表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

店を後に、心を前へ――

 私は手作りのクッキーを鞄に忍ばせ、少し重みを感じる扉をゆっくりと引く。

 コーヒーの匂いがふわりと香る、誰も居ない喫茶店。

 光は窓からだけで、薄暗い店内だ。


 窓際の席に座った私は、ふと視線を下ろす。

 床を見てみれば、何もないのに影のようなものがあった。


「コーヒーをお願いします」


 何もないところへ、誰かと話しているかのように声を出すのは恥ずかしさもあったが、意を決して注文するとカウンター席の奥で物音がし始めた。


――この喫茶店には幽霊が居る。これは噂ではなく事実だ。

 目の前にコーヒーが現れ、否応なしに幽霊がそこに居るんだと自覚する。


「……おいし」


 そう呟くと、店の空気がふわっと暖かくなった気がした。


 話によるとこの喫茶店に訪れた者は皆、心が洗われるんだそうだ。

 会社で何度も失敗して、直そうと思っても直らない自分に嫌気がさし、高校時代の友達に愚痴っていたらこの喫茶店の話が出てきた。


 今のところ居心地は悪くない。

 薄暗い店内だけど、おかげで外の光をよく感じられる。

 暖かくて、草木が風に揺れる音をガラス越しに聴く。


『ありがとう』

『また来てもらえるように、がんばるね』


 気付けば誰かに頭を撫でられて、誰かに褒められていた。

 心まで温まって、これまでの私が楽しいと感じた出来事をずっと誰かに話していた。


 しばらくしてコーヒーを飲み干すと、その誰かは喜んでいるようだった。


『今度はケーキも食べてね。自信作なんだよ』

『あなたが元気になってくれてよかった』


 そんな声を聞いて、私は鞄に忍ばせていたクッキーをカウンターに置く。

 するとクッキーが一枚、また一枚と消えていき、『おいしい、おいしい』と楽しげな声が聞こえてきた。


 頑張って生きてみよう。そして、またここに来よう。

 今度はチョコクッキーがいいかな? 次が楽しみだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 癒されますね〜
2022/11/07 16:54 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ