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特異事例調査員 日奉菖蒲の調査ファイル  作者: 龍々
Final case:大禍
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第86話:禍る世界 賽side

 もう十回以上になるだろうか。

 街中で事故や災害が発生している中で事務所へと残っていた私と縁ちゃんは、菖蒲ちゃんがここに来たりはしないだろうかと待ち続けていた。そして安否を確認するために何度も携帯で電話をかけているにも拘らず、どれだけかけ直しても菖蒲ちゃんの携帯へと通じる事はなかった。


さえ、そろそろここも危ない」

「でも、菖蒲ちゃんが……」

「……気持ちは分かるけど今は自分の身を守る事を優先するべきでしょ。あの子も自分で何とか出来る子なんだから信じるしかないよ」

「……そうだね」


 これ以上この事務所に居てはいつビルが崩壊するか分からないという縁ちゃんの言葉を受け、私は携帯電話を持って縁ちゃんと共に事務所を出た。

 エレベーターを使わずに階段を使って一階へと降りていきビルから出ようとすると、ビルの入り口にはポラロイドカメラを首から下げた文屋千尋ふみやちひろちゃんの姿があった。千尋ちゃんはこちらに気がつくと慌てた様子でこちらへと駆け寄ってきた。


「あのっ!」

「……まだくたばってなかったんだ」

「縁ちゃんそういう言い方しちゃダメ。どうしたの千尋ちゃん? 早く逃げた方が……」

「そういう訳にはいきません! こんな大事件! 文屋が動かなくて誰が動くんですか!」

「行こう賽。こんな奴ほっとけばいいよ」

「千尋ちゃん。何か撮れたからここに来たの?」

「はい! これなんですが……」

「ちょっと賽!」


 千尋ちゃんは肩から下げていたショルダーバッグの中から一枚の写真を取り出す。そこにはよく似た顔をした二人の少女が写っており、周囲の景色は私の記憶が正しければJSCCO本部のものだった。あくまで写真は一場面を切り取ったものであるため正確には分からないが、二人組の内の一人はもう一人を止めようとしている様に見えた。


「これは?」

「実はちょっと前にJSCCO本部の方に向けて撮ってみたんです。そしたらこの二人が写って……」

「賽、今は自分達の安全を優先するべき。余計な事に首を突っ込まない方がいいよ」

「う、うん。でも……」


 私も全ての構成員を知っている訳ではないが、少なくともこれまで本部を訪れた際にはこんな顔をした人を見た覚えが無い。現在のこの状況を考えると、彼女達は不法侵入をしている可能性がある。この事件を起こしているのは殺月真臥禧さんだが、あの人に仲間が居ないとは言い切れない。もしこの二人が彼女の仲間だった場合、事態が悪化しかねない。


「千尋ちゃん。この二人が誰なのかは分かる?」

「いえそこまでは……色々な方角を撮影してみたんですけど、それ以外は関係無さそうな写真しか撮れなかったんです。文屋の能力は何を写すかまでは指定出来ませんので……」

「どいて」


 縁ちゃんはその小さな体で私を押しのけると千尋ちゃんに詰め寄った。


「いい? 一回しか言わないよ。私からすればあんたがどうなろうが知ったことじゃないの。だから調べたいなら好きにすればいいし生きるなり死ぬなりも好きにすればいい。だけど、賽を巻き込むつもりなら絶対に許さない」

「よ、黄泉川さん待ってください! 絶対にこの二人は普通じゃないんですって!」

「普通じゃないのは今のこの状況でしょ。殺月真臥禧とかいう奴のせいで何もかもが滅茶苦茶になってる」

「そ、それは文屋も分かってます! でも下手をするとそれ以上にまずいかもなんです!」

「今すぐ消えて」

「お願いです黄泉川さん聞いてください!」

「縁ちゃん聞いてあげて!」

「賽は黙ってて。賽は、優しすぎるんだよ……」

「ちゃんと証拠だって――」

「消える気が無いなら私が!」


 そう言って縁ちゃんは千尋ちゃんがポケットから取り出そうとしたスマートフォンを手で払い落とした。慌てて私がそれを拾おうと画面を見ると、そこにはある映像が流れていた。


「縁ちゃん」

「賽、お願いだから黙ってて」

「いや、これ見て」

「何を……」


 スマートフォンを拾い上げて縁ちゃんにも画面が見える様にする。

 そこに映っていたのは本部のどこかの部屋で隠れていたのであろうコトサマを消滅させている少女の姿だった。いや、正確には彼女は何もしていない。コトサマが突然次々と消滅していっているのだ。


「これは……」

「ほ、本当は加工を疑われるからこのやり方はしたくなかったんですけど、これなら信じてもらえますよね?」

「縁ちゃん、これって……」

「似てるね……」


 コトサマを一瞬にして消滅させてしまう力。それはかつて『黄昏事件』の際に先頭に立って指揮をしていた日奉茜さんが持っていた力によく似ていた。以前聞いた話によると、茜さんを中心に目に見えない力場の様なものが発生し、それに接触した妖怪、幽霊、超能力者などのいわゆる『怪異』と呼ばれていた者達は、一瞬にして消滅してしまうのだという。『あらゆるものを正常化させる能力』。それが茜さんの力だった。


「茜さん……じゃないよね?」

「こんな顔じゃなかった。それにあいつは多分この事件収束のために動いてるはず」

「文屋もその人の事は知ってます。だから気になったんです。あんな力を持ってる人なんて、他に居なかった筈ですから」

「千尋ちゃん、これを撮ったのっていつ?」

「写真は大体40分前で、映像は5分前です!」


 それなら急げばまだ間に合うかもしれない。この二人が何者でどうしてこんな事をしているのかは分からないが、今ここで食い止めなければならない。もし放置すれば無関係な被害者が更に出てしまう事になる。真臥禧さんの仲間だった場合は尚更だ。


「縁ちゃん」

「……ん。どうせ止めても行くんでしょ?」

「一緒に来てくれる?」

「当たり前。賽とは、もうずっと一緒って決めてるから」

「ありがとう。千尋ちゃん情報ありがとう。危ないから千尋ちゃんは――」

「文屋も行きます!!」

「え、でも……」

「文屋の力は正しく使われなければなりません。ペンは剣よりも強し。写真はペンよりも強いのです!」


 言って聞く子じゃないのは分かっていた。もし仮にここで止めても、きっと彼女は一人で行動してしまう。かつての自分の行いの贖罪をしようとするだろう。それならば一緒に行動させた方がいいかもしれない。単独行動をさせて危険な目に遭わせる訳にはいかない。


「……千尋ちゃん、一つだけ約束してくれる?」

「付いて行っていいんですか!?」

「約束聞いてくれるならね」

「何です?」

「もし危なくなったら、私達の事は気にせずに逃げること。これだけ守って欲しいの」

「言っとくけど、私はあんたを助けないし、何なら見捨てるつもりだから」

「……はい。分かりました。文屋、覚悟は出来てます」

「ありがとう。じゃあ行こう」


 約束を了承してくれた千尋ちゃんを連れ、JSCCO本部へと向かう。街中ではそこら中で騒ぎが起きており、各地で火災や建造物の倒壊などが発生している。まさに阿鼻叫喚といった様相であり、『黄昏事件』以上の被害をもたらしている様に感じる。特に今回は超常存在に関わった人達だけでなく、一般市民やコトサマそのものまでもターゲットになっているのだ。無差別的でテロと言っても過言ではない行為であり、このまま放置していれば何が起こるか想像もつかない。

 ようやくJSCCO本部へと辿り着いた私達は玄関で炎上しているタンクローリーに道を阻まれてしまった。菖蒲ちゃんが巻き込まれたのではないかと嫌な予感がしてしまうが、一旦その想像を振り払い中へと入るための入り口を探す。


「賽、どうする? 悪いけど私ここは詳しくないよ」

「大丈夫。緊急事態だし窓を割って入れば……」


 私は記憶を頼りに少し回り込む様にして施設の横へと移動する。するといくつか並んでいる窓の内の一つが割られており、そこから侵入する事が可能になっていた。恐らくここの誰かが脱出するために割ったのだろう。ガラスが外側に飛び散っているという事はそういう事だ。


「ここから入れそう」

「ん、そうだね」

「あっ、待ってください。念のために一枚撮ってみます」


 そう言うと千尋ちゃんは施設内に向けてスマートフォンを向けて録画を開始する。数秒後記録出来た映像を確認した千尋ちゃんから「内部に誰かが居るのは確かだが、罠が仕掛けてある感じはしない」と告げられた。


「賽、一応私から先に入る」

「でも縁ちゃん……」

「四の五の言ってる場合じゃない。私なら、仮に死んでもまた復活出来る。だからお願い」


 何も反論出来なかった。私も千尋ちゃんも戦闘に使える能力ではない上に戦うこと自体が得意ではない。もし侵入した瞬間に襲われればそこで終わりだろう。この状況では多少の修羅場は潜った経験があり、戦うことに躊躇が無い縁ちゃんが適任だった。


「……分かったよ。でも無理だけはしないで」

「ん。ほら、手伝って」


 私は小学生の姿のまま時が止まってしまっている縁ちゃんを窓から入りやすい様に抱き上げた。そうして侵入した縁ちゃんは部屋の中を少しの間歩くと、何も罠が無い事を確認し私達にも入ってくるように合図を出した。

 内部は停電によって電気が消えてしまっており、急な騒動の影響でかそこら中に資料やら何やらが散らばっていた。この様子だとここに居た人達は全員避難しているのだろう。その中に菖蒲ちゃんが入っていればと思いたいが、彼女の性格的にこの事態を見過ごして避難をするタイプではないだろう。


「ねぇ、あの映像の場所は分かるの?」

「さ、流石に文屋もそこまでは……。でも風景的にここなのは間違いないと思います」

「……賽、何か感じる?」

「うーん……視界に入ってれば幽霊でも見えるんだけど、今のところこの部屋の中には居ないかな」

「ん。じゃあ部屋から出るよ。離れずに付いて来て」


 縁ちゃんはゆっくりとドアノブを回して扉を開けると、一度左右を確認してからこちらに手で合図を出した。それを受けて彼女の後ろに付いて行き薄暗くなってしまった廊下を進んでいく。すると前方の角から頭部に獣の耳らしきものを生やした人型のコトサマが飛び出してきた。彼女は出てきた方へと顔を向けると、恐怖に顔を歪めて必死に命乞いを始める。


「待って待って待って! 何でおいぬ様まで狙うのさ!? 萎える! そういうのマジ萎える的な!」

「あ、あのっ!」

「あ、そ、そこのお姉さん助けて! この人、狼様も消そうとしてる可能性が微粒子レベルで存在し――」


 一瞬だった。何が起こったのかまるで理解出来なかった。目の前に居たコトサマが喋っている最中に突然消失したのだ。霧散した訳でもなければ透明化したという訳でもない。本当に一瞬にしてまるで初めから存在していなかったかの如く魂ごと消滅したのである。


「えっ……」

「賽、まずい」

「こ、この感じあの写真の人じゃ!?」


 こつん、こつん、と、廊下の角から二人の少女が姿を現す。肩の当たりでぴっちりと長さが整えられた黒髪に綺麗な長い睫毛。いわゆる美人に分類される顔立ちをした二人がそこに居た。手前に立っている少女の方が幾分か幼い印象を受ける。後ろに居る少女は壁にもたれる様にして何とか立っており、息を切らしていた。


「……誰?」

「おーちゃん、待って……」

「名前を聞くならまずは自分からって習わなかった?」


 縁ちゃんの言葉を聞き、「おーちゃん」と呼ばれた少女はその瞳を不規則に動かし頭を抱える。


「名前……なら、う……何だっけ、なんだっけ、それ……だれかが、昔、言ってて……」

「違うおーちゃんっ……『そんな事は誰も言ってない』……!」

「そ、そっか。そうだよね。そんなこと、言われた事なんて無かったよね、ころちゃん」


 「ころちゃん」と呼ばれた少女の額にはいくつもの汗が見える。かなり体調が優れない様子だが、千尋ちゃんの映像を見た時の様におーちゃんを止めようとしているらしい。

 私はなるべく刺激しない様に穏やかな口調で語り掛ける。


「あの、ここ、危ないですよ? 早く避難しないと」

「あぶない……そう、危ないから、ここに来てって手紙で……」

「違う『手紙なんか来てない』!」

「そっか……『手紙は来てなかったっけ』……あれ、じゃあ何でわたしここに居るんだっけ……」


 何か様子がおかしい。私はてっきり真臥禧さんの仲間だと思っていたが、この様子を見るに彼女自身この状況を理解していない様に思える。もしかすると彼女達は真臥禧さんに利用されているだけなのではないだろうか。


「りょ、旅行……『旅行で来た』んでしょ?」

「あ、そっかぁ……旅行で来たんだったね。でも……でも何か火事? 爆発? みたいなのが起きて……」

「外のタンクローリーのやつじゃないの」

「違うタンクローリーなんか無い! あれは……ぱ、パレード! 『パレードがあった』の今日は!」

「そうだった、パレードがあったんだ。あれ……だけど音、聞こえない。どうしてここに居るんだっけ……さっきも誰か居たような……耳……ワンちゃんみたいな……」


 何となく読めてきた。どうやらおーちゃんの方は自分の能力を無意識に使っているらしい。彼女自身の意思で消している訳ではなく、コントロールが出来ずに無意識に使用しているのだ。その一方でころちゃんの方は彼女が現在の状況の矛盾に気がつかない様に認識を弄ろうとしている。


「そ、そうなんですよパレード! 今日はパレードの日なんです!」

「賽……?」

「ねっ縁ちゃん? パレードだよね!」

「……ん、そうだったね。すっかり忘れてた。パレードだったよ」

「え、あのお二人共何仰ってるんですか? 文屋達はその人達を――」


 縁ちゃんが千尋ちゃんの頬をつねる。


「パレード」

「え、ですから――」

「パレーード」

「あの、黄泉川さ――」

「次は、無いけど?」

「……パレードでしゅ」


 私達の下手な演技で騙せるだろうかと笑顔の裏で不安に思っていると、おーちゃんはパッと笑顔を見せた。


「ほんとだパレードだ! ころちゃん見て見て! あそこにワンちゃんの耳着けてる人が居る!」

「そう、だね。パレード……だからね」


 彼女が指差した方には先程消された「狼」と名乗っていた彼女の姿があった。自分の身に何が起こったのか理解出来ず戸惑っている様子であり、おーちゃんの姿を見るなり大慌てで逃げ出していった。


「あっ待ってよワンちゃーーん!」

「おーちゃん……」

「どうしたのころちゃん? そういえばさっきから具合悪そう! 大丈夫!?」

「うん……うんわたしは平気。それより、あの人忙しいみたいだから、『この人達に案内してもらおうよ。出店とか、いっぱいあるみたいだからさ』」

「……ほんとだ! いい匂いする! えっと、今日は、よろしくお願いしまーす!!」

「あ、はーい。それじゃあ~縁ちゃんが先頭だ~付いて行ってみよ~」

「え、私?」


 困惑している様子の縁ちゃんに必死に視線を送る。


「あ、あー……えー、東京パレードの旅に出発だー、おー」

「おーー!!」


 おーちゃんが縁ちゃんの方へと行ったのを確認し、私はころちゃんの方へと近寄り耳打ちする。


「大丈夫ですか……?」

「……何とか」

「何があったんですか? あの子は、妹さんですか?」

「……お願いだから何も聞かないで。名前も、ここに居る理由もね」

「脅されてるんです……?」

「違う……絶対に言えないだけ。あの子には真実を見せちゃいけない……」

「お二人は一体……」

「サエ、とか言ったっけ?」

「はい」

「これだけは守って。あの子に、真実を見せてはいけない。事件のことも当然話さないで。今日はパレード。それだけは守って」

「……分かりました」


 彼女らが何者で何故ここに来たのかを知りたかったが、ころちゃんの鬼気迫る様子から只事ではないと悟り、私はあくまでパレードのスタッフというていを貫く事にした。何故だかは分からないが、これを守らないと何もかも全てが消えてしまいそうな嫌な予感がしていたから。

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