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特異事例調査員 日奉菖蒲の調査ファイル  作者: 龍々
Final case:大禍
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第82話:禍る世界 翠side

 『渋谷超常抗争事件』以降、普段暮らしている夜ノ見町へと戻って来ていた私とみやちゃんは毎日の様に街の監視を行っていた。かつて『怪異』と呼ばれていた存在達は今では『コトサマ』へと名前を変え、一部は街での生活圏すらも与えられている。それに反対している者達も居たが、私としては悪い流れではなかった。お互いに仲良く暮らせるのであれば、それに越した事は無いからだ。

 しかし権利が与えられたところで超常存在による事件は減るどころか増加した。これまで水面下で誰にも気づかれずに起きていた事件が浮上してきたのだ。そしてやはり、コトサマの社会進出を良く思わない人々も確かに存在していた。


「うん……分かったあかねぇ。みやちゃんにも伝えておくね」

「ええ、雅にもお願いしますねみどり


 日奉一族当主であるあか姉から指令を受け取った私が電話を切り、居間に居るみやちゃんの所へと向かう。足を悪くしている彼女は畳の上に座り、自身で作成した学習AIである『てんとう』を使って街で事件が起こっていないかを調査していた。


「みやちゃん、あか姉から電話来たよ」

「姉さんから? 何があったンだ」

「殺月真臥禧さんが仕掛けてきたかもって……」


 以前、あか姉やJSCCOから連絡が来ていた。殺月真臥禧という人物が調査員や関係者に攻撃を行ってきていると。あの『渋谷超常抗争事件』の際に倒れてきたビルも、彼女が起こした現象の可能性が高いとされている。しかし私は直接その人物を見た事が無いため、どんな見た目でどうやって行ったのかまでは推測する他無かった。


「確か日奉萌葱の関係者だったよな?」

「う、うん。萌葱ちゃんには会ったこと無いけど、呪物とかを作った人を特定したり追跡するのが主な仕事だったって聞いた事あるよ」

「アタシは姉さんのとこに居た時に一緒に暮らしてた事がある。凄ェ大人しい奴だった」


 かつて日奉一族は超常的な力を持った孤児達によって構成されている一族だった。私もみやちゃんも超常的な事件によって親を亡くした仲であり、同じ姓を与えられて姉妹として暮らしているが血の繋がりは無い。なのであか姉の所に居た際に会った事があるというのはおかしな話ではない。


「私は会ったこと無いかも……」

「翠が来た時にはもう一人暮らし始めてたからなアイツは。とにかく誰かと一緒に居るのが嫌ってタイプだった」

「亡くなっちゃったのも、あの事件の時に一人で動いてたからなのかな……」

「……」


 みやちゃんは畳の上で足を引き摺りながら移動すると壁を支えに立ち上がり、本棚から一冊のファイルを引っ張り出してきた。それは彼女の手によってまとめられたコトサマ絡みの事件ファイルであり、その中には萌葱ちゃんに関する事件も記録されていた。


「あった、これだ」 

亜実つぐみ地区……百ちゃんやしーちゃんが管理を任されてた所だったよね」

「ああ。鵺が封印されてた場所で、ダム近くの林から水死体になって発見された」


 資料によると萌葱ちゃんは『黄昏事件』の数日前から連絡が取れなくなっており、ネットワークに干渉出来るしおちゃんですら追跡出来なかったらしい。そんな彼女の遺体が発見されたのは事件発生当日であり、現地に駆けつけた百ちゃんによってその姿が確認されたそうだ。


「遺体は腐敗ガスによって一部膨張……水中マスクや足ヒレを着けてたのが確認された」

「やっぱり萌葱ちゃん、一人で鵺を何とかしようとしてたのかな……」

「どうだろうな。アイツが持ってたのは『物の記憶を読み取る能力』だった。あの力で鵺をどうこう出来るとは思えねェが……」

「で、でも、じゃないとこんな恰好しないと思うけど……」

「真臥禧は萌葱と繋がりがあったって話だ。確か……監視を任されてたとか」

「監視?」


 どうやら真臥禧さんには何らかの超常的な力があり、それを監視するという指令が萌葱さんに出されていたらしい。そのためにわざわざ同じ学校の同じクラスになる様に手が回され、友人やクラスメイトという関係性を利用する様に言われていたそうだ。

 何もおかしなところは無かった。私達日奉一族はコトサマを封印して一般社会に露呈しない様にするのが仕事だった。そのためなら立場や性格を偽るのは当たり前の事であり、私達が付けられた今の名前も本来の名前とは全く違うものなのだ。


「真臥禧の能力はアタシも知らされてない。理由は分からんが、姉さんがアタシ達にも隠すって事はそれなりの事情があるんだろうよ」

「真臥禧さんの存在はあか姉達にとって不都合だったのかな……? そういえば真臥禧さんは事件以降は誰が監視してたんだろ?」

「いや、真臥禧はあの事件の後の調査中に死亡が確認されてる。亜実地区のあるポイントで遺体が発見されたらしい」


 記録によると真臥禧さんの遺体は全身が焼け焦げており、歯も全て抜け落ち指紋も全て焼けてしまっているという状態だった様だ。遺体の近くに学生証が落ちており、それによって辛うじて個人を特定出来た程に損傷が激しかったらしい。

 そういった記録が残ってはいるものの、実際に狙われたという菖蒲ちゃんや百ちゃんの話を聞くに彼女は生きている。蘇ったというよりも何らかの手段で死を偽造した可能性が高いのだ。


「真臥禧さん、何が目的なのかな。日奉一族を恨んでるなら、それこそあの時の事件に便乗したって――」


 突然家に置かれている黒電話のベルが鳴る。あか姉から追加の指令だろうかと取りに行こうとすると、家で飼っている猫の美海みみが電話の方へ向けて威嚇をし始めた。普段とても大人しい美海がこういった反応を見せる事は珍しく、それもあったかみやちゃんは私の肩を掴んで制止した。

 やがて電話はその音を止めたが、今度はテレビが置かれているダイニングからテレビが点く音が聞こえてきた。何かの番組が放送されているという感じではなく、最近ではもう見られない砂嵐が映っている様だった。


「翠」

「う、うん」


 何らかのコトサマや真臥禧さんによる攻撃を警戒し、部屋の隅に置いているショルダーバッグを肩に掛け、能力を行使する際に欠かせない折り鶴入りの瓶を抱える。

 そうして少しの間居間の中で警戒を続けていると、やがて砂嵐の音がふっと消え、聞き覚えの無い声が聞こえ始めた。


「み、皆さん、ニュースの時間です。これより、この世界は滅亡します」


 明らかに異常な様子の放送を聞いた私達は急いでダイニングへと向かい画面を見る。するとそこには殺風景なスタジオの真ん中で真っ直ぐにこちらを見ている黒いコートの女性の姿があった。


「黒い、コート……」

「姉さんから聞いてた情報と一致するな」

「じゃ、じゃあこの人が……!」


 女性は咳ばらいをする。


「この放送は、皆さんに罪を思い出して頂くためのものです。み、見て見ぬフリをして隠したり、理不尽な差別をしたり、いつまでも悪い事をする方々に思い出して頂くためです」


 そこまで喋った直後、突如テレビの電源が切れ、私のスマートフォンに電話が掛かってきた。その番号はよく見知ったものだった。


「も、もしもし?」

「雌黄です緊急事態なので手短に話します。先程殺月真臥禧によってテレビ局の一つが占拠されて違法な放送が行われました」

「い、今見てたよしおちゃん。そっちは大丈夫……?」

「大丈夫な訳が無いでしょう大惨事ですよ。そこでボクから指令です、お二人は夜ノ見町で暴れているコトサマに対処してください」

「えっ!? で、でもこっちではまだ何も……」

「SNSを監視してたら夜ノ見町でさっきから首吊り事件が急に多発し始めてるんですよほらもたもたしないで急いでくださいボクは忙しいのでここで失礼しますね」


 しおちゃんは矢継ぎ早にそう告げるとすぐに通話を切ってしまった。彼女から聞いた情報をみやちゃんにも話すと、みやちゃんは居間へと戻って『てんとう』に届いていた記録を確認し始めた。それによるとしおちゃんが言っていた様に町中で住民の首吊り事件が多発しており、私達がテレビや電話に気を取られている内にかなりの事件になっていた。


「クソッさっきの囮かよ!」

「い、急ごうみやちゃん! このままだと……!」

「分かってる。行くぞ」


 急いで家を出た私達が山を下って町へと出てみると、確かに町中が騒ぎになっていた。これまで普通に過ごしていた人が突然ロープやタオル、シャツなどを使って首吊り自殺をしたというのだ。中には東京で起こっている事件を受けて、人生を諦めて自殺したのだと語る人も居たが、その自殺者数の増加は明らかに異常な早さだった。


「ど、どうなってるんだろ……」

「……考えられるのは縊鬼いつきか」

「イツキ?」

「人間に憑りついて首を括らせる妖怪だ。実際に姿を見た人間は居ねェみてェだが」

「で、でもそんな妖怪がどうして!? い、今までこの町でそんな事件は……」

「アタシにも分からねェ。ただ妖怪ってのは人間の認識に左右される奴が居る。もし縊鬼もそのタイプなら、今まで必要が無いから事件を起こしてなかったのかもな」


 みやちゃんは「縊鬼が現代になって事件を起こさなかったのは、放っておいても自殺する人間が昔よりも増えたから」だと自身の考察を語った。それが当たっているかどうかは不明だが、そのイツキという妖怪によって起こされている事件の可能性は極めて高いらしく、このまま放っておけばどれだけの人間が犠牲になるか予測出来ないレベルだった。


「翠、とりあえず探すぞ。結界を頼む。『玄武ノ陣』だ」

「えっでも……」

「頼む」

「う、うん」


 みやちゃんからの指示を受けた私はショルダーバッグから黒い折り紙を使って作った亀を複数個取り出すと、それを空中へと放り手元の瓶へと霊力を込める。これによって折り紙達は四方八方に飛んでいき、それらが町を囲む様に配置された事によって『玄武ノ陣』が構築される。この結界はいわゆる人避けの結界であり、発動中は日奉一族とコトサマしか結界内に入れなくなるのだ。それ以外の人々の精神に影響を与え、結界外へ出る様に誘導する力がある。

 最善の一手である事は私も理解していたが、それは同時に自身の身を危険に晒す行為でもあった。結界内に居られる人間は私とみやちゃんだけの二人になり、必然的にイツキから狙われるのも私達の内のどちらかという事になる。


「翠、大丈夫だ。アタシ達なら切り抜けられる」

「そ、そうだよね。今までだって……生き抜いてきたんだもん。も、もしイツキが仕掛けてきたらどうすればいいの? 『四神封尽』で遠野地区に飛ばせばいいのかな」

「決まってンだろ。首を括るンだよ」

「……え?」

「……な、に」


 突然みやちゃんの手から杖が落ちたかと思うと、真上にあった電線が切れた。みやちゃんはそれをまるで自分の意思かのように首に巻き付け、そのまま窒息しようとしていた。


「みやちゃんっ!」

「くっ……翠ッ! ダメだ能力が……コントロール出来ねェ……!」

「っ!」


 新たに青い折り紙で作った亀を複数個飛ばし霊力を送り『亀甲の陣』を構築した。この結界は物質を物理的に遮断するものであり、それを空中に瞬間的に構築する事によって電線を切断する事に成功した。上手く切断出来た事でみやちゃんはその場に膝をついて咳き込み、周囲をキョロキョロと見回した。


「だ、大丈夫!?」

「悪ィな翠……。あの野郎能力のコントロールまで奪えンのかよ……」

「今は大丈夫そう……?」

「ああ。ただどこに居るのかが分からねェ。周りに熱源を散らしてみたんだが、どうにも接触した感じがしねェ」


 みやちゃんは熱源を生み出し、それを加熱するという能力を持っている。一旦それを相手に付着させる事が出来れば、距離が離れていてもどの辺りに居るのかが大体分かるらしいのだ。それはずっと一緒に行動してきた私も理解はしている。だからこそ熱源が誰にも接触していないという状況の危険性が分かってしまった。


「イツキは妖怪なんだよね? だったらどこかに居る筈じゃ……」

「アタシもそう思うんだが今ンとこ熱源は誰にも接触してねェ。逃げ回ってる可能性もあるっちゃあるが……」

「ど、どうする? 他のコトサマも巻き込んじゃうかもだけど、今なら『四神封尽』を使えばイツキを遠野地区に送り込んで封印出来るよ」

「……昔ならそれも良かったんだが、今の時代それやるとヤベェだろ。何か他の方法――」


 それはあまりに突然だった。みやちゃんは喋りながらこっちを向いたかと思うと、その両手を私の首に掛けてきたのだ。今まで一切予想していなかったという事もあって私の体は震え、その手を引き離そうにも力の差があり過ぎて何も抵抗出来なかった。


「みや、ちゃん……」

「クソッ! オイ翠! 結界! アタシに構わずやれッ!」


 確かに『亀甲の陣』を使えば私の身を守る事は出来る。しかし私を囲む様に発動した場合、先程の電線と同じ様にみやちゃんの両腕は切断されるだろう。人払いをしてしまったこの状況でそれをすれば、みやちゃんの救護が間に合わず出血多量で亡くなる可能性が高い。

 私にとって大切な人に、そんな真似は出来ない。


「おい、オイ何ボサッとしてンだ! アタシの事はいいから自分の身を守れ!!」


 何か他のいい方法がある筈だと考えても何も浮かんでこない。首を絞められて酸素が脳に届かなくなっているからか、まるで靄が掛かった様に思考が邪魔される。しかしかと言って何もしない訳にはいかない。イツキをここで食い止めなければ、私もみやちゃんも死んでしまう。それだけでなく被害者はもっと増える事になる。


「……どり! 翠聞こえてるか!?」

「……っ」


 ショルダーバッグから白い折り鶴を取り出し、みやちゃんの顔の前へと差し出す。するとそれを持っている手に急激な熱を感じ、思わず地面へと落としてしまった。やはりみやちゃんが言っていた通り、イツキには憑りついた人間が持つ超常能力もコントロール出来る力があるのだろう。だから私の次の一手を封じようと折り紙に熱源を付着させて加熱したのだ。


「これっで、いい……んだよね……?」

「……ああ。よくやった翠」

「ごめんね……」

「気にすンな……それよりアタシが倒れたらすぐにやれよ」


 地面に落としてしまった瓶に手を触れて霊力を流し込む。それによって先程落下した折り鶴が空中へと浮かび、そのまま目の前のみやちゃんのこめかみに直進してぶつかった。そしてそのまま出力を上げると、みやちゃんは血管を熱された影響でパタリと意識を失った。

 密かに二人で練習していた技が役に立つ時が来るとは思わなかった。あの折り鶴は『飛ばし鳥』と名付けた技であり、みやちゃんが付着させた熱源の加熱や移動を折り鶴の表面限定だが私の方で操作出来るというものだ。何度も何度も練習を重ね、お互いの霊力の波長がぴったり合う場所を見つけたからこそ実現出来た技だった。


「わ、悪いけど、ここで終わらせてもらうね……」


 呼吸がまだ安定しない内に龍を模した折り紙を取り出して私達を囲む様に周囲に配置し、更に『四神封尽』に使う鳥、龍、亀、虎を模した折り紙をそれよりも外側に配置して霊力を送り込んだ。すると二つの結界の間の辺りで眩い光が発生し始めた。その光は封印術が対象に上手く作用している証だった。

 本来『四神封尽』は私達も含めた超常的な力を持っている者を、かつて『黄昏街』と呼ばれていた場所へと送り込んで封印する結界だ。もし結界内に私達が居れば当然巻き込まれてしまう。そういった事態に対応するために生み出したのが『龍玉ノ陣』だ。神聖な存在である龍を模した折り紙によって守護結界を作り出し、あらゆる封印術から身を守る事が可能になる。最後に使ったのは『黄昏事件』よりも前にあった事件の時であり、まさかまた使う事になるとは思ってもみなかった。


「終わっ……た……」


 やがて発光は止まり、イツキが完全に向こう側へと送り込まれた事が確定した。後は向こうの人達に任せるしかない。遠野地区を守っている日守さんや弥生さんならこちらで起こっている事態も把握してくれるだろう。

 一度に大量の霊力を使い過ぎたせいか急に体が重くなり、みやちゃんへと声を掛ける事も叶わず、私の体は彼女の横へとドサリと崩れ落ちた。

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