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特異事例調査員 日奉菖蒲の調査ファイル  作者: 龍々
case20:憎怨、あるいは憎群
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第67話:停滞と変化

 碧唯さんの魂を固着させる事によって手に入れた『五感が鋭敏になる能力』を試しながら化生さんへと付いて行くと、やがて私達は海岸へと辿り着いた。そこには一隻の漁船が停泊しており、その船の前では一人の女性が立っていた。その女性は短くまとめた綺麗な髪をしており、私達を見ると丁寧に頭を下げた。


「お待ちしておりました」

「あ、どうもどうも。日奉菖蒲です」

「殺月命です。失礼ですがお名前は?」

日浪凪ひなみなぎと申します。古くより日奉一族の皆様に協力していた一族の出です」

「そそっ。ヒナちゃんの腕は信頼出来るよ~うん」


 日浪さんの声は非常に中性的なものだった。体系から女性だというのは分かるが、声だけ聞けばどちらか区別するのは難しいだろう。


「えっとえっと、化生さんって日浪さんとお知り合いなんですか?」

「そ。前に蒼乃宮あおのくの『ゾ~~ン』が活性化した時に手伝ってくれたんだよ~。ね?」

「私の記憶では貴方は勝手に付いて来ただけだった気がしますが」

「冷たいなぁ~。ま、どうぞよろしくね?」


 日浪さんは化生さんの事があまり好きではないのか、少し眉間に皺を寄せて一瞥すると船へと足を踏み入れた。それに続く様に私達も乗船していき、全員揃っているのを確認してから出航した。

 船に乗っている間に化生さんはかつて起こったという蒼乃宮村での事件について話してくれた。元々の事の始まりは、碧唯さんが職場に顔を出さずに蒼乃宮村へと向かった事だという。どうやら碧唯さんは今向かっている蒼乃宮村の元住人であり、昔起きた『雨竜島蒼乃宮村集団失踪事件』の唯一の生き残りだったのだという。


「もう言ったと思うんだけど、『ゾ~~ン』に取り込まれたらその場から消えちゃう訳」

「覚えています。では化生教授は、その村の住人は『ゾーン』に取り込まれたと?」

「そう考えてるよ~」


 念のため固着してもらっている碧唯さんに聞いてみると、化生さんが言っている事に嘘は含まれていないらしい。当時幼かった碧唯さんが目を覚ますと、両親だけでなく村中の人間全員が島中から姿を消してしまっていたのだという。


「あのあの、その『ゾーン』は雅さん達と封印したんですよね?」

「そそ。ヒマちゃんと、もう一人の翠ちゃんだったかな。それとヒナちゃん。三人と協力して対処したよ~」

「という事は何者かがそれを解放した……つまり、化生教授や雅さんが作った封印法を破ったという事ですか?」

「そういうのじゃないんだなミコちゃん~。あの時さ、実を言うと私もヒマちゃんも何も出来てないんだよね~」

「何も出来てない?」

「そそ。翠ちゃんは結界術が専門なんだけど、それは知ってる?」


 確か『渋谷超常抗争事件』で一緒に行動をしていた時に翠さんが結界を作っていたのを見た記憶がある。どういった原理なのかは私には分からないが、折り紙を使う事によって様々な結界を作り出せるらしい。


「はい。見た事あります」

「あの子が使う結界の中に『四神封尽ししんふうじん』っていうのがあるんだよ。それを使って封じた訳ね」

「ではその結界が壊されたと?」

「違う違う。あの結界は、内部に居る超常存在をこの現世から追放するっていう技なんだよね~。だから結界を破るも何も無いんだよ」

「うん? それだとおかしくないですか? だってだって、その理屈だと蒼乃宮村の『ゾーン』はもう存在しないんじゃ?」

「そこが問題になってるんだよね~。だから実を言うと、この任務は極秘任務な訳」


 化生さんによると他の場所にある『ゾーン』はそもそもそこまで問題ではないらしい。現在発見されている『ゾーン』は全て管理状態にあり、結界が少しでも破れた場合は必ず本部に通知が来る様になっているそうだ。警備も付いているため、何かあればすぐに問題になる。そんな状態で蒼乃宮村にある装置から通知が入ったらしい。そのため今回の任務の本質は蒼乃宮村にだけあるのだという。


「もう既に封じた筈の場所から『ゾ~~~ン』が再発生してる、これ自体がおかしい事なんだよねぇ」

「でもでも何でそんな事になってるんですかね?」

「謎なんだよね~。正直どういう理屈で発生源になるのかも分かってないんだし、調べようが無いっていうか」

「……では化生教授。何故あたし達を指名したのですか? 貴方の話から考えるに、雅さんや翠さんの方が適任なのでは?」

「あの二人を長時間拘束する訳にはいかないんだよ~。二人が管理してる夜ノ見よのみ町は風水的に超常存在が集まりやすい場所なんだって。だからあの場所における最高の人員をずっと手伝わせる訳にもいかないんだよね」


 四年前に発生した『黄昏事件』。あの時に一番被害が大きかったのが夜ノ見町だった。それ以外の場所ももちろん被害は受けたが、復興までにそこそこ掛かるレベルで大規模な損害を受けたのだ。攻めにも守りにも使える結界術を持つ翠さんをそこから離れさせるのは危険だろう。つまりそんな翠さんを招集しなければならなかった『渋谷超常抗争事件』は、かなりの事態だったという事だ。


「答えになっていません」

「そう結論を急がないでよ~。まずアヤちゃんだけど、君は日奉百ちゃんの妹さんなんでしょ~? あの『黄昏事件』の時に活躍してくれた人の妹さん、でしょ?」

「ねぇねの事、知ってるんですか?」

「直接の面識は無いけどね~。ただ、サエちゃんとユカちゃんには会った事あるよ。あの二人の弟子ってなったら、信用してもいいかな~って思ったんだ」

「あ、そっかそっか。そういえば師匠達とお知り合いなんでしたね」

「そそ。それでミコちゃん、君の方はだけど、これは私の勝手な推測なんだけどさ~……」


 化生さんは腰掛けていた命ちゃんの手をまた握る。


「君……『異形殺しの殺月一族』の生まれでしょ」

「……」

「えーっと……化生さん?」

「……いいよ答えなくてもさ~。君の頭がそうだって言ってる。心も体も、脳の働きには逆らえない」

「……そうだとして、何ですか?」

「だからこそだよ。そんな一族に生まれたミコちゃんなら、『ゾ~~ン』を完全に滅せる方法とか知ってるかもって思ってさ」


 前に命ちゃんの家に行った時にそんな話を聞いた。だが命ちゃんが一族の事を知ったのは『黄昏事件』の後だった。そんな彼女に『ゾーン』を滅する方法など思い浮かぶだろうか。今彼女が使っているステッキを使った技も文献を基にして作ったらしい。血を引いてはいてもコトサマ殺しのための知識はそこまであるという訳ではない。


「どこで、知ったんですか……」

「私の事を侮らないで欲しいな~。夜ノ見大学民俗学部教授だよ? あの事件以降、そういう文献が山ほど見つかってるんだよ~?」

「……そうですか」

「心配しないでいいよ、別にこれを広めるつもりは無いし。ただ民俗学を教えてる者としては参考文献として残しとく必要があるんだ~」

「事情は分かりました。それで、現地に着いたらどうしますか?」


 化生さんはニヤリと笑うと手を放した。


「まずは島全体に異常が発生してないかを確認。次に注意しながら発生源に移動、原因特定後対処。それで終わり~」

「その『ゾーン』っていうのは目に見えないんですよね?」

「心配しないでいいよ~。私にはちゃ~んと分かるからさ」

「能力でですか?」

「……へぇ~」


 化生さんは今度は私の手を触る。


「……なるほどね~。アオちゃんが喋った訳か~」

「そうですそうです」

「や~しかし……凄いねぇ。魂の波形が三つってこんな感じな訳かぁ」

「やっぱりこういうのって珍しいんですかね?」

「そうだね~。『ゾ~~ン』は群霊なのに何故か波は一つだからね。君みたいに魂の波が三つっていうのは珍しいよ~。少なくとも私の記憶には無いかな、そういうのは」


 やはり私の様に魂に別の魂が固着しているというのは前例が無いらしい。私が以前会った日奉千草も似ていたが、彼女の場合は別々の魂が継ぎ接ぎになって一つの魂として活動していた。そう考えると、もしかすると千草と『ゾーン』は似た存在なのかもしれない。複数の存在が『群』という『個』を成しているのだ。

 それからしばらく私達は世間話や事件の話をしながら過ごし、雨竜島に到着したのは昼過ぎになってからだった。港は残ってはいたものの当然人気ひとけは無く、かつて使われていたであろう様々な道具がそのまま放置されていた。時でも止められたかの様な状態であり、化生さんや碧唯さん曰く失踪事件が起きた当時のままの状態らしい。


「皆様、私はここに残っています」

「いや~悪いけど一緒に来てもらうよ~」

「何もお役に立てませんよ。以前も申し上げましたが、私はあくまで日奉一族に協力しているだけです。何の力もありません」

「いえ、日浪さんも来てください。今回の事件が人為的なものなのであれば、一人になるのは危険です」

「そうですそうです。もし私が悪い人なら、真っ先に日浪さんを狙っちゃいますよ~?」

「……かしこまりました。お二人がそう仰るのであれば異論はありません」

「ヒナちゃんって私の事嫌い~?」

「……好きではありません」


 船を港に残し、化生さんを先頭にして島内を進んで行く。まず最初に見る事になったのは村役場だった。事務所に置かれているパソコンは起動したままであり、ここもまた時が止まってしまったかの様な印象だった。


「前と変わってないね~」

「そうなんですか?」

「ええ。以前こちらに来た時にもこうでした。全てが停止したかの如く、止まっていたのです」

「そそ。正確には停滞ねぇ~」

「停滞?」

「『ゾ~~ン』に飲み込まれると人間は消滅するって言ったけど、それ以外の無機物とかは停滞しちゃうんだよ」


 化生さんによると、『ゾーン』には波の動きを止めてしまう力があるのだという。現在この役所の中で点けっぱなしになっているパソコンも電気も全て当時の状態のまま停滞してしまっているというのだ。実際に命ちゃんがキーボードを数回叩いてみても、画面上には何の変化も起きなかった。電気の流れも光子の動きも完全に停滞してしまっており、島内の状況は全て集団失踪事件が発生した当時から何も変わっていないそうだ。


「という事は、かつて『ゾーン』はここまで来ていたと?」

「そういう事になるね~。ただ……な~んか変だなぁ」

「どうしたんですか?」

「いやさぁ、通知がJSCCO本部に入ったって事はね、『ゾ~~ン』が発生したって事な訳だけど、今のところどこにもその感じがしないんだよねぇ」

「えっとえっと、『ゾーン』の波が見えないって事ですか?」

「そそ。そういう事。でさ、そこで君の出番な訳さ~」

「あ、そっかそっか。ちょっと待ってくださいね」


 何か変なものがないかと碧唯さんが持っていた力を借り、周囲を見回しながら匂いを嗅いでみた。すると私の鼻に覚えのある匂いが少しだけ入ってきた。それは島の奥の方から漂ってきているが、どうにも違和感を覚えた。


「命ちゃん、ここに来たの今日が初めてだよね?」

「え? そうだけど……どういう意味?」

「いや、うーん……気のせいかもなんだけど、何か命ちゃんっぽい匂いが向こうの方からしてるんだよね」

「あたしの匂い?」

「そうそう。さっき一回嗅いだから間違いないと思うんだけど、でもでも今日来たのが初めてなんだったらやっぱり気のせいかも。碧唯さんの能力、まだ慣れてないし……」

「ふーむ……アヤちゃん、足跡はどうかな~?」

「足跡は……沢山あります。でも、どれがいつ出来たのかまでは……」

「だろうね~。停滞してるんだから足跡も当時のが残ってるだろうし」

「……いえ、少しお待ちください」


 突然日浪さんはその場でしゃがみ込むと地面に手を触れ、その後自身の指を見つめた。


「菖蒲様、足跡の区別は可能です」

「えっとえっと、どういう事です?」

「確かに当時の足跡も全て残っているかもしれません。しかし『ゾーン』がずっとここで発生していた訳ではない。そうですよね?」

「おっ、ヒナちゃん賢いねぇ~。ヒナちゃんの言う通り、『ゾ~~ン』が発生してない期間も当然あるし、それに飲み込まれてないんだったら停滞もしてない筈だね」

「やはりそうですか。今、ここの地面に触れてみたのですが、指に僅かに土が付着しました。これはこの地域のものではありません」

「そ、そこまで分かるんですか?」

「私が保証します。ここ数日の間に砂や土を飛ばす程の突風は吹いていませんし、この質感からするにまだあまり乾燥していない。つまり比較的最近ここに付着したものと言えます」


 普段船乗りをしている日浪さんが証言するのだから間違ってはいないのだろう。海上においては風の強さや向きも重要になると聞く。そんな彼女がそういった情報を間違えて記憶しているとは考えにくい。それに私達は港の方からやって来て、日浪さんが触れた場所にはまだ足を動かしていない筈である。


「でかしたじゃんヒナちゃん~。本当なら誰かが侵入したって証拠な訳だねぇ」

「ですが妙です……ここは『ゾーン』に関連する重要な場所故に、警備ですら立ち入りを禁止されているのです。入島する場合は私達日浪一族に申請が必要です」

「……こちら殺月。如月さん聞こえる?」


 命ちゃんが無線を繋げた事で私のイヤホンにも蒐子さんの声が届く。


「あ、はいー」

「ここ最近で雨竜島への入島手続きの申請はあった?」

「えーと……いえ、そういった届けは来ていませんねー。日浪さんの方に話が行ってないのであれば、こちらにも来てませんね」

「そう。それじゃあ海に関する事件……例えば船が盗まれたとか、そういったのはある?」

「えーーと……痛っ。あ、ありましたありました! 中国地方瀬戸内海の海沿いにある貸しボート屋で一隻、窃盗の被害届が出てます!」

「中国地方……」


 今私達が居る雨竜島は大分県の別府湾に存在している。つまり中国地方の瀬戸内海側から来れば東京からよりも短い距離で向かう事が出来る。私達はすぐに向かわなければならないため東京から日浪さんに乗せてきてもらったが、瀬戸内海側でボートの窃盗が起きたという事はやはり計画的に実行された事件である可能性が高い。


「分かった。如月さん、悪いけどこの事を警察にも伝えて。監視カメラの映像が残ってるならそこから顔を割り出せるかも」

「いえそれがー……」

「何?」

「その、監視カメラのチェックもしたみたいなんです。でも、何故か故障しちゃってたみたいで……」

「犯人は分かってない?」

「はい、残念ながら……。一応調査はしてるみたいなんですけどー……」

「そう。それじゃあ今回の一件に関わってるかもしれないって事だけは伝えておいて」

「分かりました」


 犯人の目的が何なのかは分からないが、わざわざボートを盗んでまでここに来ているという事は何か目的があるのは確かだろう。このまま島の奥に行けば、もしかすると犯人を追跡出来るかもしれない。


「命ちゃん、行ってみない? この奥」

「あたしもその方がいいと思う。ただ……」

「何?」

「君が言ってた匂いの件が気になる。本当にここに来たのは今日が初めてなんだけど……」

「嘘なんて思ってないよ。気のせいかもだし」

「さて、それじゃ私が先頭歩くから、ヒナちゃんも足跡見つける係って事で、隣来てくれる~?」

「不本意ですがお二人のためです。菖蒲様、命様、私の後に付いてきてくださいませ」


 こうして私達は『ゾーン』を解放した人物を追って島の奥へと進み始めた。そんな中で私の胸はざわついていた。気のせいだと言ったが、あれはやはり命ちゃんの匂いにかなり近いのだ。完全に同じとは言い切れないが、少なくとも私にはほとんど同じに感じる。以前から命ちゃんを狙っているのであろう何者かの影がチラついている。『無怨事件』がその始まりだったと言える。あれを仕掛けたのが誰なのか分かっていない上に、日奉一族を付け狙う謎の黒コートの存在もある。それらの情報のせいで、何か嫌な予感がしてしまう。

 そんなざわつきを胸に仕舞いながら、私達は奥へ奥へと歩みを進めていった。

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