第52話:殺め月 御霊穢れし 身であれど 日照る汝の 傍らに居む
『悪魔実体テロ事件』から一週間経ち、命ちゃんの家に行く日がやって来た。この一週間、ずっと彼女が隠している事が何なのだろうかと自分なりに考えを巡らせていた。
彼女はどちらかというと考え過ぎるところがある人物である。以前起きた『無怨事件』の際も、何者かが張り巡らせた呪術的な意味の無い物品群から自分を呪ってしまったりもした。一緒に行動する上では慎重の事を運んでくれるため信頼出来るが、自分自身を追い詰めすぎてしまう事があるためしっかり見ていなければならない。
「菖蒲ちゃん? どこ行くの?」
「ごめん、ねぇね。今日命ちゃんとこに遊びに行く約束してたんだ」
「殺月さんの所に?」
「うん。言うの忘れてた。ごめん、行ってくるね」
「あー、うん。気をつけてね?」
少しだけ仕事の影響で家を空けていたねぇねに伝えるのが遅くなったため、急にこんな事をして怪しまれてしまうだろうかと心配していたが、どうやら信じてくれたらしい。普段から人当りのいい人間を演じているのが功を奏した。やはり相手に合わせて演じるこの生き方は間違っていなかった様だ。
まだ暑さの残る中街を歩き、白い雛罌粟に囲まれた殺月家へと辿り着いた。チャイムを鳴らしてみるとすぐに命ちゃんが姿を現し、家の中へと招き入れられた。妹の魔姫ちゃんは私が来ると聞いて部屋に閉じ籠もっているらしく、挨拶すらも聞こえてこなかった。しかし最近は部屋から出ている事も多くなったと知らされ、少しだけ安心した。
「魔姫ちゃん、ちょっとずつ良くなってきてるんだね」
「ええ。少しずつだけどね」
「そっかそっか。えっとそれで、早速で悪いんだけどさ……本題入っちゃっていい?」
「……そうだね。こっちに来て」
命ちゃんに案内されたのは彼女の部屋だった。相変わらず綺麗に整っている部屋であり、生真面目な彼女らしい清潔感だった。そんな部屋へと私を入れると本棚に入っている本をいくつか取り出し、その奥に隠してあったのであろう一冊の古びた本を引っ張り出した。
表紙は薄黄色をしており、それが元からなのかそれとも年月による劣化のせいでそうなっているのか分からない程の古本である。『殺月流闘怪妖術』という表題が書かれており、恐らく何らかの武術関連の書物だと思われる。
「それ何?」
「……まず、君に話しておかなくちゃいけない事がある」
「なになに?」
「あたしは……あたしが生まれた殺月家っていうのは、昔、コトサマを殺す仕事をしてた……らしいの」
「……うん? どういう事?」
「そのままの意味だよ。あたしは、コトサマ殺しの血を引いてる」
命ちゃん曰く、『黄昏事件』が起き両親を失った命ちゃんは、今はもう空き家になっている祖父母の家にある納屋からこの本を見つけたのだという。そこには古くからコトサマを殺し続けてきた殺月一族の殺しの技術が記録されており、普段彼女が使っているあのステッキやお札もこれを基にして作ったのだという。
「えーとえと……つまり殺月一族は私達日奉一族とは違って、コトサマを殺して周ってたって事?」
「そうなるね……。正確には日奉一族分家の人達とは違ってね」
「じゃあじゃあ、濃紫が言ってた『裏切り者』っていうのは……」
「うん。多分あたし達の一族は、昔は本家日奉一族と組んでたんだと思う。『異人会』総帥はそれを知ってたのかも……」
「でもさでもさ、別に命ちゃんがそうだった訳じゃないんでしょ?」
「あたしもこれを見つけて初めて知った。お父さんもお母さんも……多分何も知らなかったんだと思う」
古くからコトサマを排除する仕事をしていた殺月一族は、何らかのタイミングでその仕事をしなくなった様だ。一体何があったのかは想像も出来ないが、少なくとも命ちゃんの代にはそれをやっていなかったらしい。
「文屋さんもこれを知ってたのかな?」
「……多分ね。あたしがそういう生まれだっていう事は、JSCCOにはもう知られてる。身分調査もあったから」
「それは……皆知ってるの?」
「上層部や一部の人だけ。こんな事が表向きにバレたら、きっと今の世界じゃ生きてけなくなる」
「生きていけなくなるって……別に命ちゃんは何も悪くないじゃん」
「でもあたしは殺月の血を引いてる。コトサマからすれば、十分憎い相手の筈」
命ちゃんは少し深呼吸をすると背を向けた。
「……幻滅したよね」
「え? 何で?」
「だってそうでしょ? 『黄昏事件』は元はと言えば一種の差別から始まった事件なんでしょ。殺月一族は相手がただコトサマだからってだけで、有無を言わさず殺してた。持ってきてないけど殺したコトサマの名前が記録されてる本もあった。……最低の血を引いてる人間なんだよ」
「……関係無いよそんなの。命ちゃんは命ちゃんでしょ? 何で何の関係も無い命ちゃんが大昔の人の罪を背負わなくちゃいけないのさ」
「……君はそう言ってくれるけど、きっと社会は許さない。あたし達に知り合いを殺されたコトサマも居ると思う」
「社会とかさ、どうでもいいじゃん。私達は何も間違った事はしてない、でしょ? そりゃ命ちゃんはそういう血筋だったかもだけど、でもそれでイコール命ちゃんも悪いって訳じゃない。今まで一緒にやって来て、そういう人じゃないのは分かってるしさ」
彼女は真面目過ぎるのだ。もちろんそれは彼女の長所であるし、そのお陰で助かっている事もある。だがだからといって大昔の人間の行いまで背負う事は無い。今の彼女は『JSCCOの殺月命』なのだ。政府公認の調査員である。そして何より、この日奉菖蒲の大事なパートナーだ。世間が何を言おうとそれだけは変わらない。
「命ちゃん、何も気にしないでいいんだよ。むしろその技術を今度は傷つけない技として使ってる訳でしょ? それって凄い事だと思うけどな~」
「でもあれは、これに書かれてたのを参考にしただけ」
「それでもだよ。先人の教えを自分流にアレンジって凄いよ? 私なんて完全にほぼ我流だからね? 血筋で言えば別に日奉でもない訳だし」
私達は両親をコトサマに殺され、不思議な力を持っていたから分家日奉一族に拾われた。もしそういった事が無ければ、今でも私は眠り続けていたかもしれない。そしてもし師匠達に出会わなければ、ここまで自分の力をコントロール出来なかったかもしれない。自分一人では何のコントロールも出来なかったのだ。だが彼女は違う。自分だけの力で技術を改良し、今の形に仕上げた。それは誰かを救いたいという想いから来ている筈である。
「まあさ、つまり私は別に命ちゃんの事嫌いになってないし、これからもならない。それだけの話だよ」
「……本当にいいの? あたしは殺し屋の血を引いてるんだよ?」
「いいってば。別に命ちゃんがそういう事してた訳じゃないし、もしやろうとしたら、相棒の私が責任持って止めてあげるよ」
「…………ありがとう」
命ちゃんは技術が記されたその古い本を再び本棚の奥へと入れると、先程の様に他の本で埋める様にしてその存在を隠した。
「……命ちゃんが隠してる事ってこれで終わり?」
「ええ。これで本当に終わり。後は君が知ってるあたし」
「そっかそっか。優しくてリアリスト気取りのお人好しって事だね」
「それは……どうだろう?」
「少なくとも私にはそう見えてるよ命ちゃんは」
「ふふっ……うん。君がそう言うなら、それでいいかな」
これ以上は隠し事が無いという事もあって私は家に帰る事にした。別に彼女の傍に居るのが嫌という訳ではないが、私がここに居ては魔姫ちゃんが自由に家の中を歩き回れないだろうと考えたのだ。独占欲が強いタイプであろう彼女からすれば、部外者の私は完全に邪魔な人間だろう。
「ごめんね言いにくい事聞いちゃって」
「ううん、大丈夫。君に話して少し安心した。……他の人には言わないでくれる?」
「当たり前でしょ~? 私の事何だと思ってるのさもう~」
そんな会話をしながら帰るために玄関の扉を開いた瞬間、私の目の前には奇妙な光景が広がっていた。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「え、いやだって命ちゃん……」
家の外に広がっていたのは大海原の光景だった。さっきまでは当然こんな事にはなっておらず、そもそもここから海まではかなり距離がある。それにも関わらず、耳に入ってくる波音や鼻をくすぐる潮風の匂いはどれも本物であった。
「大丈夫……?」
「見えてないの? ほら、海が……」
「海? 何言ってるの菖蒲ちゃん。外はジャングル……」
そこまで言った瞬間、命ちゃん自身も自分の発言がおかしいという事に気が付いたらしい。私と命ちゃんで見えている景色がまるで違うのである。そして彼女は今この瞬間まで、それをおかしい事として認識すら出来ていなかった。
「おかしい……」
「命ちゃん命ちゃん、蒐子さんに連絡した方がいいんじゃない?」
「そうだね……少し待ってて」
そう言いながら命ちゃんはイヤホンが置いてあるのであろう自室へと駆けて行った。私は一応ねぇねにも報告しておいた方がいいだろうとスマートフォンを取り出す。しかしその画面には明らかに異常な点があった。電波が圏外になっているのである。当然ながらこの家が建っているのは普通に市街地であり、電波が通っていない筈がない。それにも関わらず圏外になっているという事は、この家そのものが何らかの場所に転移させられている可能性がある。それこそ、人によって見えているものが違う空間に。
そんな事態に困惑していると、命ちゃんがやや慌てた様子で戻ってくる。
「どうだった?」
「繋がらない……携帯の方でもメールも電話も全然……」
「私も。これはちょ~っとまずいかもね」
「ええ。……誰かがあたし達に攻撃を仕掛けてきてるって事になるね」
「命ちゃん、一応魔姫ちゃんも部屋から出して。一人にするのは危ないかもだし」
「分かった」
命ちゃんはすぐさま魔姫ちゃんの自室の方へと駆けて行き、その扉をノックし始める。それを聞きながら私の目は、何か打開する方法は無いだろうかと大海原を見つめていた。




