフからテレビ用のコメント撮りに呼ばれた。
カウントダウンの司会をする局のアナウンサーを交えて『もうすぐ本番!』とか『いよいよ今夜!お楽しみに!』なんて言うやつだ。
別番組へ行ってるメンバーを除いても、かなりの人数がいる。浅井のGIFT BOXはF2と真逆の立ち位置だったから、じゃあな。すら言う暇なく別れてしまった。
本番の衣装を着てない状態で、これってレアかも。
その後EGGの小中学生に、クリスマスコンサートでF2の曲を使用させていただきました!ありがとうございました!
と、めちゃくちゃ大きな声で挨拶され、ケータリングの飯を食べ、他のグループの楽屋を覗いたりしててもまだ、本番まで時間がある。
「特別編、楽しんで頂けましたか?次回はスタジオに戻ってのお届けです」
「光稀硬いなぁ、また呼んでください。ゲストの浅井友則でした〜」
「浅井うるさすぎてメール一枚しか読めへんかったわ、そしたら来週も聞いてや」
週一レギュラーのラジオ収録が終わった。
ここは、スタジオと違って雑音は入るし外野は騒ぐしグダグダな放送だけど、ファンには好評だ。
一昨年、本当に時間がなくて次のラジオに穴あけるってピンチのとき、音が悪くてもいいじゃない。と機材持ち込んで収録したのが始まりだけど、カウコン当日の臨場感が伝わって、面白い回になった。
三回目の今年は慣れもあって、通常回とさほど変わらないかと思ったが、オープニングから浅井が割り込んできて台本台無しだ。有り難いことに。
「あいかわらず光稀は仕事だと急にぴしっとなるよな。言葉遣いとか」
「えっ、だってファンが見てるから、ラジオは聞いてるだけどさ」
「いやいや、もっとフレンドリーな光稀見たいんじゃね?つか、素もある程度バレてると思うし」
…そうだよなメイキングとか撮られるし。でも、一生懸命応援してくれるファンにはきちんと向き合いたいから、自然と丁寧になってしまう。
「じゃ次。俺らの番組のコーナー『裏の裏』撮りに行こうぜ」
撮りに?
そうなんだよな、俺らF2以外にも、この時間使ってあちこち収録してるみたいなんだが。
「マネージャーに聞いてみないと」
「小泉さんなら、二人が良いなら良いって。出演交渉とかはしてくれるみたい。俺、そもそもソレを言いに来てなんかラジオ出ちったし」
「なんやねんそれ。しれっとラジオ出るとか浅井らしいわ」
「しれっとじゃねーし、許可とったぞ。ドア付近の制作スタッフに」
知ってるよ。俺たちだって本当に勝手に参加し始めたら一旦止めるって。
浅井、来たなぁ、交渉してんなぁ。許可出てるし、マジか。
って思ったよ。
でもな、今しがた得た許可は限りなく無許可だろ。まぁ、それより浅井の本題。
「GIFTのメンバー待ってるんじゃね?知ってればラジオ収録の前にそっち出たのに」
「いやぁ、大丈夫大丈夫。待てなかったら残りのメンツで進めてるだろうし、余裕があれば待ってるだろーし」
なんかゆるい。いいのだろうか、そんなんで。
…だから、浅井は俺の仕事が堅苦しいと言うのだろうが。
「小泉さん知っとるんやったら、行こうや」
そうしてF2はGIFT BOXのバラエティー番組のミニコーナーに出た。
私服チェックとかで、色々いじられたけど、俺たちより先にデビューした先輩グループだから、言いなりにされる。
チェックされるような服じゃないんだけど、良かったのかな。
ミニコーナーと言うだけあって、簡単な打ち合わせですぐ本番だったし、五分程度の尺だったので、割とすぐに開放された。智史はまだメンバーと話し込んでいる。
先に行くよと断って、与えられた楽屋へ戻ろうと通路をのんびり歩いているとき、りこさんから声をかけられた。
「光稀くん」
小走りの彼女は俺を探していたようだ。
「おはようございます。光稀くん今って話できますか?」
「おはようございます。はい、大丈夫です」
俺が返事をすると、りこさんは一歩近づき、小声で話しかけてきた。まるでナイショの話をするみたいに。
「例の、ソロコンの…」
なるほど、確かにまだ表に出せない話題だ。
「一部屋確保したので相談させて頂いても?」
俺は頷くと、先に歩く彼女について小さな部屋へ入った。
物置のごとく狭い部屋。
扉が閉まり、ドアノブの鍵に気が付いた。
そうだ、誰にも聞かせられない話をするんだ。鍵も閉めたほうが…
カチリ。
…ん?
ちょっと待て、俺、今。りこさんと密室に二人。
…二人きり?
おいおい、何だよそれって、今更鍵空けるのも変だよな?
やばい。
なんかドキドキしてきた。
りこさん担当のCOUNTRYメンバーの名前は一人も出てこないのに、他のSSRのアイドルがどんどん出てくる不思議。COUNTRYの四人の設定ちゃんとあるのにな。
次回はりこさんと光稀が二人きり。で、何を話すのやら。




