43.婚約の報告②(珍獣編)
またもや名指しされた憐れなパンター伯爵夫人はなんとか笑って誤魔化そうとする。
「おっほっほ、大した話はしていなかったので覚えておりませんわ。殿下申し訳ございません、お役に立てませんわ」
その言葉に殿下が薄ら笑いを浮かべる。
「覚えていない?では思い出せるように手助けするとしよう。『クーガー』とか『ハンター』とか『玉の…』とか言っていたな。
私は口唇術が使える、つい魅惑的な口元には目が引き寄せられてしまうのだ、許せ。それでハンター伯爵夫人思い出したか?」
殿下はじわりじわりと追い詰めていく。
「えっと…玉のこ、ではなく…宝玉のように美しいクーガー伯爵令嬢のご婚約をみなで祝福しておりましたわ!ハンターとは、自分の名を間違えてしまいましたの、『パンターとハンター』似ておりますわね、おっほっほっ」
「ああそうか、それなら納得がいく。
ハンター伯爵夫人、我が側近の婚約を祝福してくれて私からも礼を言おう。
信頼する側近であり貴重な友人でもあるヒューイ・マイルとマリア嬢の婚約を私も我が事のように喜んでいる。
流石にこんな目出度い話を変な噂に置き換える器用な輩はいないだろう」
貶めるような噂を嬉々として話していた珍獣達は殿下の言葉に青ざめていく。
これは王太子である殿下が祝福している婚約。
それを侮辱するなどあってはならないことだ。
「有り難いお言葉、恐悦至極に存じます。殿下、そんな輩は流石にいないでしょう。殿下が認めた婚約を貶めるなど、王家の存在を軽んじているも同然でございます。殿下を侮り馬鹿扱いしているとも言えるでしょう」
更にヒューイが周りに容赦なく圧を掛けていく。
なぜか巻き込まれた殿下は『……そ、そこまで言う必要あるか…ヒューイ』と頬を引きつらせている。
これで終わりかと思っていたが、そうではなかった。
「殿下、愚息とマリア嬢の婚約を祝福してくださり誠に有り難うございます。
この度の婚約、私と妻も心からの喜んでおります。もしこの気持ちに水を差すような者がおりましたら、マイル侯爵家当主の名にかけてブチッと潰してみせましょう」
息子と同じ極上の笑みを浮かべて颯爽と登場したのはマイル侯爵。なんと三人目の魔王降臨だった。
『まさか、本気か…』と誰かが呟いている。
「勿論だ…と言いたいが、きっと私の出番などないだろうな」
そう言って息子を振り返る。
「そうでしょうね。父上の手を煩わせるというか楽しみを譲るつもりはありませんから」
きっぱりと言い切るヒューイ。
親子揃って鋭い視線で周りをゆっくりとなめるように見ている。それはまるで『お前ら、覚悟はあるんだろうなっ』と脅しているかのようで…。
…いいえ、これは完全に脅しているわ。
やりすぎだから……。
未来の義父と婚約者の暴走を前にして、もう私は『ほっほほ…冗談ですわ』と優雅に微笑み続けるしかなかった。
ヒューイの計画は効果抜群だった。
手加減なし、使えるものは王太子だろうと利用するという斬新な牽制に珍獣達はふらふらだ。
それ以降は誰もが祝福の言葉しか口にしかなった。
正しくは出来なかったというべきだろうか。
それからはちょっと元気のない珍獣達。
ヒューイは貴重な観察を楽しもうと意地の悪い笑みを浮かべている。どうやらまだ許していないらしい。
『もう許してあげてもいいんじゃないかしら?』
『……もう少しだけだ』
『ヒューイ、駄目よ』
『……分かった』
ちょっと不満げな表情の彼だったけれども『もう夫婦みたいな会話だな』と喜んでいる。
実は私もそう思っていたので嬉しかった。
でも私のほうが尻に敷いているような会話に『かかあ天下にならないように気をつけよう』とも思っていた。
そんな私の心を読んだのだろうか。
『かかあ天下でもいいぞ、大歓迎だ』
そう言ってくるヒューイはやはり魔王の笑みを浮かべていた。




