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啓蟄のアヴァ  作者: 藤井咲
第一章
6/23

(6)※残酷表現アリ


 獣の足跡のような雲、大きな体を地面になすりつけたようだ。すえた匂いがする。


後ろから轟音が響く。

慌てて振り向くと雲の中からピカピカの戦闘機が飛んできた。

それは一瞬にして身体の横を通り過ぎ、ぶらんこに乗った子供の後ろにミサイルを落とす。

爆風で少女の髪がたなびいて綺麗だ。

パイロットの顔は見えない。


下を覗くとあちらこちらに服をひん剥かれて片耳がちぎれている人形がある。

人々は構ってられないというようにそれらを踏みつけ我先にと逃げていた。

尊ぶものではないと主張するように積み重ねられたモノ。

死に行く人形が最後にみた光景は愛する人々でも懐かしい風景でもない。

自分の片耳を持ち笑う人間だ。


先はどこか、遁逃する人々が理解しているとは思えない。

怒鳴り声と悲鳴、肉が焼けた臭い。

車を捨てて走る人、車に荷物を詰め込む人。

縮こまって必死に身体を抱きしめる女性。

子供が泣き叫んでいても誰も目を向けない。

その子は人ごみの濁流に消えた。


助かる命の数が決まった椅子取りゲームをしているみたいだ。

遠目に見える大きな墓地にはたくさんの穴が見える。


突然の眩い光に人々は動きを止めた。

光が夥しい数の人間を真っ白にさせる。

躊躇なく、絶え間なく落とされる閃光が視界を遮り、海が一瞬にして割れるのを見た。

睫毛がチリチリと燃えて縮む。

声が消え誰もが光に魅入られている。


あそこにいなくて良かったね、隣にいる黒い犬に笑いかけた。


空は白い煙と土煙が混ざりあってこれ以上なく濁っている。

光が止み、どれくらいじっとしていたのだろうか、頭上にぽつりと雨が降ってきた。

雨風が煙を流し、下がようやく見えてくる。

そこには黒く焼けた人形がたくさんあり、郵便ポストは真っ二つに割れ片割れだけが残っていた。


夕焼けと一緒に雨が東へ落ちる。


「下に行ってみよう」


雲を抜けて下にぐんぐん落ちていく。

汚れるのが嫌で足は地面につけないまま歩く。

黒い犬は気にしないようだ。


嗅いだことのない臭いが辺りに充満している。

魚の贓物を虐めたような、脳をかきむしりたくなる臭いだ。

焼け焦げた地上は腹に届くような地響きを鳴らしている。

土砂降りとなった雨が黒い煤を広げていった。

緑はない、建物もない、ついさっきまであった光景がなにもない。

真っ黒になった人形だけが横たわっている。

人形は肉厚でまるで本物の人間だ。


「アーーーー‐‐‐あ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐アーーーー‐」


中途半端に意識が残った遺体が苦しそうに泣いている。


「戻ろう」


黒い犬と雲の上に飛んでいく。

別の雲に飛び乗ってまた下を覗き込んだ。


みなしごの女の子が膝を抱え土を弄りながら母親と歩く子供を羨ましそうに見ていた。


サイレンの音が暴力的に鳴りだす。

この音は敵だろうか、味方だろうか。

銃を手にした手は震えているのだろうか、銃口に入れた銃弾は重いだろうか。

慣れた手つきで銃を構えるこの兵隊は何人の人形を殺したのだろうか。

錆びついた銃がきしむ音を鳴らした。


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