第6話:顔も見たくない
今回の顔に関する一連の事件の首謀者と思われる『ずんべら』によって家へと招き入れられた私達は、勧められるままに畳の上に腰を降ろした。もてなすかの様に湯飲みに入ったお茶が出されたが、何か入ってる可能性を考慮してそれには手を付けずに対話を始めた。
「えっとえっと、『ずんべら』さん。単刀直入に聞きますけど、この人の顔を盗ったのは貴方ですか?」
「如何にも。その通りでございます。お客様からのご要望でしたので」
「おいふざけた事抜かすな! いつ俺がそんな事頼んだよ!」
「……落ち着いて。『ずんべら』さん、貴方は現段階である事件の容疑者となっています。理解出来ますか?」
殺月さんが落ち着き払った様子で尋ねると、『ずんべら』は口も無いというのにクスクスと笑った。
「容疑者? 私がですか?」
「ある事件に関与していた人物が留置所内で死亡しました。その顔からは顔が無くなっていた。そして顔を盗られたと主張する『人面犬』からの訴え。いくつかの証拠も取れています」
「なるほど。ふむ、そうでございますねぇ……確かに貴方の仰る様に、私はそちらの人面犬様からお顔を頂き、当該のお客様へと移植致しました」
「……如月さん、今の記録出来た?」
「出来てます」
『ずんべら』は近くに置かれていた箪笥の一番下の段を開けると、そこから蓋の付いた横長の木箱を取り出した。茶色をしており、その表面を見るにかなり昔から使用されている様に感じた。彼がそれを開けると中には五つ人間の顔が入っており、まさに『顔』だけを剥ぎ取ったかの様にそこに収められていた。
「……これは?」
「私の商売道具でございます。元は趣味の様なものだったのですが、強い要望がありましたのでこうして一つの商売としてやっているのです」
「あ、あの……少しいいですか? その顔はどこから……?」
「死人のものでございます。古くより蒐集してきたものでございます」
賽師匠は恐らく、この家の周りを飛び交っている顔だけの魂の出所を知りたかったのだろう。本来魂がパーツごとにバラバラになっているというのは有り得ない。そうであれば何者かが何らかの超常的な力を使ったと考えるのが妥当である。今回はそれを行っていたのが『ずんべら』だったという事だ。
「ちょっと待てよ! じゃあ何で俺の顔持ってったんだ!? 生きてんのが見て分からねぇのか!」
「それに関しては申し訳なく思っております。ですが今回は死人の顔を使う訳にはいかなかったのです」
「あのあの、それってどうしてですか?」
「単純な話でございます」
『ずんべら』の話によると、『黄昏事件』によって超常存在と人間社会が交わった事により、世界は大きく変わった。それに伴い、科学では再現不可能なオカルト技術が発展し、一部の人間にもそういった知識を学習する機会が当然の様に与えられ始めた。そのせいで死者の魂や『妖怪』に対する研究も進んでしまい、魂に関係している彼らの存在が明るみになったそうだ。
「……話が見えてこないけど?」
「お待ちくださいな。急いてはなりません。……今まで私は死者から盗んだ顔を被って人間社会に遊びに出るという事をしておりました。しかし我々の存在が明るみになった事により、迂闊な行動が出来なくなったのです」
過去に起こったコトサマ関連と思われる全ての事象が細かく調査され、何百年も前に死亡した人間の死体から顔が消失するという事件があったというのが知られてしまったそうだ。つまり、彼がコレクションしている顔を被って外に出れば、すぐにその事件の犯人として捕まってしまうのだ。
「超常犯罪に時効は無い。あの事件以降に制定された法。そうでしょ如月さん?」
「そうですねー……通常の事件よりも遥かに捜査が難しい事から時効が効かない様になったみたいです」
「でもでも、それと今回の事件にどう関係が?」
「私はこれまで以上に山に籠る様になりました。外に出れば捕まってしまいます。何をされるか分からない。……ですがある日彼が訪ねてきたのです」
『ずんべら』の下へと訪ねてきたのは、顔面が消失して死亡したあの犯人だったという。彼は指名手配をされている中、どこかで『ずんべら』の存在を知り、協力を求めてきたそうだ。彼の持っている顔を自分の顔に移植して逃走の手伝いをして欲しいと。
「最初は断りました。この顔を使ったところですぐに捕まるのは明白でございましたから。そうすれば私まで捕まってしまう。ですがあの方は、私にこう仰ったのです。『それならいい顔を知っている』と」
「それが……俺だってのか?」
「そうです。如何様な技術を用いておられるのかは知りませんが、貴方様は古くより日奉一族にも捕まらず社会に隠れておいででした」
「……そんな『人面犬』の顔ならバレないと?」
「浅はかな考えではございましたが、私が手を加えれば無問題だと思ったのです」
そう言うと『ずんべら』は当日どの様にして犯行を行ったのかを語り始めた。
まず彼が人の顔を奪うためには、対象に『人魂』を食べさせる必要があるそうだ。いつもは死体から盗んでいたため、死人の口に人魂を押し込む事で簡単に奪えていたらしい。しかしこの超常社会でそんな事をすればすぐに身元が割れてしまう。それを恐れた『ずんべら』は人気の無い時間帯に外へ出ると、『人面犬』がいつも食料を手に入れているゴミ捨て場の位置を確認したそうだ。そして場所を確認した後、そこに廃棄された食べ物に人魂をこっそりと混入させておく事で下準備を進めた。
「あ、あの……それじゃあどうやってこの山まで誘導したんですか? 認識を弄るなりしないと無理だと思うんです」
「それに関しては私も想定外でした」
どうやら『ずんべら』は人魂を食べさせた後は寝床まで尾行し、眠っている間に急いで盗んでしまおうとしていたそうだ。しかし、何故か『人面犬』は突然体を起こし、この山にある家まで歩き始めたそうだ。本人も想定外の事に驚いたそうだが、これ幸いとばかりに一緒に家まで戻ったのだという。
「蒐子さん蒐子さん。監視カメラには他に怪しいものは映ってなかったんですよね?」
「そうですねー……人面犬さん以外には何も……」
「JSCCOの公式記録には、『かつて妖怪と呼ばれていた一部のコトサマは映像機器に記録出来ない』って書かれてた」
「そうなの殺月さん?」
「ええ。まだ詳しい研究は進んでないらしいけど、多分微妙に存在する次元がずれてるんだと思う。……それで、続きは?」
「後は単純な話でございます。人面犬様からお顔を頂き、事前に盗っておいた犬の顔を貼り付け、頂いた顔をあの方に移植したのです」
「ちょっと待って。……その基になった犬は?」
「川に捨てました。顔が無ければ生きられないのですから」
『ずんべら』はその行為を全く悪いとも思ってない声色で語った。恐らくこの事で彼を糾弾したとしても無意味なのだろう。元々彼らは私達とは違う存在だったのだ。世界が大きく変わったとはいえ、たった数年でそれぞれの価値観を近付ける事など出来る訳がない。人間同士ですら色々な価値観の者が居るのだ。種族の違う者同士が分かり合うのは至難である。
『ずんべら』によって新たな顔を手に入れたあの犯人は、彼に報酬と称して金を手渡すと家から出て行ったらしい。しかし、別件で警察に捕まった彼は留置所内で突如顔を失って死亡した。『ずんべら』によると、それもまた想定していない事象だったらしい。
「これは私の憶測でございますが、やはり生者の顔であり、尚且つ人とは異なる存在の顔を移植したのがまずかったのではないでしょうか」
「ねぇ賽師匠、もしかして魂にも合併症みたいなのがあるんじゃないですかね?」
「そうだね……もしかしたら、霊に憑かれるっていうのはそういう……?」
「では貴方はあの現象に関しては関わっていないと?」
「左様でございます」
殺月さんはいくつも結んでいる髪の内の一つを触りながら小さく唸り声を上げる。
「……如月さん、どう思う?」
「うーん……顔を盗った事に関しては事実だとは思いますけど、これをどうやって犯罪とするかですよね。超常的な力を使ったのは確かですけど、これに付ける罪状を何にするかが問題になると思います」
確かに蒐子さんの言う通りだった。オカルト技術を使った犯罪を裁く法律自体は既に出来ている。しかし今回の様に他人の顔を本人の意思に無関係で奪うというのは、未だに前例が無かったのだ。そもそもそういう存在として生まれ生活している彼を、人間社会の法で裁く事が出来るのだろうか。顔を盗むというのは彼にとってのアイデンティティ、持って生まれた性質とも言えるのだ。植物に『光合成をするな』というのが無茶であるのと同じなのだ。もし仮に罪状を付ける事が出来ても、今度は人権団体が騒ぎ出すだろう。
「もうお話はよろしいですか?」
「やいやいちょっと待てや! なーんも問題解決してねぇじゃねぇか! 俺の顔返しやがれってんだ!」
「そうは仰いますが、あの顔はもう無いのですよ。あの方に適合出来ずに消えたというのであれば、最早私にはどうしようもないのです」
「んなふざけた理屈が通るかっ! じゃあ何か!? 俺には一生このままで居ろってか!?」
「もし宜しければ、私の蒐集品の中から貴方様へ特別にタダで移植する事も出来ますが……」
「それで納得する訳がねぇだろテメェ!」
怒りのあまり飛び掛かろうとした『人面犬』を抱える。
「おい何しやがる放せ!」
「まあまあ落ち着いてよ。どうするかは私達が決めるから」
「姉ちゃんらが決めたところで俺の顔戻って来ねぇんだろうが!」
「……『ずんべら』さん、貴方にお願いがあります」
「殺月さんと申しましたか。何でございましょう」
「貴方には今回の一連の事件について法廷で証言をしてもらいます。宜しいですか?」
「構いませんよ。ですが私は何の罪も犯してはいないという事をお忘れなく」
「ふざけんなテメェよくもいけしゃあしゃあと!」
『ずんべら』は開けていた木箱の蓋を閉める。
「私はずんべらでございます。一端の妖怪に過ぎません。今回は求められたからお手を貸しただけの事。これは商売なのでございます」
その言葉を聞いて、私の中に小さく蠢いていた違和感が判明した。それは彼の動機である。赤の他人に顔を移植するという事のメリットがどこにも存在しないのだ。一般の人間にはコトサマを攻撃する方法はない。彼らコトサマに明確な攻撃を可能なのは、私達の様に超常的な力を持った人、あるいは研究によって作られた一部の兵器を用いてだけである。つまり、あの要求を断ったとしても彼には何のデメリットも存在しない筈なのだ。古くより『妖怪』として語り継がれてきた存在なのだから。
「あのあの『ずんべら』さん。ちょっといいですか?」
「何でしょうか」
「どうして断らなかったんですか?」
「何のお話です?」
「どうも変な感じなんですよね……別に顔を移植してくれってお願いを断っても、貴方には何の不都合もない筈じゃないですか。それなのにどうして断らなかったんですか?」
「……単純な話でございます」
『ずんべら』は箪笥の中へと木箱を仕舞い始める。
「それが私の役目だからです」
「役目?」
「ええ。私はね、ただここで静かに暮らす事も出来るのですよ。ですが世の中には、顔を変えて欲しいという人が五万と居るのです。私はそんな方々の願いを聞き入れてお仕事をする。それが役目なのです。いえ……役目というより必要な事とも言えますね」
「如月さん、記録を……」
「はい」
箪笥の中へ箱を仕舞った彼は姿勢を正し、続きを話し始めた。
「罪を犯した者、容姿に優れない者、存在してはならない者、身分を隠したい者、数えればキリがありませんが、そういった方々は一定数いらっしゃるのです」
「何が役目だふざけんな!!」
「この際ですので言ってしまいますが、かつて私が死人から盗んだのもご依頼があっての事なのですよ?」
「ちょっとちょっと待ってください……依頼が?」
「全ての家ではありませんが、その存在が外部に知られてはならない人が一部の家系には居るのです」
「いやいやそんな訳……」
「ううん菖蒲ちゃん。そういう人は、実際に居たんだ……」
賽師匠曰く、今ではもう無いそうだが一部の地域では血筋の人間でありながら、奴隷の様な扱いをされていた人々が居たらしい。『おじろく』『おばさ』と呼ばれていた人々であり、長男以外の子供は家のために生涯を尽くす事を強いられていたという。無感情に無抵抗になる様に育てられ、仮に外に出ても上手くやっていけなかったそうだ。彼らは戸籍簿に『厄介』と記録され、まさに人としての権利が許されない存在だったらしい。
「じゃあじゃあ賽師匠……」
「うん……そういう風習がある家の人からすれば、そういう『厄介』だった存在が外部に漏れるのは避けたかったんじゃないかな」
「そちらの方が仰った通りでございます。知られたくない家族を持つ者も居るのです。そんな方々からの依頼を受け、私が顔を奪う事で彼らを身元不明の無縁仏とさせて頂いたのでございます」
「さっきそんな話はしなかったですけど、その理由は?」
「話す必要性が無いと感じたのでございます。私がそれを話す事で不利益を被る方がいらっしゃいますから」
「じゃあじゃあ、何で話してくれたんですか?」
「……そちらの殺月様の目を見て分かったのです。この方は私を逃がすつもりは毛頭ございません。私を法廷へ招いたのも、逃がさない様にするためなのでしょう? であれば嘘をつく必要性が無くなります」
殺月さんは何も答えなかったが、その目つきは冷たく『ずんべら』に向いていた。
「……これ以上ここでお話しても無駄でございましょう。大人しく同行致します。貴方方が所属しておられる機構へ向かえば宜しいのでしょう?」
殺月さんはステッキに別のお札を貼り、『八尺様』の時の様に鞭状に変形させると『ずんべら』の腰元に巻き付ける様にして拘束した。
「10時51分……容疑者確保」
「では向かいましょう。詳しいお話は皆様が居られる所でした方が良いでしょう」
大人しく拘束された『ずんべら』を連れた私達は、山を下りJSCCOの留置所へと向かう事になった。道中、納得のいかない『人面犬』はずっと不平不満を漏らしたり怒号を飛ばしていたが、『ずんべら』は言い訳をするでもなく無視を決め込んでいた。
留置所へと連行された『ずんべら』はすぐに牢へと入れられ、担当の刑事が来るまでそこで待機させられる事となった。私達の仕事はあくまで『顔が消滅した事件』と『人面犬』の事件に関する調査及び容疑者確保であったため被害者である『人面犬』を預け、彼の記憶を見た賽師匠を残すと、これ以上関わる事は出来ずに現地解散になった。
外へと出ると殺月さんが留置所の方を振り返る。
「殺月さん?」
「……」
「殺月さんってばー」
「え?」
「どうしたの?」
「……あれを裁く事は出来るのかなって」
「『ずんべら』の事?」
「ええ。……君はどう思った? あんな理屈が通ると思う?」
「私は理屈は分かったよ。そういう考え方もあるんだなーって。でもだからって許す訳にはいかないし、それにどう裁くかを決めるのは私じゃないし、別にいいかなって」
彼にどんな罪状を与えるか。それは私達が決める事ではない。個人的には身勝手な行為だとは思うが、それでもそれは私の裁量を超えた所にあるものなのだ。あくまで一端の調査員である私達が考えたところで時間の無駄なのだ。賢い人々に任せるしかない。
「君は……」
「何?」
「……ううん、何でもない。お疲れ様……」
殺月さんは何か言いたげだったが、その言葉を呑み込む様にして人混みの中へと消えていった。彼女が私に対してどのような感情を抱いたのかは大体予測がつく。『被害者が居るのに何とも思わないの?』だろう。リアリストの皮を被っている彼女の考える事など簡単に想像が出来る。やはり彼女は私によく似ているのだ。賽師匠が居る前であれば、きっと私も一丁前に『ずんべら』に対する怒りを見せただろう。
事務所に帰ると縁師匠が出迎えてくれた。しかし賽師匠が居ない事にすぐに気が付き、事情を話すと少し不満そうな表情をしていた。まるで小学生が拗ねている様に見えるが、それでもやはり彼女の方が大人であるため私に労いの言葉を掛けてくれた。そんな縁師匠と椅子に座って対面しながら事件の顛末を話す。
「……なるほど、そういう事」
「そうなんですよ。縁師匠はどう思います?」
「何が?」
「自分の家族なのに消したい、存在を無かった事にしたいなんて……そんな事あるんですかね?」
「…………菖蒲はどう思うの」
「私は酷いお話だと思います! だって家族にそんな事思うなんて!」
「そう…………」
縁師匠は立ち上がると私の頭に手を置くと不器用に小さく撫で、仕事机へと戻っていった。私の質問には答える事はせず、しつこく聞いてみても「今日は疲れただろうから家で休めば」と言うだけだった。
これ以上聞いても埒が明かないと考えた私は仕方なく事務所を出て、住んでいるアパートへと帰った。少し前まではねぇねが一緒に住んでくれていたが、今は仕事が忙しいとかで家を空けているため私一人だった。
テレビ台の上に置いてある家族写真を手に取り眺める。そこには幼い頃の私とねぇね、もう一人の姉であるしーちゃん、そしてお父さんお母さんの姿が写っている。もう決して取り戻す事の出来ない、懐かしい過去の思い出である。
「私なら絶対に……」
少し喉元が熱くなってきた私はコップに水を入れると、それを一気に飲み干した。




