第74話:黄櫨と黄丹
奇妙な矛盾を抱えているという姉妹の事を調査するために、私達はバスや電車を数回乗り継ぎ姉妹が住んでいるという住所へと辿り着いた。そこは特にこれといったコトサマの類も確認されていない、このご時勢には珍しい寒村だった。名産品も何も無い、ただ滅びゆくのを待っている様な村だったが、何かそれに対して何らかの対策をしている様子すら無かった。コトサマに関する事象が一切確認されていない場所など、今の時代には珍しいというのに。
そんな寂れた村の山奥にぽつんと立っている一軒家の前に私達は立っていた。よくある日本母屋であり、周囲の雑草があまり伸びていない事から、ある程度の手入れはしているのが窺える。
「ここだよね?」
「ええ。まずは聞き込み。もし少しでも相手が怪しい動きを見せたら、すぐ確保。いい?」
「オッケオッケ。それじゃ、押すよ?」
玄関に設置されていたチャイムを鳴らし、中に居るのであろう姉妹へと私達が来た事を知らせる。もっともアポ成しであるため、居留守を使われる可能性もあるが。
そんな私の心配は杞憂に終わり、小さな足音が聞こえたかと思うと扉が開き、そこから同年代の少女が姿を現した。綺麗な黒髪を肩の辺りでぴっちりと切り揃え、こちらを見つめる瞳の上には長く整えられた睫毛が生えていた。いわゆる美人の類に入るのだろうか。
「どちら様ですか?」
「えっとえっと、どうもどうも。私、JSCCOの調査員なんですけども」
「現夢位色さんですね?」
「そうですが……」
「この間の震災で少し気になる事柄がありまして、お時間頂けますでしょうか?」
「あの……困ります急に来られても」
「ですよねですよね? でもでも、ほんと、すぐ済むんで! ここでお話出来なかったってなると、また後日他の人まで連れて来なきゃなんですよ~」
「……はぁ、まあ、少しでしたら」
「ありがとうございます。お邪魔します」
家へと上がり客間へと案内されるまでの間、周囲を見渡した。かなり年季の入った建物であるのは壁の汚れなどからも分かった。掃除などはきちんとしている様だが、最早それでも隠し切れない程の劣化が来ているのだ。彼女の一族はずっとここに住んでいたのかもしれない。
客間へと通された私達は勧められるままにソファーへと座り、位色が盆に乗せたお茶を持って来たのを見計らい切り出した。
「失礼ですが生年月日は?」
「え、あの……何です?」
「この度、我々が貴方に聞きたいのは生年月日です」
「……2006年1月1日です」
「そうですね、そう記録されてます」
命ちゃんはスマートフォンの画面に表示された画像を見せる。それは蒐子さんから送られてきた日奉黄櫨の誕生時の記録であり、彼女が生まれた病院に残されていたカルテらしい。それによると彼女は健康そのものといった様子で誕生し、泣き声なども問題無く上げていたらしい。その記録自体にはどこにも問題は無かった。
「あの……何なんですか? わたしが、何か?」
「では次に、これを見てください」
次に命ちゃんが提示したのは同じ病院に残されていた死亡記録だった。その記録によると彼女は母親の胎内から出てきた時には既に死亡しており、いわゆる死産だったとされている。全く同一の人物の名前が書いてあるにも関わらず、二つの記録が矛盾しているのだ。
位色の顔からは先程まで浮かんでいた困惑を表す表情がスッと消え、無機質で無感情な表情をしながら向かいにあるソファーへとそっと腰を下ろした。
「ああ、それ、忘れてました」
「……これは、貴方がやった事なんですか?」
「わたしがやった……と言えばそうですね。でも違うと言えば違います」
「どういう意味ですか?」
「何でもいいじゃないですか。知っていても、何のためにもならない。でしょう?」
客間の外にある廊下から誰かが走っている音が聞こえてくる。
「お帰り下さい」
「位色さん、貴方には超常能力で記録の改竄を行った容疑が掛けられています。違うのであればしっかり説明してください」
廊下から位色を呼ぶ声が聞こえてくる。その声は位色本人が発しているのかと思う程にそっくりだった。
「ころちゃーん! ころちゃーん!」
位色は小さく溜息をつく。
「その表情……わたしの本当の名前も、知っているんですね?」
「えーと、えと……そうですね。ほんとは知ってます。日奉黄櫨さん、ですよね?」
「誰が漏らしたんですか?」
「それは機密情報なのでお教え出来ません」
「そう、ですか」
黄櫨は静かに席を立ったかと思うと客間の出入り口である障子の前まで行くと、少しだけ開くと廊下に居るのであろう妹へと語り掛ける。
「おーちゃん」
「もー、ころちゃん! 返事してよー! 何でここに居るの?」
「何でもないよ」
「お客さん?」
「ううん。『お客さんなんて来てない』よ」
その言葉を聞いた瞬間、目の前の景色が一瞬にして日本母屋へと変わった。周囲を見渡してみると木々が立ち並んでおり、いつの間にか外へと追い出されていた。誰かに動かされたといった感覚は無く、まるで時でも飛ばされたかの様に景色が変わっていたのだ。
「え……」
「……如月さん。問題発生。確認なんだけど、この村で超常現象は確認されてないんだね?」
「あ痛っ……あ、はいー。今までそういった事例は確認されてません。磁場の乱れも無い事から、『ポータル』も無いものと思われますー」
「なるほどね……」
「あ、あのー何があったんですか?」
「家から追い出された。空間転移かもと思ったけど、それだけだとあの記録の説明がつかない。もしかすると……」
「改変能力かもね~……」
改変能力。数は少ないが『黄昏事件』以降に発見された超常能力である。その名の通り、頭の中で思い浮かんだ事象を実際に引き起こす能力だ。降霊術や呪術とは全く違う能力らしく、数が少ないという事もあってか未だに詳しい事は何も分かっていない。更にどこまで改変出来るかというのも人それぞれであり、今まで確認された中で一番弱かった改変能力ではボールを狙った位置に投げられるというものだった。それは本人ですら気付いていなかった能力らしい。
「如月さん、前例の無い出力の改変能力者の可能性がある。もしその力なら、あの矛盾にも説明がつく。これから確保してみるから、念のため上層部に報告してくれる?」
「……」
「如月さん?」
「あれあれ? 蒐子さーん?」
「そういう、事ですか……わたし達を、捕えに、来たと……」
イヤホンから聞こえてきたのは見知った蒐子さんの声ではなく、先程まで話していた黄櫨の声だった。彼女らの住居へと目を向けてみると、端にある窓の向こうから黄櫨がこちらを覗いており、耳に聞こえてくる声と口の動きが同期していた。
「何もさせない……わたし達はこれからも……ずっと、ずっと……」
「黄櫨さん! 我々は話をしに来ただけです!」
「話しをするというのは、『確保』の事ですか?」
「さっきのは――」
「お二人には消えてもらいます……あなた達さえ居なければ、変えて、それでおしまい……」
「あのあの、実は私も日奉なんですよ。なので同じ苗字の好で一旦待って――」
イヤホンの先から廊下を走る音が聞こえてくる。
「ころちゃーん! お話出来てるー?」
「うん。出来てるよ。それよりおーちゃん。そろそろ大雨降るから、今日はお家でじっとしてよっか」
「え? 今日雨降らないってテレビ言ってたよ?」
「気のせいじゃないかな? ほら、これ見て」
「……ほんとだ! お家に居なきゃ!」
直後、突如全身に打ち付ける様な勢いで大雨が降り始めた。先程まで空に雨雲が掛かっていなかったにも関わらず、黄丹が言っていた様に天気予報でも予測されていなかったにも関わらず、全てを無視する様にして降り始めたのだ。
私達は急いで玄関まで走るとチャイムを何でも鳴らす。当然の様に返事は返ってこなかったが、代わりに蒐子さんとの無線が回復した。
「お、お二人共大丈夫でした!? 急に電波が悪くなってー……」
「如月さん……対象から抵抗を受けてる。多分能力は改変能力。あたし達に敵意を向けてる。それに……」
命ちゃんは自分の頭を傘代わりにする様にしてスマートフォンを庇いながら画面を確認する。
「やっぱり……記録が消されてる」
「あれ、ほんとだ」
「こ、こっちも消されてます! ちゃんとパソコンに入れておいたのに……!」
「如月さん、彼女達は……少なくとも日奉黄櫨は、自分達に関する矛盾した記録を消そうとしてる。病院の記録を消したという事は、今度はあたし達の可能性が高い」
「蒐子さん蒐子さん。気付いてるかもですけど、今大雨が降ってるんですよこっち。天気予報を確認してもらえません?」
「え? あのー、今朝は雨が降るってちゃんと予報されてましたよ?」
何となくだが彼女の能力の範囲が見えてきた。恐らく改変出来るのはかなりの広範囲であり、人間の記憶ですらも書き換えられるらしい。だが逆に近すぎる人間に対してはその効力を発揮出来ないのかもしれない。もしそれが出来るなら、私達の記憶を書き換えて全てを無かった事にしてしまえばいいだけなのだから。
「……蒐子さん蒐子さん。ちょっとお願いしたい事があるんですけど、いいですか?」
「は、はいー。構いませんが……」
「雌黄さん……ああえっと、人間の方でも電子の方でもどっちでもいいんで、東京の今日の天気予報を改竄して台風だったって事にしてもらえる様に頼んでください」
「えっ!? ですがーそれは……」
「お願いします、任務のためなんです」
「は、はぁ。聞くだけ聞いてみますので、待っててください」
無線が一時的に切れる。空から降り落ちる雨粒はどんどん勢いを増しており、以前体験した土砂崩れの要因になったあの雨を超えそうな程になっていた。
「菖蒲ちゃん、どうするつもりなの……? 黄櫨はきっとこのまま知らぬ存ぜぬを貫くつもりだけど」
「ちょっとね、試したい事があるんだよね~」
少しすると再度蒐子さんから無線が入り、頼み込んだ結果、改竄してもらえる事になったと報告された。試しに携帯から今日の天気予報を見てみると、確かに大型の台風が通過しているという事になっており、黄櫨からの再改変が起こっていない今の内に作戦に移る事にした。
「ありがとうございます蒐子さん。よし命ちゃん、こっち来て」
まだ私の作戦に気がついていない様子の命ちゃんを連れて家の裏手へと回り込む。すると、丁度大きめの窓が目に入った。裏手にあり窓が大きい事から、恐らく風呂場へと繋がっている場所だと思われる。
「よし、あそこにしよう」
「何する気?」
私は足元を適当に足で払い、いい感じの感触があった所で屈んで少しだけ尖った石を手に取る。本来ならわざわざ足で払わなくてもいいのだが、豪雨のせいでこうでもしなければ足元が見えにくいのだ。
「じゃーん。これ」
手に取ったそれを命ちゃんに見せると、窓枠とガラスの隙間に滑り込ませる様にして数回打ち下ろした。すると以前命ちゃんがやっていた通り、ガラスにヒビが入り簡単に割る事が出来た。これによりガラス部分は手で簡単に取り除ける様になり、その隙間から手を突っ込んで内鍵を開ける事も出来た。
「ほら、開いた」
「君、何やって……」
「何って、前に命ちゃんがやってたやつじゃんか。それの真似。それに黄櫨はこれに対して文句は言えない筈だよ」
先に窓から風呂場へと侵入し、命ちゃんに手を伸ばす。
「行こ行こ。のんびりしてられない相手だよ、あの二人は」
「……ええ、そうだね」
命ちゃんは少し呆れた様な表情をしながらも風呂場から侵入し、そのまま私達は土足のまま家へと上がり込んだ。そのままあの二人がどこに行ったのか探そうと廊下を忍び足で歩いていると、真横の障子が開き黄櫨によく似た少女がこちらをキョトンとした表情で見つめた。顔立ちは黄櫨そっくりだったが、彼女よりもどこか幼い印象を受ける少女だった。
「誰?」
「あーえっとえっと、実は台風のせいで身動き取れなくなっちゃってて、それで咄嗟にここに来たんですけど~」
「慌ててたせいで土足で上がってしまいすみません」
慌てた様なフリをしながら二人で靴を脱ぐ。
「えっえっ、台風? えーでも、今日大雨だけってテレビ言ってたよ?」
「いえいえ。今日は大型の台風が直撃するって、テレビでも言ってましたよ」
携帯の画面に雌黄さんによって改竄された天気予報図を表示させて見せる。彼女はうーんと訝し気な表情をしていたが、少しすると納得した様な顔をした。
「わたしぃ、間違えちゃってたのかな」
「多分そうですよ。ところで、ここにはお一人で?」
「ううん。ころちゃんと二人で住んでるの。あっ、ころちゃんって言うのはね、わたしのお姉ちゃんで~、あっ、お姉ちゃんって言ってもわたし達双子でね?」
恐らく黄丹であろう人物はまくし立てるかの様な勢いで、姉である黄櫨の事について話し始めた。彼女にとっては大好きな自慢の姉なのだろう。爛々と目を輝かせながら話している様子を見ればそれが伝わってくる。黄櫨と違って黄丹は、私達に対して敵意は無い様だ。
そんな黄丹の声を聞き付けてか廊下の曲がり角から黄櫨が姿を現す。私達を見た瞬間、一瞬だけ動きが固まったが、すぐにこちらへと近寄ってきた。
「あの~どちら様でしょうか」
「や~どうもどうも。『初めまして』ですよね? 私、旅の者でして~。菖蒲って言いますぅ」
「命です。実は台風のせいで帰れなくなりまして。少しだけ雨宿りをさせてもらえませんか」
「台風……? 何を言って……」
「ころちゃんこそ、何言ってるの? テレビで言ってたみたいだよ? わたしも勘違いしちゃってたけど」
「…………は?」
「あれあれ~知りませんでした?」
携帯の画面を見せる。
「ほらここ。台風、ね?」
「……おーちゃん。鍵、開けたの?」
「ううん。あれ? そういえばどうやって入ってきたの?」
「鍵、壊れてましたよ?」
「っ!」
黄櫨は慌てた様子で玄関まで走っていくと、すぐにこちらへと戻って来た。
「壊れて、ますね……」
「あーそっか。台風だから、風とかがビュービューなって壊れちゃったんだね。直しとかなきゃだね、ころちゃん」
「そうだね……」
「それで~雨宿りの件なんですけど~」
「ころちゃんころちゃん。台風危ないよ。ちょっとの間だけもゆっくりしてってもらおうよ」
「……分かりました。では、タオルを用意しますので、玄関でお待ちください」
黄櫨はこちらに怒りを匂わせながら廊下の奥へと歩き始めた。
「あっそうだ。少しいいですか?」
「……何ですか?」
「さっきちょっと家の周り見てたんですけど~。窓、割れてましたよ?」
「えっ! 大変だよころちゃん! すぐ塞がなきゃ!」
家全体が強風で軋む様な音が鳴り始める。
「台風で、割れた……?」
「はい。多分、石とかが飛んできたんですかね?」
「わわっ! だったら大変だよころちゃん! ちょっと見てくるね!」
そう言うと黄丹は慌ただしく廊下を駆けて行き、すぐさまドタドタと大急ぎで戻って来た。彼女の手には私が使った石が握られていた。
「ころちゃんこれ! これが飛んできてたみたい! バリーンってなったんだよバリーンって! 風とか雨のせいで気づかなかったよぉ……」
「…………おーちゃん。わたしが修理もやっておくから、おーちゃんは二人の事を見ててあげて」
「うん分かった! でも何か手伝える事あったら言ってね!」
黄櫨には明らかに憤慨した足取りで廊下の奥へと進んで行った。
やはり間違いない。彼女は改変能力を使いこなせている訳ではない。私達が仕掛けた『台風』という虚偽の情報による影響を完全に受けていた。その証拠に家が強風で軋んでおり、外に放っておいた筈の石が家の中に入って来ていた。ある程度は意図的に改変出来るが、結局は彼女がどう認識しているかが重要なのだろう。つまり、彼女が認めざるを得ない状態を作る事さえ出来れば、この強力な改変能力は完封出来るという事だ。全ての矛盾を改変出来る訳ではないのだ。
彼女の力を一旦無力化するための方法を考えていると、命ちゃんが私の腰に手を数回当て、黄丹に気づかれない様にスマートフォンの画面を見せてきた。するとそこには雌黄さんがした筈の改竄が消去され、大雨が降るという情報が表示されていた。つまり、既に改変によって予報が変わったという事だ。しかし何故か家を軋ませる強風が止んでいる様子は無く、明らかに矛盾した状態がまた生まれてきていた。




