最終話:菖蒲の花が咲く頃に
黄丹と黄櫨の二人は自分達が菖蒲ちゃんのテントに来て少ししてから訪ねてきた。二人を連れてきたのは三瀬川さんだったが、話の途中でテントから出ていった筈の黄泉川さんも同行していた。
「……殺月さん」
「黄櫨さん、貴方と黄丹さんにしか頼めない事です。お願いします」
「ねぇねぇころちゃーん。何か菖蒲さんが危ないっていうのは聞いたけど、わたしお医者さんじゃないよ?」
黄丹はやはり自分が何故ここに呼ばれたのか分かっていないらしい。もちろんそうでなくてはならない。黄櫨本人が言っていた様に、黄丹は自分の能力を自覚しておらず、無自覚に発動してしまうのだ。そして彼女がもたらす現実改変能力はどこまで出来て何が出来ないのかが解明されていない。化生さんはだからこそいいと言っていたが、この作戦はかなりのリスクを孕んでいると言える。下手をすれば世界そのものが消滅する可能性も否定出来ないのだ。
黄泉川さんがこちらに近寄り、黄櫨黄丹姉妹から離す様にしてあたしを引っ張り耳打ちする。
「賽から聞いた。あんた本気なの?」
「……正直、リスクが大きいのは自覚してます。でも化生さんが考えたこの作戦以外に思いつかないんです」
「あんたがあの子を……菖蒲を救いたい気持ちは分かる。私だって、そうなるならそうしたい。でももし失敗したら? 私はあいつの能力を目の前で見た。犬耳の生えたコトサマが……まるで初めから存在しなかったみたいに消されて、そして再出現した。明らかに普通じゃない」
黄泉川さんがここまで言うのも理解出来る。正直菖蒲ちゃんの事でなければ、自分も彼女と同じ様にリスクを取ってまで助けようとするのは無茶だと考えるだろう。だが、あの子は自分の相棒だ。初めて自分の本当の心を見せる事が出来た他人なのだ。
「もちろん最善は尽くします」
「あんたやあの子だけの問題じゃない。もし失敗すれば……この世界ごと……」
黄丹はコトサマという存在を嫌っている。彼女の辛い過去に関係しているから無意識の内に認識から外そうとしているのだ。そうやって彼女から存在を否定されたコトサマは、存在したという事実さえも抹消されてしまう。黄櫨ですらもその対象に含まれる可能性がある。
「黄泉川さん。もしもの時は、あたしがどうにかします」
「は? どうにかって……」
化生さんに声を掛ける。
「始めましょう!」
「ん~そうだねー。さて、黄丹ちゃん……オーちゃんでいいかな? 君に頼みたい事があって今日はここに呼んだんだよ~」
「頼みたい事? 菖蒲さんが寝てるのと関係があるの?」
三瀬川さんが黄櫨に目配せをする。
「おーちゃん、菖蒲さん今疲れて寝ちゃってるみたいなの。それでおーちゃんのマッサージで起こしてあげて欲しいんだって」
「そーなの? ん? でもわたし、別にマッサージなんて……」
「『いつもわたしにしてくれてる』でしょ?」
「……そっか。そういえばそうだったね」
「いや~マッサージの名手が居るって聞いてね~。是非と思って頼もうと、ね?」
そう言われると黄丹は頼られたという嬉しさからか楽しそうに真ん中で寝かされている菖蒲ちゃんの下へと近付いた。黄櫨の発言によって化生さんを『被災者の治療を行っている医者』、三瀬川さんと黄泉川さんを『菖蒲ちゃんの親戚』という形で黄丹に信じ込ませた。この時点で改変が起こるのではないかと危惧していたが、特に化生さんの服装などにも変化が無かった事から、あくまでそういう認識として黄丹に刷り込んだのかもしれない。以前家に訪問したあたし達を旅行者と認識した際も改変が起こらなかったため、何らかの能力発動の基準があるのかもしれない。
「こう、胸の辺りをほぐしてあげてくれるかな~?」
「お胸って凝るの?」
「もちろん。酷い凝り方だとこんな風に眠っちゃう訳さ~」
「知らなかった……!」
何故胸部を指定したのかは自分には分からないが、恐らくあの辺りに運の波形が存在しているのだろう。今回まーちゃんが起こした騒動の中で『運の波形』が見えるようになったという化生さんの言葉を信じるしかない。
三瀬川さんは不安げな表情でこちらに近寄り耳打ちをする。
「だ、大丈夫かな……」
「可能性に賭けるしか無いかと」
「もし……もしダメだったら私がどうにかするね……」
恐らく三瀬川さんはがしゃどくろを抑え込んだ時に使った、あの奇妙な歌を使うつもりなのだろう。しかし聞いた話ではあの後三瀬川さんは病院に運び込まれたらしい。がしゃどくろ相手でそうなってしまう様な技を黄丹に使えば、病院どころではない状態になってしまうかもしれない。歌い始めてから効果が出るタイミングがいつなのか分からないが、間に合わないという可能性も考えられる。やはり失敗した時は、自分がどうにかするしかない。
「むー、菖蒲さん気持ちいいのかな? 寝ちゃってるから分かんないや」
「そのまま続けて~。……ところでさオーちゃん」
「なぁに~?」
「時に言葉や動作には、強い力が宿る事があるって知ってるかな?」
「え、よく分かんない」
「君は風水は知ってるかな~?」
慌てて黄丹を止めようとする黄櫨の口を文屋が塞ぐ。
「どうしたのころちゃん?」
「気にしないで黄丹さん。咳が出そうだから口を塞いでるの。黄櫨さんそのまま咳をしようとしてたから」
「なんだそっかぁ。もー、エチケットがなってないよころちゃん!」
「それでどうかな? 君は風水を知ってる?」
「ん~~……聞いた事ある気がするかも」
「物事には吉凶の方角というものがあって、良くない方角には家を建てない様にするんだ。そうする事で運の流れを定めてる訳だね~」
「え、えっと……わたしそういう、お、オカルトみたいなお話、苦手で……」
黄丹の目線が泳ぎ始める。彼女にオカルトを認識させる事が危険なのは間違いないが、今は化生さんを信じるしかない。
「いやいや、風水はオカルトなんかじゃないよ~。れっきとした技術なんだ。既に研究によって効果が立証されてる」
確かに風水の研究はオカルト学の一部として行われ、学校によっては学問として教えている所もある。分類としては『奇跡論』の類であり、場所がと言うよりもそこに特定の条件を揃える事で機能する技術だとされている。手を加える事で確率などを変動させるため奇跡論に分類されているのだ。
「安心して。オカルトなんかじゃないし、これは君のためでも、アヤちゃ……菖蒲さんのためでもあるんだよ」
「菖蒲さんのため……?」
「そそ。実は最近の研究によって、腕のいいマッサージ師が手を加える事でその人の運の流れを良くして疲れを瞬間的にほぐせるって事が発覚したんだよ~」
そんな話は聞いた事が無い。日頃から色々と情報を集める様にしている自分でも噂ですら聞いた覚えが無い。
「それこそ、君みたいな腕のいい子になら間違いなく出来るみたいだよ~?」
「お、おぉ~……! わたしにそんな力が!」
「一人の医師として君にその技術を教えたいんだけど……いいかな?」
「うん!! 菖蒲さん疲れたままなのは可哀想だし、ころちゃんにもしてあげたいもん!」
ずっと心臓が強く拍動しているこちらの事など気にも留めず、黄丹は無邪気な笑顔で化生さんに答えた。恐らく今この瞬間、存在しなかったマッサージ技術がこの世に生まれたのだろう。まるで最初から一つの技術としてこの世に存在していたかの様に。
「という訳で、スーちゃん、君も手伝ってね~?」
「わ、私もですの!?」
「そうだよ~? だって君は凄腕のマッサージ師じゃん~?」
「そうなんですか!?」
「え、あ、そ、そうですわね。ええ、そうですとも、はい」
蘇芳さんは急に振られた事で挙動不審になっていたが、黄丹はそんな彼女の様子を見ても微塵も違和感を抱いていない様子だった。もしも彼女が単純な人間でなければ、きっとこの段階でこの作戦は終わっていただろう。
それから黄丹は蘇芳さんと化生さんの手解きを受けながら、菖蒲ちゃんの胸部で不自然な手の動かし方をしていた。時折手が空を切る様な動きをする事もあり、明らかにこれをマッサージと呼ぶのは異常だったが、黄丹はそれを疑いもせず本気にして真剣に学んでいた。
「えっとこの後は……」
「おっとスーちゃん忘れちゃったの~? 次は『糸を両側から引っ張るみたいに腕を胸の前で動かす』でしょ?」
「そ、そうでしたわね。もちろん覚えてましたとも」
「ふむふむ……こう、ですかっ?」
そう言って黄丹が両腕を外側にツンと引っ張った瞬間、意識を失っていた筈の菖蒲ちゃんの目がパチリと開いた。あまりに突然な目覚め方だったため、一瞬何が起こったのか理解出来なかった。
「あ、菖蒲さん起きた!」
「ぅ……あ、れ?」
「菖蒲ちゃん!」
三瀬川さんが駆け寄り、黄泉川さんも歩いてその後を追う。
「良かった……良かったよ菖蒲ちゃぁん……!」
「さ、賽師匠? 何で泣いてるんですか?」
「だって……だってぇ……!」
目の前で突然感動の再会といった様子を見せられてキョトンとしている黄丹を黄櫨が外へと連れ出す。どうやら『菖蒲ちゃんの親戚は心配性』という事にしておいてくれるらしい。
「縁師匠~……わ、私何か泣かせる様な事しちゃいましたっけ……?」
「……バカじゃないの」
「え?」
「菖蒲、あんた……もっと考えなよ」
「何をです?」
「……菖蒲が死んだら賽が悲しむの。あんた、あいつと相打ちするつもりだったんでしょ」
「……バレちゃいました?」
黄泉川さんが言った通り、菖蒲ちゃんは初めから自分が死ぬ事を計算に入れてまーちゃんの魂を固着させたという事が分かった。この世界を守るためにはそれしかないと考えたそうだ。
「死に急ぐのは感心しないな~。一応一緒に行動した私的にも、流石に死んじゃったら悲しいぞ~?」
「あ、化生さんも居たんですね」
「ひど~。ま、君も疲れてるだろうし、詳しい話は後で聞かせてもらうよ~」
そう言いながら化生さんはテントを後にする。一瞬見えたその横顔には一滴の雫が浮かんでいた。
「う、ぐすっ……菖蒲ちゃん痛いところ無い? 具合悪いとかも無い?」
「もちろんもちろん。大丈夫ですよ」
「もうこんな事しちゃダメだよ? もうJSCCOで働くのやめた方がいいんじゃないかな……。先生のところでお仕事する?」
「賽師匠心配しすぎですよ……」
「ほんとだよ。あそこで働きたいって言ったのは菖蒲本人でしょ。だったら本人の意志を尊重してあげなよ」
「あはは……何か真逆ですね」
「何が?」
「ほら、前は賽師匠が私の好きなようにって言ってたのに、今じゃ縁師匠の方がそう言ってくれるんですもん」
「……うるさいな菖蒲は」
それは意外だった。てっきり黄泉川さんは普段からこういうスタンスだと思っていたが、どうやら実際は逆だったらしい。あたしの知らないところでそういった会話があったのだろう。しかし間違いなく言えるのは、二人共菖蒲ちゃんを大切に思っているということだ。
なかなか側を離れようとしない三瀬川さんの手を引き、黄泉川さんはテントの外へと出ていった。このままでは埒が明かないと考えたのだろう。
「あの、菖蒲さんっ!」
「あ、文屋さんも居たんですね」
「はい! 化生さんからの頼みで菖蒲さんの意識を取り戻す作戦に参加させて頂きました!」
「ありゃありゃ、私、文屋さんにも恩が出来ちゃったね」
「いえ、お気になさらずに。文屋のこの力を正しく使うための第一歩みたいなものなので本当に気にしないでください!」
「えー、それって私は実験台って事です?」
「い、いえそんなつもりは!」
「あはは、冗談です冗談です。また今度お礼でもさせてください。私の気持ちのケジメとして、ね?」
「むむ、そう仰るのであれば、文屋、今回の件は菖蒲さんに恩を売ったという事にさせて頂きます! それではお大事に!」
そう言うと文屋は三瀬川さんと黄泉川さんの名前を呼びながらテントから忙しなく駆け出していった。
「やれやれ……これで私の役目もひとまず終わりましたわね……」
「蘇芳さんも手伝ってくださったんですね」
「と言っても、ほとんど何も出来ませんでしたけどね」
「それでも嬉しいですよ」
「ふふ、そうですか。さて、では私は他に呪い関連の異常を受けておられる方が居ないか見てきますわ。それではごゆっくり」
蘇芳さんは上品にお辞儀をするとこちらにウインクを飛ばす。
「……みーことちゃんっ」
「本当に、君には驚かされてばかり」
テント内に置かれていたパイプ椅子を移動させて彼女の隣に座る。
「怪我、大丈夫?」
「まだ少し傷むけど、真白さんが治療してくれたから大分マシ」
「そっかそっか。じゃあ魔姫ちゃんは?」
「あの子も無事。体力を消耗してるのか寝ちゃってるけどね」
「蒐子さんは?」
「手術が必要だったみたいだけど、命に別状は無いって」
「あ、そういえば雌黄さん。本物の方の雌黄さんは?」
「骨折程度で済んでたみたい。あの場に居た中だと一番の軽傷だって言われてた」
「マジ? 私達ってかなりヤバかったんだねじゃあ」
テント内が静寂に包まれる。
「……菖蒲ちゃん」
「なぁに命ちゃん?」
「君は……どうしてあの時逃げなかったの?」
「え? いやだって厄災はどうしたって世界を滅ぼす事になってたんでしょ? だったら最後に足掻いてみるのもいいかなって思ったんだよ」
「そうかもしれないけど、でも……君一人でも助かる可能性はあったかもしれない。あの子は、完全に能力をコントロールしてる感じじゃなかった。敵意や憎悪に反応して自動的にカウンターみたいに厄災を起こしてた」
「まあまあ、そういう一面もあったかもだけど、それでもある程度は狙ってやってたじゃん? だからもしもの可能性に賭けようって思って」
「自分の命を懸けてでも……?」
「……」
菖蒲ちゃんは自分が二度と目覚めない可能性すらも考慮に入れて魂を固着させた。そのまま二度と目覚めずに死ぬかもしれないのに。
「えっとえっと……まあいいじゃん。結果オーライだよ」
「あたしは……本気で逃げて欲しかった」
「助からないかもなのに?」
「……一秒でも長く生きてて欲しかったの」
「……」
数秒の沈黙後、菖蒲ちゃんは再び口を開く。
「ほんとはさ、ムカついちゃったんだ」
「え……?」
「目の前で命ちゃんが刺された時ね、私自分でもびっくりするくらい動揺しちゃったの」
いつもとは違う、困った様な笑顔をこちらに向ける。
「大切だったから」
「……」
「私さ、別に他人の命とかほんとは何とも思わないタイプなの。他人であればある程ね。もちろん助けられるならそうするけど、無理そうなら諦める。それが私の考え方な訳」
「そうだったっけ……」
「うん。だから、ねぇねや師匠達がやられない限りは冷静でいようと思ってたんだ」
「あたしは所詮仕事仲間でしょ。仮にあたしがあそこで死んでも、JSCCOが存続すれば代わりの相棒があてがわれた筈」
「ちょっとちょっと、命ちゃんは同じ立場ならそうしちゃう訳!?」
「……相棒が君なら助ける」
「うっそでぇ~~!」
相棒は少し顔を赤くしながらこちらをおちょくる様な態度を取る。
「命ちゃんはそんな薄情なタイプじゃないの知ってま~す! 八尺様の時もそうだったくせに~」
「そうかもね……」
「くっさいセリフ吐いちゃってまぁ~」
「君だってそうでしょ」
「何が?」
「あたしの事、大切って」
「……そうだね。ねぇね達と同じくらい大切」
「……そこ止まり?」
「へ……?」
怖い。自分の中にいつの間にか生まれてしまっていたこの気持ちが、本当にそれなのか。この気持ちを否定されてしまう事が。だが不器用な自分には、どうせそれを隠せない。
「え、ちょっ……」
顔を近づけ、行動でそれを示した。本来なら恋人同士でするのであろうそれを、あたしはしてしまった。
「み、命ちゃ……」
「……」
「ちょちょちょ、ちょっと何か言ってよ……」
「嫌だったら、嫌いになったら……相棒、解消してもらって構わないから……」
急に彼女に目を合わせられなくなり、その場から逃げ出す様にしてテントの外へと出た。
まるで厄災があったのが嘘だったかの様に綺麗な青空を見上げる。もう取り返しがつかない事をしてしまった罪悪感と奇妙なすっきりとした清涼感があった。
「さ、殺月さん!!」
「あ……」
彼女の姉である百さんが慌てた様子でこちらに駆け寄って来た。
「あ、菖蒲ちゃ、菖蒲ちゃんがめ、目をさ、覚ましたって……!」
「ええ。中に居ますから会ってあげてください」
「う、うんありがとう!」
テントの中へと駆けていく百さんを見送り、再会を喜ぶ声を背中に受けながら、あたしは大切な妹の居るテントへと足を運んだ。
「さて、殺月命君」
「はい」
「殺月真臥禧が起こしたこの度の『大禍事件』、君の尽力のおかげで解決したと言っても過言ではない」
「いえ、自分だけでは成し遂げられませんでした。蘇芳さん、雅さん、翠さん、その他の民間の方々の助けがあっての事です」
「あまり固くならないでくれたまえ。形式上のものだよ」
「……そうですか」
「おめでとう」
事件から数ヵ月後、ようやく社会の状態が落ち着いてきたという事で宇曽吹所長から呼び出され、勲章を授与された。彼の隣には日奉一族の現当主だという日奉茜さんの姿もあった。その艶のある美しい黒髪と着物姿は黄昏事件の際に目撃した時から変わっていなかった。
「殺月さん、本来であれば私が出向かなければいけなかった事態でした。何も出来ず迷惑をかけてしまいましたね」
「いえ、お話は伺っております。厄災によって交通機関が全てストップしてこちらに来れなかったと」
まーちゃんはどうやら茜さんを一番危険視していたらしく、彼女が住んでいる地域の交通機関はポータルも含めて全て機能停止に追い込まれていたのだそうだ。もっとも、仮に彼女が間に合ったところで、能力の使いにくさから逆に事態を悪化させた可能性もあると言っている人も居るらしいが。
「ご理解頂けて助かります」
「あの……所長」
「何だね?」
「菖蒲さんは……」
「彼女の事か。これ以上の調査員としての活動は難しいとの判断で、辞退するそうだ」
「そう、ですか……」
当たり前だ。相棒だと思っていた相手からあんな事をされれば、気まずくなってこれ以上続けられないと思うのは普通だ。ほんの少しでも期待してしまった自分が悪いのだ。
「うむ。それで後任の君の相棒だが……」
「必要ありません」
「殺月さん、こちらで手配はしてありますよ。本当に良いのですか?」
「はい。百さんの様に一人で活動しておられる方も居るのですよね?」
「ええ。あくまで実力が見合っていると判断された方だけですけれどね。しかし貴方が望むのであれば実力も十分ですので、要望通りにしましょう」
「ありがとうございます」
所長がいつも仕事で使っているイヤホンを取り出す。
「単独で行動するのであれば、こちらのイヤホンを今後は使ってくれたまえ。前に渡していたのは二人組で活動する者用なのでね」
「はい」
「では殺月さん、上級調査員としての貴方に初任務を任せます。よろしいですか?」
「はい」
茜さんから下された指令、それは大禍事件によって倒壊した心霊スポットの廃墟跡の調査だった。住処を奪われた事で住み着いていた地縛霊が攻撃的になっている可能性があるため、新人には任せられないらしい。
JSCCO本部から出ると早速上級調査員用のイヤホンを片耳に付ける。
「こちら殺月命。こちら殺月命。聞こえますか?」
「はいはーい聞こえまーす」
「……?」
「あれ? もしかしてこっちは聞こえてない感じかなぁ……」
「君、は……?」
「あれあれ? もしかしてノイズ入ってる感じ?」
「何で……」
それは酷く聞き覚えのある声だった。
「菖蒲、ちゃん……」
「何だ聞こえてるんじゃん。久しぶり命ちゃん」
「え、何で君が……。辞めたって話じゃ……」
「あーうん。真臥禧さんを固着させちゃってるからさ、今までみたいに戦えないんだよね。一度に固着させられるのは一人だけだし、もし戦うためにしーちゃん固着させたら真臥禧さんが魂だけのまま逃げ出して暴れちゃうかもじゃん?」
「そ、それはそうかもしれないけど、でも何でオペレーターに……!」
「いやいや~それが蒐子さんに、戦えなくなったならこういうのもありますよーって紹介されてさ。聞いたら結構楽しそうで、つい……」
顔が熱くなり涙が零れ出してくる。
「何なの、もう……」
「えっ!? もしかして泣いてる!? ちょっとどうしちゃったのさ命ちゃん!」
「……何でも、ない」
「何でもないことなくない?」
「……いいから。今日の任務の詳細、教えて」
「変な命ちゃん……。えっとねぇ……」
大切な彼女から必要な事を教えられ、何とか冷静になるようにと頭の中でその情報をまとめる。
「こんなところかな」
「ありがとう。これから向かう」
「オッケオッケ。私の方でも出来る限りサポートするからね」
「ええ、よろしく」
「あ、それとさ命ちゃん」
「何?」
「大好きだよ」
「……」
「……あれ、また無線調子悪くなったかな」
「ばか」
「悪くなってない上に罵倒された!?」
「ほんと、ばか」
「え~……今日の命ちゃんって機嫌悪い?」
初めて会った時からこうだった彼女は、そうやっていつの間にかこちらの懐にするっと入り込んでくる。人の気も知らないで。
「命ちゃ~ん返事してよ~」
「菖蒲ちゃん」
「何?」
「愛してる」
「……うん!」
無線越しにニヤニヤとしていそうな声で返事を返した相棒の声を受け取ると、任務に向かうために足を踏み出した。
今日も、空が綺麗だ。




