第56話:家無き者
『蜃』によって引き起こされた襲撃事件から数日後、命ちゃんと魔姫ちゃんは私達が暮らしているアパートへと引っ越してきた。あの後、検査員などによってあの家に呪術や奇跡術が仕掛けられていないかの調査が行われた結果、何も発見されなかったらしい。しかしあの謎の人物によって攻撃が仕掛けられた以上、あのままあそこに住む訳にはいかなくなったそうだ。
命ちゃんから聞いた話だが、あの家の周りに植えられていた白い雛罌粟には認識を阻害する反認識効果があるらしい。白い雛罌粟が持つ花言葉を基にして作られた結界の様なものであり、彼女が認めた相手にしか認識出来ない、侵入出来ない様にしてあったという。しかしその結界は容易く破られた。あの謎の人物によって。
「ごちそうさまー」
「はい。お粗末様でした」
ねぇねが用意してくれた朝食を平らげ、そろそろ学校に行く準備をしようかとしたその時、インターホンが鳴らされた。キッチン近くに居たねぇねが開けてみると、そこには命ちゃんの姿があった。
「あぁ殺月さん、おはよう~。菖蒲ちゃんに用事?」
「はい。仕事の話です」
「なになに~? どしたの命ちゃん?」
「少し、上がってもいい?」
命ちゃんはいつも調査に行く際にしている恰好をしており、この事から既に彼女は用意を済ませている様である。
「どうぞ殺月さん~。お茶出すからちょっと待っててねぇ」
「いえ、お気遣い無く。すぐに行かなければいけませんので」
「えとえと、それで命ちゃんどうしたのさ?」
「ついさっきだけど、如月さんから連絡があった。事件が起きたから調査して欲しいって」
「私のところには連絡来てないよ?」
「同じ所に住んでるから、すぐに連絡がつくあたしを優先したみたい。あたしから君に話す様にって」
詳しい内容を聞いてみると、ホームレスの人達が暮らす大型の公園で殺人事件が発生したらしい。被害者は10代の少年達であり、そのほとんどが何度か警察のお世話になった事もあるそうだ。殺害されたのは三名であり、残った一名は意識不明の重体だという。
発見当初は通常の殺人事件だと思われていたそうだが、現場から強力な霊素が検知された事から何らかの超常存在が絡んでいる可能性が出来てきたらしい。それ以上の警察だけでの調査は危険と判断し、私達に依頼が来たのだ。
「ん~話は分かったけど、容疑者はまだ分かってないの?」
「今現場の公園で検査が行われてるらしいけど、今のところは目星はついてないみたい」
「……って事は、霊素検査機器に引っ掛からない人が居るのかな?」
「引っ掛からないというより平均的な数値しか検出されない感じ。被害者の周辺からは高濃度の霊素が検知されたのに、そこ以外では見つかってないみたい」
「えっと、急いだ方がいい感じだよね?」
「そうだね。今はまだ誰がやったのか分かってないけど、もしバレたらその瞬間攻撃に移る可能性がある」
何があったのかは不明だが、人を容易に殺害する程の力を持った何かが居るのは確かである。これ以上の被害を抑えるためにも急行するべきだろう。
「ねぇね、ちょっと行ってくるよ」
「気をつけてねぇ……お願いだから無理だけはしないで……」
「もう~師匠達みたいな事言わないでも大丈夫だって」
「お姉さん、妹さんにはあたしが付いていますので任せて頂ければと」
「命ちゃんは私の何なのさ~……」
とても学校に行っている場合ではなくなったため、動きやすい服装に着替えてイヤホンを付けると鞄を背負って出発した。まだ明るい時間であり都内での事件であるためそこまでの装備が必要な訳ではなかったので、鞄の中に入れたのは財布や緊急用の懐中電灯だけであった。
命ちゃんが呼んだというタクシーに乗り込むと、二人で現場になったという公園へと急ぐ。その公園は普段からホームレスの人達が暮らしている場所であり、近隣住民はあまり近寄らないらしい。つまり普段からそういう場所として知られており、立ち入るのはそこに住んでいるホームレスか警察くらいなのだ。
「ここでお願いします」
出発してから一時間も経たない内に私達は現場へと到着した。警察によって公園を取り囲む様に規制線が貼られており、部外者が勝手に立ち入らない様に見張りも立てられていた。
そんな彼らに挨拶をして中に入れてもらうと、集められたホームレス達へと聞き取り調査や検査が行われていた。近くに居るだけだというのに悪臭がし、最早何の匂いが集まってこうなったのか想像も出来ない程だった。
「蒐子さん蒐子さん。うっ……現場に着きました……」
「お疲れ様です日奉さん。あの……風邪でも引いてらっしゃるんです?」
「いえいえ……大丈夫ですよ、はい。えほえほっ……それで私達は何をすれば?」
「まずは死体発見現場の調査をお願いしますー」
「分かりました。んんっ……行ってみます」
「……菖蒲ちゃんお願いだからあの人達の前では堪えてよ、失礼だから」
少しだけ呼吸を止めて検査場を通り過ぎ、被害者が発見されたという場所までやって来た。その場所は植え込みになっており、丁度膝の辺りが隠れる背丈の植物が生い茂っていた。どうやらこの茂みの中に被害者が隠されていたらしく、唯一の生き残りとなった少年からの通報によって駆けつけた警官が発見したという。しかし発見時には通報者も既に意識不明になっており、彼が通報を行う際に使用した携帯も見当たらなかったらしい。
「どう菖蒲ちゃん?」
「ちょっと待って、確認してみる」
手で『不死花』の形を作り降霊を行える状態にし、周囲に意識を向けてみる。しかし奇妙な事に、どこにも死者の霊魂が存在していなかった。ここで殺人が起きた以上は必ず近くに居る筈なのだが、私の探知には引っ掛からなかったのだ。普段は探知出来ない私でも、『不死花』を作っていれば人間の魂くらいは分かるのである。だがやはり何度やっても何も発見出来なかった。
「……ダメ」
「え?」
「全然魂が見つからない。本当にここで殺されたのかな?」
「どういう意味?」
「だからだから、他の場所で殺した後にここに運んで来たんじゃないかなって」
「……如月さん、他の現場で殺された可能性は?」
「無いと思います。通報を受けた際に、携帯のGPSを使って場所を特定したみたいなんです。なのでここで間違いないかとー……」
確かに通報を受けてすぐにGPSで確認したのであれば、現場は間違いなくここだという事になる。瞬間的に空間を転移出来る能力を犯人が持っていた可能性もあるが、もしそうなら磁場の乱れも観測されていた筈である。それに関する報告が無いという事は、やはりここが現場なのだろう。超常法制定後、事件が起きた際には必ずそういった検査が行われる。もし磁場が乱れていたなら報告されている筈だ。
「どういう事だろ……魂の持ち運びが出来る能力?」
「君みたいな?」
「うん。魂を直接触れたりすれば移動させたりも出来るかなって」
実際私も一人までなら魂に固着させて移動させる事は出来る。これに似た能力を持った存在であれば、偽装のために魂を移動させた可能性がある。しかし問題はそれをどこへやったのかという点である。私の降霊能力にも射程がある。あまり遠くまで離れていると探知出来ないのだ。
「如月さん、次はどうするべき? とりあえず現場からは新しい発見は出来なかった」
「そうですかー……。では一応、公園内の他の場所でも調査してもらえますか? 今のところまだ霊魂に関する調査は現場全域で出来ていませんのでー」
「了解了解です。ただ一応外部犯の可能性も考慮した方がいいかもですよ」
「はい。今、雌黄さんに周辺の監視カメラ映像を洗ってもらっています」
「分かりました。じゃあじゃあ私達はこのままここで調査しますね」
その後、言われた通りに公園内を歩きながら『不死花』を作ってみたが、やはりどこにも被害者の魂は確認出来なかった。それどころか他の死者の魂なども無かった事から、ここでかつて亡くなったであろうホームレスの人達も正しく供養されているのが窺えた。
そうしてこれ以上の調査は無意味かと思った矢先、ふと何かを感知出来た。しかしそれは私が知る死者のそれではなく、むしろ『八尺様』に近いタイプのものであった。
「あれ……」
「どうしたの?」
「今、何か……感じた」
「見つけたの?」
「ううん、そうじゃなくて……。蒐子さん、この公園って神様を祀ってたりします?」
「神様ですか? うーん、そういった社や祠は記録されてませんねー……」
「記録されてない……」
私が感知したそれが発生している方向に目を向けると、そこには一人のホームレスが歩いていた。他と同じ様に汚れた服を着ており、まだ暑い時期だというのにニット帽を深く被っている。そして遠目にではあったが、ここに住む他の人々比べるとかなり若そうに見えた。しかも妙に色白であるため、その汚れた服と比べてかなり浮いた印象を受けた。
「命ちゃん命ちゃん、あの人怪しい」
「あの人?」
「そうそう。犯人じゃないかもだけど、少なくともちょっと変かも」
「分かった。……如月さん、疑わしい人物を発見。これより聞き込み調査を行います」
「かしこまりました。異常な行動が確認出来次第確保してください」
こうして異質なものを放つ人物を追って、私と命ちゃんは公園の中を再び歩き始めた。




