第87話:転禍為福
真臥禧によって引き起こされた厄災が激しくなる中、私達三人は次に彼女が狙うであろう東雲病院へと辿り着いた。それまでにいくつもの爆発音や真臥禧の電波ジャック、更には時空間異常の異常活性などが発生しており、この惨事がどこまで加速していくのか最早誰にも想像が出来ない状態になっていた。
病院の壁は何かが衝突したのか何ヵ所か穴が開いており、そこら中に瓦礫や大きくひしゃげた車などが転がっていた。これだけの惨状でどれだけの人数が避難に成功したのかは不明だが、真臥禧が医療機関を狙うのではないかと考えていた私は、三人で壁に開いた穴から病院内へと侵入する。
「菖蒲ちゃん警戒を」
「分かってる分かってる。魔姫ちゃん離れないでね?」
「アタシに命令すんな! 分かってるし……」
命ちゃんはステッキに札を貼って剣へと変え、私はしーちゃんを固着させる事で警戒態勢に入り、魔姫ちゃんを守る様にしながら廃墟の様になってしまった院内を進み始めた。
一階の探索を終えた私達はエレベーターを使うのは危険だと考え、階段を使って上階へと歩みを進めていった。しかしその途中でふと足元に落ちていた機械に視線が行った。
「命ちゃん」
「何?」
「これ……」
そこに落ちていたのは無線機器だった。あまりそういった機械類に詳しい訳ではない私でも、それが無線に使われる物だというのはすぐに理解出来た。JSCCOで正式採用されている機種であり、それ以外の人々には売られていない非売品なのだ。そして、私達がよく知っている彼女も、これを使っていた筈だ。
「無線機……」
「何十分前からだったか忘れたけどさ、蒐子さんと連絡つかなくなったよね」
「……ええ。あの時空間異常……あれの磁場で電波が乱れてるんだと思う」
「もし、もしだけど、蒐子さんが私達と同じ事を考えてるとしたら」
「まさか……」
蒐子さんはあくまでオペレーターだ。無線によって私達調査員の仕事をサポートするのが仕事と言える。私達が知っている限りでは、蒐子さんには特殊な能力などは無かった。こんな街や世界そのものを巻き込む様な惨事においては個人で抵抗する力は皆無かもしれない。
「如月さんが、ここに……」
「ね、ねぇ……まーちゃんを探しに来たんじゃないの……?」
「ごめんね魔姫ちゃん。もしかしたら私達の知り合いがここに来てるかもしれないんだ」
「ごめん魔姫……見捨てられない」
「……ん」
「命ちゃん命ちゃん、とにかく行こう。まずは蒐子さんを探さないと」
「でも、どこから……」
蒐子さんの知り合いがこの病院に居るのかは分からない。少なくともそういった情報は聞いた覚えが無い。彼女の知り合いが居ないにも拘らずここに来ていると仮定すると、彼女がここに来る理由が一つだけあるかもしれない。
「雌黄さん……」
「えっ……?」
「本来の、肉体の方の雌黄さん。あの人は一人じゃ逃げられないし、蒐子さんもその事は知ってたよね」
「っ!!」
「わっ!? ちょっとちょっと命ちゃん走ったら危ないって!」
「姉ちゃん待って!!」
私と魔姫ちゃんは一人で駆け出した命ちゃんを追い、四階にある404号室へと向かった。ナースセンターや廊下には様々な器具や書類などが散乱しており走りにくかったが、何とか部屋に入る前に命ちゃんへと追い着いた。
命ちゃんは私に目で合図を送り、ドアの横へと隠れる様に指示を出した。ドアを開けた瞬間に何かが飛び出してくる可能性を考慮しての指示らしく、私は魔姫ちゃんを背中側へと隠す様にして命ちゃんがドアを開けるのを待った。
「……行くよ」
「……うん」
ドアが開け放たれ何も出てこなかった事を確認した私と命ちゃんは病室へと飛び込む。するとそこには意外な光景が広がっていた。
目の前には右目を覆う様にして蹲っている真臥禧の姿があり、部屋の奥の窓際には雌黄さんをお姫様抱っこの形で抱えている蒐子さんの姿があった。真臥禧の近くには恐らく手術などで使われるのであろう金属製のメスが落ちており、刃の部分には赤い血が付着していた。
「ひ、日奉さん! 殺月さん!」
「如月さんこれは……!?」
「わ、ワタクシは何もしてません! 病院がちょっと揺れた時に、そのメスが独りでに跳ねて真臥禧さんの目に……!」
いつこの状況になったのか分からないが、建物が揺れた衝撃でメスが跳ねて人の目に刺さるなど起こり得るのだろうか。蒐子さんが保身のためにそんな無茶な嘘をつくとは思えない。しかし真臥禧が自分でそんな事をするメリットも無い。彼女がテレビを使って行った放送での発言が真実なら、彼女の厄を振り撒く能力は人から恨まれる事で発動する。自分で自分を傷つけるメリットがどこにも無いのだ。
「ま、まーちゃん……?」
「命ちゃん、下がって」
「……く……悔しいけど、本当だ、よ……。飛んで、来たの……」
真臥禧はフラフラと立ち上がり、こちらへと顔を向ける。右目はメスで刺された事によって潰れた様な形になっており、そこからは涙と血が混ざりあったものが流れ出していた。
「さ、殺月真臥禧さん! わ、ワタクシ達はJSCCOの者です! すぐに投降してくださーい!」
「ふぅ……如月、蒐子さんですよね? 『黄昏事件』を起こした如月慚愧と同じ血を引く者……」
「まーちゃん! 如月さんは関係無い!」
「皆、み、皆そうやって、『関係無い』って言うんだよみーちゃん……。おかしいと、思わないかな……?」
「あのあの、真臥禧さん、萌葱さんの件で他の人まで巻き込むのやめません?」
「少なくとも……日奉雌黄……あなたは無関係じゃないですよね?」
「え、ボク……?」
蒐子さんは雌黄さんを守ろうと部屋の隅へと後ずさる。
「あ、あなたは……あの事件の時、怪異の存在を証明するための放送を行いました」
「し、知らない……ボクそんなの知らな――」
「あなたは、萌葱さんの事を隠した」
当時の私は魂の固着が上手く出来ていない状態だったため、しーちゃんの記憶が混線して覚えていないが雌黄さんがそういった放送をしたというのは聞いている。しかしもう一人の雌黄さんの方はその事を知っていたのだろうか。色々と調べたねぇねですら、萌葱さんの死は鵺を封じるために動いた上での戦死だと思っていたのだ。
「真臥禧さん真臥禧さん。そっちの雌黄さんは本当に何も知らないんです。あっちの雌黄さんだって真実を知ってたかどうか……」
「縁は……繋がってるんです」
「縁?」
「そこの雌黄によって、もう一人の日奉雌黄が作られた。あなたの姉である日奉百はあの現場に居たのに、萌葱さんの死をただの名誉の死だと思い込んだ」
真臥禧はふらついた体を支えるために近くにあったベッドを隠すためのカーテンを掴み、そのままバランスを立て直せずに床へと倒れる。
その時、ふと不自然なものが視界に入った。そのカーテンに隠されていたベッドの近くに置かれている棚の近くの床に小さな血痕が付着しているのだ。まだ新しいものであり乾いている様子は無い。そしてその血痕は何故か発生源が存在しないにも拘わらず、少しずつその数を増やしていた。まるで、そこに怪我をした見えない誰かが居るかの様だった。更にその血痕の近くには火花を飛ばしているスマートフォンが落ちており、ますますそこに誰か居るのではないかと感じた。
「ろくに……調べもせずにっ……! あの人と浅葱さんの真実に目を瞑った……!」
「みーちゃん、だからそれは……」
「日奉一族は繋がってるの! 血じゃなくて縁で! ……そこに本家も分家も関係無い。全員、あの人達を苦しめた元凶……!」
「なるほどなるほど。それで私も狙ってる訳ですか」
「あなたは百と同じ血を引いてる……百は日奉一族と縁で繋がってる……全員、殺さないと……あの人が……あの人達が可哀想……」
真臥禧がこの世界ごと破壊しようとしている理由が今分かった。彼女は縁の繋がりを重要視している。萌葱さんの死に関わっている本家筋と縁で繋がっている分家や、そこから生まれたJSCCOも同罪だと考えているのだ。そしてJSCCOには特殊能力を持たない職員も居る。その人達にも家族や友人が居る。それらも彼女にとっては縁で繋がった許しがたい存在なのだ。
「まーちゃん……あたしや魔姫を殺そうとしたのも、日奉一族と縁で繋がってるから?」
「……知られたく、なかったの」
「え?」
「せめて二人の中では、最期まで事件で亡くなった親戚の一人、殺月真臥禧で居たかった……。人殺しなんて、思われたくなかった……大切な、家族だったから……」
真臥禧の中にも僅かながら命ちゃん達への情は残っていた。彼女がこれだけの事件を起こしたのも萌葱さんに対して強い情があったからだ。だからこそ命ちゃん達の中だけでは美しい思い出でありたかったのかもしれない。もしそれが真臥禧の本心だと言うのなら、そこが攻め所かもしれない。
「……本当は即死させたかったのに、抵抗されちゃって上手くいかなかった。上手くいけば、ふ、二人が苦しむ事なんて無かったのに……」
「まーちゃん、それが君の本心なら、お願いだからもうやめて。極刑は免れないと思う。でもあたしが、何とか上に掛け合ってみるから」
「真臥禧さん、本当に命ちゃん達の事を思ってるなら、やめましょうよ」
彼女が電波ジャックをしている際に行われた放送で彼女自身が語っていた。「恨みは厄になって、厄は寄せ集まって禍になる」。それが彼女の能力なのだとすれば、絶対に恨んではいけない。憎んではいけない。恨めば恨む程、その恨みの力は厄となって周囲に拡散していく。真臥禧を恨めば、それだけで標的にされるのだ。
「……世界はあたしを愛さなかった」
「?」
「あたしは世界を愛せなかった」
「まーちゃん何を……」
「そしてみーちゃん、あなたはきっと今からあたしを愛せなくなる」
そう語った直後、真臥禧は懐から拳銃を取り出し、素早く私達の方へと発砲した。
「まーちゃん……?」
「ば、バレないと思った、のかな? あたしは皆とは違うんだよ魔姫ちゃん」
「え……」
後ろを振り向くと、そこには肝臓の辺りから血を滲ませ、驚いた表情でこちらを見ている魔姫ちゃんの姿があった。それを見た命ちゃんは悲鳴の様なものを上げて駆け出し、力なく倒れる魔姫ちゃんを抱き抱えた。
「ま、魔姫ちゃん……君の能力、あ、あたしも調べてるんだよ? みーちゃんやあたしには、一切通じない。君だって分かってるよね……?」
魔姫ちゃんは突然の事で感覚が鈍っていたのか、急に苦痛に顔を歪め苦しみ出した。たった今痛み出したのだろう。
「真臥禧さん……自分が何をしてるか分かってるんですか……」
「ええ。世界中から、嫌われるんです」
「ひ、日奉さん! 逃げてください!! このままじゃ――」
「うるさいですね……」
真臥禧は素早く振り向き蒐子さんと雌黄さんにも発砲する。とても片目が見えなくなったとは思えない程に精密な射撃であり、蒐子さんが辛うじて庇ったおかげで雌黄さんは無傷で済んでいた。しかし当然蒐子さん本人は被弾してしまっており、太腿の辺りから出血していた。
「いっ!!……つぅ……!」
「……如月蒐子。貴方はもうすぐ死にます。貴方、あたしを恨み、ましたよね? 弾は太い血管を通過していったみたいです。長くは持ちません」
「蒐子さん!!」
「わ、ワタクシの方は大丈夫ですから! 真臥禧さんを!」
怒ってはならない。恨んではならない。攻撃してはならない。彼女は私達に憎しみを抱かせるためならどんな非道な手でも使うというのが今分かった。全ては計算されて行われている。真臥禧は目的のためなら、どこまでも残酷になれる。
「みーちゃん、魔姫ちゃんを助けたい?」
「……」
「命ちゃんその子を連れて逃げて!!」
「みーちゃん。如月蒐子を助けたい?」
「耳を貸しちゃダメ!!」
「みーちゃん。日奉雌黄も死ぬかもね」
「……っ」
命ちゃんは魔姫ちゃんを抱き抱えると、何も言わずに近くにあるナースセンターへと歩き出した。
「……残念残念。命ちゃんは真臥禧さんの作戦なんか通じないんですよ」
「……ほ、本当、凄いね。みーちゃん、昔よりも賢くなったんだ」
「当然でしょう。私の相棒ですから」
「……それで、貴方はどうするんですか? あ、あたしを殺せば、この厄災を止められるかもしれませんけど」
「いやいや、馬鹿言っちゃいけませんよ。攻撃っていうのは、大なり小なり相手への憎しみや怒りがあるから起こるんです。そうやって私をもう一度標的にする。それが狙いでしょう?」
「……時間稼ぎ、ですか。そ、それでもあたしはいいですよ。如月蒐子と日奉雌黄の命が惜しくないのなら」
何かいい手段を考えないといけない。このままでは蒐子さんが出血性ショックか何かで死んでしまう。真臥禧の厄災の標的になってしまったという事はきっとそういう事だ。説得するのが無理だとしても、何とか無力化させなければならない。
そうして考えていると、先程ナースセンターへと下がっていった命ちゃんがこちらへと戻って来た。服には魔姫ちゃんのものと思われる血が付着しており、恐らく出血量が多かったのであろう事が窺える。
「み、命ちゃん魔姫ちゃんは……?」
「……まーちゃん。本当にさっき、魔姫を殺すつもりで撃ったの?」
「え、ど、どういう事命ちゃん?」
「簡単に応急手当てをしたんだけど、魔姫の傷はそこまで深いものじゃなかった。肝臓を撃った様に見えたけど、実際は肝臓に当たらない様に撃ってた。そうじゃないの?」
「……」
「さっき言ってた言葉は本心なの? あたし達を殺したいなら、もっと確実な方法だってあった筈でしょ」
「ほ、本心で撃ったよ。あたし、銃の経験なんて無いから、偶然外れたんだよ……」
本当にそうなのだろうか。足を撃たれた蒐子さんの出血を見ると、とても軽傷には見えない。厄災の力があるとはいえ、あれだけ正確に撃てる人間が偶然外すだろうか。それこそ本当に命ちゃんが言っている様にわざと外したのではないだろうか。
「まーちゃん。あたしはまーちゃんの事を小さい頃から知ってる。一緒に居た時間は短かったけど、大人しくて、優しくて、虫だって殺せない子だった。いつだって、周りを優先する子だった」
「……」
「本当は、止めて欲しかったんじゃないの? 殺されるために、わざとあたし達を挑発したんじゃないの?」
「真臥禧さん真臥禧さん、貴方の能力は誰かから恨まれる事によって発動する、貴方が自分でそう言ってましたよね。あれって、本当なんですか? 印象付けるために、嘘を言ったりしてませんか?」
能力の発動条件はまだ確定していない。彼女の発言でしか条件は語られていないのだ。最初から、世界へと復讐して最期には命ちゃんに殺されるつもりであんな事を言ったのかもしれない。人間誰しも他者に恨みを抱く事はある。それを利用して世界中の人間からヘイトを集め、民衆の総意を作り出し、『殺月真臥禧を殺さなくてはならない』という状況を作り出そうとしたのではないだろうか。そうなれば、流石の命ちゃんでもそうせざるを得ないと考えて。
「……あ、あたしは……」
「まーちゃん、復讐なんてやめて。何も知らなかったあたし達にだって、まーちゃんが言う通り責任がある。だから、だからこんな事はもうやめよう」
命ちゃんはステッキを床へと落とし、戦う意思が無い事を見せながら真臥禧へと近付くと、その体を抱き締めた。
「魔姫も、言ってた。まーちゃんを許してあげてって……」
「……」
「真臥禧さん、貴方の言う通り、私達も知らなかったとはいえ萌葱さんの事を隠してしまう形になったのは事実です。皆で謝ります。だから、もうやめにしましょう」
「……」
真臥禧は何も言わず、ただ俯いて命ちゃんに抱かれていた。
「さぁまーちゃん。ここで復讐なんて終わっ……」
「命ちゃん……?」
「あ……ぇ……」
「ほ、本当に……」
「まー、ちゃん……」
「本当にみーちゃんは、お人好しだよ」
命ちゃんは真臥禧から腕を離し、ふらふらと下がり始め、やがてこちらに向かって背中から倒れてきた。咄嗟に抱きとめた彼女を見てみると、そこには――
「本当に……」
そこには――
「お人好し……」
腹部に突き刺さっているメスがあった。
「……え、え、み、命ちゃ……?」
「まーちゃん……何で……」
「……しょ、正直な話ね。あたし、みーちゃんが本当に引っ掛かってくれるなんて思わなかったよ」
「何を、言って……」
「そうだよ。わざと外して撃ったの。あたしの言葉に疑念を抱いて欲しくて」
「う、そ……?」
「うん。一か八かの賭けだった。みーちゃんがあの時のあたしを想起して、あたしにまだ優しさが残ってるって思って欲しかったんだ……」
命ちゃんの口から、口から。血が、吐き出される。
「不安だった……みーちゃん、真面目な子だから仕事は仕事として、あたしを殺すかもって不安だった」
「殺月、真臥禧ぇ……!」
「で、でも良かった。姉妹揃って、お人好しでいてくれて」
「真臥禧ぇぇええーーッ!!!」
「そ、そうだよ日奉菖蒲。それがあたしに向ける、正しい反応の仕方だよ」
壁や床に亀裂が入る。私の憎しみに呼応するかの様に病院が崩壊していく。私の怒りに呼応するかの様に遠くで爆発音が聞こえる。
「だ、め……あやめ、ちゃん……」
「……黙ってて」
「君、だけでも……」
「逃げてもいいですよ日奉菖蒲。どうせこの世界は後少しで崩壊するんです。貴方がトリガーを引いたから。貴方とみーちゃんが、仲良くなっていたから」
床が崩壊し始める。立っているのもやっとな状態だった。
「ほら、逃げていいんですよ。厄災は確定しました。どうせ皆死ぬんです。そのスピードが少し早いか遅いかの違いでしかありません」
命ちゃんが私の裾を掴み、倒れたまま廊下の方へと引っ張ろうとする。
「みーちゃんも逃げようって言ってますよ? 相棒なんですよね? 助けなくていいんですか?」
「あや、めちゃ……耳を、貸しちゃ……」
「助けるよ。命ちゃんも魔姫ちゃんも蒐子さんも雌黄さんも、もちろん他の皆も。私が助ける」
「そ、そうですか。それじゃああたしは見逃すと――」
「ただし! お前をぶっ殺してからだッッ!!!」
命ちゃんの制止を振り切り、私は無我夢中で真臥禧に飛び掛かった。蛇痺咬を叩き込めれば、少なくとも動きを止める事が出来る。そう考えたからだ。それ以外の策なんて、考えている暇は無かった。
真臥禧を亀裂が入った床へと押し倒し、蛇の構えを取ってその首筋をへと突き立てる様にして突き下ろした。しかし――。
「残念。時間切れです」
激しい厄災によってついに床が完全に崩壊し、私と真臥禧は下の階の病室へと転落してしまった。それだけでに留まらず、床は私達が転落するたびに次々と崩壊し、下へ下へと落ちていった。
最終的に辿り着いたのは病院の地下にあったボイラー室だった。地下にあったおかげか、まだ厄災による損傷がそこまで発生してはいない様子だ。
私はそんな場所で、全身の痛みを抑えながら立ち上がる。この程度で倒れる訳にはいかない。
「運が、いいですね。あたしと一緒に落ちたからでしょうか」
「……っ」
「……逃げないんですね。じゃ、じゃあ……ここで地獄に送ってあげます。そこで萌葱さんへの罪を償ってきてください」
「ふざけるな……一人じゃ行かないよ。地獄に道連れだクソ女……ッ!!」




