第66話:復活の『ゾーン』
本章では、前作「日奉家夜ノ見町支部 怪異封印録」の「第拾伍章:雨竜島蒼乃宮村集団失踪事件」に登場したキャラクターが登場しています。
聖名後村での大地震を受け死亡した眞宮市子の遺体は回収班により本部に回収され、事件性などが無いかの確認のため解剖へと回された。その結果、やはり眞宮市子には何の超常性も無かった事が確認された。もっとも既に死亡しているため脳の活動などを観測出来ず、正確な検査結果とは言えない。だが眞宮市子があのタイミングで嘘をつくとは思えない。彼女の目的はたった一つだった。かつて自分を追放した人々を嘲笑ってやる事、そして真実を知らない世間の世論を傾ける事だった。何もかも、彼女の思い通りに進んだという事だろう。私達はずっと手の平の上で踊らされ続けていたのだ。
そしてそんな眞宮市子の死から数日後、JSCCOの上層部からの呼び出しが掛かり、私達調査員達が本部の会議室へと集められた。会議室には見た事も無い調査員の姿もあり、どうやら現在発生している問題の発生箇所に近い場所で活動している人が集められているらしい。
「えー諸君、本日集まってもらった理由についてだが、一部の者にはもう察しが付いていると思う」
宇曽吹所長が蓄えられた白い髭から覗く口を動かす。
「昨晩、蒼乃宮集落跡にて『ゾーン』の活性化が確認された。それ以降、各地での再活性化が発生している可能性がある。諸君には、近隣の『ゾーン』の状況を確認し、問題があれば封印措置をとってもらいたい」
「あのあの~」
「日奉菖蒲君、何かな?」
「私その、『ゾーン』っていうのが何なのかいまいちピンと来てないんですけど、それって何なんですか?」
「それについては私よりも彼女の方が詳しいだろう。化生君、説明してくれたまえ」
所長がそう言うと調査員の一人だと思っていた白衣の女性が前へと出てきた。その人は色白な肌に真っ白な髪という、まるで現人神であったセンを思わせる風貌をしており、ふらふらとした足取りで私達の前に出ると、眼鏡の奥の真っ赤な瞳をこちらに向けた。
「あ~えっとぉ。これ今更説明とか要るのかなぁ。封印すればいいんだし、それで良しとはならない感じ?」
「すまないが説明して欲しい。君はあの一件で一度対処した事があるんだろう?」
「はいはい、かしこまりましたよ~」
化生と呼ばれたその人はこちらを真っ直ぐに見つめる。
「まず『ゾ~~ン』が何かについてだけどぉ、つまるところは『群霊』なんだよねぇ」
「群霊、ですか?」
「そそ。不慮の死を遂げた人の霊魂の集合体って言えば、伝わるかなぁ?」
「何となく分かります。でもでも、それってつまり一般的に言う『心霊スポット』ってやつじゃないですかね?」
「ん~違うんだなぁそれが」
化生さんによると、詳しい理由は今でも不明らしいが、この世には『ゾーン』と呼ばれる霊魂によって作られた領域が存在するらしい。その領域は普段は活性化しておらず何の害ももたらさないが、時折活性化しその範囲をドーム状に広げていくそうだ。そしてこの『ゾーン』に取り込まれてしまうと、その人物はその場所で消滅し、『ゾーン』を構成する『群霊』の一部となってしまうのだという。『ゾーン』はそれを繰り返しながら領域をどんどん拡げていくため、放っておけば人類滅亡の可能性もあるそうだ。
「蒼乃宮集落はその『ゾーン』が初めて発見された場所なのだよ日奉君」
「その通り~。『黄昏事件』が起こる前にあそこの『ゾ~~ン』が動き出した事があってさぁ、私が止めに行ったんだよねぇヒマちゃん達と一緒にさぁ」
「ヒマちゃん?」
「ねぇ~ヒマちゃん~?」
「……教授、私情は後にしてください」
「つれないな~」
その声や化生さんの視線から考えるに、ヒマちゃんとは以前『渋谷超常抗争事件』で共に戦った日奉雅さんの事らしい。『日奉』だから『ヒマちゃん』なのだろうか。
「今化生君が言った様に、『ゾーン』の活性化が確認された以上は放置する訳にはいかない。諸君らにはただちに対処をお願いしたい。では各自、よろしく頼む」
所長からの指示を受け、調査員の人々は各々動き出した。私と命ちゃんはどこを担当すればいいのだろうかと考えていると、化生さんがこちらに近寄ってきた。ふらふらとした動きのためぶつかるのではないかと身構えたが、彼女の足はピタリと綺麗にその動きを止めた。
「じゃ、行こっか~」
「えっ?」
「すみません失礼ですが、どちらに?」
「どちらにってやだなぁ~。決まってるじゃん蒼乃宮だよ蒼乃宮ぅ~」
「え? 私達がそこなんですか?」
「そそ。所長さんから聞いてるよ~? 君、魂関連に詳しいんでしょ?」
「あーそういう……」
「……化生教授でしたか。失礼ですがあなたはJSCCOの正式な調査員ではありませんね? こういった任務は危険ですので我々に任せて頂けると……」
「水臭い事言わないでよ~」
突然化生さんが命ちゃんの左手首を掴んだ。その手はすぐに振り払われたが、化生さんはニヤリと口角を上げる。
「あは~なるほどねぇ。君、そういうの『棚に上げる』って言うんだよぉ?」
「何の話です」
「三瀬川賽君、黄泉川縁君、あの子達もJSCCOの所属じゃないでしょ?」
「……」
「あのあの~師匠達の名前どこで知ったんですか?」
「元々知り合いなんだよねぇ~。まあ、調査に付き合わせたっていうのは今知ったけど?」
何をやったのかは分からないが賽師匠の様に記憶を読んだのだろうか。あの人は相手の魂に触れる事で感情や記憶を読み取れる。それどころか記憶の譲渡も可能だ。それと似た能力が他にあるのだとすれば、今触っていたのもそういう事なのかもしれない。詳しい方法は不明だが、『ゾーン』に関する知識を持っているのであればこの人の助けを借りない手は無いだろう。
「命ちゃん命ちゃん、私達は門外漢なんだしさ、一緒に来てもらおうよ」
「……分かりました。ですが危なくなったらすぐに逃げてください。いいですね?」
「心配要らないよ~。私も自分の実力はよ~く知ってるし」
こうして、かつて『ゾーン』の封印に携わったという化生さんと共に本部から出て行動を開始した。蒐子さんに無線を繋ぎ指示を仰ぐと、どうやら蒼乃宮集落跡に向かうには船に乗らなくてはいけないらしい。その集落は雨竜島という孤島に存在しており、今はもうそこに住んでいる人は居ない無人島になっているのだという。そして今回私達が乗る事になる船は本来漁船として使われている物であり、操縦士は当時もこの一件に関わっていたという昔からの日奉一族の協力者らしい。
「船で行かなきゃなんですね」
「そだね~。と、その前に、アヤちゃんに頼みたい事があるんだよねぇ」
「アヤちゃん?」
「そ、君の事ね」
「あーはいはいなるほどです。それでそれで、私にやって欲しい事っていうのは?」
「少し付いてきてくれるかなぁ?」
そう言われて化生さんに連れていかれたのはJSCCOの敷地内に存在している共同墓地だった。元々は日奉一族の人々がコトサマの対処をしており、分家の日奉一族には血の繋がりが無い人の方が多い。それ故に、任務などで死亡した人達はこうして共同墓地に葬られているのだそうだ。もちろんここの共同墓地はJSCCOが出来てからの物であるため、『黄昏事件』以降に作られた物と言える。
墓地には当然ながらいくつも墓石が建てられており、そこにはやはり日奉という苗字が多く彫り込まれていた。そんな数ある墓石の中の一つの前で化生さんは足を止める。
「ここだね」
「えっとえと、ここは?」
「ここに入ってるのはね、日奉碧唯君。『黄昏事件』の時に亡くなったんだ」
日奉碧唯さん、薄っすらとだが聞いた事がある様な気がする。確か縁師匠が何かの拍子に賽師匠とそんな話をしていた気がする。化生さんはさっきも話していたがあの二人とは知り合いらしい。もしかするとあの事件の時にも一緒に活動していたのかもしれない。
「失礼ですが化生教授。どういった理由でこちらに?」
「落ち着きなってばミコちゃん~。アヤちゃんにはさ、アオちゃんの魂を降霊して欲しいんだよねぇ」
「え? どうしてです?」
「アオちゃんも『ゾ~~ン』に関わっててね、あの子の能力なら調査をするのに役に立つかと思ってさ~」
「はぁ。よく分からないですけど、碧唯さんを降霊すればいいんですね?」
『不死花』の形を手で作り、墓石の前で碧唯さんへ語り掛けてみる。すると周囲から感じ取れる複数の霊素の中に反応を見せたものがあった。それは私の方へと距離を詰めてきており、魂の表面を変形させて待っていると碧唯さんのものと思われる魂が固着した。
「……出来たみたいだね~」
「はい。多分、碧唯さんだと思います」
確認のために固着している魂に語り掛ける。
『あのあの、突然お声がけしてすみません。日奉碧唯さんですか?』
『誰……? 貴方は……』
『私、日奉菖蒲って言います。えっとえと、今の世界がどうなってるかは分かりますか?』
『ああ、確か百さんの妹さんね。もちろん知ってるわよ。私はここから動けなかったから、詳しくは知らないけど……』
『ねぇねの事も知ってるんですね。じゃあじゃあ、化生さんの事は知ってます?』
『化生……。化生明子って人かしら? よくここに来てくれるけど』
『フルネームは知らないですけど、今その人が関わった事があるっていうゾーンの調査をしてるんです』
『なるほどね……またあれが……』
詳しく聞いてみると碧唯さんは蒼乃宮集落の出身であり、子供の頃に『ゾーン』によって家族や知り合いを殺されたのだという。彼女が唯一の生き残りであり、生前は警視庁刑事部異常事件対策課という部署に所属しながら『ゾーン』の調査を一人で進めていたそうだ。しかし『黄昏事件』の最中に命を落としてしまい、『ゾーン』がどういった原理で発生しているのか詳細な事は何も調べられなくなってしまったという。
「化生さん、間違いないみたいです。碧唯さんです」
「良かった。アオちゃんが居てくれると助かるよホント~」
「化生教授、その碧唯という方は『ゾーン』の調査をしていたんですよね? どういった力なんですか?」
「それは私に聞くよりアヤちゃんから聞いてもらった方がいいんじゃないかなぁ。私より本人の方が上手に説明出来るでしょ~。というか、時間無いしそろそろ行こっかぁ~」
そう言うと化生さんはさっさと歩き出してしまった。彼女の後を追いながら碧唯さんに話を聞いてみると、彼女が持っている力というのは『匂いや足跡などの痕跡を追跡する能力』らしい。つまりは異常な程に嗅覚や視力が発達しており、通常の人間では発見出来ない僅かな痕跡を辿っていく事が出来るというのだ。まさに警察にはもってこいの能力だが、既に亡くなってしまっている今は、私を通してでなければ発動のさせようが無いらしい。そしてこれはこっそりと教えてもらったのだが、化生さんも特殊な能力を持っている人間であり、『音波や電波などの波の流れを感じ取る能力』なのだそうだ。人に触れば脳波から記憶や考えている事を探るといった事も出来るらしく、先程の命ちゃんの心を読んだ様な言動も、そう考えると納得が出来た。
碧唯さんの力を使うかもしれないという事で、私は船に辿り着くまでの間に練習をしようと碧唯さんの力を借りてみる事にした。すると一瞬にして大量の匂いが私の鼻の中へと飛び込んできてしまい、一瞬立ち眩みがした。どうやら生まれつきこの力を持っていた碧唯さんとは違い、普段は普通の嗅覚である私だからこその副作用の様なものらしい。しかし少しずつではあるが、調整が利き始めていた。
「すんっ……すんっ……」
「何してるの?」
「いや、ちょっと碧唯さんの力を訓練しとこうと思ってさ」
「……何の力なの?」
「匂いとか足跡とか、後は拭き取られた血痕とか、そういうのを観測出来る様になる力なんだって。五感が鋭くなる感じかな」
「あまり『ゾーン』の調査には使えない様な気がするけど……」
「私も化生さんが何を考えてるのかは分かんないけど、まあ知識があるあの人を信じるしかないよ」
「そうだね」
「すんっすんっ」
「……何」
「命ちゃんいい匂いするなーって」
「……変態」
「能力の影響じゃんか~。理不尽じゃない?」
私は少しでも早くこの力に慣れるために、鼻をすんすんと鳴らしながら化生さんの後を追っていった。




