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特異事例調査員 日奉菖蒲の調査ファイル  作者: 龍々
case17:汝、何者なりや?
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第57話:純粋なるバグ

 私が発見した奇妙な人物は公園の片隅に並んでいるホームレステントの一つに入っていった。トタンで作られた小屋にブルーシートを被せたものであり、家の前にはバケツや植物の植えられた植木鉢などが置かれており、そういった部分は他のホームレステントと変わりは無かった。


「命ちゃん命ちゃん、あそこ」

「ええ、見てた。行ってみよう」


 その人物に感じる奇妙な違和感の正体を掴むためにその家の前に近寄ってみた。ホームレスの人々が住んでいるという事もあって少し臭いがきつかったが、彼ら本人から発されている臭いよりはマシであるため、彼らも住む場所にはそれなりに気を遣っているという事だろう。

 問題の家の壁を叩いて呼ぼうとしたその時、隣に建てられているテントの中から一人のホームレスが顔を覗かせた。かなり高齢の人物であり、真っ白な髭を口元に蓄え、目元には歴史を感じさせる皺を沢山寄せていた。服も他のホームレス同様薄汚れた物を着ており、何らかの作業を行うためなのか手袋も着けていた。


「何か……御用ですかな?」

「ああ、えっとえっと、私達JSCCOの者です」

「こちらで発生した殺人事件の調査に参りました」

「あぁ、あの件ですか……警察の方にもお話しましたがね、何も見ちゃいませんよ……」

「疑ってる訳じゃないんですよお爺さん。どうもこれは超常的なやつが絡んでるっぽいですしね」

「はぁ、老いぼれにはよく分かりませんが、そうなのですか」

「お手数ですが、もう一度我々からお尋ねしてもいいですか?」

「分かりました。どうぞ、サンボウとお呼びください」


 命ちゃんはサンボウと名乗る老人にあれこれと質問を行った。しかし彼の口からは有益な情報は出てこなかった。毎日決まったローテーションで生活しているが、前日も今朝もいつも通りに過ごしていたという。何も変わった事は無く、気が付いた事も無かったらしい。それらを答えている間もサンボウさんは一切動揺した様子は見せず、落ち着いた状態を保っていた。


「……なるほど。では特におかしい点は無かったと?」

「ええ、ええ。そうですなぁ。まぁワタシも歳が歳ですから、目も耳も悪くなっていますし、気が付かなかった……という事もあるかもしれません」

「ふーむ、なるほどなるほど。じゃあじゃあサンボウさん、私からもいいですか?」

「えぇ、どうぞ」

「そこのお隣に住んでる方……お知り合いだったりします?」

「……」

「サンボウさん?」

「えぇ、知り合いですよ。それが、何か?」

「ちょっと調べたい事があるんですけど、あの人ってどんな感じの人ですか?」


 サンボウさんは答えに詰まったのか急に喋らなくなった。その様子を見るにサンボウさんは隣に住んでいるその人物に関する何かを隠そうとしている。その隠そうとしている何かが何なのかは分からないが、いずれにせよ答えたくない内容なのは確からしい。

 するとそんなサンボウさんの様子を窺っていたのか、隣のホームレステントから問題の人物が姿を現した。やはりその風貌は異質なものだった。まだ暑い時期だというのにニット帽を深く被り、その白い肌には皺は一切見られず、まだ10代か20代程の人間に見えた。


「何か、用……?」

「おっとおっと、すみませんお騒がせして。私達JSCCOの者です」

「調査にご協力頂けますか?」

「事件、知ってる。殺、人って、言ってた」


 その声色は透き通る様に綺麗なものだったが、そこから性別を特定するのは困難だった。男性とも女性とも取れる声質であり、正直どちらだとしても納得出来る声であった。ニット帽の下から覗くその瞳はまるで宝石の様に綺麗に輝いており、私と命ちゃんを交互に捉え続けていた。


「ええ、今朝現場に駆け付けた警官によって複数人の死傷者が発見されました。一人だけ一命を取り留めましたが、他の方は全員死亡しています」

「言ってた。警察の、人。三人、死んじゃった」

「その事件についてですが、貴方にも再度訊ねたい事があります。よろしいですか?」

「お二方、この子は見ての通り、少し喋るのが苦手なのです。出来れば勘弁してはもらえないでしょうか?」

「おじい。大丈夫。平気。喋れる」

「すみませんがお名前は?」

「セン」


 センと名乗るその人物は、確かにサンボウさんの言うように少し喋るのが苦手そうだった。人と喋る事自体は問題なく出来ているのだが、変な場所で言葉を区切ったりと若干脳に何らかの障害がある様な印象を抱いた。もちろん私が思っている様な事ではないのかもしれないが、そこには意図的なものは感じられず純粋にそういう喋り方をしてしまっている様に見えるのだ。


「ではセンさん。貴方は被害者が発見された際、どこに居ましたか?」

「ここ」

「こことは?」

「お家。ここ」

「間違いありません。ワタシが保証します」

「うーん……命ちゃん、遺体の発見時間っていつ?」

「如月さんからの情報によると早朝の3時20分頃。朝とも夜とも言える」

「えとえと、センさんはその時間は何を?」

「寝てた」

「こちらで?」

「うん。寝てた」


 センの喋りには一切の迷いが見られなかった。妙に堂々としており、その瞳は相変わらず私達を真っ直ぐに見つめていた。


「サンボウさんはどうですか?」

「ワタシも寝ておりましたよ」

「……センさん、今朝の3時頃に何か不審な物音を聞いたりはしませんでしたか? 寝ている間に何か聞こえたり」

「知らない。寝てたら、聞こえない。ね?」

「確かに確かに、そうですよね。でもでも、この公園で発見されたという事は、間違いなくここで殺されたんだと思うんですよ」

「少しいいですかな。素人考えなのですが……どこか他所で殺され、ここに運ばれて来たという事は?」

「その線は難しいです。記録によると携帯のGPS反応はこちらの公園から発されていた様です。つまりここで事件が起き、まだ息があった被害者が助けを呼ぼうと警察に連絡したのです」


 そう返答されサンボウさんはまた黙ってしまった。やはり彼は何かを知っている。今の質問はここの公園から意識を逸らそうという意図が見えた。もしかすると彼は真犯人を知っているのではないだろうか。しかしこれらの反応を見るに、警察相手に嘘をつける人とは思えない。これだけ分かりやすいとすぐに質問攻めにされる。しかしそうなっていないという事は、先程の警察からの聞き込みの際にはこういった反応はしなかったという事である。つまり彼は、私達を強く警戒しているという事になる。


「ところでなんですけど、サンボウさんって昔は何をされてたんです?」

「それは……事件に関わる事ではないのでは?」

「お願いしますサンボウさん。現状、この公園にいらっしゃったホームレスの方全員が容疑者なんです。念のため教えてください」

「……ただの営業マンです」

「ちなみにちなみに、お名前って偽名じゃないですよね?」

「ええ……」

「なるほどなるほど。じゃあじゃあ、センさんはどうですか?」

「わたし?」

「そうですそうです。ここに来る前は、何をされてたんですか?」

「……」


 初めてセンが言葉に詰まった。一瞬だったがサンボウさんの方へと目線が動き、すぐさま私達の方へと戻ってきた。やはりこの人物には何か違和感がある。何故か私の『不死花』による探知に引っ掛かったのだ。あれに引っ掛かるのは肉体が死亡している霊か、あるいは『八尺様』の様な神格の類だけである。明確に人である筈のセンがその探知に引っ掛かってしまうというのはおかしい。


「分からない」

「はい?」

「目、開けたら、そしたら、ここ。頭、痛い痛い。覚えてない」

「記憶喪失だと?」

「そうなんです。この子は、ある日ここで倒れてたんです。何も覚えてないとの事でしたので、ではここに住んではどうかと言ったのです」

「何故警察に届けなかったのですか? その口振りですと通報も相談もしておられませんね?」

「それは……酷く怖がっていたのです、警察を。理由は分かりませんでしたけども、見ての通りワタシらは社会のはみ出しモンです。お互いあれこれ聞かないというのが、暗黙の了解でしたから……」


 ここの公園でホームレスが何か事件を起こしたという話は聞いた事が無い。実際にこれまでの彼らを見た事がある訳ではないが、恐らくホームレスコミュニティ内での決まり事というのがあるのだろう。だからこそ問題を起こさずここに住みついているのだ。もしその和を乱そうとする者が現れれば、すぐにここから追い出されてしまうだろう。


「……分かりました。ご協力感謝します。では一応写真を撮らせて頂いていいですか?」

「どうしてですか……?」

「調査のために必要だからです。他の方にも後でご協力頂きます」

「そういう事、でしたら……」

「センさんもいいですか?」

「わたし、大丈夫。平気」


 命ちゃんは自身の携帯で二人の写真を撮ると、感謝を述べて私と共にその場から離れた。まだ霊素検査は続いていたため一旦公園の外に出ると、蒐子さんへと連絡を入れる。


「こちら殺月命。ひとまず調査終了」

「お疲れ様です。何か分かりましたでしょうかー?」

「えっとえっと、私からなんですけど、あそこに住んでるホームレスのセンっていう人が怪しいです」

「センさんですか?」

「そうです。何でか分からないんですけど、私の『不死花』の探知に引っ掛かっちゃってたんですよね」

「確か日奉さんは死者の霊や神格を探知して降霊出来るんでしたよね?」

「はい。だから最初はあの公園のどこかに祠とかがあるのかなって思ったんですけど……そういうのは無いって話でしたし……」


 もしあの公園にそういった類の物があるのであれば私の探知に引っ掛かったのは分かる。祀られている神格は、ある程度の範囲内であれば自由に動き回れるのだ。だから当初私は、そういったものがそこに居るのかと感じた。しかしあの公園には祠などはどこにも無い。それだというのに間違いなくセンという人物は探知に引っ掛かった。これらの事から推測されるのは一つしかない。非常に稀であり私自身も経験が無いため信じがたいが、記録があるのだからそうとしか思えない。


「如月さん、今からセンの写真を送る。本人達は記憶喪失って言ってたけど、どうも怪しい。行方不明記録に同じ顔が無いか調べてもらえる?」

「わ、分かりましたー! ではお二人はどうします?」

「あたしはもう少しここに残る。多分すぐ調べ終わるでしょ?」

「そうですね、他の方にも協力してもらえばすぐに済むかと」

「それじゃあ何か分かったら教えて。出来れば早めに何とかしたいから」

「分かりましたー。少々お待ちください」


 蒐子さんが記録を調べている間、私達は無線を一時的に切り意見交換をする事にした。もっとも、私が思い浮かんでいるある可能性について命ちゃんからの意見を貰いたかったからというのが大きい。私の能力についてよく知っている命ちゃんであれば、恐らくほぼ同じ答えに行きついているだろう。


「ねぇねぇ命ちゃん。あのセンっていう人の事なんだけどさ」

「何か分かった?」

「ていうか憶測なんだけどさ。あの人ってもしかして……現人神あらひとがみの類なんじゃないかな?」

「……やっぱりそう考えるのが自然だよね」

「うんうん。さっき検査場を通り過ぎる時にちょっと気付いたんだけどね、あの人だけ匂いが無かったんだよ」

「匂い?」

「そうそう。他の人はどうしても臭っちゃってるし、サンボウさんもそうだった。それなのに、あのセンって人だけは全然匂いがしなかったんだよ。臭くも無ければいい匂いもしない。全然人間味が無かったっていうか」


 普通、人間は誰しも体臭というのを持っている。基本的に自分自身では気付けない匂いであり、それをいい匂いとするか嫌な臭いとするかは人によって異なる。要は相性がいいか悪いかの話であり、必ずどちらか寄りの感情を抱く筈である。だが私はセンに対して好感情も嫌悪感も抱かなかった。匂いに関するセンに対する印象がまるで記憶に無いのである。


「だから、まだ確証は無いけどさ、あの人は多分、現人神だよ。人の姿をしてこの世に顕現した神格。誰かのイメージに引っ張られた訳じゃない、一番純粋な神格存在」

「だから君の降霊術に反応があった?」

「だと思う。あれに引っ掛かった以上は、少なくとも死霊か神格かのどっちかだよ」

「……骨が折れそう」

「だね。どんな力を持ってるのかも分からないし、前例がほとんど無いから対処法も特に無し。怒らせたら一発でお陀仏かもね私達」

「……そうじゃないのを祈りたいよ」


 もしもセンが現人神であれば、対処は困難を極めるだろう。この超常社会においても現人神というのはまだ研究が進んでいない。そもそも存在そのものを見つける事が困難であり、過去に『黄昏事件』を起こした首謀者の一人である日奉桜くらいしか、今のところは確認されていないらしい。

 通常、神というのは人間のイメージによって形を成すため知能が低い個体が多い。つまりはそのほとんどが作られた存在なのだ。しかし現人神はそうではない。まるで世界のバグであるかの様に唐突に生まれ、普通の人間として過ごす。最低でも通常の人間レベルの知性を持っている可能性が大いにある。そういった彼らは、恐らく通常のコトサマとはレベルが違うだろう。何が出来て何が出来ないのか、誰にも想像がつかない。もしかすると本人ですら自分がどういった事を出来るのか気付いていない可能性もある。


「ま、とりあず待ってみようよ。どうするかは蒐子さんからの答えが出てからにしよう」

「そうだね……いい答えが返ってきて欲しいけど」


 こうして私達は、蒐子さんによるセンの戸籍調査が済むまで少し公園の外で休む事にした。

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