第80話:禍る世界 蘇芳side
とある幽霊に関する騒動を調査する様にと指示を出されていた自分の下に新たな指示が来たのは丁度帰路についていた頃だった。スマートフォンの画面上には雌黄さんの姿が映し出され、新たな問題が発生したと告げられる。
「あら雌黄さん。今度はどうされましたの?」
「蘇芳さんお帰りのところ本当に申し訳ないんですがすぐに動いてもらえますかね重大な事案が発生している可能性があるので」
「何がありましたの……?」
雌黄さんの様子ははっきりと言うと只事ではないものだった。普段からまるでジェットエンジンか何かかしらと思う程に早口な方だというのに、今はそれ以上にお早い喋りだったのだから。それだけでマンモスヤバイ事が起きているというのはすぐに理解出来た。
「殺月真臥禧の事はご存知ですね?」
「所長さんから伺っております。命さんの御親戚だと」
「ええその人物です。恐らく彼女が起こしたと思しき事故が発生したのです、すぐに調査に移って頂けますか?」
「構いませんわよ。ですが私は呪術専門なのですけれど大丈夫でしょうか?」
「分かってますよ蘇芳さんにお任せしたい事件が別で起きているのでそちらをお任せしたいのです」
雌黄さんによると、とあるショッピングモールで不審な壺が発見されたのだという。発見されてから次々と倒れる方やちょっとした事故などが起こっている事から、何らかの呪物ではないかと考えられている様だ。つまり解呪が行える私でなければ解決出来ない問題だということ。
「合点承知の助ですわ。すぐに向かいます。雌黄さんもお気をつけて」
問題となっている壺を確認するために、乗っていたタクシーの運転手さんに行き先を変更してもらい私はすぐさま問題が発生しているショッピングモールへと向かった。現場では既に避難が行われているのか、駐車場には車が沢山止まっているにも関わらず人っ子一人居ないという状況になっていた。
タクシーから降りた私の姿を見ていたのか、そちらの従業員と思われる男性がこちらに近寄ってきた。お話によるとこちらの店長を任されている方らしく、どちらに問題の呪物があるのか案内をしてくださるというお話だった。
「では案内してもらえますか? 見てみない事には何とも言えませんので」
「は、はい。ご案内しますので付いて来てください」
店長さんに案内されガランとしたショッピングモールの中を歩いて行くと、レストラン街と呼ばれる場所へと案内された。そちらにはいくつもの店舗が並んでいるが、その中の一店舗から非常に強力な呪力が漂ってきていた。通常の人間が作るそれではこれほどの力は出力出来ないのは間違いないと言える程のものだった。
「まあ……これはマンモスヤバイですわね……」
「何とかなりそうですか……?」
「ふぅむ……店長さんはこちらでお首を長くしてお待ちくださいな。一度確かめてみますので」
呪力が放たれている店舗は喫茶店らしく、普段であれば様々な方々で賑わっているであろう店舗だった。しかし呪物が存在する可能性が少しでも出てしまった今、ここに居座ろうなどというお馬鹿さんは流石に居ないらしい。もっとも私としてはそっちの方が喜ばしい事なのだけれど。
店内へと入り、ふわふわと不安定に漂う呪線を辿り呪物の位置を探っていると、すぐさま問題の壺は私の目の中へと映り込んだ。一番奥の席の椅子の陰に隠れる様にして焦げ茶色の壺がポツンと置かれていたのだ。そこからは大量の呪力が放たれており、呪線を見るにやはりこれで間違いない様だった。
「典型的な蠱毒、ですか」
『蠱毒』というのはかつて中国で使われたという呪術の一つだと言われている。作り方は至極単純で、壺などの容器の中にいくつもの虫やヤモリなどを入れ容器を密封するというものだ。こうする事で内部では共食いが発生し、最後に生き残った一匹が『蠱毒』と呼ばれる強力な呪力を持った個体になるのだ。これは呪いたいお相手に送るのが基本的な使い方であり、真臥禧さんがこれを作ったのであればこの店に強い恨みを抱いている可能性も捨てきれない。
「店長さーん! ありましたわー! 危険なのでバタンキューしない様に下がっていてくださいな!」
「わ、分かりました!」
店長さんが離れていくのを確認してからそっと蓋を外し中を覗き込む。そこには壺の半分を占める虫やヤモリなどの死骸が存在していた。やはりこれは蠱毒で間違いなく、この死骸の量を見るに初めから凄まじい呪力を持たせる事を想定されていたのだろう。しかし一つ疑問が生じている。本来呪物から出ている呪線は必ず術者の方へと繋がっている筈だというのに、この蠱毒からはどこにも呪線が伸びていないのだ。この壺を見つけるために辿った呪線も空中で漂っているだけでどこにも繋がっていない。
「まさか……」
『無怨事件』の事を思い出し、その時と同じ手口なのではないかと考えが浮かぶ。あの時発見された全ての物品はどこにも他者を呪う程の力は存在していなかった。あれは命さんだけを狙い撃ちにした特殊な呪いであり、命さん自身に自分を呪わせるという本来であれば再現が難しい呪術だった。もしこの蠱毒も同じ術者が作ったのだとすれば、誰かに発生源を擦り付けて自分は知らん振りでトンズラここうとしている可能性が出てくる。
「……それは後ですわね」
もし他に人員が居るのであれば術者を探すのが先決ではあるものの、こうして被害が出ている以上はこの蠱毒を放っておく訳にはいかない。今防がなければいけないのは少しでも早く呪力を停止させる事なのだ。
かなり強力な呪物ではあるものの解呪自体はそれほど難しいとは思えないものだった。蠱毒の呪力の源は最後まで生き残った個体であり、やはりそういった小動物は複雑な思考などが出来ないからか呪力も単純なものになりやすい。その反面、単純故に非常に強力な呪いになりやすいのだ。
「これを、こちらに……」
呪力の流れに手で触れる事によって少しずつ向きを変えていき、呪力が発生しない正しい形へと変化させる。成功さえしてしまえばこの壺は何の呪力も持たないありきたりな物品へと変化する。
しかしそんな私の考えがまるで驕りだとでも言うのか、突如厨房の方向から爆発音が響き、私の体は爆風によってガラス窓へと叩きつけられた。幸か不幸かガラスを突き破ったため直に衝撃を受ける様な事態は防げたものの、爆発が発生した方を向いていた左腕と顔の左半分は強い痛みを感じていた。腕を見るに爆風による火傷を負ってしまったらしい。
「だ、大丈夫ですか!?」
「店長さんはお下がりください! 妙ですわね……あそこまで解呪したのなら仮に発動してもここまでの出力にはならない筈……」
確かに蠱毒の解呪は完全には終わっていない。しかしもうほとんどが解けている状態であり、あの段階で仮に呪いが発動しても微々たるものなのが一般的だった。それにも関わらず爆発が発生する程の呪いが発動したというのであれば、それはまた別のどこかからの可能性が出てしまう。
自分から呪線が出ていない事を確認してから離れている店長さんの所へと近寄り尋ねる。
「店長さん。マジな話ですけど、本当に発見された呪物はあれだけですの?」
「す、少なくとも我々が気づいたのはあれくらいです。それよりお怪我は……」
「私の事は心配なさらないで結構。それよりも他の呪物を探すのが先ですわ。あの蠱毒は私や他の方を誘き寄せるために罠だったのかもしれませんもの」
「罠、ですか……?」
「店長さん。よく思い出してくださいな。あの壺以外に、何か怪しい物などは見ませんでしたか? 少しでもおかしいと思った物があれば教えてください」
「……そういえば」
もう一つ心当たりがあるという店長さん曰く、お客さんの避難を行っている最中に託児所で奇妙な物を見た覚えがあるという。子供の中の一人が色紙を人型に切って遊んでいたらしい。何か呪いを作っているというよりも同じ託児所に居た子供達と遊ぶために作っていた様に見えたそうだ。
「それは、間違いありませんのね?」
「み、見間違えでなければ」
「少々お待ちを」
スマートフォンを開き雌黄さんの番号へと繋げる。するといつもの様に幼く可愛らしいお顔が画面上に現れる。
「蘇芳さんどうでしたか上手くいきましたか?」
「いえ、雌黄さんにお願いしたい事があって連絡したのです」
「ボクに?」
「もしかすると壺はブラフだった可能性があります。雌黄さん、このショッピングモール内にある監視カメラ映像は確認出来ますでしょうか」
「無論可能ですよ、何を探せばいいんですか?」
「託児所で色紙を切っているお子さんが居ないかお願いします」
「ふむ…………ああ、居ましたね、なるほどこれはまずいかもですね」
雌黄さんによるとやはり店長さんが仰る様に託児所に該当する子供の姿があったらしい。しかもその映像の数分前の映像が少しの間だけ確認出来ない状態になっているのだという。つまり誰かが自らの姿を隠すために監視カメラを機能させない状態にしていたという事になる。そしてそれは情報に間違えがなければ真臥禧さんがかつて起こしたと思われる現象に近く、彼女が関わっている可能性が格段に上昇したという事になる。
「蘇芳さんこれはボクからの緊急命令です、すぐにそこから出てください」
「何を仰ってるんです雌黄さん!? 私でなければ解呪は出来ませんのよ!?」
「そんな事は言われなくても馬鹿じゃないので分かりますよ。それを分かった上で言ってるんです、ボクにはあの形に覚えがあるんです」
「いいえおバカさんです! コトサマから皆さんを守るのが私達の使命ではありませんか! ノブレス・オブリージュです。この力は皆さんのために使うべきです」
「貴方が解呪出来るかどうかは問題じゃないんですよ、あれはすぐに離れないと危ない代物です出来る出来ないの領域を逸脱し得るんです」
「雌黄さん一体何をそんなっ――」
ドクンと心臓が跳ねる。それが正しい拍動の動きではないというのはすぐに伝わった。雌黄さんが話しているあの人型の色紙によるものである可能性が極めて高い。ある程度呪力に抵抗がある自分ですらこうなるのだから他の方々が耐えられる訳がない。
「……なる、ほど」
「分かりましたか? すぐに撤退を」
「……店長さん、他の皆さんはもう避難されてますの?」
「え、ええ」
「では貴方もお逃げなさい……なるべく遠くへ逃げてください……」
「で、ですが――」
「ボクからも進言します、すぐに逃げるべきです」
「わ……分かりました」
店長さんが出入り口へと駆けて行き外へ出たのを見送り、自分を足を動かし始める。
「どういうつもりですか」
「どうって……私は日奉一族の一人ですもの。私が止めずに誰が止めると言うんです?」
「話が理解出来てないんですか? あれは『黄昏事件』の際に翠さんが使用した結界術の一つ『魂穿ち』を模倣したものです。あの人だから狙った相手に使えただけで他の人間に使いこなせるとはボクには思えないんです。あれは結界術だけじゃなく風水術も――」
スマートフォンの電源を落とす。もしこのまま繋げていれば雌黄さんも影響を受けてしまうかもしれない。呪術を専門にしているからこそ理解出来る。これは必ずここで食い止めなければならない術だ。制御が利かない呪術はやがてあらゆるものを穢し尽くす。下手をすれば何百年も生物が住めない地域になり、もっと酷いとその領域を広げるかもしれない。それならば、今ここで確実に自分が止めなければならない。
段々と重たくなる足を引き摺りながら案内版まで辿り着くと、託児所がどこに存在しているのかを確認する。それによるとこのショッピングモールの四階に存在するらしい。
「何を思えばこんな……」
最早階段で上るのは不可能に近いと考えエレベーターへと入り、四階へのボタンを押す。この緊急時に使うべきではないのは重々理解しているが、それでも少しずつ体の力を奪われていく中で階段を上るのは現実的な選択は言えなかったのだ。
視界も霞み始める中ようやく四階へと辿り着くと、中から雪崩れる様にして床へと倒れ込んでしまった。最早立っている事すらも難しい状況だった。ただでさえ少しずつ体を蝕まれているというのに、発生源に近づけば近づく程その力は強くなっていくのだ。
「やっぱり……き、来たんです、ね……」
聞き覚えの無い声が耳に入る。顔を上げてみると少し先に見える託児所の前のベンチに誰かが腰掛けていた。
「誰、なんですの……早く避難を……」
地面を這いながら少しずつ近寄り、その黒いコートを着こんだ人物の前へと辿り着く。
「蘇芳さん……でしたよね」
「申し訳ございませんが、どこかでお会いした事が……?」
「ひ、日奉蘇芳……本名は……リリィ・ハイペリカム。アメリカ出身の御令嬢……ですね?」
「……何者ですの、その名前を知っているのはJSCCOの上層部の方だけの筈……」
「ゆ、許せないですよ」
「……?」
「貴方はずっと……ず、ずっとオカルトに興味があ、あったんです、よね? まるでっ……まるで面白いものみたいに……」
「何を言って……」
「許せない……やっぱり許せない許せない許せないですっ……! 萌葱さんをっ……あの人をっ! 見捨てたのは貴方達です!」
合点がいく。今目の前に居るのはよりにもよって真臥禧さんだ。日奉一族に何か強い恨みを持って付け狙っている可能性があると聞かされていた。やはりこの人で間違いない。
「真臥禧さん……」
「き、き、聞いてるんですね……やっぱりみーちゃんが話しちゃったんですね……。言わないで欲しかったのに……大人しく殺されてて欲しかったのに……」
「わたく、しが……お話なら聞きます。だから、止めて頂けませんか?」
「と、止めるって、これ、の事ですか?」
彼女の手元に何かが揺らめく。視界が霞んでいるせいではっきりとは見えないが、問題の人型の色紙だろう。
「分かってるんです。本当は蘇芳さんは何も悪くないんです。だって貴方はまだあの時は、組織に入ってなかったんですから……」
「どうして、恨んでおりますの……?」
「み、みんな……皆みんなみんなミンナッ! 見て見ぬフリをしたんですっ……! も、も、萌葱さんがあんなに苦しんでるのにっ! 何が封印ですかっ! 何が生贄ですかっ……! そんなやり方しか知らないのなら、みんなみんな死んでしまえっ……! 死んで償ってくださいっ!」
「お、お待ちくださいな……萌葱さんと、いう方がいらっしゃったのは、知っています……ですが『黄昏事件』の際に亡くなったと……」
喉の奥から絞り出す様な声にならない声が響く。
「そうやって! そうやって! ……都合の悪い事には目を背けたんですよ。あたしの、お、お、お父さんやお母さんみたいにね……」
「え……?」
「……安心してください。ここでは殺しませんから。貴方は直接は関係無いので、特別です。そこでそうやって這いつくばって見てればいいんですよ。そうやって! 萌葱さんと浅葱さんが受けた苦しみを思い知ればいいんですっ……!!」
そう叫ぶと真臥禧さんは泣きそうな声になりながら人型の色紙を落とし、その場から立ち去って行った。何とかそれに手を伸ばすと、持てる限りの全ての力を使い、解呪を開始した。




