第79話:禍る世界 菖蒲side
淡路島の伊弉諾神宮から本州へと帰還した私達は、JSCCO本部へと向かうとあの霊体関連の一連の事象を報告した。どうやら丁度私達があの奇妙な空間の中に居たのと同じ時間帯に、各地で異常な磁場の乱れが検出されていたらしい。
通常、大きな磁場の乱れは『ポータル』が存在する場所でしか確認されない。まだ未発見の『ポータル』が無いとは言い切れないが、少なくとも現在発見されている全ての『ポータル』はしっかりと管理されている。
「所長。どう思いますか? 我々が見たのは本当に伊邪那岐と伊邪那美だったのでしょうか?」
「殺月君、正直なところ私にも分からない。『黄昏事件』以降、神格存在の実在が立証される事になったが、国生みに関わったと言われている彼らの存在は一切確認されていなかったのだ」
「あのあの、私達が行ってきたあの伊弉諾神宮の確認はしなかったんですか?」
「無論確認したとも。だが君達が報告したような事は一度も起こらなかった。もしあの霊的実体がアハシマなのだとすれば、これまで未確認だった特殊な『ポータル』が開いたという事になる」
『ポータル』は本来この世界のどこかにある別の『ポータル』へと繋がっている。だが、中には特殊な空間へと繋がっているものも確認されている。その最たる例が『遠野地区』へと繋がっている『ポータル』だ。全くの別空間に存在している特殊な場所に繋がっているものであり、あれがある以上未発見の特殊な『ポータル』が存在していてもおかしくはない。
「宇曽吹所長、少しよろしいでしょうか」
「何だね百君」
「もう報告は受けているかもしれませんが、命ちゃんの亡くなったはずの従姉が生きているという話を……」
「その話か。確かに私も聞いている。念のために墓に入れられている骨壺から遺灰を回収して検査をしたそうなのだが、やはり殺月真臥禧という人物に間違いないという結果が出た」
「でもでも、真臥禧さんが狐達を脅してたのは事実なんですよ? 認識が変えられてるんじゃ……」
「それも念頭に置いて検査は続いているが、認識改変能力に強い適性を持つ職員でも未だに検査結果を覆せていない。まだあの結果は確定していないと言える」
所長が言う通り、あの時あの場所に居た誰もが狐達の変化を見破れなかった。私も命ちゃんも魔姫ちゃんも雌黄さんも、誰一人として気づけなかったのだ。それだけ彼らの変化能力は再現力が高く、認識を歪めるという一点においては最高クラスの力なのかもしれない。
「だが、君達が目撃したのであれば、殺月真臥禧の捜索はやはり続けるべきかもしれない。では今後君達は――」
所長が言葉を続けようとした直後、突如凄まじい爆発音が聞こえ建物全体が激しき揺れた。何事かと全員で所長室から出て音の発生源を探していると、JSCCO本部の正面入口に火の手が上がっていた。どうやらガソリンを運んでいたらしきタンクローリーが入口に突っ込む様にして横転したらしい。爆発したという事は何かが引火したという事なのだろう。
他の職員達も気づいたという事もあってか、無線から蒐子さんの声が聞こえ全員本部から退避する様に指示が出た。無線越しに聞こえる声に混じってドタドタと動き回る音が聞こえた事から、蒐子さんも避難しながら連絡を出しているのかもしれない。
「所長、避難を!」
「君達は?」
「……彼女の、真臥禧の犯行の可能性があります。これ以上の被害を抑えるためには彼女を確保するしかないかと」
「だね。前にも仕掛けてきたし、今回は偶然の事故なんて甘い考えだろうし」
「分かった。では私は他の調査員にもそれぞれ指示を出しておこう」
「お願いします。ねぇね、所長に付いて行ってあげて」
「う、うん。菖蒲ちゃん、お願いだから無理だけはしないでね……」
ねぇねは不安そうな表情をしつつも、一人で身を守る手段を持たない所長をサポートするために私達から離れていった。
「……さてさて、どうする命ちゃん?」
「まーちゃんが仕掛けてきたなら、多分外に居る可能性が高い。ここを潰しただけで満足する様な目的じゃないと思うし」
「うん。萌葱さんのための復讐目的だとしても、前は街そのものを巻き込んだ訳だしね」
私と命ちゃんは近くにあった会議室に入ると、そこに備え付けられている窓を破壊して外へと脱出した。少なくとも確認出来る範囲では事故が起こっているのはここだけであり、外には野次馬が集まっていた。
命ちゃんはそちらに向かって小走りで駆け寄りながら声を張り上げる。
「下がってください! 超常犯罪の可能性があります!! 全員下がって!」
それを聞いた野次馬は事故現場へと向けていたスマートフォンを下ろすと、一斉にその場から逃げ出した。恐らくだが彼らのスマートフォンの中には既にこの事故現場の写真や動画が収められているのだろう。わざわざ記録したという事はSNSなどを通して誰かに拡散する可能性がある。巻き込まないためとはいえ命ちゃんは「超常犯罪の可能性がある」と発言してしまった。それが広まってしまえば、更なる混乱が起こるかもしれない。
「蒐子さん、聞こえますか蒐子さん!」
「は、はいー! な、何とか無線関連は持ち出せたので!」
「雌黄さんに連絡して今の事故関連の画像や動画を消してもらってください。少しでも混乱が起こらない様にしないと、真臥禧さんの被害が増えるかもしれません」
「わ、分かりました。ついでに監視カメラからの捜索もお願いしておくので、見つかり次第連絡しますね!」
これは組織的犯行ではない。真臥禧が仮に他のコトサマと組んでいたとしても、彼女にとって彼らはただの捨て駒に過ぎないのだろう。そのため彼女本人を見つけなければならない。利用されているコトサマを捕まえたりしても何も情報は聞き出せない筈だ。監視カメラはきちんと機能しているとは思えないが、全てのカメラを一斉に停止させられるとは思えない。必ずどこかに一瞬でも映っている筈だ。
「命ちゃん命ちゃん。真臥禧さん、次にどこを攻めると思う?」
「分からない……自然災害も起こせるあの子が、どうして今回は本部をピンポイントで狙ったのかが謎なの」
「前は地震とか起こしてたっぽいもんね。じゃあさじゃあさ、先に魔姫ちゃんと合流する?」
「ごめん。悪いけどそうしたい」
「いいよ。それに、私が真臥禧さんなら次に魔姫ちゃんを狙うと思うし」
真臥禧は命ちゃんを殺す事に若干の躊躇をしている様に思える。自分の事を覚えていたという事を悲しんでいた。彼女としては自分がこういった事をしているというのは知られずに死んで欲しかったのだろう。だからこそ彼女は魔姫ちゃんにも接触を図っていた。あくまで二人には偶然の事故という形で即死して欲しかったのかもしれない。
急いで私達が住んでいるアパートへと戻り部屋へと入ると、魔姫ちゃんは丁度絵を描いている途中だったらしく、慌てた様子でスケッチブックを裏返した。
「なな、何急に!?」
「魔姫、今から一緒に動いて欲しい。出来る?」
「だ、だから何なの!? 何で急に……」
「真臥禧さんが、また動き出したかもなんだ」
「まーちゃんが……?」
簡単に事情を説明すると魔姫ちゃんは共に行動する事を了承してくれた。本来であれば巻き込まない様にどこかへ避難させておくのがいいのだが、自然災害という形で広範囲に様々な現象を引き起こせる真臥禧の能力の前では、避難など無意味と言えるだろう。こうして共に行動させて、常に視界に入れられる状態にしておいた方が守りやすいのだ。
「命ちゃん、多分だけど真臥禧さんは最優先で私達を殺そうとすると思う。もし私があの人なら、絶対にここを狙うよ」
「それはあたしも考えてる。魔姫、お姉ちゃんの後ろに居てね」
「う、うん」
命ちゃんがドアノブに手を掛けゆっくりと開けていると、突然爆発音が聞こえてきた。それを聞いてすぐさま命ちゃんは私達を押し倒す様にして床の上へと伏せた。するとその直後、凄まじい異音と共にドアがひしゃげる様な音が響き渡った。
静寂の中で顔を上げてみると、ドアの中心部に細長く平べったい金属が突き刺さっており、その衝撃によってドアはぐちゃぐちゃに破壊されていた。どうやらかなりの勢いでこの金属片が飛んできたらしく、先程の爆発によってここまで届いたのだろうと思われる。
「二人共大丈夫!?」
「あたしは平気……」
「アタシも……」
「蒐子さん聞こえますか?」
「き、聞こえます! さ、さっき上を飛んでたヘリが急に変な動きをして落ちていったんですが、そちらは大丈夫でしたか!?」
「……なるほどそういう事ですか。私達は大丈夫です。そっちは平気でした?」
「幸いワタクシの方は大丈夫です。ただ、落下地点では被害が出てるかもしれません……」
「分かりました。じゃあ私達はこのまま真臥禧さんの捜索を続けます」
「こ、こちらでも他の方にもお願いしておきます! どうかお気をつけてー!」
何が起こったのかを確認した私達はベランダに出ると、そこから外へと脱出した。他の住民達も次々と脱出しており、幸いにもあのプロペラでの死傷者は誰も出なかったらしい。
しかし、そうして少し安心した私の想いを邪魔するかの様に、様々な方向から爆発音や破壊音、悲鳴などが聞こえてきた。実際にどういった事が起こっているのかは不明だが、真臥禧によって引き起こされた厄災がこの世界を破壊しようとしているのは確実だった。
「姉ちゃん……」
「魔姫、大丈夫だから。お姉ちゃんを信じて」
「……ねぇねぇ命ちゃん。私思ったんだけどさ」
「何?」
「次に真臥禧さんが狙うのは病院なんじゃないかな? あの人がどんな事故や災害を起こしても、治療が出来るなら犠牲者は少なくなっちゃうよね? 本当に世界ごと破壊するつもりなら、医療機関とかを狙うと思うんだ」
「だとしたら……」
「東雲病院だろうね。真臥禧さん、あそこで私を殺そうとしてきたし、それに本家筋の濃紫さんもあそこで殺された」
「確かに……。行ってみよう」
あの病院が襲われたのは恐らく私と濃紫だけを狙ったからではないだろう。偶然とはいえ、あの時あそこにはねぇねも蘇芳さんも居た。更に『黄昏事件』での被害者達を治療した真白さんまで居たのだ。真臥禧にとっては絶好のチャンスだった筈だ。彼女にとっての大切な人だったという萌葱さんを追い込んだのは日奉一族だという考えを持っているのならば、一網打尽にしたいと思っていてもおかしくはない。
私達は真臥禧による更なる被害を食い止めるために、次に彼女が攻撃を仕掛けるであろう東雲病院へと向かう事にした。




