第70話:厄進
本章は日奉一族シリーズの「日奉家夜ノ見町支部 怪異封印録」第79話、「約束の為日を奉り 宵闇照らす朋の月」とリンクしています。
命ちゃんと共にアパートへ帰り魔姫ちゃんも含めて私の部屋で夕飯を食べていると、突然玄関のチャイムが鳴らされた。このアパートに訪ねてくる人間は滅多にいない。それこそ宅配か何かでもない限りは訪問はありえない。しかも私もねぇねも何かを頼んだ覚えは無く、命ちゃんも当然そういったものを頼んだ覚えは無いとの事だった。つまり、宅配ではない何者かが訪ねてきたという事である。
少し警戒しながら立ち上がろうとした私を命ちゃんが制止する。
「待って……罠かもしれない」
「分かってるよ。でもでも、多分だけど真臥禧さんの可能性が高いでしょ? 私達に正体がバレた以上、あの人が今までみたいに姿を隠して殺しに来る理由なんて無いんだしさ」
私達が初めてあの人と面と向かって会ったのは雨竜島での事だった。あの時あの人は「覚えられていたら殺しにくい」と言っていた。理由は不明だが私達が標的にされているのは間違いない。しかし命ちゃんや魔姫ちゃんの従姉という事もあり、少なくともその二人に対しては躊躇が多少はあると思われる。だから今まで彼女は命ちゃんの相棒である私を優先し、遠くから仕掛けてきたのだろう。だが正体がバレた以上、彼女にとって私達の殺害は最優先事項となった可能性がある。
「……分かってる。だから、裏から出よう」
「ちょ、ちょっと何の話してんの……? 何でまーちゃんの名前が……」
「魔姫ちゃん、悪いんだけどさ、今は私達の指示通りに動いてもらえるかな? 状況が状況だから」
「ハ、ハァ!? 何でお前に指図されなきゃ!?」
「魔姫、お願い。今はあたしの言う通りにして」
「…………ん」
チャイムが鳴り響く中そっと立ち上がった私達は窓際へと物音を立てない様に移動すると、鍵を開けてそっとベランダへと出た。ここは二階ではあるが、飛び降りても大して問題は無い高さなのでここから逃走出来る。しかし命ちゃんのステッキは雨竜島に置いてきたままになっているため、まずは隣の部屋にある替えのステッキを手に入れる必要があった。命ちゃんの力はあの武器を通す事で初めて発揮出来るのだ。一応それ以外の簡単な術は使えるそうなのだが、やはりコトサマを相手にするにはあれが無いと危険と言える。
「命ちゃん命ちゃん、魔姫ちゃんは私が見てるから取りに行って。回収したら下に降りて――」
突然、私の声を遮る様にして何かが破損する音が響いた。部屋の中を覗いてみると玄関ドアの向こうから発光する棒らしき物が顔を覗かせていた。明らかに命ちゃんがいつも使っているステッキ剣と同様のものであり、彼女の使っている『殺月流闘怪妖術』をどこかで知った人間なのは確かだった。命ちゃんが見つけたという古本は祖父母の家にある納屋から発見された物であり、恐らくあの劣化具合から見るにかなり古い物である。現代の本と違い、量産されているとは考えにくい代物だった。
「な、なんっ……!?」
「命ちゃん急いでっ……!」
大きな声を出しそうになった魔姫ちゃんの口を塞ぎ、抱き抱える様にしながら玄関の方へと視線を向け続ける。ステッキ剣は妖術と称される不思議な力によって少しずつドアに切れ込みを入れており、その様はまるでチェーンソーの様だった。
「二人共っ……」
ベランダの仕切りを乗り越えて替えのステッキを回収した命ちゃんの声を聞き、私は魔姫ちゃんを抱き抱えた状態で下へと飛び降りた。人間一人を抱えた状態であったため着地は綺麗には出来なかったが、幸いにも負傷は免れており、そのまま表の歩道へと飛び出し急いで逃げ出した。
突然の事であったためイヤホンを持ち出せていなかった私達は、携帯を使い蒐子さんへと連絡を入れようとした。しかしこんな都会だというのに何故か電波障害が発生しており、アンテナが一つも立っていないという異常な状況だった。まるで萌葱さんと真臥禧が移動したルート上で発生していた監視カメラの異常の様だった。
偶然近くを通りかかったタクシーを呼び止め、三人で慌てて乗り込むと亜実地区へと繋がるポータルを管理している『日本時空間管理局』へと向かって欲しいと伝えアパートから距離を取り続けた。
「命ちゃん命ちゃん、これまずいかも……。思ったよりもガチな感じで殺しに来てるっぽい……」
「ええ。もしかしたら気付かれたのかも。多分あの亜実地区には知られたくない何かがあるのかもね……」
「ね、ねぇちょっと! 何なのさっきから! 何が起きてんの!?」
「……魔姫、今からお姉ちゃんの言う事、よく聞いてね?」
命ちゃんは魔姫ちゃんの顔を真っ直ぐに見ながら冷静に真臥禧の事を伝えた。話を聞いている魔姫ちゃんの表情は予想もしていなかったであろう事実に困惑を示しており、時折私の方にも目線を向けていた。彼女にとって命ちゃんは優しい姉であり、自分に嘘をつく存在ではない。だからその相棒である私が姉を誑かしているのではないかと考えたのだろう。だが、流石の私も真面目な表情を返すしかなかった。
「待っ……てよ。だ、だってまーちゃん死んだって言ってたじゃん!」
「ええ。正直……あたしも信じられない。まーちゃんが生きてたのは嬉しいけど、でも今のあの人にとってあたし達は暗殺対象でしかないんだと思う」
「意味分かんない……意味分かんないよ……何で、アタシ達を……」
「……魔姫ちゃん魔姫ちゃん。気持ちは分かるけど、今はとにかく落ち着いて。今から真臥禧さんの遺体が発見されたっていう場所に行くから、離れない様にしててね」
「何なのお前……何なのお前ぇ! お前が来てからおかしくなったんじゃん! 大体! 何なの日奉一族って! あの時から急に我が物顔で出てきて! そしたら今度はいつの間にかコトサマがどうとか言い出して!」
魔姫ちゃんの言っている事はごもっともだ。『黄昏事件』によってコトサマが世界中で認知され、社会のシステムは大きく変わった。そして超常社会での問題を治めるために日奉一族が様々な機関へと入った。ある意味、私達のせいでおかしくなったとも言える。日奉一族は一体どこで間違えてしまったのだろうか。
「魔姫、お願いだから落ち着いて。……あの、すみません運転手さん。もう少しスピードを上げてもらえませんか?」
「無茶言わないでください。この時間帯は丁度仕事終わりの人が多くて込みやすいんですよ」
確かに夜とは言ってもまだそこまで暗い時間帯ではない。それどころか込みやすい時間帯である。徒歩での移動よりかは遥かに速いが、あまり長時間この場に拘束されると追いつかれる可能性もある。
「命ちゃん降りよう。徒歩の方が狭い路地とかで撒きやすいかも」
「そうだね……。すみません、ここで降ろしてください」
「え、ここでですか? えーとでは……」
路肩へと停められたタクシーから先に降り、支払いが終わるまでの間後方を確認し続ける。人混みが多くこの中に普通の恰好をした真臥禧が紛れ込めば、恐らく私達では気付けないだろう。腰の辺りまである長い黒髪もまとめてしまえばある程度隠せる上に、この時間になれば黒髪は闇に溶け込みやすい。
その時、ふと私の中である疑問が浮かんできた。先程は逃げるために必死になっていたせいで気がつかなかったが、本来であれば異常だと感じなければならなかった事だった。
「菖蒲ちゃん、行こう。魔姫も離れないで」
「ちょっと待って命ちゃん。何か……おかしいよ」
「おかしい?」
「真臥禧さんは多分、不幸を振り撒く厄災の力を持ってるんだと思っていいと思う。でさでさ、もしそうならどうしてあの時に仕掛けてこなかったんだろう?」
「……そういえば」
「真臥禧さんは命ちゃんや魔姫ちゃんに気付かれずに殺したかったみたいだけど、それならあの時点で厄災としてアパートごと潰せば良かった筈でしょ? それなのにわざわざ正面から仕掛けてきた。暗殺を狙ってるなら寝静まった頃を狙ってもいい筈なのに」
「誘導、された……?」
「ちょ、ちょっとマジで何なの!? ま、まーちゃんはホントに――っ!?」
それはあまりにも突然過ぎた。突如何かが破裂するかの様な音が響き、少し離れた所にあったマンホールが水柱によって空中へと吹き飛ばされていった。更にそれに続くかの様に激しい地震が発生し、そこら中で自動車が追突事故を起こし始めた。私達はなるべく低い建物の近くに移動して身を屈め、揺れが収まるまで待ち続けた。
揺れが完全に止まったのは3分経った頃だった。かなりの長時間揺れ続け、そのせいで様々な場所で二次災害が発生しているという状態だった。複数のビルからは火の手が上がり、道路は下水管の破裂により冠水してしまっていた。
「何が、起きてんの、これ……?」
「ねぇねぇ命ちゃん……私の勘違いであって欲しいんだけどさ、もしかして真臥禧さんの真の目的ってこれなんじゃないのかな?」
「被害の……拡大?」
「うん。私達を殺すのは目的の一つに過ぎなくて、本当の狙いはこういう人口密集地での大規模災害とかじゃないのかな」
もし真臥禧が萌葱さんと何らかの関係を持っており、かつて本当に共に行動していたのであればこの行動の理由が見えてくる。日奉千草は自らを救ってくれたという日奉秘色のために本家筋を抹殺しようとしていた。彼女は復讐のために動いていた。しかしそれでもあくまで日奉一族だけにしかその矢印は向いていなかった。だが、もし真臥禧が萌葱さんを殺された怒りを世界そのものに向けたのであればこういう事をしてもおかしくはない。
携帯に着信が入る。
「もしもし」
「あっ日奉さん! 良かった無事でしたか!」
「蒐子さん……」
「だ、大丈夫ですか? かなり大きな揺れだったみたいなんですけどー……」
「うんうん。私も命ちゃんも大丈夫ですよ。ただ、もしかしたらこの地震……真臥禧さんが起こしたのかもなんです」
「え? それはどういう……」
「代わって」
命ちゃんに電話を替わってもらい代わりに説明をしてもらっている間、周囲を見回した。人々はお互いに助け合いながら避難を開始していたが、その中に真臥禧らしき人物の姿はどこにも無かった。恐らくこれ以上やれば自分の居場所が特定されると考えたのだろう。いや、もしかするとこの時点で既に目的を一つ達成したのだろうか。
よくよく思い返してみれば、何故か彼女が起こしたと思われる不幸は少しずつ範囲が広くなっている様な気がする。ビルの倒壊、飛行機のスライドパネルの破損、エレベーターの落下、ねぇねが遭遇したという暴走自動車、蜃を使役しての襲撃、雨竜島での『ゾーン』の解放、そして今回のこの地震。いやもしかすると眞宮市子が居た聖名後村を襲った地震も真臥禧が起こしたものかもしれない。
「……ええ、だから悪いんだけど車を派遣して欲しい。そう、管理局まででいいから。……ええ、お願いね」
通話を切った命ちゃんがこちらに携帯を手渡す。
「何て?」
「ひとまず足は用意してもらえる事になった。こうなったらもう、従姉だからとか言ってられない。もしまーちゃんがこれを起こしたなら、あたし達が止めないと」
「姉ちゃん何言ってんの!? 見て分かんない!? いいから逃げようって!」
「……ごめんね魔姫。お姉ちゃん、どうしてもそれだけは出来ない」
「何でさ! そいつにやらせとけばいいじゃん!」
「魔姫」
命ちゃんは魔姫ちゃんへと視線を合わせると、じっとその目を見つめた。
「あたしは、JSCCOの調査員なの。もし何か超常的な力によって事件が起きたなら調査しないといけない。例えそれが血の繋がった相手だったとしても」
「でもっ……そんなのそいつとか、他の奴に任せればいいじゃん! 何で姉ちゃんが……」
「あたしもまーちゃんも、殺月の名を継ぐ者だから。同じ殺月として放っておく訳にはいかない。あの人に何があったのか……あたしが調べないとダメなの。血が繋がってるからこそ」
「分かんない、よ……」
「うん……分かってくれなくてもいい。これはお姉ちゃんの、あたしの考えだから。だから魔姫は避難して。今からJSCCOの応援が来てくれるから」
「やだ……」
「魔姫、お姉ちゃんは一緒に行けない。だから――」
「独りぼっちなんて、もうやだッ!!」
地震被害の喧騒の中でも魔姫ちゃんの声は響いた。
「何が起きてんのか、アタシには分かんないけど、さ……でも、でももしまーちゃんが関わってんなら、アタシにだって調べる権利はあるでしょ」
「でも……」
「魔姫ちゃんさ、それってマジな感じかな?」
「お前の事なんてどうでもいいけど、でも……一応、お前はアタシにアドバイス、くれた。だから……一回だけ! 一回だけ、今回だけ手伝う」
「魔姫ちゃんは優しいね~。ねぇねぇ命ちゃん、魔姫ちゃんにも来てもらおうよ。真臥禧さんは多分魔姫ちゃんの能力の影響を受けないんだろうけど、少なくとも他のコトサマとかからは隠れられると思うよ。どうせもう真臥禧さんは何かのコトサマにコンタクト取ってるんだろうし、役に立つかもよ?」
「…………分かった。ただし、絶対に無理はしないで魔姫。危なくなったらすぐに逃げて」
「ん……。ま、どうせ姉ちゃん達以外の奴らは見えもしないんだろうし……」
予定には無かったが魔姫ちゃんも仲間に加わった私達は、現場へと駆けつけてくれたJSCCOからの車へと乗り込み、運転手の人に日本時空間管理局へと向かって欲しいと伝えた。
「命ちゃん、魔姫ちゃん、今から真臥禧さんの偽装死体が発見された場所に向かう訳だけど、ちょっと私の意見を聞いて欲しいんだ」
「どうしたの?」
「一応聞いたげる……」
「あくまで私の予想なんだけど、もしかすると真臥禧さんは少しずつ力を強めてるんじゃないかと思うんだ。命ちゃんには思い返して欲しいんだけどさ、今までの長髪黒コートの女の人を目撃した場所で起こった事故とか不幸って、少しずつ大きくなっていないかな?」
「…………確かに。あの時はまだまーちゃんがやってるとは知らなかったけど、もしあれが全部まーちゃん自身がやってたんだとしたら……」
「今日のこれも予行演習みたいなものなんじゃないかなって思うんだよね。それこそ、自分の力を試すためのさ」
「待ってよ。お前さっきから知った風に言ってるけど、まーちゃんは何でそんな事しようとしてんの? それにそんな力……いやアタシも持ってるけど、マジであるの?」
私はまだ詳しくは情報を知らない魔姫ちゃんに真臥禧と日奉萌葱さんという存在の関係性について語った。どれもまだ確定事項では無いが、二人同時に行方不明になっている以上何らかの繋がりがあり共に行動していた可能性があるのだ。そして四年前に起こっていた奇妙な監視カメラの動作不良、あれをただの偶然で済ませるのはいくら何でも難しい。やはり真臥禧には厄災を振り撒くか、あるいはそれに類する力があると見て間違いないだろう。
「……とりあえず分かった。でもまーちゃん、ホントにアタシ達まで殺そうと……」
「魔姫ちゃんはどうか分からないけど、少なくとも社会に被害を与えて何とも思わないくらいにはなってるんだと思うよ」
「やっぱり萌葱さんの死が関係あると見てもいいのかもしれない」
「だねだね。もし真臥禧さんが復讐のために世界そのものを壊そうとしてるんなら、まだまだ今日のは序の口レベルかも」
私はどうか自分の予想が当たっていない様にと祈りつつ、『ポータル』がある日本時空間管理局まで向かった。




