第59話:正常=異常=超常
ふと気がつくと、そこは病院だった。つい先程まで回収班が来るのを待っていた筈だというのに、いつの間にか意識を失ってしまっていたらしい。窓の外は朱色に染まっており、かなり時間が経ってしまっているのが分かる。
ベットの隣にはねぇねが座っており、私が起きた事に気がつきホッとした表情を浮かべていた。
「良かった……」
「ねぇね……私、どうなったの? ていうか命ちゃんは?」
「殺月ちゃんは今JSCCO本部で聴取を見てるみたいだよ」
詳しく聞いてみると、あの後私はセンの抵抗に対応しきれず、ついに意識を失ってしまったらしい。しかしその際に突然私の口調が変わり、自分の体からセンの魂を引き摺り出すと何度も何度も執拗に暴行を加えていたという。命ちゃんはそんな私を止めようとしたが、あまりの鬼気迫る様子から何も出来なかったそうだ。そして現場に回収班が駆け付けた際には、センの魂を地面に押し付けている私の姿があったという。
「えっとえっと……それってもしかしてさ……」
「うん。そうだねぇ。多分、紫苑ちゃんだね~……」
思い返せば『異人会』と『コトサマ連盟』を相手にした際にもこういった事があった。玉藻前に操られそうになった時に代わりに体を動かし助けてもらった事がある。恐らく今回も乗っ取られそうになったのを見越したしーちゃんが助けてくれたのだろう。しかし仮にそうだとしても、流石にやり過ぎな気もする。
「……ねぇ菖蒲ちゃん。お姉ちゃん、紫苑ちゃんとお話したいんだけど、お願いしてもいいかな?」
「うん。ちょっとやってみるね」
私の魂の中に居るしーちゃんへと語り掛ける。
『しーちゃんしーちゃん』
『……話さないよ』
『でもでもねぇねがお話したいって言ってるよ?』
『どうせお小言が始まるんでしょ……嫌に決まってんじゃん』
こうなる事は何となく分かっていた。しーちゃんは優しい人だが素直ではない。自分の本心を隠そうとする人だ。
「ねぇね、話せるよ」
「ありがとう。……紫苑ちゃん、久し振りだね」
『……』
「ねぇねと話せて嬉しいって」
『何勝手な事言ってんの?』
「そっか……。ごめんね、私がちゃんとしないといけないのに、いっつも迷惑掛けちゃって……」
『……うっざ。まだあの事気にしてんの?』
「……あの時の事は気にしないでいいよだって」
『あの時の事』というのはしーちゃんが命を落とす事になったあの事件の事だろう。あの日『黄昏事件』によって世界中にコトサマが溢れ出た際に日奉一族である二人は戦っていた。その時にしーちゃんは命を落とした。私を守るために。
「そう……そうだね紫苑ちゃん」
『要件さっさと言いなってトロくさいなぁ……』
「話したい事ってなぁに? だって」
「ありがとう。それが言いたいだけだよ。本当に、本当に……頑張ってくれたんだねぇ……」
しーちゃんは何も反応を返さなかった。あまり褒められる事に慣れていないのかもしれない。幼い頃の記憶を辿ってみると、しーちゃんはいつも私の傍に居た。あんなにも不愛想なのに、姉としていつも私を見ていた。私が何かするたびに褒めてくれていた。しーちゃんが褒められていた事はあったのだろうか。
『もう終わり。話す気は無いから』
「ごめんねぇね。しーちゃん疲れちゃったって」
「そうだねぇ、疲れちゃったよね。しっかり休んでねぇ」
『ばーか』
もうしーちゃんがどんな顔をしているのかは分からないが、それでも照れているのは分かる。やはり褒められ慣れていないだけなのだ。
その後しばらく待っていると聴取を聞き終えた命ちゃんが病室へとやって来た。どうやらなかなか口を割ろうとしないセンやサンボウに時間を取られていたらしく、かなり疲れている様子だった。
実際にその場で話を聞いていた命ちゃんによると、センはやはり普通の生まれではなかった。まずセンが初めて発見されたのは路地裏にあるゴミ捨て場だったらしい。廃棄を狙ってゴミを漁っていたサンボウらによって発見され、自分達の下で育てていたのだという。
「うん? でもでも、それって変じゃない? あの環境じゃ子供を育てるなんて、そんな考えにならなくない?」
「そう。普通はそんな事にならない。だけど君が考えていた通り、センが現人神なら?」
「精神操作を受けてた?」
「あくまで可能性だけど。もしかしたらセンも何も気がついてないかもしれない」
まだ現人神に関する研究が進んでいないため正確な事は分からないが、もしかすると現人神はそういう生態なのかもしれない。人間社会に偶発的に姿を現し、誰かのコミュニティや家庭に寄生して生活する。それに誰もが違和感を感じない様に認識を搔き乱す。自分本人ですら気がつかない内に。
「センはどうやって生きてきたんだろ? 言い方悪いけど、ホームレスの人がミルクとかを用意するの難しくないかな? 自分達ですら毎日生きるか死ぬかって感じだろうし」
「それについても調査が済んでる。本人が喋ってくれた」
問い詰められたセンが吐いた情報によると、センが食べていたのは人間の生命エネルギーというものらしい。ホームレステントに寄生したセンは、そこで暮らすホームレス達が持つ生命エネルギーを少しずつ掠め取りながら生きてきたという。滅多に取り込む必要が無いためそれで命を落とす人は少なく、そのおかげで今まで大きな騒ぎを起こさず生きてこられたそうだ。
「ねぇ殺月ちゃん。そのセンっていう人は普通のご飯は食べてなかったのかなぁ?」
「いえ。食性は人間と近いらしいです。ただそこに、生命エネルギーというものが加わっているという感じです」
「でもでも、だったら余計変じゃない? だって問題無く生きてこれたなら、どうして三人も殺しちゃったの?」
「……それはサンボウさんから聞けた」
センが被害者達を襲った理由。それは自己防衛のためだった。あの日、あの場所で襲われた被害者達はいわゆるホームレス狩りだったらしい。こんな時代にもまだそういう人達が居るのかと呆れたが、事実居たからこういった事件が起きたそうだ。彼らはセン達を襲い、その際に命の危機を感じたセンは自身の力を暴走させ反撃に移ったのだ。
「じゃあじゃあ、あの場所に被害者の魂が無かったのは……」
「そういう事だと思う。センは殺した相手の魂を捕食して隠滅した」
「だけど一人だけ殺し損ねた?」
「そう。未だに意識が戻ってないみたいだけどね」
「それは傷が深くて?」
「治療は終わってるみたい。でも意識は戻ってない。もしかしたらセンが何かやってのかもしれないけど」
「そっか……」
命ちゃんの言う通り、センが生存者の魂に何かをしている可能性はある。魂の捕食だけではなく認識の阻害、自身の身体強化も出来るのだ。まだ判明していない能力を隠し持っていてもおかしくない。何をやったのかも分からない以上、迂闊に治そうなどと考えない方がいいのだろう。私の力であれば上手くやれば快復させられるかもしれないが、それ自体が罠になっている可能性もゼロとは言い切れない。
「ところでセンはどうなっての?」
「今は元の体に戻されて牢に入れられてる」
「それってあの八尺様とかと同じ場所?」
「そう。あそこなら大概の超常性は抑えられる」
「サンボウさんは?」
「悪いけどあの人は犯人蔵匿罪が適用されると思う。あの人の話だと、他にも何人かこの件を知ってて隠してる人が居るみたいだし、その人達も同罪になる」
「でもでも、正当防衛になるんじゃないかな?」
「菖蒲ちゃん、センは人間を殺してる。確かに情状酌量の余地はあると思う。だけどどんな理由があれコトサマが人を殺してしまえば、超常法や殺人罪が適用される」
一部のコトサマ達には人権と同じ『異権』というものが与えられている。だがあくまで一部だけなのだ。今まで人間のコミュニティの中に寄生して生きてきたセンにはそれが適用されないだろう。そもそも存在が確認されていない状態だったのだから与えようがない。力を制御出来ずに人を殺してしまったのだから余程の事がない限りは異権が与えられる事はないだろう。
「お姉ちゃんも殺月ちゃんの言う通りだと思うなぁ。殺しちゃった事実は変わらないから……」
「……割り切るしかないよ。被害者達は殺されても仕方がない様な事をした。そう考えるしかない」
正直複雑な気持ちだった。センが反撃に出てしまう気持ちは痛い程分かる。もしかすると同じ立場なら私でもそうしてしまうかもしれない。だが、だからといって彼らは死ななければならなかったのだろうか。確かに世間的に見ればホームレス狩りをする様な人間はクズである。内心、どこかでざまあみろと思っている自分も居る。しかしそれでもわだかまりを感じてしまう。
「センは……どうなるんだろ?」
「判決が出てみないと分からない。でも証言に嘘は無いと思う。ちゃんと法廷で証言をすれば少しは刑が軽くなるかも」
「現人神による殺人……黄昏事件の時のあの人を除けば初かもしれないねぇ……」
「何もかもが初の事例になる。複雑だろうけど、あたし達にはこれ以上はどうしようもない。これ以上は管轄外になる」
命ちゃんの言う通りである。私達はあくまでJSCCOの調査員だ。現地に向かい異常な力が使われていないか調べ、もし元凶が居たのであれば確保する。そこまでが仕事である。聴取も収容も全て管轄外だ。そこに関わってはならない。そこまでやってしまえば仕事という範囲から逸脱してしまう事になる。
必要な事を伝え終わったという命ちゃんは、本部から持って来たという捜査資料の写しが入った封筒をベッド脇の棚に置くと病室から出ていった。
「これ、見ていいのかな?」
「いいと思うよ~。お姉ちゃんも必要な時は資料見せてもらってるから」
「そっかそっか。じゃあ見てみよっかな」
封筒を開けて中を見てみると、そこに入っていたのは殺害されたという被害者達の解剖結果とセンの簡単な検査記録だった。
まず殺された三人だったが、全員喉に激しい損傷を負っていた。何かで切られたり潰されたりといった感じではなく、強い力で外部から抉られた様な傷痕だった。それ以外に目立った外傷は無く、どうやらこれが致命傷になったらしい。しかしこれだけの傷を負っているにも関わらず、現場にはほとんど血痕が残っていなかったそうだ。通常であれば疑問に感じる点ではあるが、相手は現人神である可能性が高い人物である。この程度は何とでも出来てしまうだろう。
「なるほどなるほど……確かにいきなり喉やられたら声も出せないか……」
狙ってやったのかは分からないが、もし本能的にやったのであれば私達を相手にした時はまだ本気ではなかったという事なのだろう。あれだけの戦闘能力を発揮しておきながら、まだ能力を全て見せてはいなかったのだ。もしもあの時センが本気を出していれば、私達は何も出来ずに殺されていただろう。
次に確認したのはセンの身体検査記録である。あくまで簡単な検査しかしていないため詳しい部分までは分からないが、既に確保されているため詳細な部分は今後検査されるだろう。
「身長も体重も……色素が薄い事以外はおかしい所は無いね。本当に普通の人間って感じ」
「そうだねぇ……どういう原理でああいう人が生まれるのか分からないけど、本当に生物としては私達と変わらないのかもしれないね~」
「うん。もうほとんど人間だよね。……コトサマも人間も、結局そんなに変わんないのかも」
写真に写っているセンの表情は何の感情も見られない無感情なものだった。もう諦めてしまったというのもあるのだろうが、本気を出せばいつでも逃げ出せるという余裕もあるのかもしれない。それでも逃げないのはこれ以上サンボウさん達に迷惑を掛けない様にするためだろう。確保された状態で更に暴れれば、罪は更に加算される事になる。そうなれば危険なセンを匿っていたサンボウさん達の罪も重くなるかもしれない。そう考えているのだろう。
「そうだねぇ……私達もコトサマから見れば異常な存在なのかもしれないねぇ」
「だね。もっと言っちゃえば、普通の人達から見れば私達もコトサマ側なのかもしれないね」
かつて発生した『黄昏事件』。あれ以降、正常と異常は混ざり合った。何が正常であり何を異常とするのか、その境界は曖昧になり新たな世界秩序を作り出した。それによって得られたものは多い。オカルト技術は大きく発展し、中にはコトサマと友情を築いた人々も居る。全てがデメリットばかりでは無かった。だが当然それによってもたらされた問題もあった。種族の違いによる差別、超常能力による新たな犯罪、貧富の差、数え出せばキリが無い。
自分達は今の世界では正常に分類されるのか、それとも異常に分類されるのかは誰にも分からない。自分ではまともだと思っているが、他人から見ればもしかすると異常者に見えているかもしれない。八尺様に始まり、コトサマ達からは害をもたらす異常な存在と思われているだろう。
「さてさて、それじゃちょっと休んだら行こうかな」
「菖蒲ちゃん、もうちょっと休まないとダメだよ? もしもがあるからもう少しだけ入院しないとダメだって」
「ありゃ、もしかして私って結構今回危なかった?」
「危なかったよ……私達調査員はそういう仕事多いんだからもっと気をつけないと~……」
自分としてはもう大丈夫だと思っていたが、流石に勝手に出ていく訳にはいかないため許可が出るまでここでゆっくりしていく事にした。




