生きがいを奪って殺す女
「少々お待ちください」
部屋を片付ける女からは「バインバイン」という漫画の様な擬音が聴こえてきそうだった。
背が高い顔が小さい、目が大きい、胸とお尻が大きい。
なのにくびれがすごい。
女として嫉妬する。
このスタイルとこの顔で白衣に黒のミニスカートにハイヒール。
私が女だったらムラムラするのかな?なんて思った。
女が部屋を片付け、ティーパックの紅茶を淹れてくれるまで実に30分私は立ったまま待たされた。
「はい!どうも!お待たせです!それで……あなた死にたいらしいですね!」
「えっ……はい」
確かにその話をしに来たのだが、こんなテンションで聞かれるとは驚いた。
「過去に強姦にあった」
「何をしていても「自分は男に犯された」「汚れた女」という考えが頭をよぎり、辛い」
「事件の後もお世話になった刑事さんに「死にたい」と相談したらここを紹介された」
これらを目の前にいる女「毒山」に話した。
これだけの美人で「ブスヤマ」とは人によっては煽りだなと思う。
本名らしいが怪しいところだ。
この『ブスヤマメンタルクリニック』は貸ビルの二階にあった。
古いビルで、ビルの中にはどうやらこのクリニックしか入っていないらしい。
ほぼ廃ビルだ。
看板も外に出していなく。玄関に看板が立て掛けてあった。
その事を少し嫌な感じでチクリと言うと「外よりも中に出す方がいいでしょうよ!」
とブスヤマはゲラゲラと笑った。
口元と胸元にホクロがある……この人絶対股が緩い。
「死ぬにはね!生きがいを奪うのが一番ですよ!はいっ!人間飯を食わねば死ぬのと同じです!」
明るいなぁ。今までの医者やカウンセラーはこの手の話を笑いながら話すという事はなかった。
「生きがいを奪って死に導く……それが私の仕事です!はいっ!」
け……刑事さんはなぜ、このキ○ガイ女を私に薦めたのだろうか?面倒くさい女には面倒くさい女をぶつけておけという意味か?
「私は直接手を下しません!生きがいを奪えば患者は勝手に自殺します」
「じゃあ私の生きがいを奪ってください。凄く死にたいのに何故か自殺できないんです。怖い気持ちはありません」
今の私には生きがいなんてあるのだろうか?空っぽで苦しい毎日を送っている私に。
ブスヤマに生きがいを奪って貰えば私は自殺出来るのだろうか?
「悪い奴ですよ。あの刑事は」
ブスヤマは私の話を聞かずにベラベラとよく喋った。
主に知り合いの悪口。
そこから止まる事なく芸能人や政治家がいかにバカかを語り続けた。
途中トイレに行くために席を立っても「最近のお笑い芸人はつまらん。なぜだと思いますか?風刺がないんです」と付いてきた時には怒りや呆れを通り越してもう笑ってしまった。
この女の生きがいは悪口なのだろう。
結局深夜まで語り、強くもない酒を半ば強引に飲まされ、この日はここに泊まる事となった。
・
「……綺麗」
思わず声に出た。
ブスヤマは大きな机の上にあぐらをかき、ノートPCを操作していた。
月の光に照らされたその姿は神々しく、手を合わせそうになった。
「眠れませんか?」
「……いや。喉が渇いたからお水をいただこうかなって」
「ちょうど良かった」
「ちょうど良かった?」
ブスヤマは「ここに有るものは好きに使ってかまわない」と言い私に鍵を渡した。
出かけるのか……しかし初対面の私に家の鍵をよく渡すなぁ。
・
朝。
ブスヤマは「やれやれ」と言いながら帰ってきた。
「良い匂いがする」
「あっ……冷蔵庫の中の物を勝手に使わせて……」
「人間らしい朝食は久しぶりだなぁ……ホットドッグにゆで玉子二個。パンが女でウインナーと玉子が男だ」
「朝から下ネタ?」
「ウインナーが最高にうまい。サブリミナル効果だ。まぁアイツのは食えたものじゃなさそうだったから犬に食わせたけど……」
「何の話?」
「哲学かな」
いつの間にかタメ口で会話していることに気がついた。
どうやら私はブスヤマを気に入ったらしい。
この日、ブスヤマはドラムを叩くのを見せてくれた。
「ビルには私しかいないから思い切りやれる」とブスヤマは笑い、ゆっくりとドラムを叩いていたが、私が「うまいね」と少し褒めると嵐のように激しくドラムを叩いた。
叩き終わり、汗を拭くとブスヤマは
「よし。私たちは友達になろう」
といった。
私は悩んだ。
近く自殺する私が友達を作っていいのか?友達になったらブスヤマは私の生きがいを奪ってはくれないのでは?
私が返事に渋っていると私とブスヤマの携帯がほぼ同時に鳴った。
「ニュース速報だ」
・
『私を犯した男が自殺した』と書いてあった。
男は「もう生きていくのが楽しくない」と友人にメールを遺して死んだ。
……なんで?
「そいつは「女を無理矢理犯す事」が生きがいだった。だからその生きがいを奪った」
ブスヤマは冷蔵庫から生のウインナーを取り出し、それを噛みながら話した。
「……サブリミナル」
「あなたが奪ったの?」
「うん」
「……どうやって?」
「アメリカにいた時。私は切断手術を得意としていた。切断から止血までどんな外科医よりも速かった」
なんということだろう。
私は彼女があの男に何をしたかが分かってしまった。
「男の情報はあの刑事が横流ししてくれた。なっ?悪い奴だろ?男は私を見るなり性的興奮を覚えた。私は彼に気がつかないフリをして人気のない場所へ……彼は私に飛びかかったが私は麻酔を持っており……この先も聞きたい?」
私はゆっくり首を横に振った。
「必要悪って言葉を嫌う人間は多いが、私は自分がそれと思っている」
「……どうして私の生きがいを奪ってはくれなかったの?」
「私が生きがいを奪うのは悪人だけ。そうでなければ私は必要悪でなく害悪になってしまう」
私は黙っていた。
そうか私は死にたいのではなくあの男が死ぬ事を望んでいたのか。
事実私の死にたいという気持ちは無くなっていた。
「死にたい理由を取り除くのも私の仕事なんだ」
ブスヤマのウインナー咀嚼音が部屋に響く。
・
1ヶ月後。
私はブスヤマの友人兼、パートナーとしてこのクリニックで働いている。
ブスヤマは言動が「イカれている」ので私の様な通訳が必要だと思った……と、ある日刑事が訪れて言った。
こうなる事が彼には分かっていたのだろうか?
ブスヤマのしている事を彼は黙認している。
本当に「悪い奴」だ。
今日もブスヤマの元には「死にたい」「殺したい」という依頼人がやってくる。
気づいた事がある。
依頼人の話を聞く時のブスヤマの目は真剣だ。
私の時もそうだっただろうか?
誰を殺し誰を生かすか?
それを考えているのだろう。
私にも悪い奴の才能があるのかもしれない。
なぜならここでブスヤマと仕事をするのが今の私の生きがいだからだ。