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特異事例調査員 日奉菖蒲の調査ファイル  作者: 龍々
Final case:大禍
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第85話:禍る世界 百side

 菖蒲ちゃんと別れた後、私は避難誘導を行っていた別動隊に所長を任せ、かつて菖蒲ちゃんと対峙したという日奉千草の所へと向かった。要注意人物ではあるものの、決して見殺しにしていい理由にはならない。だから彼女にも避難をしてもらおうと向かったのだ。

 結果、私は千草の説得に失敗した。いつの間にか私は放心状態になっていたらしく、気がついた時には千草の姿が消え、目の前には彼女と共に暮らしているという葦舟簸子あしふねひるこちゃんの姿だけがあった。まんまと術中に嵌められてしまったのだ。


「お姉さん、大丈夫?」

「えっ、あ、うん。千草さんは……」

「分からん……ウチも気ぃついたらお姉さんがらんようになっとった……」


 やはり何らかの方法で彼女の持つ能力を発動させ、私と簸子ちゃんの認識から脱したのだろう。


「……えっとね簸子ちゃん。とにかくこのままじゃ危ないから、お姉ちゃんと一緒に来てくれるかな?」

「う、うん。ええけど、お姉さん探さんと……」

「お姉ちゃんが探すから、まず簸子ちゃんは避難しようねぇ?」

「……うん。よう分からんけど、大変な事になっとるみたいじゃし、そうする。えっと……」

「日奉百。呼びやすい呼び方でいいよ?」

「分かった。ほいじゃあ行こ、モモお姉さん」


 何かを察したのか簸子ちゃんはあまりあれこれと聞いたり駄々をこねたりはしなかった。幼い印象を受ける彼女だが、実際はかなりしっかりとした子なのかもしれない。

 簸子ちゃんの手を引いてアパートから離れた私は急いで避難誘導を行っている別動隊の所へと急ぐ。この現象を起こしている真臥禧の目的が復讐なのだとしても、これまでの事例からあまり広範囲に現象を発生させる事は出来ない筈だ。ひとまず市民だけでも東京から脱出させられれば、被害は最小限に留められるかもしれない。少なくとも電波が完全に届かなくなった時から発生している漆黒の巨大な時空間異常による被害は、それで抑えられる筈だ。


「簸子ちゃん、お姉ちゃんから絶対離れちゃダメだよ?」

「うん。モモお姉さんも気ぃ付けて。何かあっちん方から変な感じする……」


 そう言って彼女が指差したのはJSCCOが管理している拘置所の方角だった。特殊な結界術などによって犯罪を犯したコトサマを拘束し収容するための施設であり、今のこの超常社会になってから既に百体以上ものコトサマや超能力者が収容された。基本的には収容期間が過ぎれば解放されるが、あまりにも危険と判断された場合は例外が無い限りは収容が続くという体制である。


「変な感じ?」

「ぞわぞわーってする……何か、動きよる感じ……」


 簸子ちゃんに何か特殊な異常性があるというのは聞いた覚えが無い。強いて一つ上げるのであれば右目の色素が薄くなっており、機能していないという部分だろうか。しかしそれはあくまで先天性の障害であり、何か特殊な力が宿っているという訳ではないのだ。そんな彼女が何かを感じ取っていて私には何も感じられないという事は、もしかすると彼女はそういったものの動きを無意識に探知しているのかもしれない。


「……分かった。ありがとう簸子ちゃん。じゃあ後でお姉ちゃんそっちの方確認してみるね?」

「うん……でも、動きよるけぇ、早うした方がええかも……」


 彼女にそう言われた私は少し駆け足で別動隊の所へと向かった。しかし、私が到着した時には既に遅かった。

 道路にはJSCCOの隊員達や逃げ遅れたらしい市民の遺体がそこら中に転がっていたのだ。いや、それだけではない。かつて拘置所で見た覚えのあるコトサマ達の内の何体かも命を失って倒れていたのだ。そんな惨状の中、一際目を引く存在があった。


「モモお姉さん、あれ……」

「簸子ちゃん、後ろに隠れて」


 それは人型だった。全身から眩い白い光を放つそれは、かつて『八尺様』と呼ばれていたコトサマの腹部を貪るかのような動きをしていた。どうやらそれは拘置所から脱走した八尺様やその他のコトサマを、ここに居た人間ごと襲って食らっているらしい。だが奇妙な事にどの遺体にも捕食によって付くであろう外傷が確認出来ず、あっても裂傷や打撲痕などであった。


「簸子ちゃん、危ないからあっちの陰に隠れててくれるかな?」

「じゃけど……」

「お願い」

「うん……」


 近くで横転している輸送車の裏に簸子ちゃんを隠れさせると、一度深呼吸をしてから問い掛ける。


「何をしてるんですか!」

「……」

「現在は非常事態宣言が発令されています! この状況下で違反行為を行っている場合、この事件の関係者として確保され――」


 そこまで言った瞬間、私の懐に一瞬でその白い何かが入り込んできた。それはやはり人型であり、こちらが反撃を行う前に襟元を掴むと近くの壁へと放り投げた。これによって私は激しく壁に叩きつけられ、その影響で視界が霞み呼吸が出来なくなった。


「……っ!?」

「おまえら……あなた、たち……きみたち……てめぇ、ら……」


 全身を発光させているそれは男とも女とも言えない声質をしていた。喋り方は人間である筈なのに、どこか不自然さを感じる奇妙な人間だった。

 目を閉じ少しずつ呼吸のリズムを戻しながら一分前の景色を脳内に思い浮かべる。そして頭の中でピタリと鍵が合う様な感覚があった瞬間、私の目の前には一分前の景色が広がっていた。つまり簸子ちゃんが隠れ、白い人間がこちらに襲い掛かってくる前の景色だ。


「……いま、もどった」


 白いそれはすぐさま私の能力を見破った。私の能力は『時間遡行』だ。脳内に一分前の景色を思い浮かべる事によって、一分だけ過去に遡れる。基本的に自分以外の人間の行動は決定づけられており、何度巻き戻しても同じ行動をするようになっている。そこに干渉する事によって未来を変えるのがこの能力の本質だ。あるいは事象の先延ばしか――。


「貴方にお聞きしたい事があります。お名前をよろしいですか?」


 こちらに背を向けていたそれはゆっくりと立ち上がり、こちらに全身を向ける。

 その顔を見た瞬間、何者なのか察しがついた。彼女は以前公園で発生した殺人事件の容疑者として逮捕された『セン』という現人神だった。全身が白く見えているのは発光しているからだけではない。髪も皮膚も色素異常によって、まるでアルビノの様に白くなっているのだ。


「おまえ、あなた、おなじ?」

「……センさんですね? 何が同じなんです?」

「おじい、ころした、あいつ。てれび、あいつ。おまえも?」


 テレビというのは恐らく真臥禧がジャックして放送していたというあの放送の事を言っているのだろう。本来拘置所で収容されている筈の彼女が今ここに居るという事は、恐らく何らかの要因で脱走し、どこかであの放送を見ていたという事になる。


「私は日奉百。この状況を収束させるために動いてるんです。助けるために動く事はあっても、誰かを傷つけるために動いたりはしません」

「これ、なに? ひまつり、もも。おじい、ころしたって。かいてる」


 センは懐から取り出した紙切れをこちらに見せる。恐らく真臥禧がセンを都合よく操るために用意したものなのだろう。センは現人神であり、良くも悪くも純粋な性格をしている。しかしそれ故に一度こうと決めると何の躊躇も無く行動する事が確認されている。あの殺人事件も相手に過失があったとはいえ、センは容赦なく殺害し、その魂を捕食する事で隠蔽を計ったのだ。


「こいつも、うそいった。だから、しなせた。こっちも、うそ。しなせた。あれも、うそいった。だからしなせた。おまえも、うそ、いってる」

「おじい……確かサンボウさんでしたよね? 貴方の保護者の方が何者かに殺害され、その復讐のために動いている。そういう事ですか?」

「わるいやつ、しなす。おじい、いってた。きずつけちゃ、だめ。でも、ばつ、うけるべき」


 もしかすると真臥禧が紙切れに書いているのは私の名前だけではないのかもしれない。JSCCOに所属している人物、コトサマ、一部の市民、自分の邪魔になりそうな者をセンを利用して消そうとしているのではないだろうか。


「センさん、一度深呼吸を――」

「おまえ、しなす」


 センが動いたのを感じた私は体の位置を逸らし、足元を払う様にして自らの足を動かす。するとこちらに突っ込んできていたセンはバランスを崩し、そのまま近くの建物へと衝突した。相当なパワーと速度で動いていたらしく、ぶつかった部分には大きな穴が空いており、センはその中から再び姿を現した。


「話し合いましょう。センさん、貴方は、利用、されてます」

「わるいやつ、しなす」


 説得を試みようと考えたが無駄だった。強い殺意に支配されているセンはこちらの言葉を聞き入れる様子を全く見せなかった。

 周囲の景色をしっかりと目に焼き付けながら静かに息を整える。今の私に出来るのは彼女をここで足止めする事だ。自分一人では彼女を抑え込むはどう考えても非現実的だ。だが時間を稼ぐのであれば私の得意分野なのだ。


「……センさん。これ以上、誰も貴方に殺させません。この命に代えても」



 どれほどの時間が経ったのだろうか。何度も何度も能力を行使し続けているせいで、時間間隔が少し麻痺してきている。

 あれから私は何度も重傷を負いながら時間を巻き戻し、センがどういったパターンの行動をしてくるのかを見切って回避し続けていた。前の時間軸で相手がした行為は必ず次の時間でも行われる。そこに私が干渉しない限り、運命はそこで決定される。ならば攻撃を回避出来る動きのパターンを見つけ出し、失敗するたびに巻き戻していれば、理論上は永遠に回避し続ける事が可能となる。実際、既にこの時間軸でのセンの攻撃は百回を超えており、その動きも少しずつ鈍り始めているのだ。


「……センさん。話を聞く気になりましたか?」

「しな、す……」


 喉元を狙った正確な手刀を回避し、足を引っかけてよろめかせる。既に一度食らって喉の肉を抉り飛ばされているため、動きは全て分かっているのだ。最低でも、この後の約五十回分の攻撃は全て覚えている。


「~~~~!!」


 センが近くにあったビルに当たり散らす様にして拳を叩きつける。もちろんそれも覚えている。降り注いでくる瓦礫を避け損ねて足を潰されたから当然だ。

 瓦礫の落下しないポイントに立ち、無駄だと分かっていても語り掛ける。前の時間軸もそうしたから。


「もうやめましょう。犯人は必ず私達で捕まえます。だから――」

「しなす!!」


 センが投げつけてきた瓦礫を体を逸らして回避する。そして背後から爆発音が聞こえる直前、再度体を逸らす。どこを狙って飛ばし、爆発でどの破片がどう飛んでくるのかも全て理解している。


「サンボウさんを殺害したのは、殺月真臥禧の可能性が高いんです」

「……」

「……?」


 おかしい。前の時間軸であればこの後すぐに次の攻撃を仕掛けてきた。しかし何故かセンはその場で体を震わせ、キョロキョロと周囲を見渡している。


「センさん……?」

「まがれ、おじい、しなせた……」

「まだ疑惑の段階ですが、首謀者である以上可能性は極めて高いです。私は敵じゃありません。落ち着いて、冷静になってください」


 ひとまずこの場を収めようと説得を試みる。


「いいですか? 今のままでは、思う壺なんです。思う壺……利用されてる、という意味です」

「ちがう、ひと……しなせた……?」

「それについては、後です。いいですか? 確かなのは、貴方の敵は、私じゃないですし、JSCCOでもない。そういう事なんです」

「せんは……わ、たしは……」


 センはその場に身を屈め、落ちている瓦礫の破片を握る。これは私の記憶には無い行動パターンだった。それを投げるにしてもどういう軌道で投げてくるのかがまるで予想出来ない。


「うそ、ついた……」

「センさん待ってください!」

「しな――」

「お姉さんっ!!」


 私の体は咄嗟に輸送車の方向へと動いていた。私を呼ぶ簸子ちゃんの声を聞き、本能的に彼女を守らなければならないと感じたのかもしれない。センがあの子を攻撃しない可能性は決してゼロではないのだから。しかし、何もかも予想外の事が起こった。

 先程センが突っ込んで穴を開けたビルが突如として倒壊し、そのままセンを下敷きにしてしまったのだ。私は簸子ちゃんを庇おうと輸送車の裏に飛び込んだため無事だったが、もし一瞬でも遅れていれば私も下敷きになっていただろう。そうなればもうそこでお終いだった。私の『時間遡行』は私の意識によって初めて発動する。即死するような攻撃には対応出来ないのだ。


「あ……簸子ちゃん、大丈夫!?」

「ウチは平気……」

「ありがとう……簸子ちゃんが声掛けてくれなかったらお姉ちゃん下敷きになってたよぉ……」

「う、うん。何か、変な感じして……ウチ、凄い嫌なん感じたんよ」


 倒壊したビルを見てみるもセンが這い出して来る様子は無い。いくら現人神といえども、体そのものは人間だ。不意打ちで自身の力を発動させる前に潰されればひとたまりもない。

 恐らくだが真臥禧がやったのだろう。彼女にとっては全てが自分にとっての道具となる筈だ。センを利用出来ると考えたから、彼女の保護者を殺害して焚きつけた。だが恐らく先程の反応を見るに、センの意識は真臥禧に向いていた。殺すべき敵として認識したのだろう。このビルの倒壊はセンの殺意に反応した真臥禧の厄災なのかもしれない。


「恨めばそれが厄になる……」

「も、モモお姉さん?」

「あ、ごめんね簸子ちゃん。怖かったね。ほら、お姉ちゃんと一緒に来て。ここから離れないと……」

「じゃけど、お姉さん……千草お姉さんがまだ……」

「ごめんね簸子ちゃん。気持ちは分かるけど、今は簸子ちゃんの安全が優先。東京の外まで送ったら、絶対にお姉ちゃんが千草さんのこと探すから。だから、今は言う事聞いてくれるかなぁ?」

「…………うん。分かった。お姉さんは強い人じゃもん! 絶対大丈夫よね!」

「うん。ほら行こう」


 再び簸子ちゃんと手を繋ぎ、急いでその場から離れる。本来であれば私も真臥禧を止める事を優先しなければならない。だが目の前の幼い子を放って調査に向かうというのは、私の中の人道に反する。きっと菖蒲ちゃんでも同じ事をするだろう。

 正直、真臥禧に勝てるイメージが全く湧かないというのもある。もし彼女が言っていた事が本当なのだとすれば、彼女に対して敵意や殺意を向ける程に厄災の力は強くなっていく事になる。彼女はそれをあえてテレビで放送し、あえて広めたのだ。それを見ている全員に恨んでもらうために。そしてその結果がこれだ。これ以上厄災が進めば、何が起こるのか誰にも想像が出来ない。あの『ポータル』の磁場異常によって発生した時空間異常も、今は勢力が弱まっているがいつ再開するか分からないのだ。


「お願い……どうか、無事で……」


 愛する家族に想いを馳せながら、被災真っ只中の街中を駆けていった。

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