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特異事例調査員 日奉菖蒲の調査ファイル  作者: 龍々
case23:アンリアル
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第78話:潮が積もりて島を成す。恨み積もりて仇を成す。

 アハシマ疑惑のある霊体の正体を探るため、『ポータル』や船を使って淡路島にある伊弉諾神宮へと向かう事になった私達は念のためにJSCCO渉外部門所属の架家梯かけはしさんに同行してもらう事にした。

 地下にあった井戸が閻魔王界や餓鬼道に通じていると判明した際に、閻魔大王と交渉をしてくれた彼であれば、日本神話にも登場する国生みの神である双神とも対話が可能なのではないかと考えたのだ。


「ふむ、では私は伊邪那岐イザナミ伊邪那美イザナミ両神と対話を行えば良いのですね?」

「そうですそうです。今私に固着してもらってる幽霊さんが本当にアハシマなら、親である二人に会いたがってるんだと思うんです」

「もちろんまだ確定事項ではありません。日奉さんの勘違いで全くの無関係の可能性もありますが、よろしくお願いします」

「いえ、我々の一族の使命はコトサマとの対話でございます。どのような理由であっても対話してみる必要があります」


 そうして船の上で簡単な情報共有を済ませた私達は淡路島へと上陸し、やがて目的地である伊弉諾神宮へと到着した。石造りの大きな鳥居が建てられており、参拝者を出迎えるかの様に二匹の狛犬が鳥居のサイドに向かい合って陣取っていた。

 蒐子さんからの連絡が事前に行っていたらしく、宮司をしているという60代程の一人の男性が出迎えてくれた。その人物によるとこれまでこの神宮で神格存在らしきものを見た経験は無く、超常社会になってからも伊邪那岐と伊邪那美が本当に居るのかどうか確信が持てないのだという。つまり国生みの神である両神はこれまで人前に姿を現した事は無く、誰一人としてその実在性を証明出来ていないのだ。


「宮司殿、私はこの度こちらの伊邪那岐、伊邪那美両神と対話を行うために派遣されました架家梯績かけはしつむぐと申します」

「お話はかねがね伺っております……」


 宮司の男性は架家梯さんがスーツのポケットから出した名刺を受け取ると大きく頭を下げ、私達を本殿の方へと案内してくれた。その間、私に固着している霊体はずっと疑問を示し続けていた。ここに来る前よりも明らかに発言回数が増えており、やはり彼女がアハシマかそれに類する神の子である事を思わせた。

 そして本殿に到着する前に姿を現した『放生ほうじょうの神池』へと差し掛かったその時、突然私の体はコントロールを失い、内側から引っ張られるかの様に池の方へと足が動き始めた。


「菖蒲ちゃん?」

「あっちょっとヤバイかも……体が言う事聞かなっ……!」

「っ!」


 橋から転落しそうになった私の腕を命ちゃんが掴み、更にその場に居た全員が命ちゃんを支えていたが、私の体はそれでも池に引っ張られるかの様にどんどん傾き続けていた。水面を見てみると濁っているにも関わらず私の姿ははっきりと映っており、全身からアハシマのものである青い霊力が放出されているのが確認出来た。


「命ちゃん放してっこのままだと――」


 その瞬間、突然私の目の前の景色が変化し、池へと向かう前に通っていた通路の景色が広がった。自分だけでなく命ちゃんまでも突然の事態に困惑しており、一体何が起こっているのかまるで理解出来なかった。それは宮司や架家梯さんも同様だった。ただ一人、ねぇねだけを除いて。


「あの時と同じ……」

「……」

「今の、ねぇねがやったの?」

「……うん」

「ねぇね、後でって言ったけどやっぱり今教えて。さっき池に引っ張られた時、私何にも抵抗出来なかった。固着させた魂にあそこまで好き勝手された事なんて今まで無かったのに、さっきはそうなっちゃった」

「でも……でもね菖蒲ちゃん……」

「……えとえと、皆さん悪いんですけど、ちょっとだけ二人きりにしてもらっていいですか?」


 私は蒐子さんへと繋がっている無線をオフにしてその場からねぇねと共に少しだけ離れると、再度彼女に問い掛けた。


「私だけにでいいからお願い。今固着させてる幽霊さんが本当に神格存在なら、私一人じゃ何も出来ないかもしれないから」

「…………そう、だね」


 ねぇねはようやく納得してくれたらしく、彼女が持っている超常能力について耳打ちして教えてくれた。

 ねぇねが先程行ったのは『時間遡行』というものらしい。要はタイムスリップであり、過去一分以内へと戻る事が出来るらしい。しかしこの時間遡行は非常に危険な能力であり、過去を変える事によってどんな改変が発生するか想像が出来ないそうだ。かつて発生した『黄昏事件』の際にもこれを使用し、しーちゃんや私を助けてくれたのだという。


「この力は過去を変える能力……ってお姉ちゃんは思ってたの。だけど、本当はただ先延ばしにするだけの能力なのかもしれないって感じる事もあってぇ……」

「先延ばし?」

「昔、紫苑ちゃんがコトリバコっていうコトサマに殺されそうになった事があったの。それを、この力を使って助けた。でも結局……あの子は……」


 その話はしーちゃんからも聞いた事が無かった。素直ではない彼女が自分から言う訳がないが、これだけははっきりと分かる。


「あのさあのさ、もしその時ねぇねが助けてなかったら、きっとしーちゃんはそのコトリバコとかいうのに殺されちゃってたと思うよ。もしそうなったら、私も今ここに居られなかったかも」

「分かってる……お姉ちゃんの考え過ぎ、だよね。ごめんね、隠してて。でも、もうお姉ちゃんが隠してた事は全部だよ」

「ありがと。今はしーちゃんと繋げないけど、きっとねぇねが助けてくれた時嬉しかったと思うよ」


 必要な事を聞き終えた私達は皆の下へと戻り、あの池が何か怪しいという意見を述べた。すると宮司曰く、あの池は『幽宮かくりのみや』という建物の跡地に造営された御神陵の堀の遺構なのだという。『幽宮』というのは伊邪那岐と伊邪那美が余生を過ごすために作った場所らしく、かつてその地は禁足地になっていたらしい。つまり最も神に近い場所と言える。


「命ちゃんどう思う?」

「『黄昏事件』以降、各地で『ポータル』が発見された。そのほとんどが日本や世界のどこかに繋がってるものだった。ただ中には特殊な例もあった……君も覚えてるでしょ?」

「うんうん。そういうのもあったね」

「君の中に居る霊体が池に反応したという事は何かがあるのかもしれない。例えば、あの池そのものが特殊な『ポータル』になってる……とか」


 有り得ない話ではない。『遠野地区』や『巨頭村』なども現世ではない別の場所へと繋がる『ポータル』を通る事によって行ける場所だった。まだ未発見の『ポータル』がどこかに存在しており、中にはそれが神々の居る場所へと繋がるものである可能性はゼロではない。


「もしそうだったら、私、一回池に入ってみるよ。多分だけど、あの幽霊さんを固着させてる私じゃないと『ポータル』への鍵が開かないのかも」

「待って。君一人に行かせる訳にはいかない。もし相手が本物の神格なら、勝てないかもしれないでしょ」

「お姉ちゃんも行くよ。何かあった時にカバー出来るのは自分だけかもだし……」

「では我々は如何しましょう?」

「架家梯さん達は伊邪那岐、伊邪那美両神への対話をお願いします。多分あの場所に何かあるのは確かですから」

「かしこまりました」


 こうしてあの池に何かがあるのだろうと仮定した私達は、再び『放生の池』へと向かうと水面を覗き込みそれぞれはぐれない様に手を繋いだ。


「それじゃあ架家梯さん、もし30分以内に戻らなかったら増援要請お願いします」

「了承しました。では宮司殿、我々も始めましょう」

「は、はい」


 顔を見合わせた私達は架家梯さんの口から発される未知の言語を合図に池の中へと飛び込んだ。一瞬だけ全身に水が触れた感触があったが、すぐにそれは無くなり頬を風が撫でた。

 目を開けてみると私達三人は木造の大きな橋の上に立っていた。周囲は海に囲まれており、橋の先にはまるで矛の先端の様な形をした岩がそびえ立つ島の姿があった。その天辺には一組の和装の男女の姿があり、遠く離れているにも関わらずこちらを見下ろしているのが直感的に理解出来た。


「ねぇね! 命ちゃん!」

「えっ、ここ……」

「まさかあれが……」


 岩山を見上げていると私の魂に固着していた筈の霊体が体から抜け出し、ひたりひたりと島に向かって歩き出した。


「君が放したの?」

「い、いやいや、勝手に出てきちゃったんだよ。今までそんな事が出来たコトサマは居なかったのに……」


 岩山の男は手元に矛の様な物を出現させると、それを持ったまま何かを掻き混ぜるかの様にぐるぐると回し始めた。すると周囲の海から飛沫が上がり、それが空中で寄せ集まって岩へと姿を変えて島へと続く橋を塞ぎ始めた。

 あの霊体一人で向かわせると何が起こるか分からないと考えた私達はすぐさま後を追って走り出したが、どれだけ走っても歩いている筈の彼女との距離は一向に縮まらず、それだけでなく男女が立っている島との距離も全く変わらなかった。


「あ、あれあれぇ~……?」

「菖蒲ちゃん、もしかすると私達人間にはこれ以上は進めないのかもしれない」

「どういう意味?」

「多分だけど、今あたし達が立ってるこの橋は『天浮橋あまのうきはし』なのかも。神話に出てくる、地上と天界を結ぶ橋……人智の及ばない場所……」

「殺月ちゃん、それじゃああの島は……」

「ええ、百さんの思ってる通りだと思います。全ての始まりの地……淤能碁呂オノゴロ島」


 命ちゃん曰く、伊邪那岐と伊邪那美が初めて降り立った地がオノゴロ島なのだという。そこで天沼矛あめのぬぼこという矛を海へと降ろし掻き混ぜてから持ち上げると、滴り落ちた潮が積もり重なって島になったという言い伝えがあるらしい。オノゴロ島のモデルになった島には諸説あったらしいが、目の前の景色を見るにそのどれもが外れだったという事だろう。


「ドォシッテ……ドォシッテ……」


 どれだけ橋が岩で塞がれようとも彼女は一切歩みを止めなかった。岩々は彼女が近付くだけで即座に海水へと戻り、いかなる方法でもその歩みを止める事は不可能な様に見える。

 オノゴロ島に立つ男女は橋を渡ってくる彼女に対して何かを喋っていたが、どれも何を言っているのか分からない奇妙な言語だった。どことなく夢の世界で聞いたあの言葉に似ている様な気もするが、そういった知識を持たない私には何も分からなかった。

 やがて男女は上空を見上げ、そちらに向かっても何かを喋り始めた。恐らくだが現世で架家梯さんが伊邪那岐と伊邪那美に向かって対話を行ってるいるため、それに対する反応なのだろう。


「ドォ……シッテ……」


 遠く離れているにも関わらず耳に聞こえてきたその言葉を合図にするかの様に、突如として海面から巨大な赤ん坊の腕が数本生えてきた。その大きな腕は橋へと振り下ろされ複数個所を破壊し、これによって私達はもうどうやっても彼女の方へと近付く事が出来なくなっていた。


「菖蒲ちゃんまずい、戻るよ……!」

「で、でもでも……」

「あたし達には手に負えない……今からあの霊体が何をする気なのかは知らないけど、この場所に居たら巻き込まれる!」

「殺月ちゃんの言う通りだよ菖蒲ちゃん! 反対側への橋はまだ残ってる! 急がないと!」


 海面からは更に大量の腕が姿を現し、オノゴロ島を呑み込むかの様に掴み掛かった。そしてその腕よりも遥かに巨大な赤ん坊が海面から顔を覗かせ、そのカエルの様な大きな目をギョロリと動かしてこちらを捉えた。

 命ちゃんやねぇねに引っ張られる様にして走る私が見た限りでは、その赤ん坊の顔はまさにカエルそのものという表現が一番適当であり、全身が見えている訳ではなかったが頭頂部は通常の人間と比べても扁平でとても脳味噌が入るスペースが無い様に思えた。

 やがてオノゴロ島は巨大な腕達によって完全にその姿が見えなくなり、腕と共に海の中へと引きずり込まれていった。正体不明だったアハシマ疑惑のある彼女は壊れた橋の途中で立ち止まったまま島が沈んでいく姿を眺めていたが、二人に引っ張られ続けていた私の視界はやがて眩い光に包まれ、結局彼女がどうなったのかを見届ける事は出来なかった。


「あ、れ……」

「戻って、きた……?」

「菖蒲ちゃん体は何とも無い!?」

「あ、うん。大丈夫だよねぇね」


 いつの間にか私達は敷地内にある『夫婦大楠めおとのおおくす』と呼ばれる大きな楠の下に立っていた。少しすると架家梯さんと宮司が姿を現し、私達が向こうに行っている間に起こった事について話してくれた。

 どうやら架家梯さんが何度対話を試みても両神は彼の言葉に聞く耳を持たなかったのだという。彼としてはあの霊体が二人の子供であり、捨てられた身なのではないかという事を聞きたかったらしい。しかし何度聞いても知らないの一点張りであり、対話は滞った状態になっていた。

 しかしやがてこの神宮の敷地内で様々な怪現象が発生し始めたのだという。宮司によると突風などが吹いた訳ではないにも関わらず、本殿の屋根などの一部が突然弾け飛ぶようにして破損したり、鳥居が折れて倒壊したりしたそうだ。その間もずっと対話は続けていたそうだが、何故そうなったのかは分からないらしい。


「もしかしてあの島が呑まれたのが関係してるとか……?」

「あの岩山に立ってた二人が本物なら、有り得るかもね……」


 そこに蒐子さんから無線が入り、ここだけでなく日本各地にある伊邪那岐と伊邪那美を祀っている神社などで怪現象が発生したと知らされた。あの霊体が持っていた霊力は私達が思っていた以上に強力なものだったのかもしれない。国生みの神すらも堕としてしまう程に。


「本当なの如月さん?」

「は、はいー。原因は不明ですが、現在動ける人員に要請して調査に動いてもらってます!」

「あのあの、問題になってたあの幽霊さんの姿はどうですか?」

「それが、皆さんがそちらに向かってからは目撃されてなくて、意識不明になってた方々も回復されたそうです。霊力によるアレルギー反応も落ち着いて来てるみたいで」

「一度も目撃されてない?」

「はい。何かの嘘だったみたいにピタリと目撃情報が無くなりました」

「分かった。ありがとう如月さん。これからこっちの状況を伝えるから、貴方の方でも記録しておいて」


 そう言うと命ちゃんは現在私達が居る伊弉諾神宮で起こったという現象について一つずつ説明していった。その中で特に目を引くのが夫婦大楠の変化だった。宮司曰くその楠は本来二つだった木が成長の途中で混じり合い、一つの大樹になったというものらしい。しかし立派だったというその楠は、今ではすっかり枯れ果ててしまっており、とても以前は大樹だったとは思えない程に痩せこけてしまっていた。


「なるほど……やはり両神そのものを祀っているという事もあって被害が大きいみたいですねー……」

「ごめん蒐子さん。もしかしたらあの人は何か別の方法で捕まえるべきだったのかも」

「いえ、いずれにしても対処はするべきでしたので日奉さんに過失はありません。少なくとも被害を食い止める事は出来ました」

「問題はあの島に居た二人が本当にここに祀られてる両神なのかって事。超常存在や神格存在の実在は認められてるけど、あたしには……この世界があの二人によって作られたものだとはどうしても思えない」


 命ちゃんの意見も理解出来る。もし古事記などに記載されている事柄が事実なのだとすれば、海外などで語られている聖書の記述はどうなるのかという点がある。また科学的に考えてもそういった超常的な存在によって世界が作られたとは考えにくい。しかしそうだとすれば、あの二人は何者だったのだろうか。


「この現象については一度上層部で話し合う必要があるかもしれませんね。一応ワタクシの方で報告はしておきますが、そちらの皆さんはどうしますか?」

「一回本部に寄っていきます。情報に食い違いがあっちゃいけませんし」

「そうだね。まーちゃんの事もあるし、一度しっかり情報を照らし合わせた方がいいかもしれない」

「お姉ちゃんも付き合うよ。何だか思ってたよりも大変な事になったしぃ……」

「では私も戻りましょう。対話は成功しませんでしたが、記録としては残しておく必要がありますので」


 もしアハシマ疑惑のある彼女の目的が自身を捨てた両親への復讐だったのだとすれば、私はそれを手助けしてしまったという事になる。オノゴロ島に立っていた二人がどうなったのかは不明だが、関係各所に何らかの被害が出ている以上良くない事が起こっているのは確実と言える。この状況は明らかに真臥禧にとって都合がいい状況だろう。

 こうしてひとまず謎の霊体による被害を食い止めた私達は、それに伴って発生してしまった新たな問題について情報共有するためにJSCCO本部へと向かう事になった。

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