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特異事例調査員 日奉菖蒲の調査ファイル  作者: 龍々
case21:夜明けと晩に
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第72話:哀してる

本章は日奉一族シリーズの「日奉家夜ノ見町支部 怪異封印録」第79話、「約束の為日を奉り 宵闇照らす朋の月」とリンクしています。

 運転手が倒れているにも関わらず何故か動き続けている車に乗せられ、私達は山沿いの夜道を走り続けていた。外では小雨の中で提灯の様な灯りがいくつも浮かんでおり、何か異様な雰囲気に包まれていた。


「菖蒲ちゃん離れて!」


 そう言うと命ちゃんはステッキに札を一枚貼り剣の形へと変化させると、内側から扉に向かって突き刺した。すると金属が激しく軋む様な音が鳴り始め、扉はぐちゃぐちゃと不定形な形へと変化し始める。その軋む音も金属質であるにも関わらず、何故か生物的な印象を受けるものであった。

 命ちゃんは私と魔姫ちゃんに近くに寄る様に言うと、ステッキを突き刺したまま扉に体重を掛け始めた。何が起こっているのかは分からなかったが、今乗っているこの車が機械ではなく生命であるという事を察した私は、しーちゃんを固着させてステッキが刺さっている扉に向けて『霊拳 蛇痺咬』を打ち込んだ。


「魔姫、こっちに。……菖蒲ちゃん備えて」

「分かってるって。触ってみて分かったよ。これって多分、そういう事なんだと思う」


 私が蛇痺咬を打ち込んで少しすると車そのものが激しく振動し始め、やがて解体されたかの様に全体がバラバラに崩壊した。当然私達は走っている車内から外へと放り出され地面に転がり落ちたが、幸いにもそこまで速度が出ていなかったおかげで軽く擦り剥き、体を痛める程度で済んだ。

 体を起こし車の方へと視線を向けてみると、バラバラになったパーツが蠢きながらその体色を変化させていた。茶色や小麦色と称される様な色になっていき、表面に亀裂の様なものが走ったかと思うと、そこから更にバラバラになりその正体を露わにした。


「なるほどなるほど……やっぱりね」

「皆さん無理をされない様に、応援要請は出しておきましたから場合によっては逃げるのも手かと」

「いいえ雌黄さん……彼らは重要参考人になるかもしれない。わざわざここで攻撃を仕掛けて来た理由が何かある筈」


 私達の目の前には道路の上で自動車から変化へんげしていく狐達の姿があった。日本では古くから狐や狸が人を化かすという言い伝えがある。以前『ケモっ娘事件』を起こした人物が所属していた日本超常生物学研究所でも、狐や狸の研究が行われていると聞いた事がある。しかし特にテレビなどで発表がされていない事を見るに、未だにどういった手法で彼らが姿を変えているのかは判明していないのだろう。


「そこで止まりなさい! 我々は日本特異事例対策機構の者です! 貴方方に聴取を行います! これは任意ではありません!」

「そういう事なんで~とりあえず話せる人だけ来てくださ~い。あっ、人じゃなくて狐か」


 二人でそう声を掛けると狐達は話し合うかの様にお互いに顔を向けて数回小さく鳴いたかと思うと、数匹が寄せ集まって一人の人間の女性の姿へと変化した。人間の見た目をしてはいるが、やはり狐としての特性が残っているらしく、顔は美人だがやや狐顔であり、どこか人間的ではない獣臭がした。車に化けている時にはしなかった事から、集まる数によって変化の精度が変わるのかもしれない。


「わたし、で、よければ」

「何故聴取を行うか、分かってますね?」

「ばかした、から、ですか?」

「そうそう、それです。それで、理由は?」

「いた、ずら」

「それは妙ですね。ボクの調査によりますとこの辺りで狐による被害は今まで一度も出ていないんですよ、つまり何が言いたいかというと貴方方は何らかのイタズラ以外での明確な目的を持ってボク達を化かしたのではないかという事です、ちなみにこれは超常法――」

「雌黄さんストップストップ! 処遇とかは後にしましょうよ」

「黙秘をしても構いませんが、その場合は本部までご同行願います」


 狐の目はチラチラと数回泳いでいたが、少しの沈黙後口を開いた。


「いわ、れて」

「誰に? 強要されたという事ですか?」

「それは……」

「……姉ちゃん」

「魔姫、悪いけど後に――」

「後ろ見て……」


 魔姫ちゃんの言葉通り振り返ってみると、そこには先程までは居なかった筈の狐達の姿があった。どうやらこの辺りは彼らが隠れ住んでいる地域らしく、騒ぎを聞きつけて姿を現した様だ。


「……我々に対する敵対行為と認識してもいいんですか?」

「わたし、たち、しにたく、ない……」

「いやいや、別に獲って食べたりしませんよ! お話を聞きたいだけですって!」

「むり。すむばしょ、なくなる……」

「……あのあの、もしかしてですけど、殺月真臥禧さんから脅されてるんです?」


 真臥禧の名前を聞いた瞬間、その場の空気がピリッと張り詰めた。殺気というよりも恐怖から来る緊張といった雰囲気だったが、いずれにせよ彼らが真臥禧と繋がっているのはこれで確定となった。そして彼らが協力関係にあったのだとすれば、偽装死体にも納得がいく。生物非生物問わず何にでも変化出来る彼らであれば、人間の死体に姿を変えるくらいは簡単だろう。日超生でもまだ狐狸の変化能力の秘密が掴めていないのであれば、誰も偽装に気がつかなかったのも頷ける。そして一つだけ確かなのは、狐達が持つ変化能力は決して認識に異常をもたらす能力ではないという事だ。もし認識系の力ならば、雌黄さんにはすぐにバレていた筈だ。


「まがれ、は……」

「えっとえっと、実は私達、真臥禧さんを捕まえようと思ってるんですよ。情報提供してくれるなら身柄の安全は保障しますよ?」

「ええ。我々の仕事はコトサマによる超常事件の調査及び容疑者の確保です。もちろん本部であれば、そういった能力に対する対策もされてます」

「……すこ、し、まって」


 そう言うと狐は変化を解除し、仲間達の所へと戻ると話し合いを始めた。どうやら彼らにとって真臥禧は相当な脅威らしい。今まで彼女が起こしてきた様々な不運が、本当に彼女によって完全にコントロールされて起こったものだとするのなら、狐達の住処を消してしまうのも真臥禧にとっては容易い事なのだろう。実際彼女がどこまで出来るのかは分からないが。

 少しすると再び人間の姿に変化し、こちらに戻って来た。


「わかった。ついてく」

「事情を話してくれるんですね?」

「うん。はなす」

「あ、そういえば本物の車と運転手さんはどこに?」

「やま、なか、ねてる。いまから、おこす」


 どうやら運転手の人も殺されたりした訳でもなく、ただ化かされて山の中へと誘導されて眠らされているだけらしい。あくまで彼らはイタズラ程度に留めており、命まで奪う様な真似しないのだろう。

 運転手の人が戻ってくるまで待っていると、やがて私達の後方からライトを点けた車が一台走って来た。その車は私達から数メートル離れた場所で停止すると扉が開き、運転席側から誰かがバタリと倒れ落ちて痙攣した。夜闇のせいではっきりとは分からなかったが、その服装や顔は私達をここまで乗せてきてくれた運転手その人に見えた。


「えっ」

「……どういう事ですか?」

「し、しらない……なにも、してない……」

「姉ちゃん、誰かもう一人乗ってる……!」


 ライトのせいで眩しくてよく見えなかったが、確かに誰かが助手席に座っており、その影はゆっくりと扉を開けてその姿を見せた。


「なっ……」

「まーだ諦めてない感じですか~……」

「皆さん無理はなさらない様に。本部の増援を待ちましょう」


 その人物は、殺月真臥禧だった。地震を発生させかなりの二次災害を引き起こした彼女がここまで追跡して来たのだ。あれだけの災害が起これば普通は交通機関は麻痺する事になり、自分で運転でもしなければここまで短時間で来る事は出来ない筈である。


「まー……ちゃん……」

「まーちゃん! ホントにまーちゃんなのッ!?」

「ど、どうして……大人しく殺されてくれない、の……?」


 真臥禧の表情はライトに照らされているおかげか夜闇の中でもはっきりと見る事が出来た。まるで闇そのものかの様な真っ黒な瞳には憂いがあり、とてもあれだけの災害を引き起こした人間とは思えない程にか細い声をしていた。


「……まーちゃん。どうしてあんな事をしてるの。自分の死まで偽装してまで」

「みーちゃん……本当に、本当にどうして覚えてたの……? あたしなんか、忘れてて欲しかった……」

「えっとえっと~、とりあえず事情を話してもらえません真臥禧さん? もし何か理由があるんなら力になれるかもですし」


 真臥禧はその場で姿勢を低くすると倒れたまま痙攣している運転手に手を触れる。するとその痙攣はピタリと止まり、そのままその体は二度と動かなくなってしまった。


「まーちゃんっ!!」

「この、世界はねみーちゃん……。き、希望なんて、無いんだよ……。法律とか、和平とか、皆、皆そんな事言ってるけど、さ……。そんなの全部、上っ面だけなんだよ……」

「それが理由ですか真臥禧さん? 世界に絶望したから? 無理心中的なやつって事です?」

「…………君は、何かしたの?」

「はい?」

「この世界が良くなる様にって……行動した?」

「さあ、どうですかね~。ただまあ、問題が起こったなら対処はしようとしてますよ」

「誰かを犠牲にしてでも……?」


 先程まで小降りだった雨が急に勢いを増す。


「犠牲って……もしかしてですけど、萌葱さんの事ですか? やっぱり一緒に行動してたんですね?」

「知ってるよ……君は日奉菖蒲、萌葱さんと同じ、日奉一族……そして、そっちに映ってるのも……」

「おやボクの事も知っているのですか」

「遅い……遅すぎるよ……」


 頬を打つ雨がますます強くなり少し痛みを感じる程になる。


「皆……知らん振りしてた。萌葱さんはずっと、ずっと苦しんでたのに……。それなのに何も、な、何も教えなかった……都合が悪いから」

「まーちゃん……鵺を封印するために使われてた脳味噌、あれが関係あるの?」

「そっか……みーちゃんも知ったんだ、ね。ひ、ひ、酷いと、思わなかった……?」

「……確かに鵺の特性を利用するにしても、誰かを生贄にするのはやりすぎだと思う。あたしもそれを擁護するつもりは無い。だけど、それで萌葱さんが苦しんだんだとしても、まーちゃんがあたし達を殺そうとする理由が分からない。萌葱さんが怨霊になって出てくるなら仕方がないと思う。でもまーちゃんは……関係無いでしょ?」

「関係、無い……?」


 地面を打つ雨の音がますます酷くなり、お互いに話している言葉も断片的にしか聞こえなくなり始めた。


「お願いまーちゃん! 話ならちゃんと聞くからあたし達と一緒に!」


 真臥禧は何かを喋っているらしく口を小さく動かしていたが、それが独り言なのかこちらに何かを伝えようとしているのかは分からなかった。しかしこちらに背を向けてその場を立ち去ろうとしており、これ以上の意思疎通をするつもりは無いという事ははっきりとしていた。

 命ちゃんは彼女を捕獲しようと駆け出し、私も魔姫ちゃんの手を引いてその後を追い始めた。するとそれを察知したのか真臥禧は少しだけこちらに顔を向けると私達の方へと指を差した。それを合図にするかの様に後ろから何かが崩落するかの様な音が響き、振り向いてみると大雨による大規模な土砂崩れが発生していた。


「命ちゃん追跡は諦めよう! このまま追っても無理!」

「でも今行かないと!」

「姉ちゃんダメ!!」


 無理矢理追跡しようとした命ちゃんの手を引いたのは魔姫ちゃんだった。その直後、命ちゃんが向かおうとしていた方向でも土砂崩れが発生し、私達は進路も退路も完全に断たれてしまった。先に崩れた方を見てみると巻き込まれた狐達も居るらしく、仲間の死を嘆く様に鳴き声を上げている姿があった。


「ま、魔姫……」

「……何か、分かんないけど……凄い嫌な感じしたから。さっきのまーちゃんの目……昔のまーちゃんの目じゃなかった……」

「……えっと、さ。まずは狐達助けない? いくら普段野生だって言っても、この豪雨の中じゃ体冷やしちゃうだろうし」

「ええ……ええ、分かってる。ごめん、行こう」

「一応ボクの方から本部に追加の救援要請をしておきましたよ、いずれにしてもこの土砂をどうにかしなければ帰りようがありませんがね、まあ別にボクからすればネットワークを通して移動すれば済む話ではあるんですが念のため皆さんが救助されるまで一緒に居ますよ」


 その後私達は少しずつ弱まっていく雨の中、救助が来るまで狐達と身を寄せ合っていた。最初に囲まれた時よりも遥かに総数が減っており、真臥禧の力によってかなりの数が命を落としたのだろう。彼らがあそこまで恐れていたのも頷ける。真臥禧にとって他の超常存在は全て手駒に過ぎないのだろう。用が済んでしまえば、それが捕まろうが死亡しようが何とも思わないのだ。

 真臥禧は間違いなく対処しなければならない恐るべき人間である。しかし何故彼女が私達を殺そうとするのかがまだはっきりとはしていない。この社会や世界に絶望、失望している様子なのは確かだが、何故彼女がここまでするのだろうか。命ちゃんが言っていた様に、萌葱さんに恨まれるのであればまだ理解出来る。だがたかが知り合いだった筈の真臥禧が、彼女の代わりと言わんばかりに行動しているのが何故なのかが見えてこない。もし友人関係だったとしても、そこまでするだろうか。


「命ちゃん命ちゃん。参考までに聞きたいんだけどさ。もし私が誰かに殺されたら、命ちゃんはそんな奴が存在する世界を滅ぼそうと思う?」

「何を……。、まあ、そうだね……復讐はするかもしれない。だけどそれは君を殺した相手に対してであって、社会とかにはしないと思う。他の人達は関係無いから」

「殺されたのが魔姫ちゃんだとしても?」

「何なのお前! そんなに嫌いなら二度と面見せんなッ!」

「そういうつもりで言ったんじゃないってば~。じゃあじゃあ、逆に聞くけど魔姫ちゃんがその立場ならどうする?」

「アタシは……」


 数秒の沈黙を挟み、魔姫ちゃんは口を開く。


「そういう奴らは許せないし絶対殺す。でも……まあ、その……別に他の奴らは関係無いと思う。学校にはムカつく奴らばっかだけど……でもそいつらは、関係無いから……」

「魔姫ちゃんは命ちゃんに似て優しいね~」

「ウザい! 何様だお前!」

「まあ、でもそれ聞いて安心しちゃった。そうだよね、そんなもんだよね」


 私の考え方が二人と一致している事を知り、少し安堵する。私は社会を生き抜くためならいくらでも本心を隠して相手に合わせた人格を演じるつもりではある。だが時折不安になるのだ。いつしかそれが演技ではなく本心になり、大切な人すらも平気で切り捨ててしまうのではないかと。


「菖蒲ちゃん……?」

「いやいや気にしないで。何でもないよ~」


 雨が止み、空に掛かっていた雲が風に流されたのか星空が顔を覗かせ始める。遠くでは少しずつサイレンの音が近付いて来ていた。

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