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特異事例調査員 日奉菖蒲の調査ファイル  作者: 龍々
case21:夜明けと晩に
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第71話:愛のためなら全てを化かす

本章は日奉一族シリーズの「日奉家夜ノ見町支部 怪異封印録」第79話、「約束の為日を奉り 宵闇照らす朋の月」とリンクしています。

 JSCCOから派遣された車に乗った私達は数時間かけて亜実地区へと辿り着いた。そもそも出発した時間がかなり遅かったという事もあってか、辺りは完全に暗闇そのものだった。この辺りもかつては村があったらしいが、四年前の『黄昏事件』の際にダムの決壊に飲み込まれて以降、誰も住まなくなってしまったらしい。そもそもダムの底に鵺が封印されていたのだから、何らかの穢れが溜まっている可能性も高い。人が住まなくなるのも仕方がない事だろう。

 私達はまずは萌葱さんの遺体発見場所から確認するために、運転手の人から手渡された小型のライトを点灯し、調査のために行動を開始した。


「魔姫、離れないで」

「分かってる……」

「ねぇねぇ、蒐子さんへの連絡どうする? 結局あのイヤホン持ってこれなかったけど」

「携帯でどうにかするしかない。一応充電は問題無いと思うけど、念のため必要な時だけにしよう」

「オッケオッケ」


 人が住まなくなったせいで街灯も何も機能しなくなっており、この小さなライトが無ければ足元すら覚束ない程の場所だったが、三人で協力し合いながら何とかダムがあるという場所へと進んで行った。すると突然私のスマートフォンに着信が入り、画面上に模倣体の方の雌黄さんが姿を現した。


「こんばんは」

「あっ、雌黄さん!」

「どうやらただならない事態の様ですのでボクもサポートさせてもらいますね、本来ならボクの本体……いえ、もう一人のボクと言うべきでしょうか。彼女に任されていたのですが時間が時間ですからね肉体にいつまでも縛られている彼女にはお眠の時間の様ですので代わりにボクが来ました」

「ありがとう雌黄さん。日奉萌葱さんの亡くなってた場所を確認したいんだけど、お願い出来る?」

「そう言うと思ってもう用意してます」


 そう言うと雌黄さんは画面の端へと移動し、真ん中に地図アプリを表示させた。どうやら私達が今居る場所から数メートル進んだ所が萌葱さんの発見場所らしい。それを確認しながら足を進めていき林の中へと入っていくと、地図上に表示されていた現在地のマークがピタリと問題の場所に重なった。


「そこです。今立っているそこが萌葱さんの発見場所ですよ、ちなみに検死や現場の鑑定などは既に行われていますからその点はご心配なく」

「ダムが決壊したと考えると、ここまで流されてきたのかもね」

「だねだね。萌葱さんが見つかった時の装備から考えても、ダムに入ってたのは間違いないと思うし」

「ね、ねぇ……さ、さっきから何なのそいつ……新しいAIか何か?」

「ふむ、ボクをAIと同レベルと捉えるとは何とも遺憾ですね、ボクはやろうと思えば世界中のネットワークを一斉に停止させる事も可能ですし、このまま貴方のスマートフォンに侵入する事も出来る天才的な存在なんですよ」

「……姉ちゃんこいつ絶対ヤバイ奴!!」

「魔姫、この人は大丈夫だから」

「雌黄さん雌黄さん、発見当時の萌葱さんの写真ってあります?」

「もちろん記録されていますしボクの手に掛かればすぐに表示出来ますが正直おすすめはしません」

「大丈夫です大丈夫です。お願いします」

「分かりました」


 なるべく魔姫ちゃんには見えない様に気をつけつつスマートフォンの画面を見る。そこに表示されたのは、雌黄さんが言う様にあまり見たくなる様なものではなかった。萌葱さんはねぇねが言っていた通り、酸素ボンベやゴーグル、足ヒレなどを装着した状態で死亡していた。長期間水に浸かっていたからか、水分を吸収して体が膨れており、当然ながら血色も悪くなっていた。いわゆる『土左衛門どざえもん』というやつだろう。


「確かに、この感じだと絶対ダム入ってますね。それにこの箱……」

「百さんが言ってたものじゃないの?」

「うんうん、ねぇねが言ってたのがこれだと思う。これに脳味噌が入ってた訳だね。萌葱さんと近いDNAを持った脳味噌が」

「ちょっとお前! ア、アタシそういうのあんまり得意じゃ、うっ……!」

「ごめんね魔姫。ちょっとあっち行こう」


 命ちゃんが魔姫ちゃんを連れて少し距離を取る。

 写真を更に見てみると、箱の側には白い豆腐の様な物が地面にへばりついており、その形から想像するに外部からの強い衝撃が加わっている様に感じた。


「ねぇねぇ雌黄さん。これって何ですかね?」

「何を言ってるんです貴方がさっき言ってたではありませんか脳味噌ですよ。鵺の力をコントロールするために使われてたのがそれだったんです、まあ百さんが破壊した様ですが」

「ねぇねが?」


 雌黄さんによると、鵺は人間の想像力によって存在を固定化していたコトサマらしい。つまり誰かから強く意識されたりしなければ強力な力も使用出来ないという事だ。その事に気がついたねぇねは力の発生源がこの脳味噌だと気付き、踏みつけて破壊したのだという。雌黄さんの記録によれば当時私もこの場所に来て鵺相手に戦ったらしいが、まだ目覚めたばかりだった私の記憶の中には当時の記憶が残っていない。上手く能力が制御出来ず、しーちゃんの意識と自分の意識が半分ずつ覚醒している状態だったのが原因かもしれない。


「菖蒲さんボクとしては萌葱さんの死因などには異常な点は無いと考えています、検死結果は溺死であり遺体の状態から見ても水中に沈んでいたのは確かです。ここで問題なのは誰が鵺を目覚めさせたかだと思います」

「確かにそうですね……。鵺は黄昏街に送られてた訳じゃないんですよね?」

「はい。あの事件の時に黄昏街へと追放されていたコトサマがこちらの世界に攻め込んできたのは事実ですが、鵺はそれよりも遥かに前にこの場所に封印されていた様ですね、ちなみにボクが調査記録を基にまとめたデータによるとあの脳味噌が封印に使われていた様です」

「脳味噌が、ですか?」


 どうやら件の脳味噌は呪術的な手法によって腐らない様にされていたらしい。恐らく時間に干渉する何らかの術があるのだろう。雌黄さん曰く、脳味噌というのは生物にとってのメインデータとも言える存在らしく、そこから各パーツに電気信号を送る事で体を動かすという。つまりそこに何らかの細工を施す事が出来れば、特定の行動だけを繰り返す状態にする事も理論上可能だという。


「『鵺など存在しない』という思考だけを繰り返す様にしていれば鵺をその場で永遠に封じる事が出来ます。通常のコトサマ以上に人の意識に左右される鵺ならではの対処法と言えるでしょうね」

「だとすると萌葱さんの目的は……」

「日奉の名を与えられた者が裏切るなどとは思いたくありませんが菖蒲さんの考えも十分可能性としては有り得ると思います。萌葱さんの目的が最初からあの脳味噌を解放する事だとすれば一連の行動にも説明がつきます。当時彼女が行動を開始したと思しき日付にはまだ鵺は目覚めていませんでしたから」


 もしそうだとすると、萌葱さんはあの脳味噌だけになった人を助けようとしてあの潜水用具を揃えた。雌黄さんでも追跡が出来なかったというのも携帯の電源を完全に消していたのだとすると説明がつく。しかし萌葱さんが裏切ったのだとすると、そこで真臥禧がどう関わってくるのかが分からない。二人の間には繋がりがあったらしいが、真臥禧が萌葱に協力していたのは何故だろうか。


「菖蒲さん殺月真臥禧の偽装死体発見現場も確認するべきかもしれません。彼女がどういった手段を用いてボク達の検査を掻い潜ったのかがボクとしても気になって仕方ありません」

「うんうん。もちろんそっちも調べるつもりです。私の考えが正しいなら、真臥禧さんに認識を書き換える様な力は無い筈ですから」


 離れた所で魔姫ちゃんを落ち着かせていた命ちゃんに声を掛けると、まだまだ明ける事はない夜闇の中を歩いて車の所まで戻った。幸いにも何事も無かったらしく、車も運転手も無事だった。

 車へと乗り込んだ私達は運転手の人にスマートフォンの画面を見せ、真臥禧の偽装死体発見現場へと向かって欲しいと頼んだ。外ではポツポツと小雨が降り始めている。


「菖蒲ちゃん、どうだった?」

「まず萌葱さんの死因は間違いなく溺死だと思う。話にも出てた脳……アレは、鵺を封印するための道具だったみたい」

「道具?」

「うんうん。鵺って人間の意識によって存在が左右されるコトサマらしいんだけど、アレに色々何かをやって『鵺は存在しない』っていう意識だけが連続する様にしてたのかも」

「それなら萌葱さんは……」

「うん。多分萌葱さんは鵺を倒そうとしたんじゃなくて、ただアレを解放しようとしてただけなんだと思う」


 萌葱さんがどうやってあの場所に脳味噌があるという事を突き止めたのかは分からないが、仮にそれを知っていたとしても鵺の封印のためだと分かれば解放しようとは考えなかったのではないだろうか。彼女も日奉一族の一人であり、コトサマの対処を任されていたという事は自分でそうしたいと望んだからだ。私やねぇね達も皆そうだった。特殊な力を持っていても本人が望まないのであれば、普通に生きていてもいいと言われたのだから。


「ねぇ」

「うん? どしたの魔姫ちゃん?」

「その……まーちゃんの死体がどうこうとか言ってるけど、さ。それってホントに偽装されてたの?」

「どういう意味、魔姫?」

「いや……アタシもほら、何か認識がどうのこうのって力を持ってるワケでしょ。だから、その死体も偽装してたっていうより、検査する側の人間の認識が全員おかしくなってたんじゃないかって……」

「どうなんですか雌黄さん?」

「……有り得なくはない考えかもしれません」

「え?」

「あの時検死に参加していたのは全員普通の人間でした。認識障害は人間の脳に作用する事で初めて機能する超常能力です、ボクの様にデータそのものには何の効果も持ちません。……しかしあの遺体は何故か全身が焼け焦げて指紋も何もかも焼かれていたんですよ、それこそ一切の個人情報が分からなくなりそうな程に」


 当時、真臥禧本人だと思われていた遺体は全身が炭化するレベルで焼け焦げており、指紋の採取も出来なかったという。しかも歯も全て無くなっており、遺体の隣に落ちていた学生証が無ければ身元の特定は出来なかったという。当時は『黄昏事件』のせいで社会そのものが混乱していた。他にも死者や行方不明者が出ていたという状況を考えると、あまり一人に長い時間を掛けられなかったと考えられる。


「もし魔姫の言う様に、何らかの認識改変が掛けられていたとしたら……」

「真臥禧さんがそういう術をどこかで習ったか、あるいは何かに手伝わせたとかが考えられるかもだね」

「ア、アタシは……姉ちゃんと違ってプロとかでもないし、あんまし分かんないけど……でもアタシみたいな力があるなら、そういうやり方もありえると思う」

「だねだね。私も魔姫ちゃんの考えは結構いい線行ってると思うよ。問題はどうやってやったかだけど――」


 ふとスマートフォンに目をやると、目的地を既に通り過ぎてしまっている事に気がついた。その事を運転手に伝えようと何度も呼びかけるものの、何の返事も帰って来ない。聞こえていないのかと肩に触れてみると、その体はだらりと横に倒れ込んだ。それを見て慌ててハンドルへと手を伸ばそうとした私だったが、すぐに異常な部分に気がついてしまった。


「ちょっとお前何やって……っ!」

「菖蒲ちゃんハンドル!」

「いや、いやいや……それがさ、何か、普通に走ってるんだよ、これ」


 私が手を触れていないにも関わらず、何故かハンドルは正常に動き続けており、自動運転でもしているかの様に問題無く動き続けていた。あの運転手の倒れ方からすると確実にハンドルが大きく動いてもおかしくなかったというのに、道沿いに真っ直ぐ進み続けているのだ。


「命ちゃん魔姫ちゃん! 何かおかしい! 雌黄さん本部に連絡を!」

「もうしてますとも。それより全く……ボクももっと早くに気がつくべきでしたよ。今回ばかりは自惚れていたと反省するしかありませんね」

「な、何の話ですか!?」

「脱出しましょう。ボクの見解が正しければ今乗ってるのは車なんかじゃありません、ボク達はさっきここに乗り込んだ段階で既に化かされていたんです」


 雌黄さんの言っている言葉の意味は分からなかったが、何らかの異常存在が絡んでいるのは間違いなかった。外では雨に紛れて、提灯の様な灯りがぽやぽやといくつも浮かんでいるのだから。

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