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特異事例調査員 日奉菖蒲の調査ファイル  作者: 龍々
case20:憎怨、あるいは憎群
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第68話:憎怨顕現

 全員で雨竜島の奥へと歩みを進めていくと、やがて一つの鉄塔へと辿り着いた。化生さんや私の中に居る碧唯さんの証言によると、この鉄塔のてっぺんにはスピーカーが付けられており『ゾーン』の発生時にサイレンを鳴らす設定がされているらしい。『黄昏事件』以降に判明した事だが、この雨竜島に住んでいた人々は『ゾーン』を自動的に探知出来る技術を持っていた様なのだ。しかし既にその技術は失われてしまっている。唯一の生き残りだった碧唯さんも既に魂だけの存在になっている上に、碧唯さん本人もそういった技術は知らないという。今ではただ、技術だけがそこに残っているのだ。

 化生さんが鉄塔の更に奥にある山道の入り口を指差す。


「前はこの奥の方から発生したんだよねぇ~」

「そうなんですか?」

「はい。私も同行しておりましたので間違いございません」

「化生教授。その奥に……何かありました?」

「一応あの事件の後に調査って事で入ってみたんだけどさ~。アオちゃんが言ってた通り祠しか無かったよ」


 魂に固着してもらっている碧唯さんに聞いてみると、どうやら化生さんの言っている通り、山道の奥に祠があるらしい。それは本来、この島で事故などによって亡くなった人の魂を弔うために作られた物だったらしい。『ゾーン』の発生源がそこなのかどうかは分からないらしいが、その正体が群霊であるという事から考えると祠が何か関係している可能性は高い。


「あのあの、祠の方調べてみません?」

「私は反対だなぁ~。調査はするけど死ぬ気は無いよ?」

「どういう意味です」

「そう怖い顔しないでよミコちゃん~。きっとアヤちゃんは祠が『ゾ~~ン』に関係してるって考えてる。それはそうかもしれない。でもさ、それが事実だった場合、もし調査中に『ゾ~~ン』が発生したらどうなるかなぁ?」

「菖蒲様、命様、化生様の言う通り危険過ぎます。確実な鎮静化手段が確立されていない以上、近付くのは良くありません」


 化生さんや日浪さんが言う事も理解は出来る。話を聞くに私の力で『ゾーン』を完全に封じるのは不可能だろう。私の力はあくまで一度に一つの霊魂までにしか対応出来ない。群霊である『ゾーン』に対して行使しても、何の効果も無いだろう。命ちゃんの技も通用するかどうか分からない。ましてや攻撃能力ではない化生さんは身を守る事すら出来ないだろう。

 しかし、どうしても調べたかった。碧唯さんの能力の影響で五感が鋭くなっている私の鼻には、命ちゃんのものによく似た匂いが入ってきているのだ。その匂いは隣に居る命ちゃんからではなく、祠があるという山道の方から漂ってきている。


「でもでも……」

「菖蒲ちゃん、何かあるの?」

「さっきさ、命ちゃんに似た匂いがしてるって言ったの覚えてる?」

「ええ。……まさか」

「うん。あっちの方からその匂いがしてるんだよ。何か変だよ、ここ……」

「ふーむ。アヤちゃんさぁ、足跡はどうかな~?」

「あっそういえば……」


 化生さんに指摘された通り足元を見てみると、そこにはやはりいくつもの足跡が混在していた。碧唯さんであれば、この足跡の中から最近出来たものを特定出来たのかもしれないが、一時的に借りているだけの私にはそこまでは出来そうになかった。完全に習得するには少なくとも数年は掛かるだろう。しーちゃんの『魂に触れる能力』も使いこなせる様になったのは練習したからなのだ。


「……ダメです。さっきみたいに沢山あって……」

「ヒナちゃん、君はどうかな?」

「……無理です。先程はアスファルトでしたので私でも何とか分かっただけです。土のある場所となると、外部から持ち込まれた土も混ざってしまい追跡は困難です」

「なら尚更行かせる訳にはいかないね~」

「あのあの、だったら私だけで行きます。皆さんはここで待っててください」

「ふーむ……その匂いは、君の勘違いとかでは無いのかなぁ?」

「絶対してます。あっちの方から」


 私は一人で祠があるという方へと歩き出す。ここで説得しようとしてもきっと止められるだろう。実際、この匂いを感知出来ているのは私だけなのだ。他の人にはそれを立証出来ない。それにそれを証明する事も出来ない。唯一それを感知出来る私が確認しなければならない。


「待って」


 後ろから駆けてきた命ちゃんに腕を掴まれる。


「あたしも行く。君一人に行かせる訳にはいかない」

「嬉しいけど、多分私も命ちゃんも『ゾーン』相手には何も出来ないと思うよ?」

「分かってる。それでもだよ。君に……菖蒲ちゃん一人に行かせたくない」

「……ありがと。やっぱり命ちゃんはお人好しだね」

「菖蒲ちゃんには負けるよ」


 二人で共に歩みを進める中、後方から化生さんに強い語気で話している日浪さんの声が聞こえてくる。どうやら私達を行かせるのは危険だと言ってくれているらしい。だが化生さんはその意見を無視するかの様に私達に声を飛ばした。


「ちょっと離れて付いて行くからね~~。ヤバそうだったらすぐ言うからさぁ~~」


 こうして化生さん達の先頭を歩き始めた私と命ちゃんだったが、奥へ奥へと入っていくに連れて周囲はどんどん暗くなっていった。鬱蒼と生い茂る木々によって太陽光が遮られ、まだ少し暑さが残る時期だというのに恐ろしく肌寒さを感じる場所になっている。

 体が冷えるのを感じながら進んで行くと、ある程度登った所で祠が目に入った。もう長い間管理されていないからか苔が生えており、その周囲を取り囲む様に雑草が茂っていた。


「化生さーん! どうですかー!」

「今のところ『ゾ~~ン』の兆候は確認出来ないね~~」

「菖蒲ちゃん、匂いは?」

「する。……そこの木の陰」


 なるべくバレない様にさり気なく右方向にある木を指差す。その方向から命ちゃんに似た匂いが漂ってきており、匂いの位置が移動していない事からそこに隠れているものと思われる。

 背中のステッキに手を掛けようとする命ちゃんを黙ったまま制止し、祠を見るフリをしながらそちらに視線を向ける。向こうはこちらを警戒しているのかそこから動いている様子は無い。


「撤退してくれるかな二人共~。『ゾ~~ン』が来るよ~~」

「えっ」


 私には何も感じ取れなかったが、化生さんにはそれが認識出来たらしく後退りをし始めていた。命ちゃんはすぐさま私の手を掴むと元来た道へと走り出し、その場から離れようとした。すると化生さんは足元に落ちていた小石を一つ拾うと、それを匂いがしてきていた木の方へと投げつけてから走り出した。それを見た命ちゃんは素早くステッキを振り抜きお札を貼ると鞭へと変化させ、その木の後方へと伸ばしていきそのまま走り続けた。


「み、命ちゃん何やって……!」

「もし『ゾーン』を発動させた誰かが存在するなら、逆に止める方法も知ってるって事でしょう。自分が巻き込まれそうになったら、絶対止めようとする筈……」


 鞭へと変化したステッキはどんどんその長さを伸ばしていったが、化生さんの足は止まらないままだった。鞭になった部分が伸びているという事は対象の位置はそこから動いていないという事なのだ。もし動いているのなら逃げようとしている対象に引っ付いて鞭が動き回る筈である。しかし位置はそのままに伸びているという事は、当然動いていないという事だ。

 鉄塔まで戻って来た所で命ちゃんは大急ぎで鞭をこちらへと引っ張った。『渋谷超常抗争事件』の際に体感したが、あの鞭はまるで機械でワイヤーを巻き取るかの様に素早く引っ張り寄せる事が出来るのだ。


「おかしい……! 逃げないって事はまさか……」

「私達を陽動するために一般人を巻き込んだとかかもね。動けない状態にした人をあそこに置いて――」


 私がそう言った瞬間、鞭に拘束されている人物が凄まじい勢いで引っ張られ私達の前に投げ出される様にして姿を現した。真っ黒いコートに腰の辺りまである黒髪、それは間違いなく今まで私達の前に現れては様々な災厄を引き起こしてきた女性だった。だが、私を驚かせたのはそんな部分ではなかった。


「何で……貴方が……」

「……」

「あ、あれ、あれ? 命ちゃ、ん……?」


 黒いコートを着た女性の顔は命ちゃんにそっくりだった。もちろん泣き黒子も無ければ目つきも少し違う。しかし全体の雰囲気や顔立ちは、まるで姉妹の様に似ていた。


「まーちゃん……?」

「お、覚えてたんだ……あたしの事、どうせ、忘れてると思ってたよ……。ううん、忘れてて欲しかった……」

「おやおや~? 君の知り合いかなミコちゃん~?」

「えっとえっと、命ちゃん……?」

「何で……だって……」

「本当に、わ、忘れてて欲しかったよみーちゃん……だ、だって、だって覚えられてたらさ……」


 まーちゃんと呼ばれた彼女の真っ暗な瞳が私達を見上げる。


「殺しにくく、なっちゃうよ……」

「おっと~~そろそろまずいね二人共~『ゾ~~~ン』が来てるよ~~」


 化生さんが走り出し、日浪さんは私と命ちゃんの腕を掴むと強引に引っ張った。その影響でか命ちゃんの手元からステッキが離れて地面へと落ちる。


「お二人共! 急いでください!」


 日浪さんに引っ張られながら後方を振り返ると、黒コートの女性はいとも容易く拘束を解きその場から離れる様に歩き始めた。私達とは違う方向だったが、恐らく『ゾーン』から離れる方向なのだろう。

 彼女は何者なのだろうかと考えていると海の方から海鳥が島の方へと飛んできた。それは私達の頭上を通り過ぎると鉄塔の方へと飛んでいき、少しすると突然その場から消失した。まるで初めから存在していなかった様に姿が見えなくなったのだ。化生さんが言っていた『取り込まれる』とはこういう事なのだろう。


「化生様!」

「分かってるよ~。今ので二羽分、範囲が広まっちゃったねぇ~」


 役場の近くまで戻って来た辺りで私達の腕を掴んでいた日浪さんの手が離れる。相当強く掴まれていたからか少しだけ痛みが残っていた。


「さてと、この辺まで来ればいいかな~」

「はぁ、はぁ……どうするんですか化生さん……? 私じゃ止められないですよ……!?」

「ひとまずここで食い止める。後は応援を待つって感じね~」


 化生さんは懐から何かが描かれた二枚のお札を取り出すと、道路の両脇にある電柱や信号機の支柱に貼り付けた。


「これでしばらくは止められる。ミコちゃん~悪いんだけど本部に無線して翠ちゃんに応援頼んでもらえる~?」

「……」

「命ちゃん?」

「あの子、どうして……」

「あ~~……アヤちゃんいいかなぁ?」

「は、はい」


 命ちゃんは呆然とした様子であったため私の方から蒐子さんに無線を入れる。すると事前に話が通してあったのか、すぐに夜ノ見町に居るという翠さんへと話を通してくれるとの事だった。

 無線を終えた私は命ちゃんと向かい合う様にして立ち、両肩を掴む。


「命ちゃん……?」

「……」

「さっきの人、知り合いだったの?」

「え、ええ。でも……でも四年前、死亡届が出されてて……」

「四年前……じゃあじゃあ『黄昏事件』があった時?」

「そう……」


 命ちゃんの話によると『黄昏事件』の終結後、各地で行われた安否確認の際にある遺体が発見され、彼女がその場に呼ばれたのだという。その遺体は損壊が激しく、顔の確認は出来なかったが持っていた身分証から間違いなく知り合いだと確信したらしい。


「さっき、まーちゃんって、言ってたよね?」

「そう……まがれ……殺月真臥禧さつきまがれ……。あたしの、従姉……」

「ミコちゃん~、DNA鑑定はしてもらった?」

「そういえば……」

「ふーむ……その人達って、ほんとにちゃんとした警察とかだった~?」

「それは間違いない……と、思いますが……」

「でもでも、顔は確認出来なかったんだよね? だったらもしかしたらその遺体は赤の他人で、ダミーだったのかも」

「だけど、そうだとしたらどうして? あの人が、そんな事をする理由が……」

「自分自身を戸籍上消す必要があったって事かな~? まさか死んだ筈の人間が生きてるなんて思わないだろうし」


 殺月真臥禧、彼女が自分を死んだ事にしたかった理由は一つしかないだろう。私達日奉一族を抹殺するためだ。しかしさっきの発言を見るに命ちゃんまで消したがっている様に見えた。彼女が持っているその強い殺意はどこから来ているのだろうか。私達と彼女の間に何か繋がりがあっただろうか。


「ねぇ命ちゃん。真臥禧さんが私達を狙ってくる理由、何か思いつく?」

「それが、何も……。最後に会ったのも結構前だったし、離れた所に住んでたから繋がり自体が少ないというか……」


 命ちゃんでも何も浮かばないとなると、今の私達が想像するのは難しいかもしれない。真臥禧が本家日奉一族なら分からなくもないが、そういう訳ではない。かつて日奉濃紫は命ちゃんの事を裏切り者と言っていたが、もしかするとそれが関係しているのだろうか。しかしそうだとすると、「殺しにくくなる」という発言の意味が分からなくなる。殺意は確かにありながら明確に罪悪感も示している。彼女の行動原理は何なのだろうか。


「……二人共話し合ってるところ悪いんだけどさ~。翠ちゃんの封印の邪魔になっちゃうかもだからちょっと離れて~」


 化生さんの言葉に従う様にして少し離れると、上空から青い龍を模した折り紙が降下してきた。それが地面にふわりと着地すると、突然目の前の空間が眩く発光し始めた。あまりの眩しさに目を瞑ってしまったが、その光はすぐに収まり折り紙はふわっと空中へと上昇していった。


「今のって……」

「船で話したでしょ~? 翠ちゃんの『四神封尽』だよ~」

「今のが……」

「これでひとまずここは一安心かな~。さっきの子がどうなってるかは知らないけど」

「そうだ……まーちゃん……」


 立ち上がって奥へと戻ろうとする命ちゃんの手を掴む。


「ちょっとちょっと何してんのさ!?」

「あ、あの人を探さないと!」

「よく考えてよ命ちゃん! あの人は私達を殺そうとしてたんだよ!? さっきだって明らかにあの場所に誘導してた。至近距離で『ゾーン』を発動させてきたじゃん。今戻っても思うつぼだよ」

「私も菖蒲様に賛成です。本人の口から明確な殺意が表明された以上、現段階で追うのは大変危険な事です」


 真臥禧が持っている力は何となく想像がつく。今までの経験から考えるに、恐らく何らかの不幸をもたらすという能力があるのだろう。しかしそれがどういった形で来るかは想像が出来ない。今まで彼女は私を殺すために飛行機のスライドパネルを破損させ、病院のエレベーターを支えるワイヤーさえも破損させたのだ。そして『おおはまぐり』を使って命ちゃんの家へと侵入し、魔姫ちゃんとコンタクトを取っていた。彼女にとって都合が良くなる様に運が動かされている。海で囲まれたこの島で迂闊に彼女を追えば、予測不可能な不運が災厄となって襲い掛かってくるだろう。


「命ちゃん、今は一旦帰ろう。あのステッキとお札は替えが利くんでしょ?」

「それは、そうだけど……」

「じゃあじゃあ帰ろうよ。今は生きて帰るのが優先だよ。それに本部にも報告しとかなきゃ……」

「……ええ、そうね……。如月さん聞こえる?」


 無線が繋がる。


「はいー。大丈夫でしたか?」

「ええ、こっちは平気。それより明日本部に行くから、ロビーで待っててもらえる?」

「え? えーいいですけど、どうしたんですか?」

「大事な話があるの。君と……相棒にしか出来ない話」

「……なるほど、かしこまりました。では明日、お待ちしてますね」

「お願いね」


 無線を切った命ちゃんは気持ちを落ち着かせる様に大きく深呼吸をするとこちらに目を向けた。


「ごめん、ありがとう」

「いいよいいよ。それより戻ろう。今日の事、ねぇねにも電話とかで話しときたいしさ」

「では皆様、船に戻りましょう」

「やぁ~疲れたねぇ~。あ、私はそのマガレちゃんってのには関わんないからね~?」

「最初から頼むつもりはありません」


 こうして遠方の翠さんの力を借りつつ何とか『ゾーン』を抑え込んだ私達は、新たなに生じた問題についてまとめるために東京へと戻っていった。

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