12 噂話
りこさんと二人きりだ。
衣装班の部屋に入った俺は後ろで扉の閉まる音を聞いた。
人気のない場所で二人。なぜ、こうなった?
そうだ、智史がチョコ買ってこいって言うから。
ことの経緯は何だったか。
そうそう『りこさんが石井さんと付き合っている』という噂話だ。
三日ほど前。
撮影スタジオに組まれたセットはオープンカフェ。まるでヨーロッパの昼下り。
活字離れと言われる現代でも、アイドル雑誌は毎月、各出版社から何冊も刊行される。月に一度の割に各雑誌を合わせれば、しょっちゅう撮影をしている気がする。
トラッドスタイルの衣装、大人の雰囲気。俺は英字新聞やデミタスコーヒーのカップを小道具にして。智史の方は小ぶりの花束やパフェを手にして撮影は進む。
今回は同じセットでもソロショットのため、智史と入れ替えでメイク室を使っていた。
部屋には俺と他にヘアメイクさんが何人か。
「ねぇ、光稀くん。石井マネージャーってこの間までF2担当だったよね?」
メイクさんから唐突に聞かれた質問は、確認に近い響きだ。
石井マネージャー?あぁ、こないだっていうよりは去年だけど。
「はい」
時期についてはまぁいいだろう。俺が肯定すると彼女たちはきゃあきゃあ騒ぎ出した。
うるさいな。と思うような騒ぎ方だったが、俺には関係のないこと。それでも知り合いの名前が出たことで気になり、耳を傾けてしまう。
石井さんがなんなんだよ。
「ほら、やっぱり接点あるじゃない。絶対二人は付き合ってるって」
付き合う?
俺が無造作に置いてある雑誌を手にしているから、聞こえていないとでも思ったのだろうか、彼女たちの話は止まらない。
彼女たちの噂話を簡単にまとめると次のようになる。
石井マネージャーがまだF2担当の時にりこさんと知り合って親しくなった。だが、この時点では付き合ってなくて、石井さんがTriangleの担当になってから付き合いだしたらしい。絶対そうに決まっている、と。
なんでも石井さんがわざわざ用もないのに衣装班へ行ってりこさんと話をしている様子を目撃した人がけっこういるとか。
…何?ホントか?
落としそうになる手元の雑誌。意識して冷静さを保つ。
いつもなら、こんな話には興味もなくて、どうせ噂話、嘘だろうと思うけど。担当が変わってからなんて時期が具体的だと信憑性がある。
りこさん、いい人だし彼氏ぐらいいてもおかしくないし。むしろあんなによくできた人に彼がいないはず、ない。
りこさんと石井さんか。想像つかないけど本当なのかもな。
そっか…。
ま、まぁ、俺には関係のない話。そう、りこさんも石井さんも勝手にすればいいこと、だよな。
「こーきぃ。こーき?おーい」
「聞こえてる、何?」
撮影を終えた智史が戻ってきた。
「なんや怖い顔やったから、眠いん?」
怖い?そんな表情してるか?なんでだ?モヤモヤしている。
どんなに気が乗らなくてもカメラを向けられれば笑顔ぐらい出せるし、インタビューにも快く答える。それが俺の仕事だ。
さっさとこなして、小泉マネージャーの運転する車で次の現場へ。
F2二人で移動するときに使われる、いつものミニバンに乗り込むと智史が待ってたと言わんばかりに口を開いた。
「こーき、言いたいことがあるんやったら今やで。次の仕事でもその貼り付けたアイドルスマイルが隣におったら面倒や」
「言いたいことなんてねーし」
「石井さんの噂やったらでまかせやないの?…なんやその顔、こーき本気にしとったんかいな」
「わかんねぇじゃん、嘘かどうかなんて。メイク室の話、サトも聞いてたのか?」
「全部は聞いてへんけどりこさんと石井さんの名前で想像はつく。ちょっと前の話題を今さらって気ぃもするし」
そうなのか?智史、情報通だな。
「もしかして山上くんの誕生日?あそこは仲いいよね」
小泉さんまで知ってるんだ?なんだ。
「こーきは知らんかもしれんけど、Triangleってサプライズバースデーするやんか?今回の出し物が石井さんの番やったんやて」
「めんどくさ」
仲がいいのは、良いことだけどスタッフまで参加なのか。
「カラオケでTriangleメドレーを歌うのに衣装作ろう思うて、担当の西森さんじゃネタバレするから、昔馴染みのりこさんに依頼したのが噂の真相やね」
「石井さんがメドレー歌う?」
まぁ、明るい人だけどな。
「先週パーティー終わってるから真実が広まってもええころやのに」
なんだよそれ。本当はなんでもないってわかる頃に嘘の噂が俺に回ってきたのか?
「サトは詳しいんだな」
「俺、後輩と仲ええし。変な噂回ってるけど実は…って綾戸から連絡きてん」
へぇ、後輩の連絡先か。知らないわけじゃないけど、そんなには知らない。
SSRのメンバーならマネージャーに声かけとくと、いつの間にか話がついてたりするからな。それで事足りる程度のやつとはそれでいいし。
「この時期はどの部署も忙しいだろうに、石井さんに振り回されたらりこさん、大変だよな」
お付き合いは噂だとしても、衣装の依頼をしたのは本当で、その現場を目撃されたってことじゃないか。
仕事と関係ないことでりこさんに会うなよ。彼女はいい人だから断れなくて仕方なく、とかか?
「石井さん、何やってんだか」
ボソっと口をついて出た言葉に、小泉さんが反応する。
「光稀くんも智史くんへタオルプレゼントしてたよね。僕はF2の仲の良さも、好きだよ」
「は?いや、あれは…俺の時のお返しで。ハリネズミの…柄だったし」
EGGの頃から誕生日になんかあげると、なんか返ってきて、それに返すとまた返ってきて…今に至る。
「配信用の動画撮るついでだし」
ファンクラブサイト専用の動画はグループによって配信頻度は違うけれど、メンバーの誕生日とか結成日など、重要な日は必須だ。
だから、その時にたまたま?なんとなく?持っていくだけだし。
「せやな、実際の誕生日よりずっと早い撮影日にもらうプレゼントは、もはやサプライズやで」
「え?だって当日は会えるかわかんねーし」
誕生日当日に仕事もないのに会う約束とか、恥ずかしいじゃん。だったら動画撮影日に、さ。
「その、遅いより早いほうがいいだろ?」
智史がニヤニヤこっち見てる。
なんだよ、見んなよ。
あぁ、もう。来年はもっとどうでもいいものを贈る。ハリネズミを探して何件も店を回ったりなんかしねぇからな。
「山上くんのサプライズも配信用の撮影で『スタジオ』にいるときだったんでしょ?あそこなら、カラオケできるし。たしか新曲発売の発表で動画撮影してたはずだよ」
なんだ、わざわざ仕事と関係ない日に集まったのかと思ってた。
「次は何するのかってマネージャー仲間でも話題になっててさ」
そっか、俺はりこさんの話だと思っていたが、みんなは石井さんの話だと思うんだな。
りこさんと石井さんはなんでもなし、と。
でも待てよ。
全然別のところで彼氏さんいるかも?
社内とか芸能界とか関係なく。
「そろそろ局につくよ」
窓の外は華やかな通り。クリスマスイルミネーションで飾られた店先もある。
「こーき」
テレビ局の地下駐車場へ向けて車が下り坂を進み始めたとき、智史が耳元に顔を近づけ囁いてきた。
「りこさんには彼氏、いーひんと思うで」
なんだよ唐突に。いてもいなくても俺には関係ないからな。
じろっと睨むと、智史は真面目な顔で、
「ただの勘やけどな」
と呟いた。
そして今日、遅い時間から俺たちは本社の会議室に入った。
開催中のツアー、年末の特番、来年以降の流れ。長い話し合いの合間には休憩が入る。
中座した俺は…衣装班のあるフロアでりこさんと二人きりになった。
悶々としてますね、光稀くん。その隣にいる智史は楽しそうですが。
次回はりこさんと光稀くんが二人きりになって、何を話すのやら。進展するのかな…




