第9話:八重事代主命
巨頭の村から少女を連れて帰った私達はすぐにJSCCOへと向かい、彼女の検査をしてもらう事にした。その際も彼女は一切の反射行動を見せず、ただ私達のなすがままという感じだった。少し待機する様に指示されたため受付ロビーの椅子に座って待っていると、賽師匠が縁師匠と共に正面入り口から入って来た。
「師匠!」
「お疲れ様二人共。大変だったみたいだね」
「ううん、全然大丈夫でした。でも何でここに?」
「……ここの上層部から呼び出しが掛かった。こういうのが嫌だからここには入らなかったのに……」
「まあまあ縁ちゃん……。えっとね、二人が見つけてきた子って行方不明者情報にも載ってなかった子らしいんだ。だから記憶が読める私ならってね」
「そっかそっか。確かに賽師匠なら分かるかもですね!」
「あの、いいですか?」
殺月さんが立ち上がる。
「殺月ちゃんだったよね? どうしたの?」
「その……本当にいいんですか? 前手伝ってもらった事は助かりましたけど……お二人は他にお仕事があるのでは?」
「ん……私達の仕事は行き場を失くした霊魂の相談を受けたり、霊障の調査。こういうのは仕事じゃない」
「やっぱり……」
「い、いいんだよ殺月ちゃん! ほら、他に出来る人が居ないなら私がやればいいだけだから、ね?」
「賽はお人好しすぎ。自分達の仕事も出来ない奴らに合わせる必要無いよ」
やはり縁師匠としては、賽師匠にこういった事をさせるのは反対らしい。彼女の賽師匠に対する異常とも言える愛情を見ていれば理解出来る。冷たそうに見える縁師匠だが、本質は心配性なのだ。特に自分が大切だと思っている相手に対してはその態度が露骨に出てしまう。それは弟子である私に対しても同じだった。
「そ、そんな事言っちゃダメだよ。皆で力を合わせていかないと。人間とコトサマが仲良く暮らせる様に、ね?」
「……賽、悪い大人に騙されない様にして」
「も~私も大人だってば。あ、殺月ちゃん。そういう事だから気にしないでいいよ。私が自分で望んで来てるんだから」
「……ありがとうございます」
「うん。何か困った事があったらお姉さんに言ってね?」
賽師匠は優しい笑顔を向けながら小さく手を振り、施設の奥へと入っていった。殺月さんとしては、JSCCO所属の人間だけで事件を解決したいらしい。私としては頼れるものはしっかり頼っていくべきだと思っているが、彼女には何かそう考えるだけの理由があるのだろう。大方、無関係の人間を巻き込みたくないと考えての事なのだろうが、コトサマに人権が与えられている今、誰もが超常存在と隣り合わせなのだ。無関係な人など居ない。もし無関係を謳っている人が居たとすれば、それはただの無知な人か現実逃避をしている人だろう。
数十分待っていると、奥から賽師匠と縁師匠が帰ってきた。賽師匠は何とも怪訝な顔をしており、先程まで不機嫌そうだった縁師匠も不可解なものでも見たかの様な表情をしていた。
「あ、おかえりなさい! どうでした?」
「うん、取りあえずあの子の記憶を見てはみたんだけど……」
「どうでした?」
「え、えっと……」
「私が代わりに話すよ。……あの子は誰かに人体実験されてたみたい。ただ賽曰く、魂が混線してたって」
「混線?」
「う、うん……何て言えばいいのか難しいんだけどね……? こう……色んな人の魂が一度に集まってるみたいな……」
「賽さん。それは、一つの体に複数の魂が存在していた……つまり多重人格者であるという事ですか?」
「そ、そういうんじゃないと思うな。私も多重人格の人の魂がどうなってるのか見た事無いから分からないけど……でも変なんだ」
混乱している賽師匠の代わりをする様に縁師匠がもう一つあったという異常を話す。それは、彼女の頭部には手術痕があり、更に頭部周辺で軽度な磁場の乱れが生じているという事だった。つまり彼女そのものが磁場を乱す時空間異常を頭部の中で発生させているという事である。今まで生物の体内で時空間異常が発生したというケースは確認されていないらしく、仮に彼女が初めての事例だとしても何故そういった事が起きているのかは検討も付かないそうだ。
「ねぇ賽師匠。あの子、検査を受けてる間何か喋ってたりしなかったですか?」
「え? うーん、凄く静かだったよ? 全身に力が入ってる感じじゃなかったし……」
「……ねぇねぇ殺月さん。あの時あの子が喋ってたのはどうしてなんだろう?」
「確かに……何か基準があるのかも……」
最初に喋り出したのは『巨頭』が崇められている時だった。そして二回目は私が背負っている時だった。あの時、私も『巨頭』も声を出してた。でもそれだけが条件ならあの小屋に入った時に喋り出してもおかしくなかった筈である。彼らが何を喋っていたのかは不明だが、私が彼女にしたのは問いかけだった。もし彼らが上げていた声が質問や問いかけだったのであれば、それが条件である可能性がある。
「検査はまだやってますか?」
「多分やってると思うな。明日には手術して頭の中で何が起きてるのか調べるみたいだけど……」
「行こう殺月さん! ちょっと試したい事があるんだ!」
「えっちょっと……」
「あっ菖蒲ちゃん!?」
「菖蒲! 勝手に行っちゃ……!」
皆が止める前に私は走り出し、彼女が検査されているであろう部屋へと向かう。
その部屋は様々な機材が置かれており、無機質なベットの上に彼女は腰掛けていた。JSCCOの研究者達はペンライトを使って彼女の目の反応を見ようとしていたが、その体は自分で自立させる事は出来ておらずガクリと項垂れる様な姿勢になっていた。何とか体を起こされてライトで目を照らされたものの、目を閉じる事も無く、一切の反応を示さなかった。
「あのあの! ちょっといいですか?」
「エージェント・日奉。お疲れ様です。どうされました?」
「実はちょっと試したい事があって」
「はぁ……どうぞ」
許可が下りたため項垂れた彼女に近寄り、試しに一つ質問をする。
「貴方の名前は何ですか?」
私の声を聞き、その背筋はピシャリと伸び、瞳孔が小さくなった。
「不正アクセスを確認不正アクセスを確認不正アクセセセセセ大丈夫だよ私は別に大丈私達は捨てられたんだもう隠す必要は無いだろうお姉ちゃんがいいなら賛成だよわんわんわんわん死んだ方が楽なのにわんわん我ら日ノ本の生まれとして使命を全うすすすすすすエラー確認エラー確認僕らの名前が分かりますか? 聞こえますか聞こえますか聞こえますか? 聞こえないなら貴方の大腸菌を殺す」
「聞こえてるよ。貴方の名前を教えて。貴方の名前は何ですか?」
「アクセス不許可アクセス不許可アアアアアア殺せ殺せ殺せ殺してしまえそうすれば救われれれれ本当の事言おうよ私達は捨てられたんだ今更隠す必要は無なななななこれは命令違反であるこの様な事は隊の使命に違反する行為であるただちに中止せよ繰り替えええええええアクセス不許可アクセス不許可アクセエラー確認エラー確認エラー確認コード11100101 10000101 10101011 11101001 10000111 10001101 11100100 10111010 10001011 11100100 10111011 10100011 11100100 10111000 10111011 11100101 10010001 10111101…………認証、許可、聞こえますか聞こえますか? この肉体の名前は事代八重です聞こえましたか聞こえましたか? 聞こえているなら救済してください」
支離滅裂ではあるものの、彼女の名前は『事代八重』であるという事は判明した。途中彼女が発した不可解な数字列が気になるところだったが、そういった事を専門にしていない私がそれ以上探るのは不可能そうだった。
そして名前が判明したその瞬間、突然室内の機械が警告音の様なものを鳴らし始め、検査をしていた職員達は私達に下がる様に指示した。
「何何!? 何の音ですか!?」
「磁場を測定するための装置です……あれが鳴ったという事は室内の磁場が急速に乱れたという事です」
殺月さんは何故か私を守る様に前に出るとそのまま後退し、全員を室内から退室させるとその場を職員に任せて扉を閉めた。
「さ、殺月さんどうしたの?」
「どうしたもこうしたもない……君、バカなの? あの子は今までに前例が無い時空間異常を内包してる人間なんだよ?」
「そ、そうだね。菖蒲ちゃん、ここは職員さんに任せよう? 菖蒲ちゃん達のお仕事はもう終わったんでしょ?」
「そうだよ菖蒲。余計な事に首突っ込まない方がいいよ」
「でもでも!」
殺月さん達が言う事は尤もだった。しかし彼女が最後に喋ったあの言葉がどうしても引っ掛かるのだ。何故彼女は救済を求めたのだろうか。彼女の言う救済とは何を示しているのだろうか。
もう少し彼女と会話したかったが許可が下りず、私は殺月さん達に連れられるままJSCCO本部を後にした。
事件から二日後、私が師匠達の所に遊びに来ているとメールが届いており、彼女がどういった存在なのか検査の結果が出たと書かれていた。
メールによると、『事代八重』はあらゆる行方不明者情報にも該当する人物が存在せず、頭部の切開の結果、脳がある場所に時空間異常が発生していたそうだ。確かにそこに脳が存在するにも関わらず、軽度な時空間異常が発生しており、脳細胞を一部採取して検査した結果、不可解な結果が出たらしい。
何と彼女の脳は一つしかないにも関わらず、そこからは八人分の脳細胞が検出されたらしい。通常であればこの様な事は有り得ず、採取されたその細胞は何故か死滅せずに機能し続けているそうだ。そしてこれらの事から彼女の頭部の中では時空間異常によって複数の人間の脳が融合した状態になっており、それによってあのような支離滅裂な発言をしていた様だ。しかし脳細胞から確認された他のDNAにも該当する情報が現在存在しないらしく、未だ彼女の過去に何があったのかは分かっていなかった。
「どこから……あの人達は……?」
今思えば、あの村で見つけた『巨頭』達は彼女の仲間だったのではないだろうか。もし『事代八重』が何者かによって作り出された存在なのだとすれば、あそこに居た彼らにも説明がつく気がする。複数の人間の脳を一つの頭に収める事によって何らかの成果を得ようとした。しかしそれが上手くいかなかったため、時空間異常を使用するという手段を取った。だがその代償として彼女は自分の意思で動いたり喋ったりする機能を失い、ただ質問に答えるだけの存在になったのではないだろうか。
まだ判明していない事は多いが、今の私に出来る事は他には無い。もし何かの機会があればまた彼女の過去を探れるかもしれないが、それは少なくとも今では無いのだろう。
「ねぇねぇ賽師匠」
「うん? どうしたの?」
「あの子……どこから来た人なんですかね」
「うーん……私が触って見れたのは、誰かから人体実験をされてるところだけだったよ。他の記憶が何も見当たらなかったんだ。まるで……最初からあの記憶しかないみたいに……」
「縁師匠、そんな事あるんですかね?」
「私に聞かれても……。まあ……そうだね……自分で覚えてない事でも魂は記憶してるんだと思う。だから賽には嘘が通用しない。それなのにそれが見えないって事は、もしかしたら本当に……」
「記憶そのものが無い?」
「ん……分からないけどね」
賽師匠と一緒に居る期間が長い縁師匠が言うのだからそうなのだろう。理由は不明だが『事代八重』には過去の記憶が一つしかない。彼女が居たあの村が時空間異常に乗ってどこからやって来たのか、大本になった本体である彼女は何を思っているのか分からない事だらけだった。だが一つだけ言えるのは、彼女は人間かコトサマかはともかくとして、間違いなく一つの生命体であり、この世界に住む権利が与えられるという事である。それが彼女に与えられるこの世界からの救済なのだ。




