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特異事例調査員 日奉菖蒲の調査ファイル  作者: 龍々
Final case:大禍
83/91

第83話:禍る世界 透・雌黄side

『この放送は、皆さんに罪を思い出して頂くためのものです。み、見て見ぬフリをして隠したり、理不尽な差別をしたり、いつまでも悪い事をする方々に思い出して頂くためです』


 スマートフォンに映る映像を再度確認する。これは今事件を起こしている殺月真臥禧という人物がテレビの撮影スタジオを不法占拠して行ったという放送だ。雌黄ちゃんによって記録されたそれは私が頼むまでもなくスマートフォンの中に入っていた。


とおる、ボク達もそろそろ動きましょうアレがテレビ局に居座ってる内がチャンスです」

「な、何をすればいいのかな?」

「君にしか出来ない事ですよ」


 私にしか出来ない事、それは『誰にも認識されない』というものだ。かつて起こった『黄昏事件』の首謀者だった如月慚愧によって私は『誰からも認識されない能力』を手に入れていた。私がどれだけ物を動かそうと音を立てようと、人々はそれが最初からそうであったかの様に認識してしまう。この能力は人間の脳に作用する事で認識を狂わせるものらしく、共に遠野地区においぬの調査に行った菖蒲ちゃんや命ちゃんも例外無く私を認識出来なかった。きっと彼女達の脳には、雌黄ちゃんが映っているスマートフォンが空中に浮かんでいるのが当たり前の事だとして認識されていただろう。


「私にしか出来ない事……あの人を止めるんだね?」

「ええ、透の能力であれば気づかれる事なく近寄れるでしょう、そうすれば後は絞め堕とすなり後ろから殴るなりして止めればいいんです」

「あ、あんまりそういう事はしたくないんだけどなぁ……」

「ボクの経験則からするとあの手の人間は説得が通用する相手ではありません、ああいう相手には最後の手段として暴力に訴えるしかありません」

「あくまで最終手段ね……」


 目の前に建っている大きな建物を見上げる。周囲では様々な事故が多発して騒動が起こっているというのに、ここだけが何かに守られているかの様に綺麗な形を保っていた。もしかすると殺月真臥禧は自分が居る場所にだけは何も起こらない様に出来るのかもしれない。

 正面玄関から建物の中へと入り、案内板で撮影スタジオがどこにあるのかを確認する。どうやらここの施設の中にいくつかあり、殺月真臥禧がその内のどこかで撮影しているらしい。


「雌黄ちゃん、いっぱいあるけどどこでやってるとか分かる?」

「情けない話ですが分かりません。電波に乗せて放送している筈なのにボクの検索網に引っ掛からないんです」

「ね、ねぇもしかしてそれって……」

「透もそう思いますか」


 雌黄ちゃんの前ではあらゆる電子情報が逃げられない。どれだけ堅牢なロックが掛けてあってもいとも容易くそれを手に入れてしまうのだ。街中にある監視カメラ映像も政府が保存してる機密情報も、ありとあらゆる電子情報が即座にアンロックされてしまうのだ。そんな彼女の能力に引っ掛からないとなると、アレしか思い浮かばない。


「霊素通信……」

「狼の前例があるので有り得ないとは言い切れませんね、何らかの手法で遠野地区の霊素拡散通信塔へアクセスしてこちら側で放送しているのでしょう」

「可能なのかな?」

「現に狼が向こうからこちらに広告を出していたでしょう、あれが可能ならこちらの電波を霊素へと変換して再送信させる事も可能だと思います。ほら透、探しましょう。ボク一人では動けないんですから」

「う、うん」


 雌黄ちゃんの言う通り、彼女はデータによって構成されている情報生命体であるため一人では基本的に動けない。いつもであれば電波などに乗って他の電子機器にワープする事も可能なのだが、殺月真臥禧が霊素通信を利用して電波ジャックを行っている可能性が浮上した以上、迂闊に他の機器に転移出来ない状態になっているのだ。

 私は大急ぎで階段を上り、スタジオを一つ一つ確認していく。いつも私達が見ている番組がこういった場所で作られているというのを知れるのは本来なら嬉しいが、とても今はそんな事を言っている場合ではなかった。


「雌黄、少し待ってください」

「どうしたの?」

「……また放送が始まりました」


 スマートフォンの画面に現在放送されているという映像が映る。そこにはいつも私がテレビで見ている有名な芸能人の男性が椅子に縛り付けられている姿があった。足元には水溜まりが出来ており、更にそこには断線しているケーブルが敷かれていた。


「あっ……!」

「……やはりこちらからアクセス出来ませんね」

「し、雌黄ちゃん! 何とかブレーカーを落としたりとかは!」

「無理です、ボクが転移出来るのは電波が発生している機器だけですよ。あの手の照明には電波が飛んでませんから」


 男性は口元にタオルが噛ませてあり、声を出そうにも出せない状態にされていた。そんな状況を映している映像の端から殺月真臥禧の顔が映り込む。


『み、皆さん見えてますよね? 見て見ぬフリしちゃダメですよ……この人は今から、罰を受けるんです……』

「透」

「うん!」


 まだ確認していない残りのスタジオへと駆け出す。


『この人……前に超常能力を持ってる人達の事を差別、してましたよね?』


 事実、その人はそういった発言をしたりはした。だが言葉の綾というものであってすぐに謝罪をしていた。炎上もして叩かれた。十分報いは受けていた。


『どんな、気持ちだったんですか……? 萌葱さんを酷く言うのって……どんな気持ち、なんですか?」

『……! ……ーっ!!』

『そ、そうです。そうやってみんな口を噤んでたんですよ。あの人が救おうとしたものは、都合が悪いから』

「し、雌黄ちゃん、この人が言ってるのって……!」

「ええ、かつて日奉一族の一人として活動していた日奉萌葱の事です、彼女の死ぬ直前の行動には不審な点ばかりでした」

「都合が悪い事って何なの……」


 殺月真臥禧の姿がカメラの方へと寄り、何かを探す様なガチャガチャとした音が聞こえる。


『社会が変わるには、ぎ、犠牲が必要です。萌葱さんの妹さんも……そうなった。なりたくなかった筈なのに、そうなったんです』


 階段を上りながらスマートフォンへ視線を向けると、男性の方へと戻っていく殺月真臥禧の胸元には照明を動かすための装置らしき物が抱えられていた。


『鵺を封印するために、浅葱あさぎさんは生贄にされたんです。み、皆さん、どう思います? かつて日奉一族は! 超常存在を封印するために子供を生贄にしたんです』

『俺には関係無いだろ!?』


 タオルによる猿ぐつわが外されたのか、男性の声が聞こえる。


「透急いでください」

「し、雌黄ちゃん! ブレーカー落とした方がいいんじゃ……!」

「この位置からでは間に合いません、ここまで上ってきた以上は現場に突入する他ありません」

『貴方はあの人を侮辱した』

『謝っただろ!?』

『そ、そうですね、確かにそうです……。でも、でもでもでも! 心のどこかに差別意識があったから、あんな事言ったんじゃないですか……?』


 ついに最後のスタジオがある階へと辿り着いた。もしここに居なければ他のスタジオに居る可能性が高いが、そうなってしまえばもうあの人は助けられなくなってしまう。

 どうかここでありますようにと願いながら開けると、そこにはスマートフォンの画面に映っているのと同じ光景が広がっていた。


「……あ、ああ。日奉雌黄……でしたっけ」

「覚えていてくれて光栄ですよところですぐにその人を解放して大人しく投降してください」

「…………誰も、あの人達を救おうとしなかった」

「さっきから放送を聞いてましたよ、萌葱さんには妹さんが居たそうですね」

「や、やっぱり……やっぱりだ。貴方も知らなかったんだ……」


 私はそっと雌黄ちゃんが映っているスマートフォンを床に置くと、そのまま殺月真臥禧の背後へと回り込む様にして移動する。やはり私の能力は彼女に対しても有効らしく、目の前で不自然な動きをしたにも関わらず、殺月真臥禧はスマートフォンが床に置かれている状況に違和感一つ覚えていなかった。


「ボクの方で少し調べてみましたが萌葱さんは元々本家筋の方だったみたいですね。妹さんが生贄にされたというのは本家筋の意向でしょう」

「本家の考えには、ぶ、分家の人達は、口を出さないんですね」

「そもそもボク達分家筋は本家から枝分かれした分派組織です。コトサマを殺すのではなく、封印したり共存したりする方針で」

「だから……だから自分達には関係無い……?」


 雌黄ちゃんの方に意識が向いている殺月真臥禧の手元から照明用の装置をそっと抜き取る。やはり彼女相手でも私が物を動かしたり触ったりしても脳に認識の改変が発生して気づかれない様だ。


「貴方の言い分は理解出来ますがだからといって他人を巻き込んでいい理由にはなりません」

「……浅葱さんを生贄にしていい理由にはならなかった。それを見て見ぬフリしていい理由にはならなかった」

「そうですね、貴方も同類になる気ですか?」


 殺月真臥禧は少し沈黙した後、ぼそりと呟いた。


「ごめんね萌葱さん……やっぱりあたし許せないよ……」

「投降する気になりました?」


 雌黄ちゃんの言葉を無視する様に殺月真臥禧はコートの外ポケットに右手を突っ込むと、一瞬怯んだかの様に体を震わせた。


「何してるんです?」

「お、終わらせるんです」


 ポケットから抜かれた右手にはスマートフォンが握られており、その手はプルプルと痙攣していた。やはり説得は不可能であり最後の手段に出るしかないと感じた私は、彼女が次の行動に出る前に後ろから首を絞める様にして飛び掛かった。

 するとその手からスマートフォンが落下し水溜まりに接触した瞬間、凄まじい音と共に目の前で閃光がほとばしった。直視してしまったせいで視界がぼやけたが、床の上には椅子ごと倒れた男性の姿があった。


「ピリピリ……してたんです。あたしの心に反応して、スマホも故障しちゃったみたいです……」

「漏電、していたと?」

「ほ、本当に今気づいたんですよ? でも良かったです……照明のスイッチが見つからなくて困ってたので、ちゃんと代わりがあって……」


 殺月真臥禧は首を絞められている事もあって苦しそうに喋っていた。非力な私ではもう少し掛かるだろうかと考えていたその時、今の感電死が引き金になったのか新たな災厄が振りかかった。建物全体が揺れ始めたのである。以前受けていた報告が事実なのであれば、あの時の地震と同じ様に彼女が起こしたものなのだろう。


「すぐにこれを止めてください」

「む、無駄ですよ……厄災はこの世の条理なんです。一度起こってしまえば、もうあたしの管轄外ですから……。そ、そして……厄は新たな厄を呼ぶんです。だって、皆あたしを恨んでるでしょう……?」

「……なるほどそういう事ですかそれが狙いだったんですね」

「恨みは厄になって……厄は寄せ集まってわざわいになる……。そうしてそれは、厄災へと姿を変えるんです……」


 そう言うと殺月真臥禧はふらっとバランスを崩すと、そのまま床の上へと倒れ込んだ。そして背中に組み付いていた私は、それに巻き込まれてしまった。スマートフォンが落下した水溜まりに接触するかの様に。


「ぁっ!!?」

「透っ!!」

「……誰ですか? 誰か居るんです……?」


 幸か不幸か先程の漏電で電気がある程度発散されていたのか、命だけは助かった。しかし全身が感電によって痺れており、声を出す事すら出来なくなっていた。

 そんな私の目の前で殺月真臥禧は地震に揺られながらフラフラと立ち上がり、スタジオ内にあるカメラの方へと歩き始めた。


「……自分が何をしているのか分かってるんですか」

「分かってないのは、あ、貴方達です。知らなかったでは済まされない。萌葱さんと浅葱さんの真実を隠蔽し、それだけならまだしも! ……社会は何も変わらなかった」


 殺月真臥禧はカメラを男性の遺体の方へと向けると、何やら操作する。


「み、み、見えますか皆さん? これが、罰です。あたしは貴方達を許しません。この社会を、この世界を、この宇宙を許しません。今度は、貴方達の番です」


 何とか立ち上がろうとするものの地震の揺れと麻痺によって這う事すら出来ない。彼女の言っていた事が本当なのだとすれば、今の彼女は自分自身にヘイトを集めようとしている。そうして集まった怒りや憎悪は彼女が言うところの「厄」になり、それはやがて厄災になる。彼女の目的は復讐だけではない。この世界そのものの破壊だ。それも自分自身すら道具にする捨て身の作戦だ。そうでなければこんな危険に晒される様な真似をする筈がない。


「全員……殺します」

「透! 聞こえますか透!!」

「さ、さっきから本当に誰を呼んでるんです……? 別に誰でもいいですけど……」

「透お願いです動いて! こいつをすぐに止めなければ!」

「こいつ……?」


 殺月真臥禧は床に置かれたままになっているスマートフォンを見下ろす。


「驚きました。貴方も人の事を、『こいつ』って呼ぶ事があるんですね」

「何を……!」

「恨んでるんですか……?」

「は……?」

「データの集合体なのに感情があるんですね」

「あ、当たり前ですボクを誰だと思ってるんですかあらゆるAIよりもずっと賢いんです、感情くらいあります……!」

「……面白い、ですね。も、もっと冷徹な人なのかと思ってました。それが……貴方の本当の性格、なんですね」


 突如凄まじい音と共にスタジオの壁が破壊され、外の景色が丸見えになった。見てみると空に壁だった部分が吸い込まれる様に飛んでいる。まるで強力な重力でも発生したかの様な現象だった。


「……時は近づいてます。もうすぐ……もうすぐで全てが終わる」

「何……何をしたんで……す……」

「分かってるんじゃないですか? そ、聡明な貴方なら……」

「データが……電波、が……」

「『ポータル』が生まれたのは……磁場の乱れのせい、ですよね? 固定化されてるから便利なだけ……。じゃ、じゃあもし、その乱れが更に大きくなればどうなるでしょう?」

「あな、たは……」

「……さようなら偽物さん。知ってるんですよ。貴方は偽物で、本物は病院に居るんですよね」


 そう言うと殺月真臥禧は私達を置いてスタジオを後にした。すると、まるでそれを合図にしたかの様に体の自由が利き始め、何とか立ち上がる事が出来た。

 地震の揺れに引っ張られない様に雌黄ちゃんの下へと駆け寄る。


「雌黄ちゃん! 雌黄ちゃん大丈夫!?」

「ぁ……透……」

「私、私に出来る事は……!?」

「ダメ、です……磁場が乱れてます。この携帯のバッテリーが切れたら、ボクもおしまいですね……」

「やだ、待ってダメだよ!」

「透……いいですか、よく聞いてください」

「な、何……?」

「君も知ってるとは思いますが病院にボクの本体が居ます。あっちのボクを、頼みます。透にしか頼めないんです……もう、他の皆さんには電波が、届かなくて……」


 殺月真臥禧がここでの事件を起こしたのはこれも目的だったのかもしれない。雌黄ちゃんが連絡係として機能しなくなってしまえば、皆が分断されてしまう。電波を利用して距離という概念を超えられる雌黄ちゃんが動けなくなれば、一人一人狙う事も可能になってしまう。


「……わ、分かったよ。私が何とかする」

「すみません頼みますね……それと悪いんですけど、電源切っておいてください。バッテリーが切れたらボクも……」

「そ、そうだね」

「では透、この事件が解決して平和になったらまたお話しましょう。君とはもっともっと……一緒がいいんです」

「私もだよ、雌黄ちゃん……」


 バッテリーの消耗を抑えるために電源を落とす。

 誰からも認識されなくなって独りぼっちになっていた私を見つけてくれたのは雌黄ちゃんだった。脳を持たない彼女だけが私を見つけてくれた。何をやってもダメな私を見捨てずに仲間にしてくれた。だから今度は私が助ける番なのだ。日奉一族の一人、『日奉透』として。


「私に、任せて」


 大切な友が眠るスマートフォンをポケットに収めると、私は急いでもう一人の雌黄ちゃんが居る東雲病院へと向かった。

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