第60話:ボクなんて大嫌いです
現人神の疑いがあるセンとの戦いから数日経ったにも関わらず、私はまだ検査入院をしなければならない状態だった。現人神の魂を取り込んだ人間など今までに例が無いという事もあり、まだ何が起こるか分からないかららしい。センの力が未知数であるが故に、病院側もJSCCO側も慎重になっているのだろう。
そんな私を心配してか、ねぇねや師匠達が代わる代わるお見舞いに来てくれていた。それぞれ仕事があるだろうにそんな事をしている暇などあるのだろうかと少し心配になったが、わざわざ時間を割いて来てくれているであろう相手にそんな事は聞けなかった。
そんな中、病室で賽師匠と話をしていると命ちゃんが入ってきた。
「失礼します」
「あっ命ちゃんいらっしゃい~」
「こんにちは殺月ちゃん。何だか大変だったみたいだね……」
「はい。彼女が居なければ危なかったでしょう」
命ちゃんはいつもの仕事着であり、とても見舞いに来る恰好とは言い難かった。
「えっとえっと。命ちゃん、何かあったの?」
「ええ。三瀬川さんもいらっしゃるなら丁度良かったです」
「私にも何か用?」
「はい。今朝、こちらの病院で問題が発生した様で、調査する様にと連絡が来ました」
命ちゃんによると今朝早くにJSCCOから調査任務が入ったらしい。どうやら危険性はあまり無いらしいのだが、発生したという問題の根源が不明なため念のためにと頼まれたという。そして彼女が選ばれた理由のもう一つは私の相棒だかららしい。
「私の力?」
「そう。君の降霊の力。何か役に立つかもって」
「じゃあじゃあ、賽師匠は?」
「三瀬川さんは記憶が読めると仰ってましたよね? 触れば見えると」
「うん、そうだね。あんまり手伝っちゃダメって縁ちゃんは言ってたけど……」
「すみません、今回はどうしても三瀬川さんのお力が必要なんです」
「私は別にいいから謝らないで? でも縁ちゃんには内緒にね?」
「それでそれで、何があったの?」
命ちゃんによると、まず事の発端はある病室に入院している人物が目を覚ました事にあるらしい。その人物はこのまま一生目を覚ます事は無いと思われていた人物であり、目を覚ました事自体が既におかしい事なのだという。
「うん……? 起きる事がおかしいって思われてるのに入院はさせられてるの?」
「その人の家族からの願いでね。でもJSCCOからすると無意味だと思われてるみたい」
「誰なのその人?」
「……日奉雌黄さん」
あまりにも予想外な人物の名前が出てきた事で、一瞬頭の理解が追いつかなかった。雌黄さんといえばネットワークに侵入し、好きに情報を持ち出したり改竄出来る能力者である。そして彼女の発言が事実であるならば、あの人の肉体は既に存在していない筈である。手段は不明だが自身の魂をデータへと変換し、完全に電子生命体になっているのだ。つまり、既に魂を失った状態だというのに肉体が目覚めたのだ。魂を失った肉体が動くなどという事は有り得ない。こうして動いたという事は、何かが憑依している可能性がある。
「魂も無いのに動いてるって事?」
「一応検査はされたらしい。そうしたら魂らしきものが確認されたって……」
「うーん。そうなるとやっぱり憑依されちゃった感じかな~。賽師匠はどう思います?」
「そうだね……私もそうかなって思う。今まで事務所に入ってきた案件でも、遺体に霊魂が入って動かしてたっていうのがあったから……」
賽師匠によると、行き場を失くした霊魂の中には他人から認識してもらいたいという考えから、遺体や生者に憑依して異常な行動をわざと取る者も居るらしい。こういった事例は古くから様々な文献に記録されており、今の超常社会になってから確認されたものではないという。ここが病院であり、普段から人の生き死にが起こりやすい場所であるため誰かの霊魂がそういった事をしてもおかしくはないそうだ。
「じゃあじゃあ、行ってみる?」
「急ぐ案件ではないと思うけど、君が行けるならあたしはすぐ動ける」
「私なら大丈夫だよ。一応病院の中だったらある程度好きに動いていいって言われてるし」
「分かった。三瀬川さんも宜しいですか?」
「もちろんだよ。もし行き場が無くて彷徨ってるなら助けないと」
私はベッドから降りると、一旦ナースステーションまで行き事情を説明してから調査を開始した。いくら仕事とはいえ勝手に動き回ると迷惑を掛けてしまうからである。
命ちゃんに連れられて雌黄さんの肉体が居るという404号室まで行ってみると、医者やJSCCOから送られたであろう専門家達が集まっていた。彼らの中心にはベッドの上で上体を起こしている一人の少女の姿があった。
「すみません通してください。JSCCO調査員、殺月命です」
少女の見た目はまさに雌黄さんをそのまま大きくした様な姿だった。私達の知っている雌黄さんはフードを被った小学生の様な容姿をしているのだが、目の前の肉体は少なくとも10代後半に見えた。
「命ちゃん命ちゃん。雌黄さんって何歳なんだっけ?」
「一応記録だと24歳になる筈。ネットワーク上で雌黄さんの姿が初めて確認されたのが2010年だった。今が2024年だから、雌黄さんは10歳の時に魂を電子データにした事になる」
「でもでも、あんまり20代っぽくは見えなくない?」
「別におかしくはないと思うよ菖蒲ちゃん。長い間昏睡状態だったなら、成長期に栄養が上手く行き渡らなくて成長が阻害されてたのかも」
雌黄さんの肉体はゆっくりとこちらに視線を向けると、小さく咳き込んでから少しか細い声で話し始めた。
「ボクとした事が失敗したという事ですか、嫌な人生ですね。ところであなた達は?」
「我々はJSCCOの者です。日奉雌黄さん、あたし達の事は覚えていますか?」
「じぇーえす……何です? ボクが引きこもりだから難しい言葉を使って馬鹿にしようとでも? えほえほっ……そういうのムカつきますね」
「あれ? あのあの、雌黄さんですよね? 『黄昏事件』の事は分かります?」
「何なんですかさっきから寄ってたかって、そんなにボクをイジメて楽しいですか? 体が弱いのがそんなに悪い事なんですか?」
どうやら今目の前に居る彼女には私達の知る雌黄さんとは別の記憶があるらしい。少なくとも彼女には『黄昏事件』に関する記憶は一切無く、それどころか現在の世界がどうなっているのかも理解していない様に思える。また私達の知る雌黄さんと比べると、若干卑屈な印象を受ける。
「何か変ですね……賽師匠、お願いしてもいいですか?」
「うん。ちょっと見てみるね」
賽師匠は雌黄さんの肉体へと近寄りその頭に10秒程手を置いた。やがてその手を離した賽師匠は怪訝そうな顔をし、雌黄さんの肉体へと質問をし始めた。
「あなたのお名前は?」
「けほっ……さっきそこの失礼な人が言ってた通りです、雌黄です」
「あなたの家族は?」
「血の繋がった家族なんて居ませんよ、どうせボクみたいな出来損ないは要らなかったんでしょう。ただ一応戸籍上は茜さんが家族にあたるんですかね」
「それは……日奉茜さんの事?」
「はい。というか何なんですかあなたは? 何で皆してボクを囲ってるんです? もう放っておいてください」
「……うん。ごめんね、疲れちゃったよね」
「疲れてっ……けほっ……疲れて、ません! 疲れてなんかっ……!」
そう言ってはいたが、彼女の声はどんどん小さくなっていき、ついには消え失せる様にしてその声は聞こえなくなってしまった。その目元には涙が滲んでおり、とてもあの雌黄さんと同一人物とは思えなかった。
「えっと皆さん、一旦お部屋から出てもらえませんか? 一度一人にさせてあげましょう」
賽師匠はそう言いながら部屋から全員追い出すと、部屋から少し離れた場所に私達を連れていき自分が見たものについて教えてくれた。
賽師匠によると、あの肉体に入っている魂は雌黄さんだと見てほぼ間違いないという。どういう理屈でそうなってしまったのか分からないが、私達の知っている電子生命体である雌黄さんとはまた別の雌黄さんが生まれてしまったらしい。
「あのあの、そんな事って有り得るんですか?」
「私も初めてなんだ……。記憶喪失になった人でも体だけ昔の経験を覚えてて無意識に反応する、みたいなのは聞いた事があるんだけど……」
「雌黄さんで間違いないんですよね?」
「そうだと思う。魂に触れれば記憶が見えてくるし、今まで魂に刻まれた記憶に嘘が混じってる事なんて無かったんだ。だからきっとあの子は、本当に雌黄さん本人って言っていいと思う」
賽師匠がこう言うという事はそれだけ珍しい事例なのだろう。だが現人神のセンという前例が存在しているため、『無から魂が自然発生する』という事象は少なからず有り得る。それがどういった理屈や原理で起こったのかまでは分からないが、今この世界には日奉雌黄という人物が同時に二人存在しているという事になる。もしかすると結城さんの時の様に、実は片方が別の世界からやって来た人物というのもあるかもしれない。
「でもでも、そうだとしてどうします? 明らかに超常的な現象ではありますけど……」
「どうするのが正しいんだろうね……きっとどっちの雌黄さんも自分が本物だって感じてると思うの」
「……雌黄さん本人に解決してもらうのは?」
「どういう事?」
「もし彼女が本当に三瀬川さんの仰る様に雌黄さん本人なら、もう一人の雌黄さんを呼んで意見を貰った方がいいんじゃないかと」
今のところ肉体の雌黄さんに実害は見られない。恐らく本当に肉体があった頃の雌黄さんそのものなのだろう。彼女の事を一番よく知っているのは、やはり雌黄さん本人以外に他にない。あれが憑依によるものではないのなら、これ以上は私達がどうこうする事は出来ない。
「他にいい感じのが浮かばないし、それがいいのかな。じゃあじゃあ、悪いんだけど命ちゃんの方で蒐子さんにお願いしてもらえない? 私病院着のまま来ちゃったからさ」
「分かった。雌黄さんに来てもらう様に言ってみる」
そう言い早速蒐子さんへと無線を繋げた命ちゃんは、雌黄さんをこの病院へと派遣する様にと述べた。どうやらその意見は簡単に通ったらしく、一旦今の仕事を切り上げてすぐに行く様に伝えると蒐子さんから返答されたそうだ。
それを聞いた私は、二人と共に電子生命体の雌黄さんが来るまで廊下で待っている事にした。




