表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推しの衣装を手がけてます!  作者: 葵 紀柚実
一章 恋心は内密に
13/65

13 真相

F2は秋から冬にかけて全国七都市を回るツアーの真最中。

そこでちょっと困ったことが起こった。


ホールサイズで上手く行っていた構成も規模がドームとなるとステージセットや裏の様子まで違ってしまう。

もちろんそんなことは初めからわかっていて、ホールとドームでは配置や立ち位置などを事前に打ち合わせている。

が、メインステージの奈落から引っ込んで次の衣装に着替えて上段の端から登場するのが…ギリギリだった。

大阪の当日リハで判明し、なんとかやりきったものの、東京では改善したほうがいいのではないかと議論することに。

せっかく集まるならあれもこれもと今日の議題はいくつかある。

「単に曲の間奏長くすれば済む話だけどね」

「いや、本来ならもっと早くしたいぐらいなんだよ?これ以上間延びするとかないね」

「奈落は安全面からも慎重に時間をかけてくださいよ」

各部署の意見はそれぞれ正しい。

いっそ東京も大阪と同じでいいのでは?そんな空気になったが、久保田さんが一旦まとめるから他の者は休憩にしようかと、この場を収めた。

まだ、話し合いは続くためここで気分転換は大事なことだ。


「こーき、五階でチョコ買ってきてや」

「五階?一階のコンビニじゃなくて?」

智史がいきなり変なことを言いだした。

SSR本社ビルの一階にはコンビニが入っている。

俺は利用したことはないが、マネージャーの買ってきてくれる飲み物はそこで調達してるんだと思う。

「こーきは()()()()()の設置って知らん?面白そうやない?」

…知らない単語が出てきた。

「何言ってるかわかんねぇよ。つか、お前が行け」

「そーなんやけど、俺はこの帽子の話を並木さんとしたいんや。なぁ、たのむわ、コレで買えるはずやし、ウエハースのチョコ」

智史は一枚のカードを差し出す。電子マネーで買えるってことか。

仕事の話があるなら、無理に行けとは言えないし。仕方ない、俺が席を立つと小泉さんが声をかけてきた。

「光稀くんは置き薬って知らない?あれのお菓子だよ。減った分だけ補充するやつ。女性の多いフロアに試験導入されて半年ぐらいかな。見てくるといいよ、そっちで休憩してていいから」

減った分?置き薬も知らないし。

エレベーター出て奥の休憩コーナーか。行けばすぐわかるから、って。


五階。

エレベーターのドアが開く。降りる。

暗いエレベーターホール。

誰もいないのか照明が薄暗い。

真っ暗ではないけど、控えめな照明。節電ってやつかな。

奥…って左右どっちの?

…もう、迷った?

いやいやまて、一歩も動いてないぞ。

初めてきた来たフロアだし、まだ迷ってない。

右、暗い。

左…には明かりが付いた部屋がある。

誰か居るのか?そこだけ付いてるってことは残業?

光に吸い寄せられるように歩みを進める。ほら、誰かいたらお菓子の事を聞けるしさ。

大きなはめ込み式の窓。部屋の中がよく見える。

そっか、ここは衣装班が入ったフロアだったのか。大きな机、ミシン。ハンガーラックに掛かった衣装。

なんでこんなに大きな窓なんだろう。

誰かいる。

後ろ姿のシルエットだけじゃわからない。

その人は、なんか、不自然に揺れている。

寝てる?

いわゆる船を漕ぐってやつだ。

…それって危なくないか?衣装班なら針とか大きなハサミとかがあるよな。

ガクンとなって、怪我とか?そんな考えが浮かんだらここから離れにくくなる。

「危なっっ!」

もう一度大きく揺れたのを見て、部屋のドアを開けた。鍵はかかっていなかった。


「あ、りこさん」

入って数歩近づいたら、寝ていたのはりこさんだった。

今日の会議に出ているのは並木チーフ。りこさんは別件で作業中だと聞いていた。

「ん?…やだ、寝てた?」

どうやら起こしてしまったようだ。そりゃそうか、あれだけ大きな声を出せば。よく見ると危険そうなものは離れたところにある。

うわ、俺の早とちりか、カッコ悪ぃ。

「ふわぁ。あ、れ?えぇー。こ、光稀くん?」

欠伸したままびっくりしている。

「ごめん、その」

特に用事はないのだが、どうしたらいい?

「お、お疲れさまです。えっと、会議出れなくてすみません」

「いや、それは並木さんいるし。…それ、急ぎのやつ?」

白い衣装が目に入った。F2のとは違う。りこさんのすぐ側のラックに一着と奥に三着掛かっている。

「はい、COUNTRYの。本当は別の衣装で収録だったんですけど。いえ、作業は済んだので」

愚痴っぽくなるとでも思って遠慮したのか、あまり詳しくは話さないが、会議に欠席しての作業なら収録直前の変更なのでは?衣装班への負荷は結構なものだ。

「色被り、とか?」

当てずっぽうで呟いたがりこさんは困った顔で黙っている。当たりか。

最近の歌番組では他のアーティストとコラボや特別ユニットを組む企画がある。

その際、統一性を持たせるために同色で衣装を揃えたり、あるいは逆に被らないように配慮する。

企画が持ち込まれた時点で打ち合わせをしてあるはずだが、この慌てぶりからして先方が急遽変更指定をしてきたのだろう。

SSRより上の立場のアーティストなら、名前は出さないほうがいい。

大物アーティストが悪いのではない。こんな時は本人の知らないところでスタッフが無理を言ってくるのだ。

「りこさんはいつも忙しそうだよね、って俺らが色々衣装に注文つけるからか」

「そんな、アイデアを頂けるのはありがたいですし、より良いものを作るためですから。今日の作業は終わりましたし、先程まで皆いて、私だけが忙しくしているわけでは…」

「そうだね、石井さんの。作れる時間あるみたいだし」

「え?」

やばっ。俺何言ってんだよ。

話題がなにもないとはいえ、わざわざ言わなくてもいいことじゃんか。

「石井さん…って、あぁTriangleの?やだな光稀くんも知ってるんですか」

「いや、その。詳しくは…りこさんが衣装作ったって」

「作ってませんよ。そんな時間ないですし」

作ってない?そ、そっか…なんだ。

「相談されたのでシールとかワッペンなんかでパーカーをキラキラにしてみてはと提案しただけです」

それだけ?なんだ、噂ってホント当てにならないな。

「りこさんに彼氏いたらこんな話、迷惑なだけ…」

「いません」

何聞いてんだって思ったけど、食い気味に否定された。いない?彼氏が?

「ごめん、プライベートな話を聞いたみたいになって」

「あ、いえ。…って、え?彼氏?やだ、もしかして石井さんと私、勘違いされてるんですか?」

あ、りこさんものすごく慌ててる。いつも冷静な所しか見てないから、なんか新鮮だ。

「山上くんの誕生会終わったのに、困ったな。サプライズって怖いですね。石井さんも知らないんじゃ…」

りこさんは明日にでも班の後輩に噂話の情報を確かめてみるそうだ。

それなら、そのうち噂は消えていくだろう。良かった。ホントに、彼氏がいなくて。

…なんで俺は安心してんだ?

「光稀くん、ここへは何をしに?」

手直しの終わった衣装を鍵のかかる場所へしまいながら話しかけてくる。F2の衣装に不備でもあったのかと。

えっと。

「なんか、チョコを買ってくるように頼まれて」

「チョコ?『君はなん粒?ひと粒チョコ!』ですね」

りこさんが急にセリフっぽく言ったのはF2が宣伝しているチョコのCMだ。

「いや、サトはウエハースだって」

「それならTriangleの『サクサク食感二倍!』のチョコではないですか?どちらも置いてありますよ、あのメーカーが設置したので」

「そうなんだ?どこにあるか教えてもらってもいいかな」

彼女は、俺と一緒に会議へ出るという。手早く準備を整えると二人で部屋を出た。


スポンサーのお菓子か。

だから智史は俺をお使いに出したし、小泉さんも止めなかったのか。

むしろ、次にスポンサーと会ったとき、話題として話せるように、ゆっくり休んでおいでとまで言っていた。

前に会ったときは何を話していいかわからなくて黙ってたからな。小泉さんって普段は何も言わないけど、俺のことをちゃんと見ててくれてる。


それは、ぽつんとあった。

休憩スペースなら、ゆったり過ごすようなイメージだったけど、なんでもない長机に大きめの箱が置いてあるだけって感じ。

椅子、あるにはあるけど…小振りの丸椅子。

いやぁ、これは前を通り過ぎるって。

エレベーターホール左手側の裏っていうか、奥っていうか。

俺だってさ、昼間の明るい時だったら気がついてたよ、そーだよ。

俺たちのポスターとTriangleのポスター。他にもキャンディやアイスなど、SSRのアイドルが起用された商品のポスターが壁一面に貼ってある。

ミニだが冷凍庫まで完備でアイスも買える置きお菓子。

「お、SSRがCMしてないお菓子もある」

コンパクトにまとまっている割になんでもある。…見た目より凄いんだな。

コンビニで買い物するのとは違う雰囲気にあれこれ眺めていたら、りこさんがぱぱっと買い物を済ませていた。

買い方、わからないと思ったので、と。


りこさんはなんでも出来る。

手際がいい、さり気ない気遣いをしてくれる。

でも、職場で寝ちゃうとか、大きな口で欠伸したりとか。噂話に慌てたり。

初めて見る表情は、可愛かった。

年上の女性に可愛いはどうかと思うが。

元々、顔立ちは綺麗な方だと思ってたし。そう、それだけだ。

だから、可愛いと思っても別に特別なことじゃない。


会議室へ戻って、りこさんが智史にチョコを渡しているのを見て気がついた。

りこさんに支払いをさせてしまったと。

数百円のことを口に出す方がみっともない気がするから、黙っておこう。

智史に電子マネーを返してからりこさんを見ると、目があった。

ありがと。

声を出さずにお礼を言うと、彼女は一瞬の驚きと照れと、笑顔をくれた。

…やっぱ、りこさんって可愛い。

好きだな。

見てると、落ち着くし。


…あれ?俺なに考えてる?

部屋の窓が大きいのは、中を見やすくして入るきっかけを作るため。

次回は年末のコンサート、本番前の舞台裏!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ