第58話:煌々たる者
警察による霊素検査が公園内で進む中でしばらく待っていると蒐子さんから連絡が入った。どうやら命ちゃんが送信した写真を基に行った戸籍調査が完了したらしい。
「お待たせしましたー。調査完了です」
「どうでした?」
「それがー……あの写真のセンさんでしたっけ? あの人の戸籍はどこにも見当たりませんでした……行方不明記録にも残ってなくて……」
「どこにもですか?」
「如月さん、もう一人の方は?」
「元々は病院関係者みたいですねー。事件を起こしてクビになっちゃったみたいですけど……」
蒐子さんの調べによると、あのサンボウという老人は私達に嘘をついたという事になる。彼は命ちゃんからの問いに『昔は営業マンだった』と答えていたのだ。しかし調査によって実際は病院で働いていたという事が明かされた。彼は何故自身に関わる過去について隠蔽したのだろうか。それを隠す事でセンに関する何かを隠そうとしているというのか。
「如月さん、あたし達の調べではあの人は営業マンだと証言してた。貴方の情報は確かなんだね?」
「え、ええ。雌黄さんにも手伝って頂きましたし間違いないと思います」
「……分かった。ありがとう」
「ねぇねぇ、どうする?」
「とりあえずあの二人にはもっと聞き込みをした方がいい。少なくともどっちかは相手を庇ってる。じゃないとあの人が嘘をついた理由が分からない」
「じゃあじゃあ、一旦JSCCOまで同行してもらう?」
「なるべく刺激しない様にね……」
サンボウさんが何か隠している事は確かであり、センというあの人物が怪しいのも事実であるため二人から詳しい話を聞くため再び公園内へと足を踏み入れた。既に検査を終えたホームレス達の間を縫う様にして進み、先程のホームレステントの場所まで辿り着いた。
既に二人共テント内に入っている様だったが、私達が来た事に気がついたのか、センは中からひょこっと顔を覗かせてこちらの様子を窺ってきた。
「何か、用事?」
「センさん、貴方に詳しくお聞きしたい事があります」
「何?」
「我々の調査により貴方には一切の戸籍が存在しない事が明らかになっています。捜索届も出されていない様です」
「……」
「あのあの、本当の事を言ってくれません? 別にセンさんだけを疑ってる訳じゃないんですよ。ただただ、嘘つかれちゃうと怪しく思っちゃうって言いますか~……」
その時、全身に鳥肌が立つのを感じた。何なのかはっきりとは分からないが、何かとてつもないものを体が感じ取ったのだ。普段は『不死花』を作っていない限りは霊素などを感じ取る事も出来ないというのに、鳥肌が立つレベルのものを素で感じる事は出来ないというのに、今それを感じてしまった。
センがゆっくりとテント内から出てくる。それと同時にますます強力な何かを感じ、思わず後ずさってしまった。体そのものが良くない何かを感じていた。
「菖蒲ちゃん下がって……」
「命ちゃん、やっぱりこの人……」
「わたしは、怪しく、ない」
センが放つ何かを感じ取ったのかサンボウさんもテント内から姿を現す。
「セン、いかん! やめなさい!」
「サンボウさん、先程貴方の証言に虚偽が含まれている事が判明しました。何故、嘘をつかれたのですか?」
「それは……」
「一回落ち着きません? ちょっと聞いてみただけじゃないですか~……」
「覚えてない、だけ」
私も命ちゃんもこちらにじりじりと近寄ってくるセンを相手に、ただただ後ろに下がる事しか出来なかった。何とか宥めようにも戸籍が無かったというだけの情報でここまで威圧的になっているのだ。何故そこまで過去に触れられたくないのかは分からないが、いずれにせよそこに何かが隠されている事は明らかであり、この態度や私でも感じ取れる霊素から考えるにセンが容疑者と見て間違いないだろう。
「貴方はかつて、病院に勤めていました……しかしさっきは営業マンだと嘘をついた。その理由は何ですか?」
「わたしも、おじいも、関係ない」
「いやいやですから、別に怪しんでるとかって訳じゃ――」
一瞬だった。突然目の前にセンの顔が現れたかと思うと、私の体はまるで自動車にでもぶつかられたかの様に吹き飛ばされた。凄まじい衝撃が全身を襲い、背後にあった植え込みの中へと成す術もなく落下してしまった。幸いにも植え込みだったお陰で受け身を取らずとも軽傷で済んだものの、小枝などで少し皮膚を切ってしまっていた。
腹部に鈍い痛みを感じながら顔を上げてみると、命ちゃんはステッキを抜いてセンを取り押さえようとしていたが、まるで先読みでもされているかの様に全て躱され、ついには同じ様に植え込みに向かって投げ飛ばされた。
「蒐子、さっ……!」
「だ、大丈夫ですか!? 今凄い音が聞こえましたが!?」
「敵性反応、確認……! センさん、はっ……この件に、何か関わってますっ……」
「如月さん……公園をすぐに封鎖……他の人間を退避させて……」
「わ、分かりました! あの、救援要請も出した方が良いのでは!?」
「大丈夫、大丈夫です……あの人は、他の人じゃ手に負えないかも、です……」
少しでも痛みが引く様になるべく動かない様にしながらセンの姿を捉える。その体からは白いオーラの様なものが漂っており、視界に入れているだけで心臓の拍動が速くなっていくのが分かった。それは最早普通の人間とは言い難く、少なくとも何らかの超常的な力を持っているのは確定となった。
「命ちゃん、動ける……?」
「……何とか」
「ちょっとだけ協力してもらえる? 玉藻前にやったあの技なら、無力化出来るかも……」
本来であればいつも使っている『蛇痺咬』を使って動けなくするのがベストである。しかしあの速さを見るに、あれを当てるのは至難の技だろう。あの技は首元に当てる事で初めて正確に効果を発揮出来るのだ。そのため、体に当てさえすればいい『霊拳 龍墜掌』の方が適している。相手の魂の形を瞬時に人間に近いものへと改変し、超常的な力を使えなくする技である。最悪の場合相打ちになるかもしれないが、それでも無力化は出来るだろう。
「あたしが時間を稼ぐ。後は君に任せていいんだね?」
「うん。あれならいけると思うから」
「分かった」
命ちゃんはステッキにお札を貼り剣へと変化させると、周りに生えている植え込みを切り払いながら外へと脱出した。私もすぐにその後を追い、センの方へと顔を向ける。
サンボウさんはセンの説得が不可能と見たのか姿を隠しており、離れた所では警官達によって他のホームレスへの避難誘導が行われていた。センのあの動きを見るに、正面から堂々と戦えばその被害がどこまで広がるかは想像も出来ない。
「命ちゃん命ちゃん。一瞬でいいからね」
「1秒くらい?」
「その半分もあれば十分かな」
「了解」
命ちゃんはもしもに備えステッキからお札を剥がすとセンに向かって一直線に駆け出した。いくら抵抗をされたとはいえ相手はまだ容疑者であるため、あまり怪我をさせる訳にはいかないのだ。
センは戦い慣れている命ちゃんからの攻撃を次々と避けながら、そこへと駆ける私の方へと視線を動かしていた。見ずともあの程度の攻撃は回避出来るという事だろう。
「っ!」
センはついにステッキを手刀で地面へと叩き落とすと、一瞬ステッキに視線が移った命ちゃんの首へと左手で掴み掛かった。私はその隙にしーちゃんの魂を固着させ、センの胸へと右手で『龍墜掌』を繰り出しながら反対側の手で相手の右腕を掴む。そしてすぐさましーちゃんを解放すると同時にセンの魂と自分の魂を同期させ、その形を変形させる。これによってセンは普通の人間の魂へと改変され、一時的に超常的な力が使えなくなった。
センは自身の身に起こった異常に気がついたのか、少し違和感を覚えている様な反応を示した。それを見た命ちゃんはセンのこめかみに手刀を入れて怯ませ、胴に蹴りを入れて何とか拘束から解放された。
「今、のは?」
「センさん……お願いですから落ち着いてください。我々はただ話を聞きたいだけです」
「何も、してない」
「センさん、あなたの経歴には謎が多過ぎるんですよ。おかしいところしかないんです」
「おかしくない」
「いやいや変なんですって。ただの記憶喪失ならどこかに記録が残ってる筈なんですよ。でも、どこにもあなたが実在したって記録は残ってないんです。戸籍も無いし捜索届も出てない。どこかに通院記録があるならそれも残ってる筈。だけどそれも無かった。変ですよね?」
「おかしくない。何も」
その時、また鳥肌が立つのを感じた。たった今さっき『龍墜掌』を当てたばかりだというのに、人間へと変えたばかりだというのに、センはまた超常存在へと変わり始めていた。この技はまだ玉藻前にしか使った事が無く、どこまでその効果が続くのか分かっていない。しかしそれにしても戻るのが早すぎる。センが現人神だという前提で考えれば有り得なくもないが、この様子を見るにセンは現人神の中でも相当な力を持っているという事になる。
「わたしは、これが、普通」
センは深く被っているニット帽を脱ぎ捨てると、ますますその霊素を強くしていった。『不死花』を作らずともはっきりと霊素だと分かる程の量であり、現場から検出された霊素の残滓はこれだったのだろうと推測出来る。そして帽子を脱いだ事で露になったセンの頭部からは肌以上に真っ白な髪が生えており、その髪は少しずつその量を増やしながら風が吹いている訳でもないのになびいていた。最早これを普通の人間とするのは不可能だった。
「あ、あれあれ……?」
「嘘でしょ……」
足が震えるのを感じる。今までどんなコトサマを相手にしてもここまで恐怖を感じた事は無かった。いや、恐怖とはまた別の感情なのかもしれない。そもそもこれは感情と言えるのだろうか。得体のしれないものを見てしまったという感覚そのものなのだろうか。心臓はかつてない程の拍動をし、嫌な汗が出てくる。私達は触れてはいけないものを目覚めさせてしまったのかもしれない。
「菖蒲ちゃん、まずいんじゃないの……」
「……どう、しよ。わ、私……」
「わたしは、関係、ない。関係、ない」
センの綺麗な瞳はじっと私を捉えていた。はっきりと人の姿をしているにも関わらず、私の本能は危険信号を出し続けていた。
『龍墜掌』が通じないという事は『蛇痺咬』も通じない事を意味する。今私が出来る無力化方法は全て通用しないと見た方がいいのだろう。しーちゃんの力を借りて魂を外に引きずり出すという方法も、やっている最中に反撃されて終わりだろう。そう考えると、後は出来るのは一つだけである。現人神にやるのは初めてであるため通用するかは分からないが、もうそれしか残っていない。
「命ちゃん……」
「何?」
「何かあったら後はお願いね」
「は? ちょっと――」
ここから逃げるのも不可能だろうと考えた私はセンへと真っ直ぐに飛び掛かり、地面の上に押し倒しながら馬乗りになった。そのまま胸の前で『不死花』の形を作りながらセンの胸へも近づけ、私とセンの胸の間で『不死花』が挟まれる様な形にした。センは私を止めようと両腕で首へと掴み掛かり、何の躊躇も感じられない力で絞めつけてきた。だが『不死花』を作った私にはこの時点で確信があった。目の前に感じる凄まじい量の霊素とこの感覚。これは間違いなく魂の固着が出来るという事を示していた。
「良かった……あなたが神格で、本当に良かったです」
「わたしはっ……!」
センの力がこれ以上強くなる前に自身の魂の形を変化させ、センのそれと合致する形状へと変えた。それによってセンの肉体からは魂が離れ、私のそれへと完全に固着した状態となった。本来であれば生きている人間相手にこんな事は出来ないのだが、センに対してこういった事が出来るという事は相手が現人神であるという証拠である。センは人の姿をしてはいるが、その実態は神格なのだ。人としてこの世に顕現した神そのものだ。
「菖蒲ちゃん!?」
「…………大丈夫。大丈夫だよ命ちゃん。ひとまず、終わったよ」
私の下には魂が抜けた事で動きを止めたセンの肉体が倒れている。しかしそれでもセンが発していた霊素が強かったためか、まだそこには強力な霊素が漂い続けている。やはり規格外の存在なのかもしれない。
「ひ、日奉さん大丈夫ですか!?」
「今のままだとダメかも……。蒐子さん、悪いんですけど……やっぱり救援呼んでくれません? 回収班を……」
「は、はい!」
何とか立ち上がろうと足に力を入れてみたものの、上手く力が入らずバランスを崩して地面の上に倒れてしまう。センは私の魂と完全に同期しているにも関わらず、その魂を変形させて私の影響下から逃れようとしていた。今までこういった抵抗をしてきた相手はセンが初めてであり、やはりセンは能力を持った通常の人間と比較してもずば抜けている様だ。
「くっ……う……!」
「菖蒲ちゃん! 菖蒲ちゃんしっかり!」
「命ちゃん、もし……もし私が変な事し始めたら、その時はお願い……」
「へ、変な事って……?」
「センが私から脱出しようとしてる……もしかしたら、逆に私の体を乗っ取ろうとしてる、のかも……」
「……そんな事はさせない。絶対に」
命ちゃんはステッキにお札を貼り鞭へと変化させると、私が暴れても大丈夫な様にと体を縛り付けた。何もかもが予測のつかない存在であるセンが相手である以上、やり過ぎるなどという事は無いだろう。記録が少なすぎる現人神の事はまだほとんど解明されていない。何が出来て何が出来ないかなど誰にも想像出来ない。もしかするとセンはやろうと頭の中で思えば何でも出来てしまうのかもしれない。
「あはは……センなら、これくらい簡単に解いちゃうかも、よ……」
「仮にそうなっても君は死なせない。相棒のあたしが保証する」
「任務を優先してって……言いたいんだけど、ちょっと嬉しい気持ちがあっちゃうなぁ……」
私は何度も抵抗を試みてくるセンを能力で押さえ込みながら、体を乗っ取られない様に意識を保ち続けて回収班が来るまで待つ事にした。




