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特異事例調査員 日奉菖蒲の調査ファイル  作者: 龍々
Final case:大禍
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第90話:禍福無門

 化生さんと共に菖蒲ちゃんを助けるために行動を開始した自分は、より詳細にどういった計画を立てているのかを尋ねた。化生さんによると、今回の事件の中で観測した運の波は大きく奇妙な動きを見せていたらしい。運の波形が見えるようになったのは初めてなのでそれが正常な動きの可能性もあるらしいが、化生さんの理論によると必ず運には周期がある筈なのだという。


「ミコちゃん、この世界は常に均衡が保たれる様に作られてると私は思ってるんだよねぇ。それは理解してもらえる?」

「不幸があれば、必ずそれを補う幸運があるという意味ですか?」

「簡単に言うとそんな感じ。ただもちろん、完全にそうだって訳じゃないよね~?」

「ええ」

「だけどそれは、その人間が運を掴めなかった、見つけられなかっただけだと思う訳。つまりその流れを確実に掴む事が出来れば、不幸の後の幸運を間違いなく掴める。それが私の仮説~」


 エネルギー保存の法則と同じ様に考えればいいのだろうか。自分達の様な能力者もその力を行使する際、霊素などを変換して出力する。殺月家に伝わるあの『殺月流闘怪妖術』によるステッキの変化もそれによってもたらされるものだ。いつも貼っているあの札はそれを確実に分かりやすくするためのスイッチに過ぎない。実行出来るかは発動者の霊素の量や質に掛かっているのだ。

 化生さんとあたしは負傷者が集まっている仮説テントの前へと辿り着く。


「化生さんの先程の話では、運の動きを固定化出来ればいいのではないかという事でしたが」

「そ。ただ、運の動きに干渉するには風水だとか占星術だとか、まあ色んな技術を使わないといけない訳さ。仮にそれで動かせても一時的に幸運に傾かせるだけで、固定化させるなんてのは前例が無いんだよね~」

「でもそうしないとあの子は救えない。そうですね?」

「うん。で、そのためにここに来た訳さ~」


 そう言うと化生さんはテントの中へと入り、少し周囲を見回すとあるベッドの方へと近付いていった。

 そこに居たのは霊魂相談事務所の三瀬川さんと黄泉川さん、文屋千尋、そして日奉一族本家筋だという黄櫨と黄丹の姿があった。黄丹はベッドの上で気の抜けた表情で寝息を立てており、他の三人は椅子に座ってそれを囲っているという状況だった。


「やーやー、おひさ~」

「あ、化生さん」


 三瀬川さんはいつもの様に優しい笑顔を見せると椅子からそっと立ち上がり、こちらへと近寄った。黄泉川さんもそれを見て同じ様に近寄る。


「何とか収まったみたいで良かったです。殺月ちゃんも無事だったんだね」

「はい。ですが……」

「菖蒲のこと、でしょ」


 黄泉川さんが少し苛立った様子の声で喋る。


「蘇芳から聞いてる。あの子……あいつを抑え込んでるんでしょ?」

「あたしも詳しくは分かりませんが、菖蒲ちゃんの能力を考えると恐らくそういう事かと……」

「殺月、あんたは何してたの? あの子の相棒なんじゃなかったの?」

「それは……」

「縁ちゃんダメだよ。殺月ちゃんは何も悪くない」

「……」


 黄泉川さんは更に何か言いたげな様子だったが、三瀬川さんに止められたからか何も言わずにテントの外へと出ていってしまった。するとそんな彼女の様子を窺っていたかのように文屋がこちらに近寄る。


「あの~……」

「……何ですか」

「い、いえその……菖蒲さん、治す手立ての事で……」

「貴方には関係の無い事です」

「まあまあ落ち着きなってミコちゃん~。私の方から頼んどいたんだよ~」

「はい……?」


 化生さんによると、彼女は文屋千尋が持っている『真実を写す』能力に注目しているらしい。その力には運などを写す事は不可能だが、カメラを向けた方向に居る人物の秘密を写し出す事は出来る。それを上手く使えば、菖蒲ちゃんの魂に固着したまま抵抗しているまーちゃんの抵抗方法が分かるかもしれないと踏んでいるようだ。つまり運の波を固定化するよりも先に、どうして菖蒲ちゃんが目覚めないのかの直接的原因を探る事を優先しているらしい。


「私の仮説が正しければ、この子の力は魂に何らかの干渉をして『秘密』に分類される記憶や情報を念写するものなんだと思うんだよね~」

「正直文屋もよく分かっていませんが、お力になれるのなら頑張りたいです!」

「化生さん、私にも何か手伝える事は……」


 三瀬川さんは真っ直ぐに化生さんを見つめる。気弱だが確かな強い意志を持っている、菖蒲ちゃんの師匠としての目だった。


「ふーむ……じゃあさぁ、そっちの子が目を覚ましたら、アヤちゃんの居るテントまで連れて来てもらえる?」

「黄丹ちゃんの事ですか?」

「そそっ。そんじゃよろしく~」


 そう言うと化生さんは文屋に手招きをすると、いつものようにフラフラとした足取りでテントの外へと向かった。そんな彼女を慌てて追いかけ、テントを出たところで口を開く。


「正気ですか?」

「何が~?」

「何がって……あぁそうか……。いいですか? あの二人は敵ではないですが危険な存在なんです。もし黄丹に――」

「オーちゃんにコトサマの事が知られたらヤバイ。そうでしょ?」

「……知ってるんですか」

「ミコちゃんが倒れてる間にサエちゃんから聞いてさ~。ね、そうなんだよねちーちゃん?」

「はい! 文屋が撮った写真によりますと、日奉黄丹さんには現実を書き換え――」

「声が大きいです」

「……!」

「……とりあえず、どこからあの二人の情報が漏れたのかは分かりました。化生さん、彼女の力がどこまで出来るのか、誰も分かってないんです。あまりにも未知数なんですよ? あたしと菖蒲ちゃんが見たような小規模な改変が限度かもしれないし、下手をすると……この宇宙すらも適用範囲かもしれないんです」


 自分達が黄丹の力を観測したのは彼女達姉妹の家の中での事だった。姉である黄櫨の話によると、黄丹には生まれつき強力な改変能力があった。それによって彼女はこれまでに少なくとも一体の幽霊と彼女達の両親を消滅させている。そして黄丹は自分が何をしてしまったのかすらも認識出来ていないのだ。ストレスから来る記憶障害なのか、それとも能力から来る副作用なのかは分からないが。


「そう。日奉黄丹の能力はどこまでも未知数。だからこそいいんだよミコちゃん~?」

「何が言いたいんです……?」

「彼女には出来ない事なんて無いのかもしれないってこと。運の波の動きを止めるなんて想像もつかない無茶も、出来てしまうかもしれない」

「でも命さんの言う事にも一理あります。文屋も目の前で犬耳を生やした人型のコトサマが消滅させられて、その後に何事も無かったかのように再出現したのを見ましたから」

「ちょっと待って。目の前で見たってどういうこと?」


 文屋から詳しく話を聞いてみると、まーちゃんが起こした事件の最中、文屋は三瀬川さんと黄泉川さんの三人で行動していたらしい。偶然撮影したJSCCO本部に侵入している二人組を確認しに行ったところ、あの姉妹と出会ったそうだ。


「まさか……」

「文屋にはよく分かりませんけど、もし今の命さんの話が本当なら、あの真臥禧っていう人が被害を増やすために誘導したのかもしれません」


 有り得ない話ではない。まーちゃんは恐らくこの宇宙、あるいは世界ごと破壊しようとしていた筈だ。そのためにこれだけの騒動を起こした。作戦が上手くいかなかった時の事も想定して、あの二人を利用しようとした可能性は十分にある。一体どこで姉妹の情報を入手したのかは今となっては確認のしようがないが。


「ほら~それが何よりの証明でしょ~? 殺月真臥禧が今回の事件に利用しようとしたって事は、私の狙い通り菖蒲ちゃんを救えるだけの改変能力を持ってるって事でしょ」

「本当にそれしかないんでしょうか……」

「私としてはそれしかないと思ってるよ~?」

「……分かりました。ひとまずはその作戦を頭に入れておきます。ですが他にいい方法が見つかったら、その時は却下させてもらいます」

「もち、それでいいよ~。私としてもこのやり方は大博打だし~」


 そうして化生さんの作戦を共有し終えると、あたし達は三人で菖蒲ちゃんが眠り続けている専用の医療用テントへと入った。中央で寝かされている菖蒲ちゃんの横では依然として蘇芳さんが待機しており、いつ呪線が出てもいいようにと目を光らせていた。

 蘇芳さんが目線を菖蒲ちゃんに向けたままこちらに声を掛ける。


「どうかしましたの?」

「やーやースーちゃんこんにちは~」

「化生さん?」

「おひさ~。アヤちゃんの様子どう?」

「良くありません。目を覚まさないどころかピクリとも動かないんですの」

「ふーむ……ちーちゃんさぁ、早速お願いしちゃっていい~?」

「は、はい。では、不肖文屋千尋、撮らせていただきます!」

「え、ちょっと何を……」


 蘇芳さんは化生さんの計画を聞いてないという事もあって困惑していたが、文屋は首から下げているポラロイドカメラを菖蒲ちゃんの方へと向けシャッターを切った。するとそれとほぼ同時に自分達の背後にあった何らかの数値を計測するために使用されていると思しき機材が爆発を起こした。幸いにも一部の局所的な爆発だったという事もあって火災などには繋がらなかったが、文屋は小さく悲鳴を上げてその場に左腕を抑えながら屈み込んだ。


「蘇芳さんまさか……!」

「い、今一瞬だけ呪線が見えました! ですが、本当に一瞬で対処が間に合いませんでしたわ……」

「他の方は退避をお願いします!!」


 まーちゃんの能力が更に発動する可能性を考え、自分達以外の医療スタッフや呪術スタッフをテントから退避させる。負傷している今の自分にはこの場に居る全員を守り切る自信が無かったからだ。


「……今のは焦ったね~。ちーちゃん大丈夫?」

「う……は、はい……。ちょっと、切っちゃっただけなので……」


 隣で屈んで見てみると、姿勢のせいで傷の状態は分からないが、文屋の左腕からは血が滲んでいた。立ち上がり周囲を見渡すと、丁度機材とは反対の位置にいびつな形の小さな金属片が落ちている。恐らく今の爆発によって機材に使われている何らかの部品が破損して彼女の左腕を掠めたのだろう。


「化生さん、やはり危険です」

「確かに、今ので殺月真臥禧にはまだ反撃の意志と自我があるのが分かったしね。でもそれが逆にいいんだよ」

「何を……」

「殺月真臥禧にとって、ちーちゃんの能力で撮られると何か困る事があるって意味だよ。困るから咄嗟に反撃した……その筈だよ~?」


 言われてみればさっきまでは何とも無かったというのに急に厄災が発動した。菖蒲ちゃんを一時的に振り解いた可能性もあるが、それならもっとチャンスはあった筈だ。それを今このタイミングで発動してきたという事は、まーちゃんにはまだ誰にも話していない秘密が存在しているのかもしれない。そしてその秘密こそが、菖蒲ちゃんの目を覚まさせるために重要な事なのかもしれない。


「な、何をしようとしてるんですの!?」

「私から説明しよう~」


 蘇芳さんに自分の計画を話している化生さんを横目に文屋へと声を掛ける。


「……大丈夫?」

「だ、大丈夫です。大した傷じゃありませんから。それよりもこれを」


 そう言って文屋がポラロイドカメラから取り出したのは真っ暗な背景に白い奇妙な波形が描かれた一枚の写真だった。以前文屋の撮った写真を見たことがあるが、こういったものを撮っていた記憶は無い。あくまで実在する風景や光景だけだった。


「こんなのが撮れたのは初めてです。でもこれが撮れたという事は、少なくとも菖蒲さんが殺月真臥禧の秘密に関する何かです!」

「おっ、撮れたみたいだね~」


 説明を終えたらしい化生さんは文屋の写真を手に取ると十秒程それを見つめたかと思うと、機嫌が良さそうに鼻歌を歌いながら菖蒲ちゃんを覗き込んだ。


「素晴らしいよ~。人類史上初の快挙と言えるね。運勢の波を形として記録する……間違いない。これが君にとっての致命的な一打になる訳だ~」

「じゃあ化生さん、それは本当に……」

「そっ。殺月真臥禧の運勢の波形だよ。ふふふ、悔しいだろうね~。だって私には攻撃出来ないんだからねぇ?」

「け、化生さん気をつけてください! さっきされた文屋への攻撃……きっと心のどこかにあった怒りとか、その辺りに反応したんです!」

「だからさ。確かに、事件の最中は私もちょっぴりだけど恨んだよ? でも今は全然違うね。むしろ今はこの波形を研究したくて仕方がないんだよ~! 君には感謝だね殺月真臥禧~! 君が油断してアヤちゃんに封じられなかったら、きっと私の新たなこの運勢の波形が見えるという能力の研究は出来なかった!」


 化生さんにとってはまーちゃんは最早ただの研究対象でしかなくなったのだろう。怒りや恨みよりも研究欲の方が上回ってしまったという事なのだろうか。正直あの子の従妹として複雑ではあるが、彼女がした事を思えば擁護は出来ないしするつもりも無い。今は菖蒲ちゃんを助ける事を何よりも優先しなければならない。


「化生さん、次は?」

「おっと、そうだったね~。後はさっき言った通り、オーちゃん達を待つ感じかな~」


 きっと上手く行く筈だ。化生さんの言う通り、まーちゃんにとってこの写真を撮られる事は避けたかった事の可能性が高い。後はこの波形を固定化してしまえば、菖蒲ちゃんを目覚めさせることが出来る。

 あたしはその想いを強く胸に秘めながら、三瀬川さんが黄丹達を連れてくるのを待つことにした。

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