第7話:巨頭達の村
『人面移植事件』から数日が経った。現在の法律では『ずんべら』を裁く明確な罪状が無いため、軽犯罪法によって立件する事しか出来なかった。彼が『顔を盗む妖怪』であるというアイデンティティを持っている以上は、それ以外の法律で罪に問うのは難しいらしい。
そんな中、アパートの一室で目覚めるとスマートフォンにメールが届いていた。見てみるとJSCCOからの仕事の依頼であり、確認次第蒐子さんに連絡を入れて欲しいとの事だった。そのためすぐにイヤホンを片耳に付けてスイッチを入れる。
「おはようございまーす……」
「あっ日奉さん、おはようございます。朝からすみません」
「いえいえ全然……それで~何があったんです……?」
「……大丈夫ですか? えっとですねー……」
完全には覚醒していない頭を働かせるために洗面所で顔を洗いながら話を聞いた。
どうやら九州地方のとある場所で磁場の乱れが観測されたそうだ。『黄昏事件』以降、オカルト技術の研究が進んだ事によって、それに並行する様に科学技術も進歩した。これにより世界各地で『時空間異常』が発見される事となった。そして何故かそれらが発見される場所では必ずと言ってもいい程に磁場が乱れていたのだ。そんなものの中で安定化に成功した一部が『ポータル』として機能している。
「うーん……新しい『時空間異常』が見つかったって事ですか?」
「それがちょっと違いましてー……何故かは分からないんですけど、磁場の乱れが安定しないと言いますかー……」
通常であれば『時空間異常』が存在する場所は磁場が乱れ続けている。そこでは乱れ続けているのが正常な状態なのだ。しかし今回新たに発見されたという場所は、その磁場の乱れが安定していないらしいのだ。つまり、磁場が乱れていない状態と乱れている状態が不定期に切り替わっているという事である。テレビなどで発表されている情報やJSCCOの資料に嘘が無いのであれば、これは前例の無い現象であり何らかの新たな超常現象が発生する予兆とも取れた。
「分かりました。そこに行けばいいんですね?」
「すみませんがお願いします。学校と殺月さんにはもう伝えてありますから都内の『管理局』へ向かってください。向こうに着いたら追って連絡しますね」
「了解でーす」
調査が長引く事を考慮して購入していた保存食や飲料をリュックへと入れると、急いで家を出た。本来であれば平日であるため高校に通わなければいけないのだが、日奉一族の一人という事もありJSCCOへと正式に加入している私には、仕事の時は公欠となる特例が許されていた。九年もの間昏睡状態だったという私からすれば、学校を休まなければならないというのは勉強が遅れる事になるため非常に困るのだが、少しでもねぇねの手助けをしたかったため我慢するしかなかった。
電車を乗り継いで『日本時空間管理局』へと到着し中に入ると、既に殺月さんがいつもの格好で待っていた。
「遅い」
「ごめんごめん……普通に起きたつもりだったんだけどな~……」
「……それで今回の調査だけど、内容は聞いてる?」
「うんうん。新しい磁場の乱れが観測されたんだよね。でも何か変な感じっぽいけど……」
「気を引き締めよう。何が起こるか分からないよ」
職員の人によって『ポータル』が起動し、二人でその中へと足を踏み入れる。相変わらず目が痛くなりそうな虹彩をしており、前後左右の感覚が分からなくなりそうな浮遊感だったが、そろそろ外へと出られる頃かと思った瞬間、突然殺月さんが私を掴んで二人の居る位置を無理矢理入れ替えた。
直後『ポータル』から吐き出された私は無機質な床へと投げ出され、目を開けてみると目の前に殺月さんの姿があった。傍から見ればまるで押し倒されている様に見えたかもしれない。
「あ、あのあの……殺月さん?」
「……この間のお返し」
「あのーお二人もお怪我はありませんかー?」
「……大丈夫です。すぐに行きます」
心配した職員からの問いかけに答えると、殺月さんは何事も無かったかの様にスッと立ち上がりつかつかと部屋から出て行った。一人で行かせる訳にはいかないため急いで私も後を追う。
外に出てみると初めて見る山の景色であり、当然の事ながら以前『八尺様』の時に使用した『ポータル』とは違う場所らしかった。スマートフォンを開いて地図アプリで調べてみると鹿児島県のとある山奥の様だった。
「鹿児島か」
「如月さん、着いたけど」
「あいててて……あっはいはい。えっとですねー……当該の場所なんですけど、そこから徒歩で一時間くらいの場所ですね」
「一時間!? え~……あのバスとかは……」
「無いですね。本当に申し訳ないんですけど徒歩でお願い出来ませんか?」
「無いならしょうがないね。ほら日奉さん、行くよ」
「う、うん」
以前の事件ではバスを使う事が出来たが、今回はそういった公共交通機関を利用出来ない程の場所らしい。文句を言っても仕方がないため、蒐子さんから送られてきた現場の座標を頼りに車一つ通らない道路を二人で歩き始める。
「ねぇ殺月さん」
「何?」
「殺月さんはいつ頃JSCCOに入ったの?」
「……それ前にも聞いてきたでしょ」
「うんうん。気になるからね」
「知ってどうするの? プライベートな話はしない」
「……殺月さんってばリアリスト気取るの好きだよね~」
「君はネコ被るの得意でしょ」
「お褒めに預かり光栄ですにゃー」
そうした方がいいからそうしているのだ。私は普通の人間ではない。超常的な力を持っている人間なのだ。あの事件が起きていなければ、堂々と暮らす事も出来なかったであろう特殊な人間。だからこそ、自分の本質は隠さなければならない。夢見がちな頭の弱そうな少女である必要がある。そうすれば皆が私を一人の人間として見てくれる。警戒などせずに接してくれるのだ。殺月さんも本質はリアリストとは真反対の筈なのだ。その方が人から接してもらいやすくなるというのに、何故そこまでリアリストの皮を被るのだろうか。
ふざけた返しをしたからか殺月さんは返事を返す事すらせず、無視して歩みを進めた。理由は不明だが彼女にとっては自身の事を詮索されるのは余程嫌らしい。これ以上聞いても仕事に支障を来すだろうと考え、大人しく黙って現場へと足を運んだ。
「……ここだね」
「見た感じ変な所無いけど……」
「一応調べるよ。今は磁場が通常の状態なのかも」
その場所は特に違和感の無い道路沿いの林だった。周囲が山という事もあって似た様な景色はいくつも存在しており、磁場が乱れているという記録が無ければ誰が見ても普通の場所と認識されるであろう現場だったのだ。
殺月さんは何か変わった物が無いだろうかと虫を異常に警戒しながら林へと足を踏み入れ、木を調べ始めていた。私は別の部分を調べようとその場に屈み、足元に生えている草を調べる事にした。
「蒐子さーん。現地に到着しました。見た感じ変なとこ無いですよ?」
「お疲れ様です。今の所、磁場の不定期な乱れ以外に異常性は確認されてないんですが、もしかして正常な状態なのでしょうか?」
「うんうん、それもあるかもですねぇ。確かに不定期に乱れるっていうのはおかしいですし、何か法則性があって今は安定期だったり……」
何となく顔を上げると、さっきまでそこで調査をしていた筈の殺月さんの姿が消失していた。あまりに予想外な事に少し動揺し、その場から立ち上がる。
とても見失うとは思えなかった。彼女が動く度に足元の植物が揺れてガサガサと音を立てていたのだ。もし奥へと進んでいったのだとすれば必ず音がした筈である。その場から一切の音を立てずに消えるというのは不可能に近かった。
「日奉さん? どうしました?」
「……殺月さんが消えました」
「えっ!? ぁ痛っ!」
「探します」
「いたた……えっちょっと!?」
蒐子さんが慌てて止めようとするのを無視して殺月さんが居た場所へと駆け出す。しかし、林の入り口辺りを踏んだ瞬間、突然聞こえていた筈の蒐子さんの声がプツリと途絶えた。そしてそれと同時に殺月さんの姿が目の前に現れ、こちらに背中を向けて立っていた。
「殺月さん?」
「……日奉さん。多分ここだよ」
「え?」
「磁場の乱れはとっくに発生してた。あの林の入り口そのものが『ポータル』なんだ。それに……」
殺月さんが何を指差したのだろうかと横に回り見てみると、そこには木で作られたと思しき看板が立てられていた。かなり長い間ここに立っているのか表面は老朽化が進んでおり、そこには赤いペンキの様なもので『巨頭オ』と書かれていた。
「まさか……」
「何か知ってるの殺月さん?」
「これ、数年前からネット上に書かれてたやつに似てる……」
殺月さんによると、『巨頭オ』という話が数年前からネット上で確認されていたらしい。シンプルにまとまっている話であり、詳細な場所が伏せられていた事から創作の可能性が高いとされていたそうだ。JSCCOもこの件について捜査をしていたらしいが、結局該当する場所が見当たらなかったため捜査打ち切りとなってしまったらしい。もちろん殺月さんもその話は創作だろうと考えていた様だが、その考えが間違いだったとここで思い知らされたという事になるだろう。
「もし噂が本当なら……」
殺月さんはどんどん林の奥へと足を踏み入れていく。一人で勝手に進もうとする彼女の後を追って歩いているとやがて林を抜け、一つの村へと辿り着いた。そこは廃村になっているのか建物には蔓植物が巻き付いており、異様な静けさに包まれていた。
「村……? 殺月さん、ここって……」
「気をつけて日奉さん……嘘だと思ってたけど噂は立証された。調査はこのまま続けるけど、多分気付かれてる」
「気付かれてる? 気付かれてるって……誰に」
「……っ……あれ」
殺月さんは背中に背負っているステッキに手を掛けながら反対側の手で前方を指差す。見てみると前方に建っていた廃屋の扉がスーっと開かれ、そこから奇妙な生命体が姿を現した。
それは私達人間と同じ様に服を着用した人型の存在であり、身体的特徴は人間そのものと言っても良かった。唯一違っているのはその頭部が異常な肥大化をしているという点だった。目はカッと見開かれており、その目はどこを見ているのか分からなかった。両手は両脚にピタリと引っ付ける様に伸ばしており、こちらを見つけた『巨頭』はそのままの姿勢で頭を滅茶苦茶に振りながらこちらへと走り出した。その後方では仲間と思しき『巨頭』が次々と姿を現しており、先程まで動物の気配すらしなかったのが嘘かと思える程、彼らの数は増えていた。
「来るよ日奉さん! 構えて!」
「分かってる分かってる!」
身の危険を感じた私は目を閉じて心の奥底に語り掛ける。いつもであれば、手を使って『不死花』の形を作り、それを合図にして降霊を行うのだが、そんな私が唯一『不死花』を作らなくても降霊させられる相手が居るのだ。正確には降霊とは違うのかもしれない。何故ならあの人はいつでも私と共にあるのだから。
『久しぶり』
頭の中に懐かしい声が響いたのを感じ、私の呼びかけに答えてくれたのを理解する。それと同時に生前あの人が持っていた知識が自分の中へと流れ込み、こういったコトサマとの戦い方を本能的に直感した。それに倣う様に構えを取る。
「日奉さん……?」
「安心して殺月さん。まずは動けない様にすればいいんでしょ? 殺さずにさ」
「そうだけど……」
「だったら任せて……! 『無礼るなっ』!」
一瞬姿勢を屈め、足のバネを使って素早く『巨頭』の首筋に指の突きを入れる。そこから私の魂に流れている霊力と呼ばれるエネルギーを一部だけ流し込んだ。すると『巨頭』は計算通り、痙攣を起こしながらその場にバタリと倒れる。
私には姉がもう一人居た。彼女の名前は日奉紫苑。『魂に接触出来る』という力の持ち主であり、それを使ってコトサマ相手に戦っていたらしい。しかし彼女は『黄昏事件』の渦中で私を守るために殉職、その魂は偶然その時近くに居た私の中へと入り込んでいた。まだ能力を完全に制御出来ていなかったせいか、彼女だけは私の中に留まり続け、降霊せずともこうしてすぐに呼び出す事が出来るのである。
「日奉さん……今のは一体……」
「私としーちゃんが二人で開発した技だよ。魂によるアレルギー反応を無理矢理引き起こしてしばらく動けなくさせる技。名前も付けてるんだ! えっとね『霊拳 蛇痺咬』!」
近くまで迫っていた別の『巨頭』を殺月さんがステッキで殴り、足に持ち手を引っ掛けながら地面へと引き倒す。『巨頭』の数はどんどん数を増しており、その頭でどうやって家の中に入っていたのかと疑問に思う程だった。
「よく分からないけど、戦えるのは分かった。……全員鎮圧出来る?」
「難しいんじゃないかな。ちょっと多過ぎだし。それよりさ、何で私達を襲ってくるのか突き止めない? ただここに侵入してきたからにしては、数が大袈裟過ぎると思うんだ」
「……了解。逃げながら調べよう」
殺月さんの隣に立った私は、自分を支えてくれる家族の力を借りながらこの奇妙な村についての調査を進める事にした。




