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特異事例調査員 日奉菖蒲の調査ファイル  作者: 龍々
case19:嘘から出た眞
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第65話:夢と想い出

 回収班の到着は早かった。私達に何があったのか聞き込みをすると、すぐに前田さんの遺体を収納袋に収めて立ち去っていった。回収班はあくまで超常的な力を持たない人々によって構成されているため、下手に長居すると何らかの超常被害を負う可能性がある。そのためすぐに現場から撤退するのだ。


「さてさて、それじゃあどうする?」

「眞宮市子の所に行こう」

「自由に過ごしていいって言ってたもんね。呼ばれる前にこっちから出向いちゃおっか」

「ええ。彼女の力が本物かどうか見極めないと」


 眞宮市子がどこに居るのかは歩き回っているとすぐに分かった。疎らに日本家屋が建っているこの集落の中で、一つだけ異彩を放っている建物があったのだ。その建物は敷地入り口に鳥居を建てており、そこら中に注連縄しめなわが張り巡らされ、そこからは紙垂しでがいくつもぶら下がっていた。恐らく元々は集会所だった筈の建物は、今では眞宮の根城と化している様だった。正面入り口に堂々と掛けられている『一了会』と書かれた木製の看板がそれを物語っていた。


「命ちゃん命ちゃん。ここ」

「ええ。多分ここが……」

「どうする?」

「一応裏から回ろう」


 田舎という事もあって景色が開けているため、恐らく私達が既にここに来ている事は知られている可能性が高い。何なら眞宮によって予言までされているだろう。予知能力を持っていなくとも、私達がここを探り出す事は容易に予想出来る。どうせバレるのなら正面から行ってもいいかもしれないが、何が仕掛けられているか分からない以上は、なるべく警備が薄いであろう場所を確認しておく必要がある。

 裏側へと回ってみると、内部が見えない様になっているすりガラスの窓が二つ程あり、足元は手入れをしていないのか雑草が背を高くして伸びていた。


「崇めてる割には雑だなぁ」

「……」

「ねぇねぇ命ちゃん、どうする? 中入ってみる?」

「動かないで」


 そう言うと命ちゃんは背中からステッキを抜くと足元の雑草を掃う様にして動かし始めた。最初は何をしているのか分からなかったが、理由はすぐに私の目に映り込んだ。

 命ちゃんのステッキは突然何かにつっかえる様にして動きを止めた。そこを見てみると、ワイヤーが張られており、その向きから考えるに近くに生えている木の根の辺りから伸びているのが分かった。命ちゃんがステッキを動かしワイヤーの先を辿っていくと、雑草の中で輪っか状にしてあるワイヤーの姿があった。


「え、これって……」

「昔テレビで見た事がある。本来これは狩猟用の罠だった筈」


 命ちゃんは近くの木の枝を一本折ると、それを輪の中心部に強めに突き下ろした。すると目にも止まらぬ速さでワイヤーが跳ね上がり、一瞬にして枝を縛り付けた。輪の大きさから考えるに、明らかに通常の動物を想定した作りではなく、人間の足でも作動しそうな大きさになっていた。


「やっぱり……」

「これってさ、やっぱ私達はお呼びじゃないって感じなのかな?」

「……いずれにしても立ち入られたくはないっていうのは間違いないと思う。今の速さ……もし足に掛かれば怪我は絶対にする」


 実際罠に掛けられた枝はワイヤーに縛られている部分が少し削げており、相当な力で締め付けられたのが窺えた。致命傷になる程の威力ではなさそうだが確実に負傷は免れず、このワイヤーを動かしたバネが体に当たりでもすれば重傷化するだろう。

 他にも罠が仕掛けてあるのではないかと身動きが取れなくなっていると、目の前にある窓がガラッと開き、そこから眞宮市子が姿を現した。


「いらっしゃいませ。こちらにお出でになる事は分かっていましたよ」

「……貴方が仕掛けたんですか?」

「おや、くくり罠が動いてしまったのですね。申し訳ございません。たまにここに入ってくる動物が居るものでして」

「随分おっきい動物なんですね~」

「ええ。鼻の利く大きな動物が来るのです」


 明確な敵意を見せられた命ちゃんは真っ直ぐに眞宮を睨んでいたが、眞宮に遣わされたというあの黒スーツの男性が表から現れ、私達を集会所の中へと案内した。

 集会所の内部も外観と同じ様に大きな改造が行われていた。部屋の四方の壁を覆い隠す様にして大きな布が垂らされており、そこには表の看板に書かれていた『一了』の文字が大きく記されていた。更に部屋の一番奥には祭壇らしき物が置かれており、何かの植物やら動物の骨やらで形成された謎のオブジェが祀られていた。

 眞宮は爽やかな表情で私達を迎え入れ、後方からは取り巻きと思われる村人達がぞろぞろと部屋の中に入って来た。そして部屋の左右に一列ずつ並ぶと、胸の前で手を組み頭を少し下げた。


「御客人を、お迎えなさ~~~い」


 スーツの男性の声に呼応する様に、取り巻き達は一斉に「いらっしゃいませ」と声を発した。


「先程振りですねお二方。こちらからお声がけするつもりでしたが、まさか出向いてくださるとは」

「初めから分かってたんじゃありませんか眞宮さん? だって神様の声が聞こえるんですもんね」

「確かにわたくしには神の声が聞こえます。ですが何事にも適用される訳ではないのですよ」

「いいえ、貴方には分かっていた筈です。あの罠は明らかに人間を標的にしている大きさです」

「ふむ。失礼ですが殺月さんは狩猟に関する知識をお持ちで?」

「……いいえ」

「でしたらそれは杞憂というものです。そういった意図はありません」


 これについては眞宮の言う通りだった。私も命ちゃんも狩猟や罠に関する知識は皆無に等しい。あの罠が本当に規格外の物なのかどうかなど、立証のしようがない。もちろん回収して調べればすぐに分かる事だろうが、眞宮はきっとのらりくらりとかわすだろう。いかなる状況にも対応出来る様に何かを仕掛けている可能性が高い。あの罠もそれの一つに過ぎないのだろう。


「さて、お互い喧嘩腰で居ても仕方ありません。わたくしの力が本物かどうかをお知りになりたいのでしょう?」

「貴方の力が本物かどうかに関わらず、超常法の違反が適用されます」

「はて、その違反とは?」

「まず本物なのであれば、貴方は自身の力を使って人を殺害した可能性があります」

「ですからあれは神がやっている事です。わたくしにはどうしようもない不可抗力なのです」

「そして仮に偽物……つまり虚偽であった場合、超常能力があると偽っているという事になります」

「それが罪になると?」

「超常法第二条『いかなる理由の下でも、超常性を有している、あるいは有していないと虚偽の申告をしてはならない』」

「でしたら後者は関係ありません。わたくしの力は本物ですから」


 眞宮はこちらに背を向けると祭壇に少し頭を下げ、その後新たな予言を告げた。


「これよりにわか雨が降ります」

「え? 何言って……」


 直後、天井から激しく打ち付けられる様な雨音が響いて来た。今朝の天気予報によれば雨は降らない筈であり、降水確率からしても雨が降るとは思えなかった。


「ミカタリ様ぁ!」

「ミカタリ様ぁ!」

「皆様お静かに。これでお分かりになりましたかお二方。わたくしの力は本物です」


 命ちゃんは蒐子さんに無線を繋ぐ。


「如月さん! 今、雨が降ってる。気象データだとどうなってる!?」

「えっえっ……えーと……降ってますねー。にわか雨みたいです」

「蒐子さん蒐子さん。それって現実的に起こり得るやつですか?」

「はい。もし超常性が疑われるのであれば、上層部からすぐにこちらにも連絡が来る筈ですしー……」


 つまり今起きているこのにわか雨は超常性の無い自然現象であり、眞宮はそれを予言したという事になる。もしこれが改変能力などによる現象なのであれば、すぐに気象庁が気がつく筈である。しかし蒐子さんの方にもそういった連絡が来ていないという事は、これは紛れもない気象現象なのだ。


「ご理解頂けました?」

「……まだ何とも言えません。ですが先程も申し上げた通り、貴方にはJSCCOまで同行して頂きます」

「なるほど。……ふむ、良いでしょう。わたくしの潔白を証明出来れば、それで問題無いのですね?」

「一応そういう事になりますかね~。前田さんを殺したのが本当に眞宮さんじゃなければ、ですけど」


 正直、眞宮が何を考えているのかまるで読めなかった。仮に予知能力者だった場合、自分が捕まらない未来が分かっているから同行を承諾した可能性もある。だがこの胡散臭さは明らかに詐欺師のそれな気がするのだ。大なり小なり触れられたくない部分がある筈だ。それだというのに眞宮は堂々とし過ぎている。まるで自分がどうなろうと問題無いとでも言わんばかりに。


「念のため拘束します」

「ええ、ええ。構いませんよ」


 取り巻き達はミカタリ様である眞宮を必死に呼び止めようとしていたが、眞宮は一言「大丈夫ですよ」とだけ言って制止した。

 命ちゃんはステッキを鞭状に変化させると眞宮の体を拘束し、外へと連れ出そうと歩き出した。しかしその時、眞宮の口が再び開かれた。


「実は今、もう一つ新たなお告げが下りてきました」

「抵抗した場合、公務執行妨害が適用されますよ」

「抵抗だなんてそんな無様な真似はしません」

「あのあの~何です新たなお告げって?」

「シンプルなものですよ」


 眞宮の口からクスリと笑いが漏れる。


「この村の終焉です」


 直後、凄まじい地震が発生し、私達は立っている事さえも出来なくなってしまった。窓やドアはガタガタと異常な振動音を発し、やがて建物全体に衝撃が走ったかと思うと私の意識は一瞬にして暗闇の中に落ちていった。



「……さん! 日奉さん……!」

「ぅ……ったぁ……」

「日奉さん!? 大丈夫ですか!?」

「あー蒐子さん……いたた。頭打ったみたいです……」


 視界が少し歪んでいたため、ひとまず仰向けになって周囲の状況を確認する。どうやら裏手に生えていた木が倒れてきたらしく、屋根がほとんど崩壊していた。取り巻きのほとんどが屋根の下敷きになっており、命ちゃんは私の隣だったという事もあってか、意識を失っているだけで済んでいた。しかし眞宮の姿はどこにも無く、命ちゃんが気絶していたという事もあってかステッキは本来の姿に戻ってしまっていた。


「蒐子さん、そっちでも地震起きました?」

「は、はい。マグニチュード5くらいでしたー……。交通機関は完全に止まってるみたいです」

「でしょうねこの感じだと……。発生源は分かります?」

「日奉さん達が今居る聖名後村の近くからみたいです……」


 ゾッとした。眞宮はこれを想定して平気で拘束されたのだ。自分が拘束されてもすぐに抜け出せるという確信があった。自分だけがこの場からすぐに逃げ出せる事を既に知っていた。もしかすると本当に彼女は未来を予知しているのかもしれない。


「命ちゃん! しっかり!」

「っ……」

「大丈夫?」

「……地震?」

「そうそう。この辺で起きたっぽいよ」

「眞宮は……?」

「逃げちゃってる。すぐに追いかけたいけどさ、まずこれ。指、何本に見える?」

「三本」

「オッケ。思ったより大丈夫なのね」


 被害者が多数出ているためレスキューを蒐子さんに要請してから集会所の外へと出た。外も激しい地震によってかなりの影響が出ており、舗装されていた車道などには大きな亀裂がいくつも入っており、中には隆起したり陥没したりしている場所まであった。そして地面には所々に血の跡が残っており、集会所から離れる様に点々と移動していた。


「ねぇねぇ。もしかして、あれじゃないかな」

「かもね。行ってみよう」


 血痕を追跡している最中に蒐子さんから連絡が入る。どうやら先程の地震は非常に珍しいものらしい。本来群馬ではあまり大きな地震が発生せず、ここまで強大だったものは818年に起きたとされている地震であり、それも遺跡から発掘された痕跡から推測したものなのだそうだ。絶対にゼロとは言えないが、この場所でこういった巨大な地震が観測されるのは非常に稀なケースであると蒐子さんは話してくれた。しかしそれが何らかの超常能力によってもたらされたものなのかは、まだ判断が出来ないという。


「命ちゃん、あっち」

「ええ」


 説明を聞きながら歩いていた私達は、やがて山中にポツンと建っている一軒の廃屋に辿り着いた。そこら中が植物が伸びており、立派な家であるにも関わらず窓ガラスは全て割れてしまっていた。更に壁には「出ていけ」だの「死ね」だのと二階部分まで落書きがされていた。


「……入る?」

「ええ。気をつけて。また何か仕掛けてくるかも……」


 血痕は雑草によって途中で完全に隠れてしまっていたが、廃屋の方に進んでいるのは間違いなく、何者かがここまで来ているのは確かだった。

 ステッキで足元を掃いながら罠の確認をし、少しずつ進んで行き家屋にまで辿り着いた。縁側に付けられているガラス戸の割れた部分に僅かに血が付着しており、ここを無理矢理乗り越える様にして中に入っていったのが窺える。


「割るからちょっと離れて」

「後で上に報告しとかなきゃだね」

「……そうだね」


 命ちゃんは割れている部分からステッキで崩していき、ある程度壊せたところで跨ぐ様にして中へと侵入した。手を引かれてすぐに私も中へと入る。

 内部は電気が点いていないため薄暗くなっており、ガラス以外にも様々な日用品がそこら中に転がっていた。外から差してくる日光によって空気中の埃が光っており、少し鼻がむずがゆくなった。


「如月さん」

「はい。何でしょうかー?」

「聖名後村にある廃屋に今居るんだけど、所有者は分かる?」

「えっ廃屋ですか? 廃屋でしたらー……」


 その時、二階からガタンッと物音が鳴る。


「ごめん如月さん。物音がした。一旦こっちを優先する」

「え、ええ」

「菖蒲ちゃん、備えて」

「分かってるよ」


 もしもに備えてしーちゃんの魂と同期し、二人で二階へと続いている階段を少しずつ上っていく。古くなっているからか、ギシリ、ギシリと床が軋む音が響いた。そして一番上まで上ってみると、襖の開いた部屋が見えた。臨戦体勢のまま部屋を覗き込んでみると、私達が探していた彼女の姿がそこにあった。


「何、を……」


 私は言葉が出なかった。その部屋は子供部屋だったらしく、勉強机や何かの玩具、小さい子供が持っている様な人形が散らかっていた。そしてその真ん中では、完全に錆びついている子供用の三輪車に跨っている左腕の無い眞宮市子の姿があった。錆びて動かなくなっているペダルを動かそうと、何度も何度も足を踏み込んでいた。


「あ、ま、眞宮さん……?」

「あぁ……ふふっあははっ……。生きてたんだ?」

「何してるんですか? それにその腕……」

「どうでした? わたくしの……いや、わたしの演技は?」

「は……?」

「アハッ……! 滑稽だったよ。皆してわたしの予言を信じちゃって。ぷくくっ! 最高じゃない、ねぇ?」

「……如月さん。対象が負傷――」

「余計な事っ!!」


 遮る様に眞宮の声が響く。


「……しなくていいんだって」

「でもでも、そのままじゃ……」

「狙ったんだよなぁ。わたしねぇ、知ってたんだよ。にわか雨が降るのも、大地震が起きるもの、全部ぜ~んぶね」

「知ってたって……」

「分かるんだよねぇ昔からさぁ……。だって雨の前ってさ、匂いがするよね。地震の前ってピリピリ来るでしょ? 木がどう倒れて天井がどう崩れるかなんて、ちょこっと分析すれば見えちゃうんだよね」

「……まさか貴方の予言は……」

「予言なんてうっそでーす!! そんなのあるわけないじゃん! みんなみーんないい歳した大人が騙されちゃってさぁ!! いい夢見れたぁ!? アハハハハアハアハ!!」


 眞宮市子の予言の真相、それは彼女が生まれつき持っている五感の鋭さだった。並外れた嗅覚で雨を予測し、通常の人間であれば感じ取れない何かを感じ取って地震を予測した。考えてみれば、動物達も地震の前には異常な行動を取ったりすると聞いた事がある。それは超常性などではなく、ただの生物としての能力である。眞宮市子の本当の力は、異常な五感と超分析能力だったのだ。


「動かないなぁ……」

「眞宮さん。何故彼らを騙していたんです? 貴方は昔、一度叩かれて……」

「楽しいからに決まってるじゃん!」

「楽しいから?」

「昔、わたしを、うそつきって、追い出した、奴らがさ? わたしに、媚びへつらって、へーこらしてるの最高でしょ?」


 天井の崩落によって失われたのであろう左腕の付け根から大量に出血しているせいか、眞宮の喋り方は少しずつおかしくなっていた。しかしそれを意に介さないかの様に、彼女の目はギラギラと輝き口元はニヤついていた。


「ミカタリ様ミカタリ様ミカタリさまみかたりサマ!! いるわけないじゃんそんなのさ!!」

「あのあの、それじゃあ……復讐のためって事ですか?」

「復讐? ふくしゅうなわけないじゃん。インガオーホーって知ってる?」

「いやいや知ってますけど、つまりは復讐じゃないですか」

「ちがいまーすまわってきたんですー。実はー、わたしはいーっさい! 手を出してませーーん!! 全部全部ぜんぶ全部ゼンブ!! ぜーーーーっんぶ返ってきましたーー!! アハハハハハ!! 馬鹿だよね前田さんもさぁ! お薬、飲み忘れちゃうだなんてー! ぷくくっクヒヒヒヒ……!! 」


 とても会話が通じる状態ではなくなっていた。脳内麻薬でも出ているのかハイになっており、その出血量からは想像も出来ないテンションだった。そして、最早ここからでは助けられないと素人目にも分かる顔色だった。


「……もう結構です。それで、貴方は何故ここに?」

「お家なんですよおうち! 最期にいっぱいやりたいことあるんだよねぇ」

「三輪車ですか?」

「そっ! これ、これね? おとーさんがプレゼントしてくれたんだよ! あのころは良かったよなぁ~お告げとかもしないでいいしさぁ」

「……そう、ですか」

「でさ、でさっ? ちょっとさ、頼みたいんだけど」

「何です?」

「おかーさんがさぁ、いたらしいんだよねぇ。でもわたしが生まれてすぐに死んじゃったみたいでさぁ。どっか、どっかにさぁ、わたしの……なんだっけ、ボシテチョー? があるんじゃないかってはなしなんだよねぇ」


 母子手帳。確か子供が生まれた時に母親が渡される手帳だ。


「さいごくらいさぁ、おかーさん感じたいじゃん?」

「なるほどなるほど。それを見つければいいんですね?」

「はなしがわかるねぇー。おねがいねー」


 そう言うと眞宮はまたニヤニヤと笑いながらペダルを踏み始めた。その度にギッ、ギッと金属の軋む音がする。

 母子手帳を探し始めた私を手伝う様に命ちゃんも家の中を周り始めた。真面目な彼女の事なので止められるかと思っていたが、流石に眞宮はもう助けられないと感じたのか何も言わずに手伝ってくれた。


「……菖蒲ちゃん、これ」

「お、あったんだね。皆そういうとこに隠すの好きなのかなぁ」


 眞宮市子の母子手帳が隠されていたのは一階にある箪笥の一番下の段の奥だった。千草が日記を隠すためにやっていたのと同じ方法である。

 二階へと戻った私達は、三輪車に跨ったまま少し弱っている様子の眞宮に頼まれていた物を渡す。彼女は右手を震わせながらそれを受け取ると、ハンドルに頭部を預ける様にしながら母子手帳にキスをした。


「あは、あはっアハッ……おかーさんだよ。そうだ、なつかしーかんじ、おかーさんだ……」

「眞宮さんって、お父さんもお母さんも大好きなんですね」

「とーぜんじゃん……家族なんだもん。だいすきにきまってるよ。おとーさん、げんきかなぁ……」

「会ってないんですか?」

「うん。けーさつの人につれてかれて、かえってきてないし。わたしはさ……ずっと山とかでかくれながらすんでたから」

「命ちゃん命ちゃん」

「ええ。眞宮さん、貴方の消息は長年不明でした。どこに居たんですか?」

「ふふん、どこでしょーか?」

「ふざけないで答えてください」

「…………どこでもよくない? わたしにもさ、ニンジョーっていうのはあるんだよねぇ」

「誰かを庇ってるんですか?」

「べつにさ、わたしがいわなくても、ふたりともしってるんでしょー」


 少しずつギラついていた眞宮の目から光が消えていく。


「ちょっとちょっと! どういう意味ですかそれ!?」

「わたし、分析……しちゃったんだよね。コトサマ連盟と異人会の抗争……天美そらみ島からの漂流者への聞き込み……わたしにはぜーんぶお見通しだから」

「まさか……」

「あはっあはっ。あとは自分でかんがえてねー。おとーさんとおかーさんがよんでるからさぁ、わたしいかなきゃだし……」


 あの二つの事件に関係する事と言えば、一つしかない。


「じゃあね、おばかなせかいのおばかなみんなー。最期に残るのは……想い出だけって、よく、わかったでしょ……?」


 眞宮市子は完全に沈黙した。その目からは光が消え失せ、口元は笑ったままだった。命ちゃんは彼女の瞼に触れて目を閉じさせると蒐子さんへと無線を繋ぐ。


「こちら殺月」

「あっ殺月さんー。大丈夫でしたか?」

「……対象の死亡を確認」

「えっ……」

「地震に巻き込まれてた。左腕が……無くなってた」

「……分かりました。回収班に連絡しますね」

「ええ。お願い」


 命ちゃんは無線を切るとふーっと息を吐き、こちらに声掛けてきた。


「菖蒲ちゃん」

「えっ。あ、うん」

「大丈夫?」

「そっちこそ平気?」

「……あんまりいい気分はしないかな」

「……だよね。それで、眞宮さんが言ってた事なんだけどさ」

「ええ。あの二つの事件……どっちも日奉一族本家が絡んでた」

「うん。眞宮さんを匿ってたのは本家の人達なのかも。結界術を使えば建物の隠蔽とかも出来るし」

「それに本家は今の超常社会を嫌ってた。コトサマと人間が等しく暮らす今の世の中を」

「眞宮さんを復讐に掻き立てる意味は一応あるね。予言者によって村が一つ滅ぼされたってなれば……」

「世論は能力者を叩く方向になる」

「でもでも、謎なんだよねぇ……。だってだって、そうなったら本家の人達だって迫害される対象になっちゃうんだよ?」

「その辺はあたしも知らない。ただ、もっと本腰を入れて捜索を進めた方がいいのかも……」


 私達は回収班が来るまで眞宮市子の傍に居続ける事にした。自身を迫害した者達相手に見事に復讐を成し遂げ、最期まで騙し抜いた恐るべき人物だったが、それでも先程の彼女を見ていると一人にはしたくなかった。眞宮市子はただ、普通の家族を望んでいただけなのだ。大好きな家族と一緒に居られれば、それで良かったのだ。そんな彼女の想いを、私はどうしても吐き捨てられなかった。

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