第63話:帰ってきた予言者
雌黄さんの一件は私が入院している間に解決した。あの後に対面した二人の雌黄さんはしっかりとお互いの意見や意志を伝え合うと、自分達が何者なのかを理解した様だ。
まず私達がよく知る電子生命体の雌黄さんは、やはり本来の雌黄さんではないらしい。彼女自身ももしかしたらそうなのではないかと考えてはいた様だが、肉体が目覚めるまではずっとそれを心の中で否定し続けていたそうだ。しかし本来の雌黄さんが目覚めた事で自分があくまで模倣体に過ぎない存在だと認めざるを得なくなってしまった。雌黄さん本人も認めたくは無かったのだ、自分が偽物だと。
次に本物の雌黄さんだが、もう一人の自分と対面した事によってもう少し生きてみたいと考えたらしい。今まで誰もが自分の事を邪魔者扱いしていると考えて孤独を感じていた。しかし外の世界を知ったもう一人の自分と話した事で、世界は思っているよりも希望があると感じたのだという。
「それであっちの雌黄さんは?」
「流石に病院からは出せないみたいだけど、一応JSCCOで雇う事になったみたい」
退院して自分の住んでいるアパートに帰って来ていた私は、部屋で命ちゃんから全てを説明してもらっていた。ねぇねはJSCCOから仕事が入ったとの事で留守にしており、部屋には私と命ちゃんしか居なかった。
「まあ雌黄さんが二人に増えたって考えたら心強いね。情報は重要だし」
「ええ。模倣体の雌黄さんも本物の雌黄さんも頼れる人材だと思う」
「だね。それで命ちゃん、今日はどうしたのさ?」
「何が?」
「いやいや何がじゃないよ。わざわざ休みの日にこんな話のためだけに来た訳じゃないでしょ? 魔姫ちゃん寂しがってない?」
「魔姫は今部屋で絵を描いてる。あたしが居ると描けないみたいだから」
「あー確かに前に住んでた所と比べたらここ狭いもんね。自分用の部屋とか作れないし」
「そうだね。……いつかまたあの家に戻れればいいんだけど」
「うんうん。それで、本題は?」
「……これ」
そう言って命ちゃんが出してきたのは一冊の雑誌だった。どこにでもある情報誌で雑多な記事があれこれと詰まっている物だった。普段こういったものは読まないため、こうしてまじまじと見るのは初めてだが文字が多過ぎて目がくらくらしてきそうだった。
「えっとえと……これが何?」
「このページ、ちょっと見て欲しくて」
ぺラリと雑誌が開かれる。どうやら事前にページの端を折ってすぐに開ける様にしていたらしく、そこに書かれていたのはある村とそこに居るという予言者についての記事だった。
「えーなになに……『奇跡の返り咲き。復活の予言者』……?」
「そう。菖蒲ちゃん、眞宮市子って名前知ってる?」
「ん~……聞いた事無いかな。誰なの?」
「12年前、聖名後村という村で御語吏様と呼ばれる人物が現れた」
「ミカタリ様?」
「そう。それがこの記事に載ってる眞宮市子だった。当時5歳」
記事には眞宮市子なる人物の写真も載せられていた。巫女服の様な物を着ており、手首や首元には何を意味しているのか分からない装飾品が大量に掛けられていた。綺麗に整えられた長い黒髪をしており、今のこの超常社会でここまで胡散臭く出来るのかと少し驚きだった。
「未だにこういう格好する人居るんだね……オカルトがフィクションの時代は終わったのに」
「そう。オカルトはもうフィクションじゃなくなった。この眞宮市子は、12年前にそれを知った筈なの」
「12年前? まさかそれを予言してたって事?」
「そうじゃない。彼女は……身をもってそれを知った」
命ちゃんによると、かつて眞宮市子は『未来が見える少女』としてテレビに引っ張りだこだったらしい。当時の私は4歳であり既に昏睡状態であったため見た事は無かったが、どうやら相当な回数テレビに出ていたのだそうだ。年齢的に眞宮市子の方が一つ年上という事になる。
「今じゃ考えられないけど、昔はそういうの多かったんだろうね~」
「ええ。あたしもよくテレビで見てたのを覚えてる。実際彼女は次々と未来の事を予知してた」
「でも何かあったんだよね? この記事を見るにさ」
「……世間から大バッシングを受けた」
「うん? 何でそうなるの?」
「……本物じゃなかったんだよ。眞宮市子に予知能力なんて無かった」
当時ニュースを見ていた命ちゃん曰く、眞宮市子の父親は政治家として村の権力者に取り入ろうとしていたらしい。まだオカルトがオカルト足り得る時代であり、更に一般社会から隔絶された村だったという事もあって、自分の地位を確立するために娘である彼女を利用していたのだ。
「眞宮市子は予言なんかしていなかった。ただ事前に親から吹き込まれた事を喋っていただけ」
「いやいや、それじゃ予言にならなくない?」
「それだけならね。でも眞宮市子の父親は色んな人間に依頼して、実際彼女が言った通りに事が進む様に仕向けていた。事故や事件が起こる様にね」
「……それがバレたって事?」
「関係者の一人が下手を打って逮捕されてね。そこから芋づる式に全てがバレた」
当然、父親は逮捕される事になり政治家としての未来は完全に潰えた。そこで全てが終わる筈だった。終わらなければならない筈だった。
「批判の目は眞宮市子にも注がれた」
「は? ちょっとちょっと、それはおかしくない? この人はあくまで言われた通りに喋ってただけなんでしょ?」
「そう。本当に言われた通りに喋ってただけ。でもそれが明るみになったのは最近になってから。ほら、ここ読んでみて」
命ちゃんが指した場所を見てみると記者からの質問に答えている眞宮市子の発言が書かれており、そこには確かに当時は父親の言いなりだったという旨の発言をしていた。
「当時、眞宮市子は自分が何をしているのか理解していなかった。ただ言われた通りにしてればチヤホヤしてもらえて美味しい物を食べさせてもらえる。渦中に居ながら自分がしている事が何なのかまるで知らなかった」
「だったらますます責められるのはおかしいじゃん。むしろ被害者でしょ」
「君が正しいよ。彼女は完全に被害者だった。でも当時の彼女は父親の逮捕やマスコミの取材、村民からの中傷で何も答えられていなかった。パニックだったのか、それともコミュニケーションが苦手だったのか。とにかく眞宮市子は本当の事を言えなかった」
「母親はどうしてたのさ?」
「居なかった。片親だったんだよこの人は」
村民だけでなく社会の全てから激しいバッシングを受けた眞宮市子はそのままどこかの施設へと預けられ、表の社会から姿を消してしまったのだという。どこの養護施設に預けられたのか、どこの学校に通っているのか、誰一人としてその消息を掴む事は出来なかったそうだ。
「……何となく話が見えてきたよ。どうして眞宮市子がまた予言者として帰ってきたのか調査しようとしてるんだね?」
「ええ。これは公式な依頼じゃない。あたしが個人的に気になって調べたいと思ってる事なの。もし今の彼女が正気を失って過去の栄光をまた手に入れようとこんな事をしてるなら止めないといけない。予言や予知はまだオカルト学的にも解明されてないし、『黄昏事件』以降そういう力があるという人は居なくなってる」
「大方ほとんどの予言者が偽物だったんだろうね。でもでも、もしかしたらって事もあるかもよ」
「あたしもその線についても調べたいと思ってる。もし本当に眞宮市子が予知能力を手に入れたのだとしたら、どうやってそれを可能にしたのかが知りたいの。もしそんな方法が本当にあるなら、その技術を差し止めないといけない」
命ちゃんの言いたい事は分かる。今のところ本物の予言者なる人物は発見されていないが、もし本当に未来予知が出来るようになる方法があるのなら、それは隠蔽されなくてはならない。一見すると便利な技術ではあるが、あまりにも未解明な部分が多過ぎるのだ。もしそれが未来を予知しているのではなく、未来を確定させているのであれば非常に危険な力である。現実改変能力者ほど厄介な相手は居ない。
「いいよ。私もちょっと気になるし、別に他の用事とかも無いし一緒に行くよ」
「ありがとう。一応如月さんには伝えておく」
「オッケオッケ。いつから始める?」
「明日始めようと思ってる。危険性は今のところ無いと思うけど準備はしておきたいから」
「未来予知なんてした事もされた事も無いしね」
命ちゃんは話を終えるとすぐに部屋から出ていった。そのすぐ後にドアが閉まる音が聞こえ、魔姫ちゃんが待つ自分の部屋へと戻ったのが分かる。同じアパートに住むようになってから、こうしてすぐに話し合いが出来るようになったのはありがたい。別に携帯を使えばいい話ではあるが、やはり向かい合って話していた方が情報が入ってきやすい様に思う。
「さって……準備しとくかな」
事前に情報を調べておく必要があると考えた私は、パソコンを開くとかつて聖名後村で起こったという眞宮市子誹謗中傷事件について情報を集める事にした。




